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第十三話「追うもの追われるもの」

 その日は静かな夜だった。何かただならぬ気配を察したのだろうか、いつもは酒場で盛り上がる船乗りたちも今日は程々で宴を締め、この時間になれば鳴り始める虫も鳥の声も聞こえなかった。そして折角の満月も雲の影に隠れ寂しい限りであった。


その闇を切り裂くように進むものがいた。ジャックと同じくらいの大柄な男である。しかしその巨体に似合わずして、足音も気配もなくただ爛々と眼だけを血走らせて、真っすぐ目的地に進んでいった。


 しばらくすると大男は目的地にたどり着いたようだ。市長の屋敷であった。


 護衛の位置を再確認すると、先ほどよりもより気配を消し、完全に暗闇に同化してしまった。


 屋敷の護衛が欠伸をしているのを尻目に誰にとがめられることもなく、するすると屋敷の塀を乗り越え、開いていた窓から入ってしまった。


 もちろん屋敷の中にも護衛がいたが、待合室でカードゲームに興じている彼らに気付かれることもなかった。王国の情報部が見たら一発でスカウトしてしまいそうなほどの手練れであった。


 彼は予め調べてあった、目的の部屋の前までたどり着くと初めて微笑んだ。何とも張り合いがなかった。フィル・ブライアン辺りが出てくると踏んでいたのだが、こうも簡単に物事が進んでしまうとは。


そして、部屋の扉に耳を当て、中の様子を伺った。どうやら中にいるのは一人だけのようである。しかも寝息が聞こえることから既に寝てしまったらしい。彼はまたほくそ笑んだ。


 彼はどうやったのか、ドアの鍵も難なく開けることに成功し、さっとドアの隙間から滑るようにして入り込み、部屋の中に入ってしまった。


 そしてまずは部屋の住人の様子を伺う。どうやら本当に寝ているらしい。暢気なものだ。だが都合がいいと言わんばかりに大男は部屋のクローゼットの方へ近づいて行った。物音も立てずに男がクローゼットの扉に手を伸ばしたその時であった。


「そこまでだぜ?」


 野太い男の声が背中越しに聞こえた。大男が後ろ眼でちらっと見やると、そこには魔導杖を構えたジャックがいた。


 大男は驚くよりも感心していた。自分にここまで起きている気配を悟らせずにいるものがいるとは思わなかったのである。


 お男は両手を高く上げ、降参の姿勢を取りながら背中のジャックに問いかけた。


「二つ聞いてもいいか?」


「......なんだ?」


 ジャックは慎重に答えた。相手の実力を量りかねたからである。大男はそれに比べて超然とした様子であった。


「まず貴公の名前は?」


「......ジャック・ブライアンだ......」


「ほう? では貴公が......」


「何?」


 ジャックは驚いた。この男の口ぶりからするに既に自分のことを知っているかのようであったからだ。ジャックの驚愕を余所に男は質問を重ねた。


「ではもう一つ......その顔の紅葉はどうした?」


「な!?」


 ジャックは再び驚愕した。確かに彼の顔には紅葉のような大きな平手の跡があった。しかし大男の位置から自分の姿など見えるわけないからだ。


 そしてその動揺を大男は見逃さなかった。ジャックの気の乱れを背中越しに察した男は勢いよく横に走り窓を突き破って飛び出した。


「ストーンショット!!」


 男を追ってジャックも魔導器を発動させたが、時すでに遅し......飛び出した石の塊は男の背中に迫ったが、すんでの所で弾け飛んでしまった。窓枠に手をかけ外を仰ぎ見たジャックはにやりと笑った。ここまでは思惑通りであった。


☆☆☆


 男は洪水避けにうねりくねったように作られた道のりをまるで我が家のようにすり抜けていった。来た時と同じように音もなく、しかし来た時よりもはるかに早く家々の間を、路地の隙間を、屋根から屋根を疾風のように走り去った。


 男は感じていた。自分を追うものがいることを。ジャックではないもっと身軽な男だ。大男はまた少し驚いていた。それなりに全力を出しているのに自分がすぐにまけないとはと。


 しかし、徐々に二人の間に距離は出来ていった。完全にまいたと思った時、大男は港の波止場に到着していた。どうやら走っているうちにこんな所まで来てしまったらしい。


 大男はその場でふうっ一息つこうとした。だがそれをなすことはできなかった。女の声に呼び止められたからだ。


「遅いじゃない? 待ってたわよ?」


 大男は動揺することなくゆっくりと女を見た。そこには腕組みをしたフェリスがいた。男はそれだけで全てを察した。どうやら自分は目的の場所に誘導されたようである。


 雲が流され満月が姿を現した。すると大男の姿がゆっくりと露になる。フェリスは大男の姿が見えたとたん、うわっと言った。


 男は仕立てのいいタキシードを着ていた。きらびやかな銀髪を油でなでつけた姿と、眼光の鋭さが彼を一流の商人にも見せつけていた。


「ふっ......こんばんわ。お嬢さん」


 そう言って一礼しながら気障に片手を胸の前において挨拶した。まるで社交界の大物のようであったーー下半身に何も来ていないことを除けばであるが......


 フェリスは迸る嫌悪感を胸の奥にしまい(それはもう無理矢理)、両手に二振りの小剣を構えた。


 大男はやれやれと首を横に振った。


「こちらが挨拶をしているのに、ロクに返すこともできないとは......最近の若者は嘆かわしいな」


 その仕草にフェリスはカチンときた。この格好をしたやつにだけは言われたくなかった。


「フェリス・アービングよ......」


 大男はフェリスの答えに満足し微笑した。そして自らの名を名乗った。


「ラミエル・ベラルトだ。よろしく頼むよ」


「ええ、よろしく。それで......これで会うのは最後よ! シェフィールド!」


 そう言ってフェリスは前のめりになりながら魔導器を発動させた。魔導器から風が出てきてフェリスにまとわりついた。するとフェリスのスピードが上がり、フェリスは風のように動いて相手をかく乱した。フェリスは風の魔導使いであった。


 聞きたいことは山ほどあったが、それはすべて後回しだ。


 フェリスが右に左に高速で異動し、小剣でラミエルを切り裂いたーーいや、切り裂くはずだった。フェリスの刃がと届く寸前で、フェリスは自ら後ろに飛んでいた。


 その瞬間、驚くべきことにフェリスが一瞬前までいた場所の地面がはじけ飛んだ。そのままフェリスがそこにいれば大ダメージを食らっていたに違いない。


 フェリスは冷や汗を垂らしながら、小剣を構えなおし、自分を攻撃したものの正体を見た。


 いつの間にか、ラミエルの両手には二振りの鞭が握られていた。


「今のをよけるか......中々の身のこなしだな」


 圧倒的な強者の雰囲気にフェリスは飲まれていた。あれはまずいとーー食らえばただでは済まないとフェリスはより慎重になった。


 ラミエルはその様子を見てさらに攻撃を畳み込むことにした。


「いくぞ? 鞭乱陣!!」


「くっ!?」


 またもフェリスの立っていた場所が炸裂した。すんでの所で避けたがラミエルの攻撃は止まることを知らなかった。


「ほらほら! どんどんいくぞ?」


 まるで嬲るようにラミエルは鞭を振るう。


次々とフェリスの立っていたところの地面がえぐれる。それどころか徐々にラミエルの

双鞭の速度は上がっていき、その場は嵐が降るように鞭の連打がフェリスを襲っていた。


「なんて手数の多さなの!?」


 フェリスも流石のものでラミエルを中心に円を描くように隙を伺いながら鞭の嵐をくぐっていたが、肝心その隙を全く見つけることが出来なかった。


「ちっ!」


 フェリスは軽く舌打ちをした。このままでは埒が明かなかったからだ。フェリスは一か八か意を決した。ラミエルに悟られぬよう魔導器を最大出力にして、鞭の嵐を潜り抜けるように一直線に突っ込んだ。


 横の動きから縦の動きへの急な変化。フェリスは勝ったと思った。


 しかし、ラミエルはそのフェリスの甘さにふっと笑った。


「やはりまだ物足らんな......双鞭破嵐!」


そしてフェリスに正対し、鞭を円を動くように動かすと、鞭が竜巻のように渦を巻き、フェリスに竜巻の目を向けて飲み込むように迫った。


 そこでフェリスは初めて悟った。誘い込まれたのだと。フェリスは覚悟を決めた。そしてせめて相打ちを仕掛けようと決死の覚悟を決めたその時であった。


「うおぉおおぉおおぉおぉぉ!!!」


 一人の男が飛び出し、ラミエルの技がフェリスに当たる寸前、彼女の身体を抱きかかえるように横からさらったものがいた。


 ラミエルの技は間一髪、フェリスに当たることなく横を通り過ぎていった。


「ほう?」


 ラミエルはあのタイミングでフェリスを助けた男を感心したように見た。


 目の前には先ほどラミエルにまかれたケビンが立っていた。

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