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第十二話「その名はゲボラ」

 執事が市長の娘を呼んでくる間に、市長は三人と談笑していた。若い頃海賊と戦った話、戦争が起きたときに港を自分たちで守った話。

よくあるおじさんの武勇伝なのだが、市長は弁舌家で三人とも食い入るように聞いてしまった。

 しばらくして執事が戻ってきて市長の娘が部屋の前まできたことを告げた。市長が「入れ!」というと一人の人物が部屋の中に入ってきた。


 入ってきたのは若いお嬢さんであった。柔らかな金髪をゆるくウェーブさせ、ピンクのドレスを身につけ、初対面の人に気恥ずかしそうにしている様はまさしく深窓の御令嬢といった様子であった。


 ......身体がジャックより二回りほど大きく、顔が先日出会ったマンキーに似ている以外は......


 三人は口から魂が出るかと思うほど驚愕し(実際、ケビンとジャックは武器に手を掛けていた)、席から腰を浮かしかけていた。


 その様子を知ってか知らずか市長は満面の笑みでその人物?に話しかけた。


「おお!ゲボラ!今日も一段と美しいな!こっちに来て客人にご挨拶しなさい?」


 そう言われるとゲボラと呼ばれた市長の娘らしき人物は、父の影に隠れるようにしながら挨拶した。


「ごんにぢば......ゲボラでず」


 それからポッと顔を赤らめて、嫌々をした。その様子に市長は困ったように苦笑し、三人に向かって言った。


「いやお恥ずかしい。誰に似たのか小さい頃から人見知りが激しくてな。ここは私に免じて許してくれないだろうか」


 そう言われると、三人の中で一番先に我に返ったジャックが顔を引きつらせながら返事をした。


「あ、いや~それはいいのですが、泥棒はその......彼女?の......下着を盗もうとしているのですよね?」


 そう言われるとゲボラは机に突っ伏してワッと泣き始めた。あまりの号泣に家が崩れかと思い、ジャックも慌てた様子を見せていた。


 しかし、市長も慣れたものである。目の前のテーブルクロスをバッと引き抜くとそれをゲボラに被せてしまった。するとどうだろう。あんなに大騒ぎしていたゲボラはテーブルクロスの中で泣き止んでしまった。


「それ獣の......うっ!」


思わず突っ込んでしまいそうになったケビンの口を、フェリスは脇腹に肘鉄を喰らわすことで黙らせた。ケビンは恨みがましげにフェリスを見たがフェリスは知らん顔だった。


 ケビンはこほんと咳払いを一つして、気を取り直して市長に宣言した。


「御息女の悲しみ。痛いほど伝わりました。どうか我らにお任せください」


 胸に手を当てて一心に市長を見つめるケビンに、市長は感極まり、涙を流しながら再度ケビンと硬い握手を交わした。


 しかしそこでジャックが手を上げた。


「ちょっとお待ちを? 次の満月って確か......」


 ジャックの問いに市長もにっこり笑って答えた。


「うむ! 今日だな! 正直諦めてたわ!」


「「「今日!?」」」


 またしても三人口をそろえて驚愕するのに対し、市長は何がおかしいのかがっはっはっと大口を開けて笑っていた。


 余談ではあるが、テーブルクロスを掛けられた市長の娘はその場で寝息のようなものをたてはじめていた。


☆☆☆


 ケビンたちは市長宅を後にし、しばらく街並みを歩いていた。百ほど歩いたころだろうか、市長宅が完全に見えなくなると、誰がはじめかわからないくらい同時に、三人は地面に倒れ伏した。


 体力に自信のある彼らをして、動けなくなるほど密度の濃い時間だったのである。しばらく三人とも口も聞けない有様であったが、呼吸を整えると、一番最初に他の二人に喋りかけたのはフェリスだった。


「とにかく! 勝負の条件ははっきりしたわね! どちらが先にそのパ......下着泥棒を倒すか捕まえるかってことでいいかしら?」


 フェリスの言葉にケビンもふらつきながらも同意した。


「ああ、それでいいぜ? その非力さで捕まえることが出来るのか怪しいもんだがな?」


「あんたたちの鈍間さよりましよ。泥棒に追いつけもしないでしょう」


「なんだと!?」


「なによ!?」


 二人が相も変わらずいがみ合うのを半眼で眺めつつ、ジャックは呆れたように言った。


「なあ、まだやるの?」


「当たり前だ(よ)!?」


 声を揃えて反論する二人にジャックはため息をついて諭し始めた。


「落ち着けよ、お前ら。犯人の趣味嗜好は置いておいて、相手は王国最強の親衛隊を相手どることが出来て、誰にも気づかれることなく予告状を置いていける相当な危険人物だぞ?」


 二人はジャックの正論にうっと詰まってしまった。確かに彼の言う通り、その異常性を除けばやってのけたことは偉業とでもいうべきことなのである。三人バラバラで対処するのは少々無謀ともいえた。


 ジャックはなおも続けた。


「しかも次の満月は......今日か......時間もない......三人協力して罠にはめないと取り逃がすどころか、下手すれば全滅の可能性もあるぞ?」


 ジャックの言葉に二人はぐうの音も出なかった。彼の言が正しいことは二人ともうすうす分かっていたからだ。


 しかし、それでも意地になった手前、今更引けないのか、フェリスは口を尖らせながら言った。


「でもそれなら一体どうするっていうの? 協力って言ったって私たちはお互いのスタイルの特徴も知らないわ。安易に連携しようとして大コケするのが目に見えてる」


 フェリスの言葉にジャックは頷いた。


「わかってる。今の俺たちには時間も用意もない。だから作戦はシンプルにいこう」


 そう言ってジャックは二人を手招きすると、彼らの耳に内緒話をするかのように作戦を伝え始めた。


 ジャックの提案にフェリスは懐疑的であった。露骨に眉をひそめ口を尖らせて聞いてきた。


「本当にそんな作戦でうまくいくの? それに内容的にはアンタたちの最初の動きが重要じゃない?」


 ジャックは肩をすくめて言った。


「そこは信用してもらうしかないな。だが相手をプロファイリングするとうまくいく可能性は限りなく高いと思うぞ? なにせ......あの市長の娘を狙うくらいだからな......」


 そう言われるとフェリスも納得した。確かに今回の獲物はその点で言えば作戦の罠にかかる確率は高いと思ったからだ。


 そこでジャックは気付いた。先ほどからケビンが妙に静かだからだ。ジャックはフェリスの横で考え込んでいるケビンに尋ねた。


「どうした? ケビン? 何か気になることでもあるのか?」


 ジャックに問われると、ケビンははっと思考を中断し、頭を掻きながら自分の懸念をジャックに吐き出した。


「いや......一つ気になってることがあって......」


「ん? そうなのか? 作戦に失敗は許されないから今何か気付いたことがあるなら言ってくれ」


「いや......大したことないのかもしれんが......どうして泥棒は満月の夜に来るのかと思って......普通そういうのは新月の方が都合いいんじゃないかと」


 ケビンの言葉にジャックもフェリスも腕組みをして考え込んだ。当然そこは二人も気づいていたところなのだ。だが流石に情報が少なすぎた。


 ジャックはケビンの肩をポンと叩く。そして何も心配することないと笑って言った。


「まあそこは今考えても仕方がない。それに二人にとっていいこともあるぞ? この作戦ならお互いに勝負の決着をつけるチャンスがあるだろう?」


 ジャックに悪戯っぽく言われると、俄然ケビンもフェリスも色めきだった。確かにこれなら勝負することができる。


 二人は色めきだつと早くしようとジャックを急かした。ジャックは苦笑して二人に背中を押されながら、今来た道を戻っていった。

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