第十話「フェリス・アービング」
フードから出てきたのは愛らしい美少女だった。短い黒髪はつややかで、空色の瞳と相まって吸い込まれるような美しさがあった。目つきは少々鋭いが、その愛らし唇で笑うときっと誰もが振り返るに違いない。
丈の短い服のせいでへそまで出ており、ショートパンツから見えるカモシカのような脚も相まって、彼女の健康的な美しさが際立っていた。そして服の合間から見える肌色がどこか煽情的で、ケビンは思わず顔を背けた。じろじろ見るのは失礼だと思ったからだ。
しかし、当の少女はそのようなことを気にしてはいないようだった。ケビンとジャックを交互に見やると、最後に二人の胸の守護士のエンブレムを見やり鼻をふんっと鳴らした。
「助けてもらう必要なんかなかったんだけど?」
少女の失礼な物言いにジャックとケビンは鼻白んだ。まさか開口一番美少女からそのようなことを言われるとは思いもよらなかった。その隙に彼女はなおも続けた。
「というか、正直邪魔だったのよね? 危ないから二度と下手な手助けなんてしないでもらえる?」
急に浴びさせられた罵声に二人は反応できずにいた。六体ものクインビーに囲まれていたのだ。感謝されることはあっても文句を言われるとは思っていなかった。ジャックは困ったように少女に返した。
「あ~お嬢さん? だがあんたは魔物に囲まれてたんだぞ? なるほど確かに少しは使えるようだが、流石に無茶だったんじゃないか?」
そう言われると少女は呆れたように肩をすくめて首を横に振って言った。
「あのね、あんたたちあいつらのスピードに付いていけてなかったでしょ? 特にそっちのデカい方。動きが遅くて見ていられなかったわ」
ケビンは流石にムッとした。そこまで言われる筋合いはなかったからだ。
「おい、お前何様のつもりだ? 礼目当てでやったわけじゃないがジャックも俺もお前を守るためにやったんだぞ?」
「だから~頼んでないでしょ? 邪魔だったの! 迷惑だったの! わかる? このスケベ!!」
「な! 誰がスケベだ!」
「あんたよ、あ~ん~た。さっきから人のへそやら脚やら尻を見てんの分かってんだから」
「な!? 尻は見てねえ!」
「じゃあ他は見てんじゃない。この変態」
ケビンはうぐっと言葉に詰まってしまった。彼女に見とれていたのは紛れもない事実だったからだ。
「ま、そう言うわけだからついてこないでよね? 足手まといなの」
そう言って少女は冷たい目で二人を見やるとまたもう一度鼻をふんっと鳴らしてスタスタと行ってしまった。
残されたケビンとジャックは唖然としたままその場を動けなかった。
☆☆☆
ウェルカ市は港湾都市である。海に面した都市部の風は潮の香りに満ちており、港で働く船乗りたちの野太い声が響き渡っていた。海からはカモメの声が聞こえ、春の陽気がに伴って街中の商店も賑わいを見せていた。
その街中をケビンとジャックは歩いていた。特にケビンは道中で出会った少女のことを思いだし、憤懣冷めやらぬ様子で終始文句を言いながらであった。逆にジャックは直接言い争っていないからかケビン程は怒っておらず、彼をなだめながら守護士の支部に向かっていた。
「なんで! 助けてやったのに! あそこまで言われなきゃならないんだ!」
「まあまあ、落ち着けって。お前はともかく確かに俺がクインビーの動きに後れを取ったのは事実だしさ」
「それはあの子をかばうために接近戦をするしかなかったからだろう? ジャックだけなら余裕だったはずだ!」
「まあ、それをいっちゃ守護士としてなあ? 「大陸のすべての人の守り手であれ」というのが守護士の理念だ。仕方あるまい。俺も飛行系の魔獣の対処法を考えなければならんなあ」
「よくまあ暢気に......怒ってる俺がバカみたいじゃないか」
「はっはっはっ! ありがとよ! 俺の代わりに」
ジャックにそう言われてケビンは恥ずかしそうにそっぽを向いた。彼にとっては自分のことより、兄がバカにされたことの方がはるかに腹立たしいことだったのだ。
そうこうしているうちに、ケビンたちが目的地にたどり着くと、ケビンは気を取り直して支部の扉を開けた。
「ごめんくださーい。ターナーさんいますか?」
「お? 待ってたよケビン、ジャック」
ターナーはいつもと変わらぬ柔和な表情で二人を出迎えた。予想外だったのは、ターナーと受付を挟んだ向かい側に、先ほどの美少女がいたことだった。
彼らはお互いに「ゲッ!?」という顔をした。
「なんでお前がここに!?」
と、ケビンが指さすと少女も不機嫌そうにケビンに売り言葉に買い言葉で答えた。
「別に、私がどこにいようと私の勝手でしょ? 何か文句あるの?」
二人が睨み合っていると、ターナーが意外そうに言った。
「おや? 君たちはどこかで会ったことがあるのかい?」
「はっは......まあさっきちょっとそこで。名前も知らないっすけどね」
幾分か冷静なジャックが苦笑気味に答えると、ターナーは嬉しそうに言った。
「そうか、よかった! じゃあ改めて紹介するね。ケビン! ジャック! 彼女は探索士で我々の協力者のフェリス・アービング。フィー! こちらの二人は今度新しく守護士になったケビン・ブライアンとその兄のジャック・ブライアンだ。仲良くしてね」
和やかなターナーの紹介とは対照的に両者の間に流れる空気は殺伐としたものだった。
ターナーは不思議に思ってジャックに尋ねた。
「どうしてこの二人はこんなに仲が悪そうなんだい?」
「あ~まあ価値観の違いと言いましょうか? どうにもウマが合わないらしく......」
「それは困ったな......君らには合同で任務に当たってもらうつもりだったんだが......」
「「はあ!?」」
ケビンとフェリスと呼ばれた少女は声を揃えて抗議の声を上げた。フェリスはターナーに詰め寄る。
「どういうこと!? 私はジュリオさんの支援じゃないの!?」
「ん~そのつもりだったんだけど、市境の方で危険な魔獣が出たらしくてね。フィル殿とジュリオ君で討伐に向かってもらったんだよ。だからフィーにはこの二人と組んで貰おうと思って......」
「この黒鉄級二人と? 冗談じゃないわ! 一人で行動した方がましよ!」
「おい! ちょっと待て! さっきから黙って聞いてれば......お前がどれだけ強いのか知らないけど、人のことを馬鹿にしすぎじゃないか?」
フェリスの文句を聞いて、我慢できなくなったケビンが文句の声を上げた。フェリスは横目でちらっとケビンのことを見やると、小馬鹿にしたように腕組みをして、言い返した。
「クインビーごときに苦戦するような奴らが何を言ってるの? 私は遊びでやってるんじゃないの? あなたたちみたいな新米には付き合ってられないのよ」
そういってにらみ合い火花を散らす二人を見ながらターナーはしばらく口に手を当て考えていたが、不意に手をぽんと叩いて名案を思い付いたように言った。
「そうだ! じゃあこうしよう!」
ターナーの声に三人は一時喧嘩を止め、彼を注視した。
「丁度君たちにやってもらいたかった仕事があるんだ。それをどちらが解決するかで君たちのどちらが正しいことを決めようじゃないか」
フェリスたちは怪訝そうな顔をした。どうにもターナーにとって都合のいいようにしか聞こえなかったからだ。しかし、こうしてここで争っていても仕方がない。三人はターナーの意見に乗ることにした。
「いいわよ? 実力の違いを証明してあげる。私が勝ったら二度とこいつらと手を組む必要がないようにしてもらうわ」
「じゃあこっちが勝ったらジャックに謝ってもらおうか? それで大人しく俺らの指示に従えよ?」
そう二人は言うとまた顔を突き合わせてぐぬぬと喧嘩し始めた。ジャックはその前途多難な光景に頭が痛くなり、ターナーは何が楽しいのか嬉しそうに微笑んでいた。




