序章「運命の始まり」
物語が進むまで少々お待ちください...世界観の説明とかちょいちょい入れないと...
嵐の夜だった。吹き荒れる風が夜の闇を切り裂き、家の壁を容赦なくたたいていた。吊り下げられた明かりの消えたランタンが左右に揺れ、ゴウゴウと外から聞こえる音が少年にはまるで魔物の声に聞こえた。一度母が様子見に聞くれたが、少年が情けなくベッドの中で震えているのを見かけると、早く寝ろと頭をはたいて居間に戻ってしまった。優しいのか厳しいのか分からない母である。少年はその年の子供にしては体が大きく、街では大いに「悪戯坊主」として「悪名」を馳せていたが、まだ五歳の子供であった。自分の力では到底敵わない、大自然というものに対してはどう抗うかを身に付けてはいなかった。したがって彼にできたのは布団を被り、せめて音だけでも聞こえないように耳を閉じることだけであった。
少年が精一杯の戦いを強いられていると、部屋の外から大きくドアが開く音が聞こえた。次いで何か母の焦ったような声と、男のくぐもった声が相次いで聞こえた。少年には男の声が誰のものかすぐに理解できた。父の声だ。少年はすぐに父が帰ってきたことがわかった。少年の中で母の次に強い父が帰ってきたことは少年を大いに勇気づけた。しかし、部屋の外は相変わらず大騒ぎだ。母と父の声が交互に聞こえてくる。
「どうして何も説明がないのよ!」
「余裕なんてなかったんだ!」
「その子どうすんのよ!?」
「うちで育てる!」
「はあ!?」
「いいから水と飯だ! 起きたらすぐに与えてやらねば!」
「それよりあんたの治療が先よ! ボロボロじゃない!」
「俺のことなんか後でいい!」
「言いわけないだろ! このハゲ!」
「ハゲてないよ!? え? 大丈夫だよね? え?」
父母が言い争う声が聞こえると共に、何かを探し回るような音が家中に響き渡っていた。しばらくして落ち着いたのか急に静かになると少年はまたしても不安になった。二人に何かあったのではないかと子供ながらに心配になったのだ。
少年は足音をたてぬようベッドを降り、そっと部屋のドアを開けた。そこには包帯だらけの父親とそれを治療する母の姿があった。筋骨隆々の父親は少年の視線に敏感に気付いた。少年は父親と目が合い咄嗟にドアを閉めようとしたが、遅きに逸した。
「ジャック! 起きていたのか! 丁度いいからこっち来なさい!」
ジャックと呼ばれた少年は恐る恐る部屋から出ていくと、そこにはこんな時間まで起きていたことを咎めるような母の、父の治療をしつつもジト目で睨む姿があった。ジャックはそれを見なかったことにして、赤髪を濡らしながら、息子とよく似た顔で悪戯っぽく笑っている父に問いかけた。
「どうしたの? お父さん?」
父親は少年の問いに答える代わりに目の前のソファーを指さした。ジャックが父の指の先を覗き込むと奇妙なものが視界に飛び込んできた。ジャックにはそれが最初ぼろ切れに見えた。大きな汚い布が一つ自分の前にあるようにしか見えなかったのだ。しかしすぐにジャックは異変に気付いた。ぼろ切れが規則的に上下しているのだ。ジャックが不思議に思って覗き込むと目を見開くほど驚いた。布の中にいたのは可愛らしい男の子だったのだ。歳は三歳くらいであろうか。黒髪に紅潮したほっぺたが印象的な顔立ちであった。
ジャックが熱心に男の子のことを珍しい虫でも発見したかのように観察していると、大人しく母に治療されていた父がおもむろに口を開いた。
「その子の名前はケビン。今日からお前の弟だからな。仲良くするんだぞ?」
ジャックは目を大きく見開いた。それも当然である。急に弟が出来たのだ。ジャックの眼は父と男の子間を何度も往復した。父親が悪戯が成功したように笑っていると、母はため息をついてジャックに言った。
「そうよ。あなたお兄ちゃんになるんだから弟の面倒見なきゃやダメなんだからね? 嵐に怯えてるようなお兄ちゃんじゃ弟のことなんか守れないし、こんな時間まで起きてたら弟が真似しちゃうけどそれでもいいの?」
無茶苦茶な言い分である。しかし、幼いジャックには母親な言葉もっともだと思った。まだあまり状況は呑み込めていないが、自分は兄になるのだ。ケビンを守らなければいけないのだ。幼いながらも強烈な使命感にかられた。そう思うとジャックは早く寝なければとケビンを横目で見つつ急いでベッドに戻っていった。その様子を見て父と母は大笑いしていたのだが、当の本人はいたって真剣であった。
すぐさま眠りについて、明日から兄として何をするか考え始めた。自分だけが知っている虫が捕れる場所やこの前作った秘密基地を教えなければと思った。苦手な教会学校の勉強もきちんと教えなければと決意を新たにした。いつしかジャックは嵐の恐怖などすっかり忘れていた。