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ゆめまち日記  作者: 三ツ木 紘
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二つのクロスワード

 ゴールデンウィークも明け、学校が始まる事に憂鬱な気分になる学生は少なくないはずだ。


 学校や勉強自体が嫌いでない自分でさえ、家を出るのが面倒だと感じてしまうほどなのだから学校や勉強が嫌いな学生からすれば、連休明けの学校程気分の落ち込むものもそうはないだろう。

 実際この教室にいる人達の会話を聞いていても、学校が面倒だのもっと休みが欲しいかったなどの会話が嫌でも聞こえてくる。


 その一方で、ゴールデンウィーク中もずっと部活をしていた人達は肌が見違えるほど黒く日に焼けており、文字通り一皮剥けたという感じだった。

 そう言った人達は毎日学校に来ていたためか、そこまで学校が始まることに関して抵抗がないように感じる。


 席に座って本を読んでいると視界が突然暗転する。こんな事をするのは知っている限り二人だ。しかし、一人は別クラスだ。


「花山、何の用だ?」

「久しぶり。ちょっと用があってさ」


 顔を上げると微かにだが、日に焼けた花山が立っている。


「久しぶりって……。最後に会ってから一週間も経ってないと思うが」

「細かいことは気にしなくていいんだよ。それでなんだけど今時間は……大丈夫そうだね」

 本を読む姿を一瞥して大丈夫だと判断したようだ。

 勝手に判断されるのは癪だが実際暇である以上何も言い返せない。


「写真部の活動についてどうするか山吹先輩と話していたんだけどね、次のテストの後に泊まりで少し遠い所へ写真を撮りに行こうかっていう話になったんだ。

 それでいつ予定が空いているかってわかるかな? 別にきっちりわからなくてもいいからさ」


 この学校の写真部は泊まりで写真を取りに行く程、熱心な部活だっただろうかと首を少し捻る。


「大体空いているし多分問題は無いが……。どうして遠くまで写真を撮りに行く必要があるんだ? 近場だってまだまだ行っていない所があるのに」

「んー。……僕も詳しく知らされてないんだよね」


 時枝の疑問に珍しく花山の言葉が詰まる。


「後で先輩に会った時に聞いておくよ」

 そう言って携帯電話を取り出し素早く何かを打ち込んでいる。


 それをササっと打ち終えると、それはそうといった感じで花山から質問が飛んでくる。


「ところで今日東雲さんは見なかった?」

「えっ、来てないのか?」


 時計を見るともうすぐ予鈴が鳴る時間だ。遅刻とは無縁の東雲にしては珍しい。周りを見渡してもその姿は見えない。


「五月病……になるような性格ではなさそうだけど」

「まあ、今すぐでなくても東雲が来たら話せばいいんじゃないか?」

「まぁ、そうだね」


 花山がそう言い終えたタイミングで予鈴が鳴る。


 用事が済んだのかそれ以上花山は突っ込んで聞くことなく自分の席に着く。


 それにしても東雲が来ないなんて珍しいこともあるものだと思いながら、横目で教室の扉を見る。

 教室外に出ていた生徒、もしくは何とか間に合ったといったような遅刻ギリギリの生徒の姿は見えるが自分の探し人が入って来る事はなかった。


 東雲が来なくなって一週間が経つ。

 風邪を引いたにしても少し長い気がする。いや、風邪くらいなら無理をしてでも来そうなことを考えるとよりひどい病気か、もしくは別の事が原因だろうか。


 そんなことを考えながら帰り支度をしていると

「時枝。今から山吹先輩の所に話を聞きに行くんだが一緒に行かないか」

 花山が話しかけてくる。


「いや、いい」

「そうか……時枝も何か先輩に聞きたいことがあるんじゃないかって思ったんだが」

「自分が気になっていることは全部花山が聞いてくるだろ?」

「重いね」


 くすくす笑う。


「にしても、よく時間の都合が合ったな」

「偶々だよ」

 軽く返しているが、直接会って話をするとなると予定を合わせるのは大変だろう。

 三年生で、さらに特進コースの先輩とは一年で一般コースの自分達とは時間割がかなり異なる。


 聞いた話によると授業後も自習時間という名の強制的な授業があるらしくそのせいで中々会う事が出来ないらしい。


「というか今更なんだがメールで聞かなかったのか?」

「始めはメールでやり取りしていたんだけどね。細かい所を合わせるとなると直接会って話した方がいいね、ということになってね」


 ちらりと教室の時計を見た花山は

「じゃあそろそろ時間だし行くよ、じゃあまた明日」

 と言いながら軽く手を上げる。

「ああ」

 と返すと、こちらを向くことなくそのまま教室を出ていった。


 それを見送った後、自分も教室を出た。


 今思えば、だが、うちの写真部の活動は月曜日の週一回と月一回のフィールドワークしかない。それを考えると普段の活動という観点で見ればかなり少ない。


 もちろんイベントがあるとかなり忙しいらしいが、次のイベントとなると体育祭くらいだろう。


 さらに、先輩自身普段は授業が忙しいために、週一回の活動日も来られない日が多く、それを考えると本格的に受験勉強が始まる前に遠出したいという気持ちもわからなくはない。


 最後の高校生活の思い出に、だろうか。  


 聞いた話によると、先輩の一年生の時は先輩以外に幽霊部員が二人、二年生の時は先輩だけだったらしく真面目に写真部として活動するのは今年が初めてのようで、それも関係しているのだろう。


 東雲の件といい、色々と考え事をすることが多い。


 普段面倒事を避けようとしてきた時枝としては疲労が蓄積してきている気がした。





 人は慣れてくると何も意識しなくとも行動できるようで、ただ自転車から流れゆく見慣れた景色を横目に、何も考えることなく駆けていく。

 だからこそ自分の横までその人が来ていることに気が付かなかった。


「翔、何ぼーっとしてるの? 危ないよ」


 突然声を掛けられ少し驚いた。声の主を見てみると、自分の隣で同じように自転車を漕ぐ女子生徒がいた。

 姿を見ずとも声色や自転車の色だけで大体誰だかわかる。そもそも自分に話しかける人もそう多くない。


「凛か。久しぶりだな」

「本当にね。どうして家も近所で同じ学校なのにこうも会わないのかしらね」


 やや皮肉交じりに言われるが、別に意図して会うつもりも会わないつもりもない。今日は本当に偶々だ。


「知らないよ」

「今日は一緒に帰ってあげよっか?」

「一緒に帰るも何も家はすぐそばだろ」

「もう。つれないなぁ」


 そういう事じゃないんだよという顔をしている。


 昔から表情が豊かな海老根は何を思っているのかわかりやすい。

 人との会話は相手の心理を探りながら行うことが多いのだが、海老根の場合は意識してそれを行わなくても見た目通りである為、話していて楽だ。

 少々強引な所は相変わらずだが。

「翔、なんだか疲れてるね」

「なんでそう思った?」

「なんとなく」

 自分は海老根と違い、普段は感情があまり表情に出ない。そのため、自分の考えていることは相手にはわからないと思っているのだが、どういうわけか海老根にはすぐに当てられてしまう。


 長い付き合いだからだろうか。


「何かあるなら話聞いてあげようか?」


 なんだか今日は妙に優しい。


「凛、何か企んでいるのか?」

「どうしてそうなるのよ」


 少し怒っているように見える。流石に今のはまずかっただろうか。いくら腐れ縁とは言え、親切心で言ったことを疑われるのは本意ではないだろう。


「ごめん」

 素直に謝る。


「えー、許さない」

 立場が優位になった隙を海老根は逃さない。


「許さないって言われても自分にどうしろと?」

「そうね……。そうだ、なら今から合田商店行こうよ。小さい時によく行ったでしょ。そこで何か買ってくれたら許してあげる」


 小さく溜息をつく。


「……わかったよ」

「やった」


 見るからに嬉しそうだ。すぐに怒ったり、すぐ喜んだりと女子の考えていることは難しい。


「じゃあ私についてきてね。途中で逃げたらだめだよ」

「はいはい」


 海老根はそう言い自分の前を走る。

 昔も今のように海老根がいつも先頭に立っていたのを思い出す。家が近所という理由だけだが、よく外に連れていかれた。


 今見ている光景は全く違う場所、違うシチュエーションだがそれでもその光景が思い出されるのだった。懐かしさを感じながら自転車を走らせた。


 ほどなく合田商店に着く。


 やや古びた感じの造りは相変わらずで小学生の時から変わらない。二階建ての建築物は、その一階を店として使っており、二階は住居として使っているようだった。

 昔は全く気にしたことなかったが、成長すると視点もかなり変わるようで色んなことが見えてくる。


 店先に自転車を止め、店の扉を開ける。キィーという音をたてながら引き戸を開ける。このやや抵抗を感じる扉も相変わらずだ。


 客商売をしているのならこういう所を整備すべきなのではと思うが、そこは店の主人に任せるとする。


 商品の並べ方も昔と変わっていないようでより懐かしい。

 しかし、商品は最新式の物が並んでおり田舎の店とは言えど流行には乗り遅れてはいないようだった。


 ……いや、田舎者の自分が思うだけで実際はそうではないのかもしれない。


「いらっしゃい」


 店主の声が聞こえる。何から何まで同じような状況で、まるでタイムスリップしてきたかのような気分だ。


 一軒家にしておくには広い、だけど特別大きいというわけではない何とも中途半端な感じも相変わらずだ。

「うわぁ。なつかしいね」

「だな」


 海老根はやや浮足立ちながらも慣れた風にアイス売り場へと向かう。自分も店内をさっと見渡しながら向かう。


 時間も時間だけあってそこまでちょくちょく客が入っているのが見える。

 何だかんだ繁盛しているんだなと思いながらアイスケースに並んだアイスとにらめっこしている海老根のもとへ向かう。


「私はこれにする」


 ようやく選び終えたのかケースの中から一つアイスを取り出す。


「そうか。じゃあレジに行くぞ」

「翔は食べないの?」

「自分はいいよ」

「そう……」


 アイスをレジに持っていき会計を済ませる。

 おっちゃんは相変わらずだ。あの様子だと自分達が誰だか気付いている様子だった。

 いや、同じ地区に住む子供も多いわけではないため、気付くなという方が難しいかもしれない。


 店を出て海老根は早速アイスの袋を開ける。


「ここで食べるのか」

「ここで食べなきゃ意味ないじゃない」

「そうか……?」

「そうなの」


 じゃあ、自分は帰るぞと言いかけたその時、眼前に何かを突きつけられる。突然だったため少しだけ体が仰け反る。


「あげるよ」


 そう言われ突き付けられたものを見る。それは、アイスの半分だった。

 買ったアイスは二本で一セットになっているタイプだったはずだ。多分その一本だろう。


「いいのか? 自分の分なくなるぞ」

「いいの。元々翔のお金だし」


 にっこり笑う。遊ばれている気がするが今は何も考えないでおこう。


「そうか。ありがとう」

 そう言いながらアイスを受け取る。


 受け取ったアイスは昔から製造されているもので子供の頃は何度も食べたことがある。この懐かしいバニラの味に少し表情が緩む。


 まだ本格的な暑さとは程遠いが微かに、だが確実に暑くなっている。

 昨年以来、初めて口に含んだアイスは、知らぬ間に火照った体を優しく冷やしてくれている気がした。





 食べ終わったアイスのゴミをゴミ箱に捨てる。


「じゃあ、そろそろ帰るか」

「だね」


 店先に止めた自転車に乗り、坂道を下っていく。その途中麦わら帽子を被った一人の女の子とすれ違う。


 いつもなら何も考えずに通り過ぎていく所だが、偶々ちらりと顔が見えた。


 ……探し人に似ている?

 

 半信半疑になりながらも自転車を止め、声を漏らす。


「東雲……か?」


 決して呼びかけたわけではないが、坂を登っていたその人は歩みを止めてこっちを見た。

 何だか見えづらそうにしている。日差しの関係でこちら側が見にくいのだろうか、こちらに歩み寄って来る。


 ある程度近寄ってきて初めて気が付いたようだった。


「時枝さんじゃないですか! こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 かなり驚いているようだった。だが、多分それ以上に自分も驚いている。


「どうしてこんなところにいるんだ? いや、それよりも今までどこ行っていたんだ?」


 心配の種となっていた張本人が突然目の前に現れて混乱しているのだろうか、自分らしくない。そうは思いつつも聞かないわけにはいかなかった。


「丁度この町に帰ってきたところですよ。仕事が色々ありまして……」


 そう言われ改めて東雲の格好をよく見る。

 確かに学校に来る時の変装とは全く違う。というよりは変装する前の東雲といったところか。一応、帽子を被ってはいるが、それ以外はそのまんまだ。見る人が見れば一発でわかるだろう。

「どうしてその格好のままなんだ? 眼鏡は?」


 そう言うと、少し困ったように、そして申し訳なさそうにする。


「準備の時にバタバタしていて持ってくるのを忘れてしまいました。一応、マネージャーさんから帽子は借りてきたんですけど……。やっぱりばれ……ますよね」


 少し溜息をつく。


「家はこの近くなのか?」

「はい。なので、時間も時間ですしあんまり人に会わないかなと思いまして」

「なら、まあ…………」


 大丈夫と言いかけた所で背中越しに声が聞こえる。


「翔――。なんで付いてきてないのよ。おかげでこの坂道また登る羽目になったじゃない」


 それならそのまま家に帰って欲しかった。


「誰と話してるの?」


 自分ともう一人がいることに気付いたようでこちらに寄って来る。


「東雲。帽子深くかぶっていろ」

「はい!」


 そう言われて反射的に東雲は帽子を深く被り直す。

 自転車を止めてこちらに来た海老根は心なしか不機嫌だ。

 後ろについてきていると思っていた人が突然いなくなっていたら誰でもそうなるだろう。


「その子、誰?」

「んーと、同じ学校の子……だな」


 嘘はついていない。


「へえ、家の学校にこの辺に住んでる人って私たち以外にいたんだ」

「みたいだな。自分も驚いたよ」

 この辺に住む生徒は隣町にあるもう一つの高校に行く人が多い。

 この辺の中学校のレベルがここの高校のレベルに追い付いていないというのも理由としてあるが、それなりに頑張れば入れる。


 多分一番の理由は、町はここよりもはるかに栄えており、俗にいう都会というやつにより近いのだ。

 夢にきらめく高校生からすればそちらに目が行くのは当然と言えば当然だろう。


「じゃあ、私の知っている子かも。名前は?」


 さあ、どう答えるのだろう。助けてあげたい気持ちもあるが少し気になる。


「えっと、美咲です」


 いつもとは違いかなり細い声だ。


「へー、美咲ちゃんねぇ……。そんな子うちの中学校にいたっけなぁ」


 今のは中々良い返しなのではないだろうか。


 一度海老根には東雲の名前を出している。東雲なんて苗字この町にはそうたくさんいるわけではないだろうし、バレる可能性があったことを考えると“美咲”の方がより濁した返事が出来るだろう。


「というかそんなに隠れなくてももうちょっとこっちにおいでよ」

 そう手招きする。

 

 いつの間にか東雲は自分の後ろから半身を出した状態で海老根から隠れていた。

 海老根の呼びかけにしぶしぶ前に出る。


 その時東雲は何かに躓いたようでこけそうになる。

「きゃ!」

「危ない」

 上手いこと身体をしっかり掴めたためこけることはなかった。

 足元を見るとヒールを履いており、一歩進もうとした際に地面に突っ掛かってしまったようだった。


 確かにこの坂の上に家があるのだとすると、坂道に慣れていない彼女に自転車通学をさせたくないというマネージャーの気持ちがわからなくもない、とこんな所で納得する。


「えっ、星野志乃……さん……?」


 海老根はなぜそう思ったのだろうかと顔を上げて確認しようとする。その時、地面に落ちた帽子が目に入る。それを見て察した。


「あ……」


 東雲の何とも言えない声が漏れる。

 慌てて顔を抑えているがさすがにもう遅い。

 海老根も少しテンパっているようで深呼吸してからこちらに向き直る。


「翔。これはどういうこと?」


 怒られるのかとも思ったが、怒るというよりはむしろどうなっているか説明してほしいと助けを求めている目をしていた。

 とは言っても自分がどこまで説明していいのかもわからない。


 小声で

「どうする?」

 と尋ねる。


「大丈夫です。私から話します」


 バレてしまった以上すべて話すつもりだろうか。


 海老根の中ではまだ東雲と星野はイコールではないはずだ。

 上手いこと達振舞えば東雲という人間と星野という人間を分けることも可能だろうが……。


「お久しぶりです、海老根さん。時枝さんに代わりまして私から説明させて頂きますね」


 海老根を見る。

 まだ、突然の出来事に現実離れしている感覚を味わっているのだろうが、東雲の話には耳を傾けているようだ。

 すると東雲は結い上げた髪の毛を解き始める。留めていたゴムを外すとパッと髪の毛が舞い上がる。その姿を見て海老根も気づいたようだった。


「えっ、東雲……さん? なんだか雰囲気が少し違うけど」

「はい。東雲美咲です」

「えっ、でも間違いなく星野さんでしたよね?」

「はい。星野志乃も私です」


 それを聞いてようやく理解したようだった。


「変装……してるの?」

「はい。学校でバレたくなかったんです。…出来れば高校生活を普通の人と同じように送りたくて……」

「そう……なんだ」


 まだ、混乱している様だったがその中でも色々と思考しているようだった。


 自分は星野志乃を知らなかったため反応していなかったが、普通の人の反応はこうなのだろう。知り合いが実は有名な女優でしたなんて言われたら混乱してもおかしくはない。


「一つ聞きたいんだけど、どうして翔は知ってたの?」


 もっともな質問だ。


「入学式の時、星野志乃の時の東雲に偶然会ったんだよ」

「はい。それで、学生生活に慣れていなかった私を助けてくださいました」

「……そういう事ね。今、色々と繋がって来たわ。

 前に会った時に、私に助けを求めてきたのはこういう事だったのね」

「そういうことだ」


 海老根は小さく溜息をする。


「色々聞きたいことはあるけれどとりあえず今は納得。

 それにあんまり今のままでいるのはまずいんでしょ?」


 そう言いながら落ちていた帽子を拾い上げ、砂埃を払い落としてから優しく東雲の頭の上にのせる。


「あ、ありがとう……ございます」

 少々驚きながらも東雲は礼を言う。


「凛は理解が早くて助かる」

「その代わり、後で色々聞くからね」

「はい。覚悟しています」

「翔も!」

「自分もか」

「当たり前でしょ! 今まで黙ってたんだから」

「はいはい」


 日もかなり落ちてきたようで山間の方はかなり暗くなっている。街灯が少ないこの町で夜に出歩くのは危険だ。


「夜も更けてきたし帰った方がいいな」

「私と翔は家が近所だから大丈夫だけど東雲さんは大丈夫?」

「はい。私もこのあたりに住んでいるのであと少しで家に着きます」

「そう。なら、気を付けてね」

「ありがとうございます」

 そう言い、東雲は坂道を登っていく。

 

 その様子を少しの間見届けた後、海老根とともに坂を下っていった。


 帰りの数分は質問攻めだった。どうして知り合ったのか、どういう関係なのかなど細かなところまで聞かれた。


「へえ、そんな感じなのね。大体わかったわ」

「そんなに聞かれると疲れる」


 いつの間にか家の前に着いており、軒先で話し込んでいた。

 日も完全に沈んでおり真っ暗だ。街灯もほぼなく家々から漏れる光が辛うじて道の輪郭を照らしていた。

「じゃあ、私は帰るね。また、色々教えてね」

「もう話せるようなことはない」

「大丈夫よ。嫌でも話をさせてあげるから」


 何が大丈夫なのだろうか。質問され続ける未来がかすかに見え、身振りする。


「そうだ凛。一つ聞きたかったんだが、凛は東雲と会ったことがあるのか。自分が凛と東雲を会わせた記憶はないんだが……」

「ああ、それね。一回、翔が東雲さんについて聞いてきたことがあるでしょ? その時に翔のクラスに行って実際に東雲さんに会ってきたの」

「そうだったのか」

「そう。それで、色々アドバイスしたってわけ。さっきの話を聞いてると彼女なりに進歩しているようだったし良かったわ」

「まあ、東雲なりに頑張っているんだろうさ」

「そうね。また、何かあったら言って。翔よりはよっぽど頼りになるだろうし」

「……そうだな」


 正論過ぎて何も言い返せない。


「じゃあ、またね」

 そう言い海老根は家に入る。軽く手を振り返した後、時枝も自分の家に帰った。


 東雲と約束していたとはいえいつかはバレるだろうと思っていたがまさかこういう形でバレるとは全く思っていなかった。


 幸い、知られた相手も海老根という信頼を置ける人物であるし、この際東雲が星野志乃であることを知っておいてもらうのもよいだろう。


 それに、女の子同士じゃないとわからない事も多々あるだろうし。


 とはいえ、約束を守り切れなかったことに少しだけ申し訳なさを感じるのであった。





 翌日、自分が学校に来た時には東雲も学校に着いているようだった。久しぶりの東雲の姿に少し安心する。

 確かに、昨日出会ってはいるがあの姿はどちらかというと星野の方だ。それを考えると改めて東雲なんだなと感じるのだ。


「おはようございます、時枝さん」

「おはよう。なんだか久しぶりだな」

「昨日お会いしたじゃないですか」

「昨日のは、なんていうか、自分の中では本当の姿じゃないっていうか、まあ見慣れない感じで東雲感があんまり感じなかったんだよ」

「そうですか。なら、昨日の海老根さんの件といい変装は完璧という事ですね」


 間違っているような合っているような……。そんな言い表すことの出来ない気持ちに顔をしかめる。


「とりあえず、どんな形であれバレてしまったのだから、これからはより気を引き締めて頑張ってくれ」

「はい。頑張ります」


 一抹の不安はあるが、まあ何とかするだろうと考えることをやめた。


 ホームルームの時間。担任の先生はちらりと東雲の方に目をやった後

「今日は全員揃っているね。特別何かあるわけではないが……、来週から中間テストがある。それの勉強は怠らないように」

 皆に釘を刺した後、教室を出ていく。先生が出た後教室のあちこちで会話が始まる。


 耳を傾けてみると、当然と言うべきか来週のテストについての話のようだ。

 成績の上位を狙うのであればしっかり勉強する必要があるだろうが、必要最低限の点数を取るだけならそこまで難しい話ではない。


 授業を聞いていればそれなりには解けるだろう。高校一年生の最初の定期テストであるためか、テスト範囲も大して広いわけでもなく、自分としてはそこまで危惧するほどではなかった。


 一日の授業も終え帰り支度をする。


「もう帰るのかい?」

 近くに来た花山に話しかけられる。


「ああ。テストも近いし」

「確かにね。何だか急に教室がテストムードになっちゃったね」

「仕方ないだろ。高校生活一発目で変な点数は取りたくないだろうし」

「それもそうか。……で、かく言う時枝はどのレベルを狙っているんだい?」


 その顔にはやや意地悪さを含ませているのを感じ取った。


「わかっているんだろ、その顔だと」


 いやいやそんなことないよと言わんばかりに首を軽く横に振る。


「もちろん推理はしているけどさ、全部が全部わかっているわけではないよ。僕だって人間だから間違えもすれば勘違いもするしさ」


 その様子を一瞥した後

「じゃあ、今自分が考えていたこと当ててみなよ」

 と投げかける。


 花山はわざとらしく頭の先から足の先まで見る。そして、もったいぶった表情を浮かべながら

「高校一発目のテストでテスト範囲もそこまで広くないから、授業さえ聞いていればある程度点数は取れるかなって所じゃない?」

 と、ほぼ満点の解答をする。それに少しムッとしながら答える。


「正解だ。じゃあもう花山に解けない問題は無いな」


 なけなしの皮肉を残し、帰ろうとする。


「ごめんごめん。ちゃんと用事が有って話しかけたんだよ」


 反省している様子なので少しだけ話を聞く体勢に入る。


「前に言っていた件のことなんだ。場所は昔先輩が住んでいた場所に凄く良い所があるらしくてそこに行く予定だってさ。時期は六月の二週目で考えているらしい」

「なるほどね。それならその腹積もりでいるよ」

「そうしてくれると助かる。じゃあ、テスト頑張ろうな」


 そう言い残すと花山は帰っていった。


 花山がどういう性格なのかを理解しているわけではないため確信を持っているわけではないが、多分いい成績を狙っているんだろうなというのは感じた。

 それとは裏腹に悲壮感を漂わせた人がこちらにとぼとぼと歩いてくる。


「時枝さん……」


 内容は花山でなくても想像は付く。


「なんだ?」

「あの……その……今まで私が休んでいた部分の勉強を教えて頂けないでしょうか」

 見るからに申し訳なさそうにしており、今にも消え入りそうな声だ。そんな中申し訳ないが

「いや無理だ」

 と素っ気なく返す。


「えっ……」


 迷うことなく返された言葉に東雲も驚きを隠せないでいる。

 多分、心の中では手伝ってくれるだろうと期待していたのかもしれない。そしてその現実を理解したのは暫くしてからだった。


「そんなこと言わずに出来ればお慈悲を下さい。時枝さんの成績は下げないように気を付けますので」


 悲痛な叫びに胸が痛む。


「いや、教えるのが嫌とかじゃなくて……」


 少し東雲から目を伏せる。


「教えられるほど頭は良くないんだ」

「……そうなのですね」

 東雲も申し訳なさそうにこちらから目を背ける。


 気まずい空気が流れている中、肩をポンポンと叩く人がいる。


「誰だ?」

 そう言い、後ろを振り返ると、自分の頬にその人の人差し指が刺さる。――やられた。


「何の用だ」


 あくまで人差し指が刺さったまま話す。寧ろそこから人差し指を折らんとばかりにより首を回転させる。


「痛い痛い。ごめんってば」

 急いで頬から手を退ける。


「凛、勝手に他の人の教室に入ったらダメだろ」

「どうして? 放課後なのに」

「それは……」

 口ごもってしまう。


「ほら、言い返せないじゃない」

 ドヤ顔を決められて少し癪に障る。


「というか、なんでここに来たんだよ」

「なんでって、昨日の話の続きを……」

「もう昨日さんざん話したよ!?」


 珍しく大きな声が出る。怒鳴るような声ではなく、寧ろ今まで蹂躙されてきた者が解放を訴えかける、といった感じの声だ。


「いやいや、今度は東雲さんサイドから攻めようかと思って」

「えっ、私ですか」

 まさかの飛び火に東雲も驚く。対岸の火事とでも思って油断していたのだろう。


「大体そんなことしていて大丈夫なのか。来週にはテストだろ?」

「だってテスト範囲の勉強は一通り終わらせてるし。これ以上点数を狙うにしても今日勉強しなかったとしてもそこまで影響ないのよ」


 誇らしげだ。


「あのな……」

 こっちのことも考えろよ、と言おうとしたその時、目を輝かせた東雲がグッと前に出る。


「それなら私に勉強を教えてください!」


 今度は海老根が東雲に振り回される番だな、と心の中で思ったのは口が裂けても言えない。


「え……、ええ、いいわよ?」


 突然の出来事に困惑している海老根を他所に、東雲は今までしぼんでいた表情がパッと花開く瞬間のように変化した。





「ゆっくりしてね」


 言われるまま部屋へ案内される。

 本棚に机、ベッドなど一通り必要な家具があり、どれも整理整頓されている。

 黄色を基調とした家具が多いのは海老根の好みだろうか。


「海老根さんの部屋、きれいに片付いていますね」

「それほどでもないわよ」


 言葉では謙遜しているが、表情には駄々洩れだ。


「まあ、座って座って」


 上機嫌な海老根は部屋の中央に置かれた机に座るよう促す。


 東雲は正座して座ると早々に勉強用具を取り出す。普段なら世間話から始まりそうなものだがその様子はない。それほど切羽詰まっているのだろう。


 その様子を見て海老根も切り替えた様子で東雲の取り出した教科書を横から見る。


「で、どこがわからないの?」

「えっと、ここからが授業に出ていなくてわからないんです」

「ああ、ここね。確かに少しややこしいかも」


 そんな風にして海老根と東雲のやり取りが始まったわけだが、自分はいつまでここに居なければいけないのだろうか。自分はここ居るメリットはないはずだが……。

 というかどうして自分はここに来ることになったのだろうか。


「帰っていいか」

「だめ。翔も面倒見ないとまた平均点しかとろうとしないじゃない」


 平均点なら十分な気もするが、負けず嫌いな海老根にとってそれは許せないのだろう。


「別に平均点でもいい気がするが……」

 ぽつりと呟くと海老根が反応する。


「それじゃあ、半分の人に負けてるってことじゃない」


 それは平均点じゃなくて中央値だ、なんて訂正をしたら怒られる気がする。


「まあ、落ち着けよ。よく考えてみるんだ。他の人と比べるからそうなるんだ。あくまでテストは先生が作った問題との勝負。先生が課す最低点数は五十点。それさえ下回らなかったら先生との勝負には勝っていることになるんじゃないか。本来共闘すべき生徒同士で争うのはナンセンスとは思わない?」


 あんまり長々と話をするのは好きではないが、海老根にはそれっぽいことを言っておけば勝手にいいように解釈してくれるのでこの方法が一番効果的だ。


「なるほど……。確かに。元々テストは先生が作ったものだもんね」


 そう言いながら頷いている。自己解釈してくれているようで助かった。


「わかってくれて何よりだ。それじゃあ帰る」


 そそくさと部屋を出ようとすると腕を掴まれた。


「折角久しぶりに家に来たんだしさ。今日はゆっくりしていってよ」


 先ほどとは違い随分と穏やかな印象だ。寂しそうな表情をする海老根に心にチクリと針が刺さる。


 もしかしてだが、自分を家に招いたのは久しぶりに来て欲しいという気持ちがあったのかもしれない。普段は器用なくせにこういう時だけ不器用だから達が悪い。

 自分はそれをわかってあげられるほど器用な人間ではないのだ。


「……わかったよ。晩御飯までな」


 自分が気付いた範囲で出来るだけのことは言ったつもりだ。





 あれから一週間が過ぎ、テスト週間もようやく終わりを迎えた。

 たった今終えたテストを終えた解放感からか教室の雰囲気は明るい。教室のあちこちで教室の生徒達が今後の予定を立てている。


 どうやら杉山が中心となって人を集めているようで、何人かが集まっているようだ。ぼんやりとそちらを見ていたのだが、教室でメンバー探しをしていた杉山と目が合う。


「時枝、今からみんなで隣町まで遊びに行くんだが一緒に行くか?」

 教室全体に聞こえる声でこちらに問いかける。

 それに対し、返事として、両手で「×」の字を作る。「そうか」と一言だけ残し杉山はまたメンバー探しを始める。


 杉山とは別に仲が悪いわけではないが普段から話すわけでもない。テスト明けの解放感がそうしているのだろうか。

 ほぼないだろうが、また誰かに声を掛けられても面倒だ。


 早々に教室を立ち去る。


 別に誰かと遊びに行くのが嫌いなわけでもないし、常に冷めているわけではない。単純に大人数で何かをするというのはあまり好みではないのだ。


「ただ単純に静かに過ごしたい」

 学校を出て、テスト明けの解放感を噛みしめながら自転車を走らせていた訳だが、突然声を掛けられ、余り整備されていない地面に一瞬ハンドルを取られそうになる。


「そう思ってたでしょ。顔に書いてあるよ」


 後ろからどうやって顔を見るんだ。なんて言ったら怒られるだろう。だが、そんなにその雰囲気が滲み出ていただろうか。


「凛。急に後ろから話しかけるなって」

「でも、そうでもしないと気付かなかったでしょ」


 まあ、確かにそうだろうな。


「翔もテストの解放感に酔ってるんじゃないの?」

「そう見えるのならそうなんだろうよ」

「否定しない辺りそうなんだね」


 どこか嬉しそうだがどうしてだろうか。


「凛は皆とどこも行かないんだな」

「行きたかったんだけど、先約があってね」

「そうか」


 人とのつながりを大事にする凛らしい。


「もし時間があるなら翔も来る? 翔も関係あるし」

「自分が……?」

「そうそう、今から会うの美咲ちゃんだよ」


 美咲ちゃん、ね。この前まで東雲さんと言っていたのに随分と仲良くなったようだ。


「大分仲良くなったんだな」

「そうなのよ。結局あの日以降、毎日一緒に勉強してたんだよ」


 毎日とは傍迷惑な話だ。面倒見のいい海老根だからこそ苦にはならなかったんだろう。元々、海老根と東雲には仲良くなって貰う予定だった訳だし丁度良かった。


「で、どうするの?」


 少し考えた後、

「今日はやめておくよ」

 そう返す。

「やっぱりそう言うと思った」

「どうして?」

「翔が女子に囲まれている図なんて想像できないもの」

「これは馬鹿にされているのか」

「揶揄ってるの」


 そう言い残すと海老根は自転車の速度を上げ自分を追い抜いていった。行かないと言った以上追いかけるつもりはない。

 別に海老根や東雲と一緒に居たくないわけじゃない。しかし、折角女子同士仲良くなれたのだから余所者の自分が急に入るのは何か違う気がするのだ。


 そう言い訳をして、再び静かな昼下がりの帰り道を楽しむのだった。


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