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ゆめまち日記  作者: 三ツ木 紘
19/20

ウタカタメモリート後編下

           ♦︎


 終業式も終わり世間では完全に夏休みへと移行した。

 しかし、受験する高校三年生にとっては休みではなく、むしろ各々の勉強に集中できる期間だ。

 家で勉強するのは当然として、夏休みの間も授業が進む。故に世間で言う夏休みは本来の半分ほどしかないが、そもそも受験生なんてそんなものだろうと割り切っている。


 そうは言っても日曜日は自由時間。

 日頃の疲れを癒す者、更に精進を重ねる者など様々である。そんな中、目的を果たすために電車に乗りここまで来ていた。


 ここは俗に言う”郊外”と言われるような場所だ。

 住宅が多く立ち並び、それに伴ってコンビニエンスストアやスーパーなど生活に必要な店が立ち並ぶ。

 そしてこの街で最も有名なものといえば、駅からも微かに見える立志大学だろう。#臙脂__えんじ__#色と白色の特徴的な色彩の建物に校章が描かれている。

 この地域では最も偏差値の高い私立大学の一つだ。半年後には私も受験しているかもしれない。そんなことをちらりと考える。


 ここに来ると興味の的はどうしても立志大学に移ってしまうが今日の目的はそちらではない。


 歩くこと十分。目的の家に到着する。小さく息を整えた後インターフォンを鳴らす。

 暫くして玄関の扉からガチャという音と共に一人の女性が現れた。


「あ、夢子ちゃん。よく来たわね。上がってくださいな」


その女性――柳原和子は家に入るように促す。


「叔母さん、お久しぶりです」


 そう言って家に入る。この家に来たのは久しぶりだ。

 最後に来たのは一年前だろうか。


「それにしても夢子ちゃんが法事以外で来たのって初めてじゃない。連絡来た時は驚いたわ」


 久しぶりに会えた事が嬉しいのか、私が知る叔母さんよりも饒舌だ。


 リビングに案内してもらうと早速お茶などを運んでくる。


「叔母さん、先に兄さんに挨拶してもいいでしょうか?」


 折角用意して貰っているため、ここで断りを入れるのは申し訳ない。しかし、それでも先に挨拶をしたかった。


「ええ是非とも。達也も夢子ちゃんが来て喜んでいるよ」


 叔母さんもその気持ちを察してくれたのか、すぐに部屋前まで案内してくれた。


 息を整えた後、扉を開き一礼をする。

部屋は和室になっており、その奥に仏壇が置かれている。

 仏壇の前に座り、そこに予め買っていた和菓子を備え、一礼する。そして線香に火をつけ、手を合わせた。 


 今までも法事で兄さんの仏壇に手を合わせることは何回かあった。ただ、どうして兄さんは居なくなったのかというわだかまりを抱えたままでは心の底から挨拶する事も悔やむ事も出来なかったのだ。

 心の中にあったわだかまりが溶けた今、初めて心から挨拶出来たような気がした。


 ふと、昔の記憶を思い出す。

 高澄村での記憶だろうか。

 場所は少しうろ覚えだが、これは二人でよく遊んでいた時の記憶だ。


 田んぼの稲が立派に成長してきた頃、夜になるとカエルの大合唱が家にまで響いていた。

 その時、祖父母の家に泊まっていた私と兄さんはこっそりと家を抜け出して田んぼでカエルを捕まえようとしていたのだ。

 街頭などが一切ない田舎であり、かつ山には猪や鹿などの野生動物もたくさんいる事を考えると、夜中に外に出るのはかなり危険だ。

 暫くして私の両親がそのことに気付き、両家族が総出で探していたらしい。

 当然そんな心配をかけてしまっては怒られるのは無理もないだろう。その時に凄く怒られた事までは思い出した。


 しかし、それ以降が思い出せない。確か、兄さんが何かをして守ってくれたはずなのだが、それが思い出せない。少し粘ってみるが結果は変わる事はなかった。


 いや、よくよく考えると兄さんと一緒に過ごした日々の中で思い出す場面はいつも一緒だ。

 過去に沢山遊んできたはずだが、もうそれを思い出す事は二度と出来ないのだろう。


 そんな風に感じた。


 泡沫のように消えてゆく楽しい記憶を名残惜しくは思う。しかし、それを悔やむ事はもうない。


 兄さんの記憶は八年前のものから今のものへと変わっている。そして、今はもう兄さんはいないのだ。

 そう思いながら目の前を見ると、視界に映っているのは未来だけだった。


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