表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆめまち日記  作者: 三ツ木 紘
18/20

ウタカタメモリート後編上

           ♦︎


 当時は何も知らなかった。

 いや、知ろうとしていなかった。

 知る事に恐怖し避けていたのだ。それは今も後悔している。


 自身への戒めとして”後輩の死”という事実は受け入れた。しかし、未だに柳原達也の死は受け入れる事が出来ていなかった。


 社会人となって仕事で忙しくなりそれも忘れてきた頃、一人の女子学生が現れた。

 彼女は私にこう尋ねてきた。


「あの、写真部の部室はどこにありますか?」


 どうしてこの学生はそれを知っているのだろう。それが最初に抱いた疑問だった。


「写真部なんてないぞ、この学校には」


 自分でも想像以上に冷たい声で言葉を発した時、胸が痛んだ。


「あれ、そんなはずは」


 その女子学生は不思議そうにしながらも少し考える。そして何か閃いたのか顔を上げる。


「……わかりました。それでは今新しい部活の申請を行います」

「はあ?」


 その行動力に驚くと共に呆れる。


「お前なぁ。部活を作るといっても結構しないといけないことが多いんだ。特進クラスのお前じゃ大変だろ?」

「いえ! 大丈夫です。両立します」


 彼女の目はまっすぐとこちらを見ている。その目には何処か懐かしさを感じた。こういうタイプは一度言うと止まらないのだ。

 小さくため息を付きながら机に腕を乗せる。


「……分かった。じゃあ、部員を三人。それと顧問の先生を捕まえてこい。そうしたら申請くらいは出してやるよ」

「はい! 分かりました」


 それを聞いて笑顔を見せた彼女が再度私の下へ来たのは奇しくも写真部がなくなったのと同じ夏休み明けの事だった。


 その時見た第一印象は疲労だった。


「やあ、山吹。部員集めは順調か」


 私の机の所まで来た山吹に話しかける。


「そう、ですね。一応部員は三名集めてきました」

「ほう、やるな。じゃあ、顧問の先生は見つかったかい?」

「いえ、そちらが捕まらなくて……」


 少し落ち込んだような顔をする。しかし、大きく息を吸い私の顔をじっと見た。


「でも、一つお聞きした事があります」


 この時妙に嫌な予感がした。


「水掛先生は部活の顧問をしていないと聞きました。水掛先生……。部活の顧問をお願いしてもよろしいでしょうか」


 唐突にも程がある。


「あのな。私はまだ社会人三年目だぞ。ようやく右と左がわかってきた時に仕事を増やすなよ」

「でも、校長先生からは許可が出ましたよ」


 予想外の所から意見を持ってきたな。


「何故校長先生に」

「偶々廊下ですれ違いまして。その時に水掛先生の名前を出しました」


 このタイプは決めた事にはとことん追及するタイプだ。故に、強い後ろ盾があるこの状況では何を言っても納得しないだろう。

 ため息を付き、引き出しから一枚の紙を取り出す。


「……分かった。仕方ない。私の名前で部活申請書を出しておくよ」


 そうして、高校生が丁度二回入れ替わった時に写真部は再誕したのだ。





 北野を駅まで送った後、二年前の事を回想しながら寄り道する。駅近くにあるお店だ。


「あの後は、部室がないとか予算がないとか大変だったな」


 そんな苦労を懐かしみながら夕方の商店街へと入る。

 商店街はこの時間に一番活気がある。夕食の買い出しに来る者や仕事帰りの者など様々だ。

 私は彼らとは目的地が異なるためその混雑に巻き込まれる事はなかったので問題はないが、別の目的地に向かう予定があるため出来るだけ早く買い物を済ませたかった。


「いらっしゃいませ」


 店の奥で椅子に座っていたおばあさんがそう声をかけてきた。


「ああ、ばあさん。お供え用の花ってないか。あんまり詳しくなくてな」

「はいはい。ありますよ」


 花屋のおばあさんは店の奥の方に向かうと一束を持ってくる。


「ありがとう。お金はこれで足りるかな?」

「ちょっと待ってね」


 お札を受け取ったおばあさんはレジスターを弄った後、

「はい。お釣りだよ」

と手渡しする。


「ありがとう」と言い店を出ようとした時、

「水掛先生、どうかしたんですか?」

 と声を掛けられる。


 後ろを振り向くと時枝が立っている。そしてその隣には一人の女性――時枝美波も立っていた。


「あら、水掛先生じゃない」


 相変わらず元気そうだ。


「おお、時枝姉弟か。こんな所でどうした?」

「今、翔に花を選んでもらいに来たのよ」

「へえ、時枝はそんな事に詳しいのか」


 弟の方を見る。


「そうですね。まあ、常識範囲内ですよ」


 すると目合わせないように目線をずらす。相変わらず可愛げのない奴だ。


「そんなことより水掛先生はどんなお花を買ったのかしら」


 偉く興味津々のようだが、内容を相手に伝えるようなものではない。


「ああ、ちょっとな」


 すると、弟の方は姉の鞄の紐を掴む。


「姉貴、行くぞ」

「ええぇ?」


 姉は弟に引っ張られていく。「ちょっと待って。千切れる」と悲痛な叫びは聞こえるが、まあいいかと一度花束の入った手提げ袋を持ち直す。


 その時、花が袋から少し出ていることに気付く。


 まさか時枝弟はこれに気付いて気を使ったのだろうか。


「あのそっけないあいつが、ね」


 小さく笑い、次の目的地へと向かった。





 旧校舎は現在の校舎から徒歩で十分の所にある。

 しかし、その道のりは山道で大変だ。

 学生の頃はそんなに苦だと思った事はなかったが、体力が落ちた今、この道ですら少し辛かった。旧校舎へと着いた時には息も絶え絶えだった。


「少しなまっているな。もう一度鍛え直さないとな」


 疲れを吹き飛ばすつもりで、そんな軽口を叩きながら旧校舎の裏手へと向かう。

 夏も本格的に始まり気温は日に日に上昇しているが、ここは木々に囲まれているからか幾ばくか涼しい。


 一応ここは立ち入り禁止の為、部外者は入ってはいけないはずだが、所々に部外者が持ち込んだと思しき物が落ちている。


「ここもいつか掃除しないとな」


 仕事が増えることは嫌だが、学校職員である以上見て見ぬふりは出来ない。仕方ないなと思いながら体育館倉庫の裏手へと向かう。


 ここは柳原達也が首を吊っていた場所だ。今は墓地に埋葬されており、ここにはいるはずがないが、残念な事に柳原達也の墓地は知らない。


「柳原、八年ぶりかな。……すまなかったな。ずっと来られなくて」


 そう言って木の根元に先程購入した花束を置き、木の幹に手を付く。


「昔、お前を助けられなかった自分を許せなかったんだ。……けど、それはもうやめた。今、お前の事を知ろうと四人の学生が必死でお前の情報を探していた。

 この私を脅してまでな。

 そんな彼らを見ていると、意固地になっていた私が馬鹿らしく思えてね」


 木から手を離す。


「そろそろ戻るよ。……またな」


 その言葉を置き土産に旧校舎を立ち去った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ