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ゆめまち日記  作者: 三ツ木 紘
17/20

ウタカタメモリート前編下

 土曜日の放課後。自分達三人は食堂で昼食を済ませ、部室で待機していた。

 この日は二時から柳原事件についての話を聞く予定だが、その前にしなければいけない重要な仕事がある。

 その仕事に対する不安が自分達を黙らせる。


 時計が丁度一時半を指した頃、部室の扉がその沈黙を切り裂いた。

 そこに現れたのは予想通り、というよりは予定通り山吹が現れる。


「あら、三人ともお疲れ様。今日はどうしたの? 大事な話があるって聞いたんだけど」


 山吹からすれば突然呼び出されて、何事だろうと思っているかもしれない。

 その疑問を解決するためにも、まずは山吹に柳原事件の真相がわかるかもしれない旨を伝えないといけない。しかし、山吹に内緒で勝手に秘密を探っていた以上、どう反応するかが不安だ。

 

 そんな緊張の中、扉に一番近い花山が立ち上がる。


「お疲れ様です。まあ、まずは椅子にでも掛けてくださいな」


 花山は山吹の所に行き、着席を促す。


「え、ええ。分かったわ。分かったけどどうしたの?」


 急に丁重に扱われたら誰でもこうなるのだろうか。


 山吹が着席するのを確認した後、花山はそのまま口を開く。


「山吹先輩。実は僕達から一つ伝えないといけない事があります」


 花山の真剣な様子を見て、何か重要なことかもしれないと感じたのか、姿勢を正す。


「……実は僕達は山吹先輩のある秘密について調べていました」


 山吹は花山の話を聞き、より真剣な表情になる。


「それは、柳原事件についてです」


 秘密、と言った段階からなんとなく勘付いたのだろう。動揺を見せることなく山吹は無言を貫く。


「僕達は様々な媒体を用いて調査した所、とある人物に行き着きました」

「…………水掛先生?」


 少し思案した後、確信を持てていない様子ではあるが、そう聞き返す。


「そうです」


 花山はその解答を肯定し、そのまま話を続ける。


「水掛先生は柳原達也の先輩でした。しかし、水掛先生は柳原事件の事については詳しく知りませんでした。

 そこで、今日、水掛先生にお願いしてとある証人を連れて来て頂く事になっています」


 花山は一拍を置き、先程よりも力強い声で言い放つ。


「山吹先輩。山吹先輩にも是非この話を聞いて頂きたいのです」


 山吹は腕を組み考える。山吹の目的の事を考えると棚から牡丹餅みたいなものだが、自分の調べていた事を勝手に調査され、解決されそうになっているとなると、複雑な気持ちになっていてもおかしくない。


 暫くの沈黙の後、山吹は口を開く。


「まずはみんなありがとう。本当は私自身で解決しなければいけない問題だったのに。本当にごめんなさい」


 突然の謝罪に驚かない訳がない。むしろ怒られる覚悟をしていた程だ。


「いえ、自分達が勝手にした事なので」

「私達も山吹先輩のお力になりたかったんです」


 今まで話を静聴していた二人がフォローする。


「そう言って貰えて嬉しいわ」


 自分達に向かってそう言った後、再度花山の方を向く。


「花山君達が一生懸命に調べてくれた事だもの。是非、聞かせて頂くわ」


 優しく微笑む山吹を見て心が軽くなる。

 それは自分だけが例外ではなく、東雲は胸をなで下ろしており、花山は今までの直立を崩し、傍に並べてあった机に手を置き、もたれかかっている。


「私にもみんなが調べてきてくれた事を聞いてもいいかしら? 多分今回の話にも関係するだろうし確認しておきたいの」

「そういうことなら是非!」 


 返事をする花山の声も軽く聞こえる。

 縛るものがなくなった今、花山は自分達が調べてきた柳原事件について嬉々として話すのだった。





 部室にかけられた時計の短針はもうすぐ二時を指そうとしている。

 時間が近づくにつれて自然とただ一つの部室の扉に注目が集まる。時計の針の動く音が響いている。


 二時ぴったり、というわけではなかったが、数分遅れて水掛先生が部室に姿を現す。


「遅れてすまない」


 そういいながら入る水掛先生の後ろにはもう一人、見知らぬ女性がついてきていた。

 その女性は初めて見る場所に戸惑いながらも入室する。


「水掛先生、その方はどなたですか?」


 花山と同意見だ。


「ああ、今紹介する。こいつは#北野__きたの__##花梨__かりん__#。

 私の二つ後輩で、噂のストーカーをされた張本人さ」


 北野花梨と言われた人はその紹介の仕方に苦々しく笑う。


「先輩は相変わらずですね」


 水掛先生のこの性格は昔からのようだ。


「こいつらにとってこの説明が一番わかりやすいだろう」

「ええ、まあそうですが」

「じゃあ、今度はお前達の番だ」


 水掛先生はこちらを向いた。


 急に自己紹介と言われても誰から話すか全く考えていなかった。そんな時は黙ってしまうのが日本人の悪い癖だろう。

 その負の流れを割くかのように東雲が立ち上がる。


「私からいきますね。

 私は一年三組の東雲美咲と申します。本日はお越し頂きありがとうございます。お話をお聞き出来る事を心待ちにしておりました。本日はどうぞよろしくお願い致します」


 懇切丁寧に挨拶をした後、最後のダメ押しにキッチリ礼まで付ける。

 その様子に案の定二人とも驚いている。


「最近の高校一年生ってここまで出来るのね」


 ここまでスラスラ言えるのは、少なくとも花宮高校の一年生では東雲だけだと付け加えたい。


「今度は僕ですね。同じく一年三組の花山晴頼と言います。本日はお願いします」


 花山もしっかりと礼を付け加える。さて、次は自分の番だ。


「こんにちは。一年三組の時枝翔です。よろしくお願いします」


 そう言い、礼をする。


「私は三年一組の山吹夢子と申します。本日は宜しくお願い致します」


 水掛先生は山吹が下げた頭を上げるのを確認した後、話を切り出す。


「それで今日の本題はメールで送った通り、学生の間で広まっている柳原事件について、実際にその現場にいた北野から話をしてやって欲しいんだ。私はその時の事は詳しくなくてな」


 水掛先生は申し訳なさそうにする。


「問題ありませんよ、先輩。そのために今日は来たんですから」


 元気よく答える北野先輩に、

「助かるよ」

 と言いながら、北野先輩の肩に手を置き、予め自分達が準備していた椅子に腰掛ける。


「北野も適当に座ったらどうだ?」

「そうですね。そうさせて貰います」

 北野先輩ももう一つの椅子に腰掛ける。

 そして目を閉じて何かを考えた後、ゆっくりと目を開いた。


「まずはみんなが気になっている柳原事件についてお話させて貰うわ。話の途中でも気になる事があったら手を挙げてね」


 そんな前置きをした後、本題に入った。


「今は柳原事件というみたいに呼ばれているけど、私達の時はそんな名前じゃなくて単にストーカー事件って呼ばれていたの。

 その名の通り、ある女子生徒が男子生徒にストーカーされたという事ね。

 そして、その女子生徒は北野花梨。そしてその男子生徒は#湯田__ゆだ__##樹__いつき__#という人だったわ」


 新たな登場人物の登場には驚かない。むしろそうでないと困るのだから。


 ちらりと水掛先生の方を見る。やや後方から見た限りでは、特に動揺した素振りは見せない。


「私が初めてストーカーされているのに気付いたのは六月頃。

 最初気付いた時は偶々帰り道が一緒なだけかと思ったんだけど、寄り道した時にもついてきていたから、ストーカーかもしれないと思っていたの。

 そして、丁度今の時期になった頃には家のポストに手紙が届くようになったわ。流石に危険を感じて柳原先輩を頼る事にしたのよ」


 ここで花山はスッと手を挙げる。


「話の途中ですみません。どうして家族や警察には頼らなかったんですか?」

「もっともな意見ね。私の家は母子家庭なの。私が幼い頃に父親が亡くなったみたい。それで、早朝から深夜まで働く母に余計な心配をして欲しくなかったの」

「そんな事情が。すみません。ありがとうございます」


 花山が納得したのを確認した後、話を続ける。


「それで、元々仲がよくて、かつ絶対に犯人ではないであろう柳原先輩にストーカーの犯人は誰なのか調べてくれるようにお願いしたの。

 柳原先輩はちょっと融通が利かない所はあったけれど、まっすぐな人だったから。柳原先輩にはすぐに手伝って貰えることになって、私の後方を歩いて犯人を探してくれる事になったの。


 柳原先輩に助けを求めてから一週間後、柳原先輩から犯人を特定したと連絡がきたの。

 その犯人はさっき言った通り、当時三年生で同じく写真部の先輩の湯田樹だったわ。


 翌日、そのことを先生に伝えようと学校に行った時、学校のあらゆる掲示板に『花宮高校二年、柳原達也後輩女子生徒をストーカーか!?』という見出しの速報が張られていたの。

 ご丁寧にその証拠写真までつけてね。


 そんな事が起きれば嘘か誠か関係なく学校中に広まる事になるし、柳原先輩は悪い意味で有名になったのよ。

 そして柳原先輩は謹慎処分になってしまったの。


 勿論、真実を伝える為に動き回ったんだけど、湯田樹は学内でも人気があったし、柳原先輩はより一層立場がなくなってしまったの」


 ここで北野先輩は持参していた水筒を取り出し、喉を潤す。


「それって先生達は動かなかったんですか?」


 思い切って聞いてみる。


「君の言う通り私達も先生に相談しに行ったんだけどね。……先生もあまり頼りにならなかったのよ。速報の写真が本物である限りどれだけ弁明しても無理だろう、と」


 水筒の蓋を占め、鞄の中にしまう。


「一つ気になるのですが、ストーカーしている写真を撮った人もストーカーしているのではないでしょうか? じゃないとそんな写真を撮れませんし」


 東雲は中々鋭い所を付く。


「そうなの。それに気付いた私もその事を伝えたんだけどね」


 ため息を付く北野先輩を見れば、すべて話さなくとも結果は見える。


「そう、なのですね」


 北野先輩の表情を見て東雲も引き下がる。


「ええ。そして二学期になって謹慎処分が解けた最初は学校に来ていたんだけど、登校初日から他の学生からの扱いは酷かったわ。

 特に、此処は田舎の高校で閉鎖的だから余計にそうだったのかもしれない。そして、すぐに柳原先輩は居なくなってしまったの。

 

 それから暫くして体育倉庫裏の木で首を吊って死んでいたらしいと聞いたわ」


 唇を噛む北野先輩を見ると、彼女自身もまだ納得出来ていない事も多いのだろう。もしかすると、私が柳原先輩に声をかけなければ、とでも思っているのかもしれない。


 そして、彼は死後も柳原事件の犯人としてされている事を考えるといたたまれない気持ちになる。


「山吹先輩……、大丈夫ですか」


 山吹を心配する花山の声が聞こえる。そちらを見ると山吹の頬には涙が流れている。

 山吹も自分と同じ事を考えているのだろうか。


 違う事と言えば、柳原達也への思いの差、だろうか。


「えっと、山吹さん。大丈夫?」


 その様子に北野先輩も心配をして声を掛けた。


「はい、大丈夫です」


 その声はいつになく弱弱しい。


「勿論、辛いお話でした。……しかし、それでも、兄さんに起こった本当の真実を知れて良かったです」


 涙を目に浮かべながらも毅然とした態度を取る。一方で、北野先輩は少し驚いている。


「山吹さんって柳原先輩の妹さん……?」

「いや、違う。こいつは柳原の従妹だ」


 山吹の代わりに水掛先生が答える。


「それでそこまで」


 何処か納得したような口調だ。


「さてお前ら。これで私の約束は達成した。これ以上なければ北野は帰すが」

「あ、相変わらず強引ですね。もう少し感傷浸りたいでしょうし」


 北野は苦言を呈する。

 しかし、先程までの暗い表情はどこかに行ってしまったようだ。


「ここでだらだらしていても仕方ないだろう?」

「まあ、そうですが。山吹さんの事も考えてあげないと」

「なに、こいつはそんなにやわじゃない」

「三年間一緒にいる先輩が言うなら間違いなのでしょうけど」


 北野は不憫そうに山吹の方を見る。


「あ、そうだ。山吹さんに渡さないといけないものが」


 再度山吹を見た途端、何かを思い出したようで、北野先輩は突然鞄の中を漁る。


 そして、何かのケースを取り出す。

 それを持って山吹の下まで歩み寄る。


「これ、柳原先輩に借りていたカメラなの。結局返せずじまいでだったから復活した部活の備品にでも使って貰おうと思って持ってきたんだけど。

 もしよければ受け取ってくれないかな?」


 山吹の前に出されたデジタルカメラのケースはボロボロになっており年季を感じさせる。

 形も数世代前の物であることから、元々古かった物が更に古くなったのだろう。

 山吹は少し迷った後、カメラを受け取る。


「ありがとう、ございます」


 突然の代物に驚いているのか、反応が薄い。


「北野はそれでいいか? 私は仕事があるので戻るぞ」


 いつの間にか扉を開け、部屋を出ようとしている。


「ちょっと待ってください。水掛先輩がいないと不審者になってしまいます」


 水掛先生にそう言った後、

「山吹さん。柳原先輩は本当に良い先輩よ。彼は最後の最後まで勇敢に闘ったわ」

 山吹にそう言い残し、部室を出ようとする。


 その時に、

「先輩。最後に質問いいですか?」

 と声を掛ける。


 山吹の気持ちを考えると興味本位で聞いて良いものか迷うが、何となくこれは山吹も知っておいた方がいい気がする。


「ええ、どうぞ」

 と北野先輩からの返事を貰う。


 みんなの注目が集まる中、小さく息を吸い口に出す。


「どうして柳原達也は自殺をしたのに、今の学校では問題になっていないのですか。人が一人死んでいるんですよ。本当ならマスコミだって注目するかもしれなかったのに」


 それを聞いて北野先輩だけでなく、水掛先輩も俯く。しかし、すぐに顔を上げてこちらに向き直る。


「柳原先輩が……、柳原先輩が遺書を残していたのよ。広めないでほしいって。これはあくまでも学校での問題だ。ってね。

 勿論、この学校だけの問題で済むはずないんだけど、それでも学校側は出来る限り彼に配慮して事を収めたみたい」

「そう、なんですね」


 柳原達也はどこまで自分勝手で、そしてどこまで親切なのだろうか。


 そもそも、こんな田舎の学校にマスコミなどが来ることも考えにくいが、それでも枝垂町の住民には広まる可能性があったかもしれない。


 学校側も問題は出来る限り隠したいだろうし、彼の遺書の文言を隠れみのとして使う事も出来る。

 柳原達也はきっとそのように利用されると知りながらも自分以外の生徒を守るためにそうしたのかもしれない。


「私達は先に出るぞ」


 考え事をしていると水掛先生の声が聞こえる。顔を上げて部室の扉の方向を見ると、丁度部室のドアが閉まった所であり、そこにはもう誰もいなかった。


 花山もその流れに任せて

「僕達も出ようか」

 と促す。


「はい」

「……ああ」


 本当に山吹を部室に一人にして良いものか悩む。

 しかし、ここに自分が残っても何か出来る訳ではない。それならばこの流れに乗じて部室を出る方が良いだろう。


 最後に「お疲れ様です」と言い残して部室を出た。



           ♦︎



 みんなが部室を出てからどれくらい時間が経っただろうか。頭の中の記憶を溯っているうちにかなり時間が経ってしまったようだ。


 机の上に置いたカメラを持ち上げる。


 このカメラは兄さんが初めて買ったカメラだ。当時でさえ中古で買った物なのだから、経過した年数よりも古く感じるのは当然だろう。


 ケースから取り出すと、普段使っているものよりもはるかに大きなデジタルカメラが入っていた。

 今とは違い背景モニターなどはない。

 そんな旧世代のカメラを一通り眺めて楽しんだ後、カメラケースの中身を確認する。


 すると、サイドポケットの中に何かがある。

 持った感触から機械などではないのは分かるが、イマイチ検討がつかない。


 取り出してみると、随分古く枯れており、押し花のようになっているが、シロツメクサであるのは間違いなかった。


 ふと、八年前のクローバーの花畑での事を思い出す。

 当時十歳だった私は今年も毎年恒例の花畑へ兄さんと行っていた。


「何があっても負けない子に育つんだ。決して諦めてはいけないよ」


そんな事を言われていたのを思い出す。

 どうして急にこんな事を言ったのか当時の私は不思議でしかなかった。また、いつか聞こうと思っていた矢先、兄さんはこの世からいなくなってしまった。


 兄さんがどうしていなくなったのか、どうしてこんな事を言ったのか。

 当時の私には分からず、怒りや不安などが心の中に残った。その理由を見つけるためにこの高校に入学した。


 そして二年と四か月という月日をかけて、私の待ち望んでいた真相はようやく解明された。


 謎が解けた嬉しさに小さく微笑みを浮かべる。ようやく真実が見つかった。その感情だけで胸がいっぱいだ。いっぱいのはずなのに……。



 部室には傾き始めた日の光が侵入してくる。それに照らされる時、キラキラと頬が輝いた。


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