ツギハギメモリート(後編)
翌朝。窓から入る日の光で目を覚ます。アラームを六時半で設定していたが無意味だったようだ。
時間を確認すると六時を指している。
少し早く起きてしまったなと思い、もう一度寝る体制に入る。
しかし、一度目が覚めてしまったからか寝付けない。
改めて布団から起き上がり周りを見渡す。
机の上には湯呑が中央にまとめられており、空の皿が重ねられていた。
隣を見ると花山はまだ寝ているようで寝息が聞こえる。
女性陣が寝ている部屋の方を見る。そちらも襖がしっかりと閉まっている。二人ともまだ寝ているのかもしれない。
よく考えれば昨日は割と遅くまで起きていたのだからむしろ起きている方が不自然だ。
花山を起こさないように食器類をお盆に片付ける。
邪魔にならないように先に引き戸を開けてからお盆を持ち、台所へと向かった。
台所からは光が漏れている。
どうやら誰か起きているらしい。
お盆をいったん床に置き、引き戸を開ける。そこにはおばあさんがおり、料理をしているようだった。
お盆を持ち上げ、おばあさんに近付き声を掛けた。
「おはようございます。あの、昨日の食器を持ってきました」
声をかけられたおばあさんは振り向き声の主を確認する。
「おはよう。わざわざありがとう」
そう言いお盆を受け取る。
お盆を受け取ったおばあさんはそのまま流し台にそれを置く。
「ありがとうございました」
忙しそうなおばあさんにそれだけ言い部屋を出る。
そしてそのまま洗面所の方へ向かった。
洗面所に着くと栓を開き、水を出す。しかし、予想していたよりも水は出ない。
恐らくおばあさんが台所で水を使っているためこちらは出にくいのだろう。
栓を最大まで開放した。
顔を洗っていると急に水の勢いが強くなる。「おわっ」と驚きの声が出る。
幸い服に水がかかる程ではなかったが手で汲んだ水は溢れて出ていってしまった。
栓を少し閉め水の勢いを弱めた。
その時、背後から声を掛けられる。
「そこに誰かいるのですか」
聞き覚えのある声だがくぐもっており聞こえにくい。
用意していたタオルで顔を拭き、後ろを振り返りながら「時枝です」と返事をする。
「え、時枝さんそこにいらっしゃるんですか!?」
驚いた声でようやく声の主を特定する。
「え! 東雲か」
「はい。そうです」
「どうしてそこにいるんだ?」
「昨日、山吹先輩から朝風呂もあるよと言われていたので入っていました」
「そ、そうか。すまん。それは知らなかった」
「いえ、気にしないでください。扉越しですし大丈夫です」
東雲は大丈夫というがこちらは大丈夫ではない。
普段は気にしないがこれでも年頃の男子だ。風呂場に女性がいるというだけで嫌でも意識してしまう。
丁度洗面所への用事も終わった所だ。
「東雲、自分はもう出るぞ」
着替えが入っているであろう籠が視界に入らないように顔を伏せながら脱衣所を出た。
ひどい目にあった。そんなことを思いながらため息をつく。いや、実際に被害を受けているのは東雲だろうが。
溜息を付きながら部屋に戻る。
部屋全体には光が満ちている。どうやらカーテンが開いているようだ。自分はカーテンを開けた覚えはない。という事は別に開けた人物がいると言う事だ。
その本人と思しき人がこちらを見る。
「やあ、おはよう。どこ行っていたのかな」
「花山、おはよう。ちょっと食器を片付けに行っていたんだ」
花山は机の上を見る。
「本当だ、ありがとう。助かるよ」
洗面所に行っていた事や東雲に風呂場で会った事は伏せといた方がいいだろう。
「時枝は準備を終わらせたのか」
「準備?」
「ああ、今日の写真を取りに行く準備だよ」
準備と言ってもカメラと買っておいたパン類、飲み物くらいだろうか。
「そんなに準備するような事はあるか」
「これだよ」
そう言って花山はカメラを二台、自分の目の前に置く。その他にメモリーカード類や折り畳み式の三脚もあるようだ。
どれほど準備しているのだろう。
撮影旅行などした事がない為どの程度が正しいのか分からないが、これは過剰だ。
しかし、花山はよかれと思ってこうしている訳だから敢えて突っ込まない。
それに、花山ほどの荷物はないが確かにそろそろ準備はしておいた方が良さそうだ。
手提げカバンから今回使うリュックを取り出した。
朝食も終わりそれぞれまとめた荷物を持って家の外に出る。山吹はおばあさんと話しているようでまだ家の中にいる。
山吹がまだ出てこないことを見計らって花山は東雲と自分を傍に集める。
「どうしましたか?」
「少しお願いがあるんだ」
「お願いってなんだよ。しかも小さな声で話してさ」
再度周囲を警戒した後、花山は話を続けた。
「みんなは昨日山吹先輩が言っていた”真実”について気にならないか」
東雲と自分の顔を見る。東雲は少し悩んだ後切り出した。
「はい……気になります。あんな表情の山吹先輩を見たのは初めてでした」
確かに東雲の言う通り山吹は明るい表情でしか見たことがない。もちろん辛い事などもあるのだろうが、人にその表情を見せるようなタイプではないのだろう。
「確かに気にはなる」
「そうだろうね。じゃないと昨日おばあさんにわざわざ聞こうなんて思わないだろうし」
聞かれていたのか、と驚く自分の方を見て花山はニヤニヤと笑っている。
「まあそんな訳で僕はそれを聞き出す方法を考えた」
「聞き出すって……。先輩だって隠したい事の一つや二つくらいあるだろう。それを詮索するのはさすがにダメだろ」
「柳原事件」
短く言い放ってこちらを見る。
「これを知っているか」
「なんだそれは」
「僕も詳しくは知らない。だけど学校の裏掲示板に書いていたのを見たことがある」
あの無法地帯と噂の裏掲示板、か。
「それがどうかしたんですか」
「この柳原事件は昔の写真部で起こった事件だ。そしておばあさんの口から出た柳原達也。僕達に無関係とはお願い思えないね」
「確かにそうですね」
「……分かった。じゃあ、それを先輩から聞き出すとしてどうやって聞くんだ? そんなこと単刀直入に聞いた所で答えてくれないだろ」
そう尋ねると花山は同意するように頷く。
「だから、方法を考えたんだよ。……しりとりをして負けた人が罰ゲームとして秘密を話す。これでどうだろうか」
「ちょっと待て。それは自分達にも被害が及ばないか」
「人の秘密を暴こうとしているんだ。それぐらいのリスクは必要だろう」
確かに花山の言うようにみんなが同じ物を賭けに出せば平等だ。そうすることで山吹の秘密を聞き出す事が可能かもしれない。
ただし、それはそれぞれが提示する秘密が一人分であればの話だ。自分には二人分の秘密を抱えている。それらと山吹の秘密を天秤にかけるとどちらに傾くかは明白だ。
「やっぱり俺は……」
そう言いかけた所に東雲は被せて話す。いや、正確には被ってしまったと言う方が正しいだろうか。
「昨日、その秘密の話題が出た時、山吹先輩もおばあさんも悲しそうでした。もし、私達に解決出来ることなら、いえ、もし解決出来なくても話を聞くだけでも気分は絶対に楽になるはずです。
……だから、私は自分の秘密を掛けて山吹先輩の秘密を聞きます」
どうして人の為に自分を犠牲に出来るのだろうか。東雲の思考は理解に苦しむ。
しかし、東雲が自身の秘密を掛けるというなら自分の抱える秘密は一つだ。そうなると秘密の重みはイーブンになる。
東雲の話を聞いた花山は頷き、そしてこちらを見た。
答えようとしたその時、山吹が玄関の方から向かってきた。
「みんな。お待たせしてごめんなさいね」
話をとっさに切り上げ、花山が振り返る。
「いえいえ、大丈夫ですよ。早速行きましょう」
「ありがとう。こっちよ」
山吹は目的地を指差し、歩き出した。その隙を縫い花山の方を見る。
こちらに気付くだろうか。
そう思った時花山はこちらを見て、視線が合った。花山にその意思を伝えるように頷いた。
目的地の正確な場所は山吹しか知らない。
聞いた所によると特別名前の決まった場所ではなく、山吹が幼少期の時に見つけた思い出の場所だそうだ。
ただ、そこに何があるか教えて貰っていない。そこは現地に行ってのお楽しみだそうだ。
「この坂道を登って行くね。ちょっと山道になるかも」
山吹の言う通りここから先は山に入っていくようだ。とは言っても本格的なものではなく舗装された道だ。
周囲は杉で囲まれているが、枝は間伐されているのか隙間から日差しが差し込む。
その差し込んだ日差しを求めて他の植物達が群雄割拠していた。
花山は自分と東雲の方を見て頷く。どうやら決行するようだ。
「山吹先輩、……折角四人揃っている訳ですし歩きながらゲームでもしませんか?」
「ゲーム? いいわよ。どんな事をするのかしら」
手を合わせて、楽しみね、と言っている。
「しりとりをしましょう。……そして負けた人が罰ゲーム、なんてどうでしょう?」
「なるほど。それは負けられないね。序に罰ゲームってどんな事をするのか聞いてもいいかしら」
息を呑む。
「……負けた人が一つ自分の抱える秘密を話す、というのはどうでしょうか」
山吹は立ち止まり、花山の顔をじっと見ている。そして何かを察したかのように小さく微笑む。
「分かりました。いいでしょう」
そう言って歩き出した。
じゃあ、時枝がまずは秘密を話す番だね。そんな花山の楽しそうな声が聞こえる。
東雲は不憫そうな顔をしながらこちらを見ている。
「さて、時枝君の秘密って何なのかしら。時枝君ってあまり自分の事を話さないから新鮮だわ」
山吹先輩は楽しそうだ。小さく溜息をつき、重い口を開く。
「自分の秘密は、趣味についてです」
「へえ、趣味か。何か変わった趣味でもあるのかい」
花山を楽しませるために暴露するわけではないのだが。
「実は、植物が好きで……。小学生の頃は将来の夢は花屋って書く程でした」
かなり恥ずかしい。
花屋さんというと女の子に人気な職業ランキングに並ぶ。
実際の職場を見ると決してそんなことはないのだが、やはりそれだけを聞くと女の子の職業というイメージが離れないのだ。
「へえ、意外。時枝君にそんな可愛い趣味があるなんて」
「時枝さん可愛らしいですよ。いい趣味だと思います」
女性人二人が興味津々だ。ただし、その興味は決して自分の望むものではない。
生まれて初めて犬や猫の気持ちが少し分かった気がした。
「もういいだろ。続きをしよう」
続きといっても自分が参戦するわけではない。
今回はサドンデス形式で行われる。故にこれ以上傷付く事は無い。いや、そこそこダメージは追ってしまったが。
そうして二回目のしりとりが始まった。
博識な花山がしりとりに強い事は知っていたが、意外と山吹や東雲も強い。
山吹は社会、理科分野を中心とした五教科七科目で攻める。
一方で、東雲は芸能関連で攻める。芸能の世界に居たのだから強いのは当然だろう。
その中で先に限界を迎えたのは東雲だった。何より順番が山吹、花山、東雲だったのが不幸だったのだろう。
「……時間切れ、だね」
「うう、そんな」
東雲は少し落ち込んでいる。果たして東雲はどんな事を暴露するのだろうか、やはり自身が女優である事を明かしてしまうのだろうか。
自分も緊張しているのか頬に汗が流れているのが分かる。
約束している以上出来る限り東雲の事を助けてあげたいが、この状況や条件では東雲を助ける事が出来ない。
「実は私……」
東雲はこちらを見る。
なんだか笑ってないか?
「実は私、日記を付けているんです」
日記……? そうか、日記か。てっきり女優である事を話すのだと思っていたため、新たなカードの登場に戸惑う。
「へえ。可愛らしいわね」
と山吹は言い
「なるほど。乙女の日記は確かにトップシークレットだね」
と花山は東雲のフォローを入れる。
「はい。では、最後は山吹先輩と花山さんの一騎打ちですね」
自身の話を打ち切るかのように、東雲は第三回戦を始めるように促す。
「確かにそうだね。山吹先輩、一騎打ちを始めましょう」
山吹も気合の入った視線で花山に返す。
「この勝負が最後ね。最後の勝負を楽しみましょう」
「はい。負けませんよ」
そうして第三回戦が始まった。
第一回戦や第二回戦で使用した言葉は使えない決まりとなっている。
それ故に自分の知っている言葉は粗方出尽くしたが、二人の知識量は底知れないようで、未だにスムーズにしりとりが続いていた。
二人が勝負をしている姿を余所に東雲がこちらに寄ってくる。
少し意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「時枝さん、驚きましたか」
「何にだ?」
あえてとぼける。
「秘密の話ですよ。私が女優である事を言うと思ったではないですか」
ワザとらしく溜息をつく。
「普通あの状況ならそう思うだろ。まさか日記の話を出してくるなんて思うかよ」
「日記の話は時枝さんに話すのも初めてですね。私なりに回避の手段はあったんですよ」
そう言い胸を張る。
「自分の心配を返してほしいくらいだ」
「それは申し訳ありません」
「過ぎた事は別にいい」
現在も戦う山吹と花山であるが、互いに解答を出すのに時間がかかるようになってきた。
そろそろ最後の戦いも終わるのだろうか。
山吹はしりとりをしながらも目的地の案内を続ける。
今までは山頂へ向かう道を歩いていたが、どうやらここを右に曲がるらしい。
その道は今までの道路と異なり獣道であり、草木が生い茂っていた。普段人が通る道とは思えない場所だが、山吹は平然とその道を通っていく。
「……『め』か。め、め。………メティス、だ」
メティスってなんだよ、と思いながら前の二人に注目する。今の回答も時間ギリギリのはずだ。
「『す』ね。…………………」
三、二、一、零。これでタイムアップだ。
「山吹先輩。タイムアップですよ」
花山が試合終了の合図を送り
「それでは山吹先輩の番です」
と山吹に告げる。
戦い終えた両者は勝敗を問わず清々しい表情を浮かべている。
しかし、心の中は逆だろう。片方は美酒を飲んでいるが、もう一方は臍を噛む思いだろう。
「先輩、お疲れ様です」
声を掛けられた山吹は立ち止まり自分を見る。早速で申し訳ないと思っているが、自分達も秘密を話した以上遠慮はしない。
花山が勝利に酔っている今、これを行うのは自分の仕事だ。
「……そうね。私の負けだわ。私の秘密も話さないとね。あなた達が聞きたい事ってどうして私が昨晩おばあちゃんに注意されたか、ってことよね」
その通りです、という意味を込めて頷く。
山吹は深呼吸をした後再び歩き始める。
「みんなは柳原事件って知っているかな?
この事件の登場人物である柳原は私の従兄弟なの。そして兄さんが居なくなってもう九年になるわ。
私が言うのも気恥ずかしいんだけど、彼は本当に真っ直ぐな人だったわ。そのせいで時々人と衝突することもあったみたいだけど。それでも、彼は自身の正義を貫く人だったの」
山吹は一拍置く。
「そんな彼の人生が大きく変わったのは二年生の頃。
花高に学年一と呼ばれる程の美人な子が入学してきたの。そして、偶然にも彼女は彼と同じ部活――写真部に入部することになったわ。
余りの美しさにアプローチをかける男子は多かったみたい。
私も知らなかったのだけど、彼もその一人だったみたい。そこまでは別に良かったんだけど、彼女が入学して来てから三ヶ月経ったある日、彼は絶対やってはいけない禁忌を犯したの」
何か分かるかしら、と問いかけるかのように山吹は後ろを振り向く。
三人とも特に示しだす回答がなかったようで、特に会話が交わされることなく山吹は話に戻る。
「彼は……、彼は、ストーキングをしたのよ。彼女の家まで。……最初は後ろをついていくだけだったみたい。
だけどだんだんエスカレートして最後の方には手紙をポストに入れたりもしていたみたい。そしてばれてしまった。
正義を貫く人というのは概して敵を作りやすいの。そんな彼がこんな最低な行為をしていたのだもの、いじめの対象になってしまうのは火を見るよりも明らかだったわ。
……そしてある時彼はいなくなってしまったの。学校から、私の前から、……この世から」
山吹は一体どの様な表情を浮かべてこの話をしているのだろうか。そんなことを考えながら話を聞いていた。
山吹の話が終わっても彼女に話しかける者はいなかった。
想像以上に重い話だった。
ある程度年を重ねた大人なら山吹をいたわる言葉の一つや二つ掛ける事が出来るのだろうが高校生には荷が重い。
どうにかしなければならないと考えていた時、その空気を割くかのように光が差し込んだ。
森の中を抜けたのだろうか。日陰を歩いてきたため目の前が見えない。
ようやく陽の光に慣れた後、前にいる二人の下に近付く。
すると、視界の端に何かが飛び込んで来た。その方向を見る。
……ここが目的地に間違いないと確信した。
「まあ」
最後尾にいた東雲が追いついたようだ。目の前に広がる景色に感嘆の声を漏らす。
目の前に広がるのは一面真っ白の花畑だった。それを見るとまるでここが雲の上の世界かのように錯覚しそうだ。
風が吹くと白い花が揺れる。
すると、白色が光を反射してより輝いて見えた。
一般的にこの植物はシロツメグサと呼ばれる。もっと有名な言い方をすればクローバーだろうか。
よく川辺や公園に生えている姿は有名だ。
花は冠や指輪などを作るときに使われ、葉は幸運の象徴である四つ葉のクローバー探しでよく見る事だろう。
子供達に馴染み深いこの植物がこんな山の中でこの景色を作り出しているとは中々感動的だ。
山吹はじっと白い花畑を見ながら呟く。
「でも、私はそれを信じない。兄さんと約束したもの。本当の真実を見つかるまで私は待ち続けるわ」
自分自身に言い聞かせているのだろうか。それとも自分達に言っているのだろうか。
山吹が柳原とどんな約束をしたのかは知るところではない。しかし、あのような話があってもなお”兄さん”を信じ続ける山吹は美しく見えた。
もう一度目の前の景色を見る。
それにしてもシロツメクサ、か。……花言葉は『幸運』、『私を思って』、『約束』、そして……。
頭を左右に振り強制的に思考を遮る。山吹に限ってそれはないだろう。
今はそう思うことが一番山吹を思うことになるのだと考えた。
ガタン、ゴトン。ガタンゴトン。
最近ではあまり聞かれなくなった電車の音が車内に響く。
四人が並んで座る電車の座席は古く、ボロボロになった布の部分と新しい布を当てた部分とでツギハギになっている。
右隣を見ると花山と東雲は眠っているようだ。
朝が早かった上に山岳部程ではないにしても山登りをしていたのだから疲れたとしても仕方ないだろう。
一方で、一番右端にいる山吹は車窓から見える景色をボーっと眺めているようだ。何を見ているかは分からないが、この単線から見える景色は限られている。一番遠くにいる山吹にわざわざ尋ねる必要もないだろう。
新しい記憶と古い記憶。新しい出来事と古い出来事。新しい後輩と古い後輩。そんな様々な新旧が彼女の心を埋めているのだろう。
今という世界に生きていながら昔という世界を見ている彼女がいつか、ツギハギの記憶を一つの記憶にして、未来を見る事が出来る時は来るのだろうか。
そんなことを考えて、止めた。