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ゆめまち日記  作者: 三ツ木 紘
10/20

ツギハギメモリート(中編)

 撮影旅行当日。

 土曜日の授業を終えた後、長い時間複数の電車とバスを乗り継ぎ、午後五時頃にようやく目的地に到着した。


 バス停で降りると時刻表付き標識のみが自分達を迎え入れた。


 多少家々が立ち並ぶ場所はあるが、それでも枝垂町と比較すると寂しさが残る。


 周りは一面田畑があり、向こうに見える山まで視界を遮るものはない。

 田畑にはそれぞれ稲や夏野菜と思われる植物が青々と育っており、植物にとって住みよい世界で伸び伸びと成長しているのが感じられた。


 夏至が近いこともありこの時間だとまだ日は高い。

 強い日差しを浴びて、周りの植物や山々は輝いて見えた。

「遂に来ましたね。ここが目的地ですね」


 やや興奮した様子の東雲が言う。

 周りをきょろきょろしながらカバンからカメラを取り出そうとしている。

「そんなに急がなくてもこの景色は逃げないわよ」


 東雲の様子にクスクスと笑いながら

「じゃあ、写真を撮りながらでいいから目的地に向かいましょうか」

 そう促した。


 三人はカメラを片手に山吹に付いていく。

 車二台がギリギリすれ違える程度の幅の道を歩きながら、各々が気になったポイントがあればその都度立ち止まり写真を撮影していた。


 一方で、山吹はこの景色に慣れているのか、もしくは写真を撮るほどの価値を感じていないのか特にカメラを持つことはなく自分達の活動を見守っている。


 暫く歩いた所で山吹が田んぼの向こうを指して言う。


「あそこが今日の目的地よ」


 言われた先を見てみると、遠くから見ても大きな日本家屋が建っていた。


「大きいですね。でも、あそこまでどうやって行くんですか。この道を歩いていても着かなさそうですけど」


 今歩く道の先を見ながら花山は尋ねる。


「いえ、そこまで行かないわ。車だとこの先に十字路があるからそこから行くんだけど、歩いていく場合は特別な方法があるのよ」


 山吹は得意げに言う。


「もう少し歩いたら見えてくるからついてきてね」

 そう言い歩き始めた。


 ついて来て、と言われてから暫くして山吹は突然立ち止まる。


「ここを歩いていくのよ」


 彼女が指差す先には人一人が通れる程の畦道があった。彼女はそこに躊躇なく踏み込む。


「ここって勝手に入っていい場所ですか」


 何の躊躇いもなく入る彼女に戸惑いながら花山は尋ねる。


「昔から入っていたし大丈夫よ」

 特に大した根拠はないなと思いながらも山吹を信頼して畦道に踏み込む。

 山吹と一緒に先に畦道に踏み込んでいた東雲も特に躊躇いもなく畦道を歩き始めた。

 花山は最初躊躇ってはいたが、先に進む山吹と東雲を見て畦道へと踏み入れる。その様子を見た後、山吹と東雲の後を追いかけた。


 写真を撮りながら歩いていたためか、目的地に到着した頃には時間が経っていた。

 田んぼ越しに見た日本家屋の門をくぐり敷地に入ると綺麗に整備された庭が見られた。

 山吹は手慣れたように玄関の扉を開ける。


「おばあちゃん、帰ってきたよー」


 大きな声で玄関から呼びかける。


 振り向いて「ちょっと待っていてね」と特に周りに気にすることもなく言う。


 恐らく花山や東雲もそうだろうが、この自宅の主を聞いて驚いていた。

 確かに先輩は宿には当てがあるといっていたが、まさか自身の祖父母の家に案内されるとは思ってもいなかった。


 突然の状況に緊張しながらどう挨拶すればよいかを必死で考える。


 山吹が呼びかけてすぐに屋内から足音が聞こえた。この様子だとその姿が見えるまで殆ど時間はかからないだろう。


 そして息をつく間もなく一人の老婆が現れた。

 女性は背こそ少し曲がっているが、非常に健康的で快活そうなおばあさんだった。


「おお、夢子。お帰り。彼女らが夢子の言っていた写真部の後輩達かい」


 孫に会えて嬉しそうなおばあさんを見ているとこっちまで笑顔になる。

 しかし、今は考え事と入り混じり思考が乱される。


 そんな中東雲が切り出す。


「お初にお目にかかります。写真部にて夢子先輩に大変お世話になっている、花宮高校一年生の東雲美咲と申します。

 今回は素晴らしい写真を撮ることが出来る場所があるということを夢子先輩にお教え頂きまして、部活動の一環としてご一緒させて頂きました。

 この度はご宿泊させて頂けるということでお世話になりますが宜しくお願い致します」


 すらすらとおばあさんに挨拶をして頭を深々と下げる。

 それに釣られて同じように頭を下げた。


「あれまぁ。しっかりした後輩さんね。

 こんな老いぼれた家で良ければゆっくりくつろいでいってくださいな」


 おばあさんも東雲に軽く頭を下げると山吹の方を見て

「夢子、私は今料理の途中だから後輩さん達を部屋へ案内してあげて」

 そう言い残しておばあさんは奥の台所へと向かった。


 山吹はその姿を見届けると玄関土間で靴を脱ぎ、家へと上がる。


「じゃあみんな行きましょうか。こっちよ」


 山吹に従い家に上がり後ろをついて歩く。


 確かに見た目は古いが家の中は綺麗にされており、想像されるよりも新しく見える。

 板張りの廊下を歩いていくと突き当たりに部屋が見える。

 どうやらそこが目的地のようで辿り着いた部屋の引き戸を山吹は開ける。


「ここが今日私達の泊まる部屋よ」


 山吹によって開かれたその部屋は約十畳程度の大きさの部屋だった。

 部屋の真ん中に大きめのこたつテーブルが置かれており、四枚の座布団が敷かれていた。

 また、部屋の奥にはもう一つ小部屋があり、襖によって仕切られるようだ。


 今は換気のためか開け放たれており小部屋の奥までしっかり見える。


「ここの大部屋が私達四人のスペース兼男子の寝室で、奥に見える小部屋が女子の寝室よ。今から夕食まで自由行動にするわね。

 夕食の六時半の予定だからそれまでは外に写真を撮りに行くなり、部屋で寛ぐなり自由にしてね。

 何かわからないこととかある?」


 山吹の質問に対し三人とも、特に質問がない旨を伝える。


「わかったわ。また、何か分からない事とかがあったらいつでも連絡してね」


 そう言い残し山吹は部屋を出ようとする。すると、花山は呼び止めるかのように山吹に声を掛ける。


「山吹先輩は今から何処かに行かれるのですか」

「今からおばあちゃんの手伝いに行ってくるわ。折角泊まりに来たから顔を出しておこうと思って」

「そうですか。おばあさんとの時間楽しんでくださいね」

「ええ、ありがとう。電話には出られるようにしておくから何かあったら連絡してね」


 そして山吹はおばあさんの下へ向かった後、各々荷解きを始めた。





 各々荷解きを終えた後、大部屋に集まる。


「今から一時間位あるけどどうしようか」

「私は折角ですしもう少し外を見て回ろうかと思っています」

「東雲さんは元気だね。僕は少しこの部屋で休憩させて貰う事にするよ。時枝はどうするんだい」

「そうだな……」

 そう言い、部屋から見える空に視線を移す。


 日は傾き始め少しずつ今日の仕事を終えようとしている。開けられた窓から入る風は若干の涼しさを感じさせた。

 その風に乗ってこの村で生きる植物達の声が聞こえる気がした。


「自分は外を見てくるよ」

「お、時枝にしては珍しいね。てっきり僕の話し相手になってくれるかと思ったのに」

「いつも話しているからいいだろ」

「まあ、いいさ。ここで二人の帰りを待っているとするよ」


 花山は手を振り自分達を送り出した。


 外に出ると着いた時よりも日が落ちてきているのを感じる。それに伴って、田畑や山々の光り方もより赤みがかっていた。


「時枝さん。綺麗ですね」

「ああ、そうだな」

「折角なので写真に納めます」


 そう言いながら今見える景色を写真に納めるべくカメラを構える。


「東雲はちゃんと写真部しているな」

「何言っているんですか。時枝さんもですよ」


 こちらに微笑みかけてから歩き出す。

 何もしていない自分が部員と言っていいのだろうかと自問自答しながら、申し訳程度に今見える景色を写真に収めた。


「そう言えば、さっきよくもまああんなにスラスラと言葉が出たよな」

「さっき……ですか?」


 首を捻る。


「そう。先輩のおばあさんの挨拶の時……」

「ああ、あれですか。あの程度の返事はいつもしているので慣れっこですよ。同年代は苦手ですが、年上相手なら得意ですので」


 笑ってはいるが表情は少し渋い。


「最近はクラスの女子とはよく話しているじゃないか」

「いえいえそんな。皆さんが私に話を振って頂いたり、考える時間を頂けるからですよ」

「それでも立派に友達がいるじゃないか。これで自分の役目も終了だな」


 軽い冗談のつもりで言ったのだが、東雲はものすごい速さでこちらを向く。


「そんな……。そんな冷たいことは言わないでください」


 本気で落ち込んでいるように見える。


「え、いや、ごめん。別に本気で言っているわけじゃない」

「それなら良かったです」


 すぐに嬉しそうな表情になる。

 相変わらず感情表現の切り替えが早い。本当に会う人全てに演技しているのではないかと疑ってしまう。


「そう言えば、今日は変装の方は大丈夫なのか」

「大丈夫だと思いますよ。お風呂上りにまた化粧をし直せば大丈夫ですし」

「相変わらず大変だな」

「そこは仕方ないと割り切っています。

 でも、子供の時は主役などで沢山出ていましたが、今は脇役やゲスト枠として出ているだけですので意外とわからないんじゃないでしょうか」


 にっこりと笑みをこぼす。


 役者の世界の事は一切わからないが、そういった脇役をこなすだけでも十分大変な事のような気がする。


「今はこの学生生活を精一杯楽しみたいんですよ。学校でお友達と話している時間、みんなと一緒に授業を受けている時間、そして今のように時枝さんと話している時間、このすべての時間が私にとってかけがえのないものなんです。決して失いたくないものなんですよ」


 彼女の姿を夕日が照らし、彼女は輝いて見える。

 彼女は自身に出来る事を一生懸命に行い、そして今を生きている。

 その前向きな生き方は目を覆ってしまいたくなる程輝いているが、そういう生き方もいいなと不覚にも思ってしまった。


「そうか。色んな事を頑張るのは東雲らしくていいんじゃないか」

 東雲から目を逸らしながら言う。東雲を照らす夕焼けがやけに眩しいだけだと心に言い訳をしながら。





 山吹の祖母の家についたのは六時半前だった。


 夕日はまだ残ってはいたが山の付近を中心にかなり暗くなっている。枝垂町も街灯があるのは駅と住宅地のみで山の方は真っ暗になるのだが、高澄村ではそもそも街灯が一つもない。


 知ってはいたが街頭がない事を軽視していたようだ。


「何とか間に合いましたね」

「そうだな。思っていたよりも暗くなるのが早かった」

 何とか辿り着き玄関の扉を開けようとすると

「あ、丁度帰ってきたのね。良かったわ」

 エプロン姿の山吹がお出迎えしている。


「はい。今帰りました」

「只今帰ってきました」

「そろそろ晩御飯にするから荷物を置いて居間に来てね。場所は花山君に伝えているから」


 それだけ言うと山吹はまた台所の方へ向かった。


 山吹に言われたように部屋へと戻ると

「お、二人とも遅かったね。大丈夫だったかい」

 花山は迎え入れてくれる。


「特に危ない事は起きてないな」

「いやいや東雲さんだよ」


 花山の言いたい事を察する。


「私ですか? 特に何もありませんでしたよ」


 考える東雲だが、恐らく花山の冗談がわかっていないのだろう。


「本気にするなよ。全部花山の冗談だ」

「心配してくださった事が冗談……?」


 頭を悩ませる東雲に申し訳なさそうにしながら花山は東雲の思考を切る。


「とりあえず、居間へ向かおうか」


 カメラをカバンの上に置き、花山の方へ向かう。東雲も同様だ。

 その様子を確認し居間へと向かった。


 居間に入るとまず目に飛び込んできたのは沢山の料理が並べられた机だった。

 この量を作るのは骨が折れるだろう。

 しかし、見ている以上にまだ料理があるのか山吹は台所から料理を運んでいる。


 その様子を見て東雲も「お手伝いします」と山吹の下へ向かう。


 部屋を見渡すと、テレビや棚、時計、酒類などが並んでいた。

 正に”祖父母の家”と言った感じだ。

 そしてその奥に胡坐をかいて座り、御猪口に酒を注ぐおじいさんの姿があった。


 風景に同化しており、すぐには気が付かなかった。


「あ、えっと、お邪魔しています」


 しどろもどろになりながら挨拶をする。


 おじいさんはちらりとこちらを見て

「まあ、座りな」

 と促す。


 返事をした後に正座をしておじいさんの対面に座った。花山は知っていたらしく殆ど動じていない。


「何で教えてくれなかったんだよ」


 おじいさんには聞こえない程度の大きさで尋ねる。


「どうなるのかな、と思って」


 いつも揶揄ってくる時の笑みを浮かべながらこちらを向く。少し睨むが花山には全く効果がないようだ。


「君達が夢子の言っていた写真部の後輩達か」

「は、はい。そうです」


 花山の相手をしている途中に声を掛けられ驚く。


「いつも山吹先輩にはお世話になっております」


 花山はいつにも増して丁寧に答える。

「そうか。………夢子、いや、君達の言う”山吹先輩”は楽しそうに学生をしているか?」

「はい。部活動の時でしかお会いする事が出来ませんが、その時は楽しそうにされています」

「それならよかった」


 おじいさんは何かを確認するかのように花山の目をじっと見て話す。

 山吹にはおじいさんが心配するような事があるのだろうか。


 そんなことを思案していると

「はい。これで全部よ。みんなでご飯食べましょう」

 料理を全て運び終えたのであろう山吹や東雲、おばあさんが食卓についた。


 おばあさんは席に着き、食卓を囲む人達を見渡す。


「こんなに大勢で食事なんて久しぶり。沢山作ったから皆しっかり食べてくださいね。頂きます」


 おばあさんの後に続いて合掌し、各々食事を取り始めた。





 食事も中盤に差し掛かるとお互い打ち解け始め、会話もそれなりに弾む。

 主に祖父母が学生生活を送る山吹の話を聞くことがほとんどだ。

 やはり、本人からは気恥ずかしくて中々話してくれない事を自分達から聞く事が出来るお陰か祖父母は楽しそうだ。おじいさんもお酒が入った事で饒舌になっていた。


「夢子、そういえば明日は何処へ行くんだい?」

 話の流れで明日の話題になる。

 そう言えば自分達も具体的に何処に行くのか詳しく聞かされていない。山吹は少し口籠る。


 しかし、何かを決心したかのように少し頷き顔を上げた。


「明日は例の場所に行こうと思って」


 それを聞いたおばあさんの表情が険しくなる。


「夢子、まだ達也の事を追い続けているのかい」


 おばあさんは言い終わると黙ってしまう。

 今までの雰囲気が一変した事で、恐らく部外者が踏み込んではいけない事なのだろうと察する。


「おばあちゃん。決して後追っているわけではないわ。ただ、あの結末の真実を調べたいだけなの」


 ごちそうさま。言葉の最後にそれを付け加えると立ち上がる。


「ごめんなさい。先に部屋に行っているね」


 自分達にそう言い残した後、居間を出ていった。その表情は何処か悲しそうで苦しそうだった。


 山吹が出ていった後は三人ともしめやかに食事を終え、部屋へと戻っていた。


 あの後おばあさんには謝られたが、事情を知らない以上どのような対応をすべきか分からず、おばあさんの対応は東雲に任せきりだった。


「結局何だったんだろうな」

「分からない。他所の家の事情に踏み込むわけに行かないし聞く事も出来なかった」

「突然でしたし仕方ないですよ。また、山吹先輩から直接お聞きするしかないと思います」


 それもそうだと心の中で結論付ける。


 三人がここで話していても推測でしかなく解決には至らない。それならば山吹に直接聞くのが一番効率的だと感じた。


 コンコンとノックがする。引き戸に自分が一番近かったため、扉を開けるとそこには山吹が立っていた。


「時枝君ありがとう。両手が塞がっていて開けられなかったの」


 笑いながら入ってきた山吹はタオルの入った籠を抱えていた。


「さっきはごめんなさいね。ちょっとおばあちゃんの気に触ったみたいで……」

「いえ、構いません。誰にでも家の事情は少なからずあるでしょうし」

「……そうね。確かに私達にとっては色々思い入れのある所だけど、写真を撮る場所としては最高だから期待しておいてね」


 表情は笑顔を作っているが強張っている。しかし、強張ったそれを無理矢理剥がすかのように話題を変える。

「とりあえずこの話は置いておくとして。みんな、お風呂に入ろう」

「え、みんなで入るんですか」


 虚を突かれた東雲が驚いている。そんな訳あるか、と心の中で突っ込む。


「三人で入りたかったらどうぞ。広いから入れるわよ」


 入れるのか……。


「流石に遠慮させて頂きます」


 苦笑いしながら遠慮する東雲に安心する。


「なら、東雲さん先に入っておいでよ」

「え、いいんですか」

「花山君優しいね」

「当然ですよ」

「なら、私は東雲さんと一緒に入ろうかな。こっちよ」

「え、わ、私は……」


 腕を掴まれ東雲は連れていかれる。

 頑張ってばれないようにしてくれと祈るばかりだ。


「山吹先輩いつもよりテンション高いね」

「そりゃあみんなと泊まりなんてそうそうないだろうし当然なんじゃないのか」

「そうかもね。そう言う時枝はテンション低くないかい」

「まさか。これでもテンションは高い方だ」

「それでか。感情表現の少ない時枝らしいよ」


 笑う花山は置いておいて風呂場に連れていかれた東雲を心配する。普段から髪をおろしているので問題ないだろうが化粧まで落ちてしまうとなると心配だ。


 すると、部屋を出たはずの山吹達が帰ってくる。


「ごめんなさいね。東雲さんの着替えを忘れていたわ」


 逃げないように東雲は捕まったままだ。


 東雲の目を見ると、どうしましょう。助けてくださいと訴えかけている気がする。

 首を横に振り、自分で何とかしろと伝えた。

 そうしてもう一度自分達の前を通った後、東雲達の姿は見えなくなった。



-----



 どうしましょう。連れていかれる中必死で考える。

 山吹先輩は表情を見るまでもなく楽しそうなのが伝わる。


「何だか一人で勝手に盛り上がっちゃってごめんなさいね。こんな感じに女の子同士でお泊りなんて初めてでテンション上がっちゃって」


 申し訳なさそうにしながらそう言うが実際に思っているかは怪しい。


「いえ、大丈夫です。私も初めてで楽しみです」


 山吹先輩の雰囲気に合わせるように笑顔を作った。


 少しややこしい廊下の先の角を曲がると脱衣所と思わしき所に出る。


 そこは一般の家庭にあるよりも二回りほど大きく人間が数人いても十分にスペースがあるだろう。

 脱衣所に入った後山吹先輩は引き戸を閉め、鍵を掛ける。


「ここが脱衣所で、そこがお風呂場よ。複数人いても十分に入れる大きさよ」


 山吹先輩の指さす方には引き戸があり、閉められている。

 山吹先輩は手に持っていた籠の中のタオルを脱衣所にある棚に置くと服を脱ぎ始める。


 それに合わせて服を脱ぎ始めた。


 風呂場に入ると湯気が立ち上る。

 風呂場は十分な広さがあり大きな浴槽にはお湯が張られている。シャワーも複数あり小さな銭湯のような雰囲気だ。

 更に、風呂場の奥には扉があり外に繋がっているようだ。

「もしかしてあの先って」

「想像の通り露天風呂よ」

「露天風呂まであるのですね」

「そうなの。身体を洗った後入りに行きましょう」

「はい、楽しみです」

 そう返した後、シャワーの栓を捻った。





 露天風呂では、屋根の隙間から星々が煌めいているのが見える。

 枝垂町も比較的田舎だが、そこで見える星よりも多くの光が瞬いていた。


 六月になると夜になっても暖かい。

 そのことを考えているのか露天風呂の温度は温めに設定されているようだった。


 身体を洗い終えたのであろう山吹先輩が入ってくる。


「どう? 温もっているかしら」

「はい。堪能させて頂いています」

「それならよかったわ」


 そこで会話が止まる。


 よく考えてみると今まで山吹先輩と二人で話をした事がない。

 今更になってそのように話をしたらいいのだろうか。


 頭を悩ませていると山吹先輩はゆっくりとこちらへ近付く。

 慌てて顔が出来るだけ見えないように山吹先輩から顔を少し背ける。


 しかし、山吹先輩は変わらずにまじまじとこちらを見ている。


「あの、私の顔に何か付いていますか」

「いえいえ、そういうのではないんだけど……。何だか誰かに似ているなぁと思って」


 山吹先輩はこちらを見ながら考える。


「喉元まで答えが来ているんだけど……」

 そんな事を言いながら唸っている。


 そして閃いたようで、パッと表情が明るくなる。


「分かったわ。女優の星野志乃に似ている気がするのよね。子役の時の印象が強いのだけど」

「そ、そうなんですね」


 ピンポイントで当てられ焦る。咄嗟に頭を働かせる。


「よく言われますが、あそこまで明るくもないですし可愛くもないですよ」

 そう言って頂けるのは嬉しいですが、と付け加え照れているように見せる。


 自身の事を可愛いと表現するのは心苦しいが、今はそれを押し殺す。


「いえいえ、そんなことないわよ。東雲さんは充分可愛いわよ。

 子役の時の印象が強くて、大きくなったら東雲さんみたいな感じになっているんだろうなぁって思って」

「そうだといいんですが」

「今も活動しているらしいんだけど、当時程活動はしていないみたいだし」


 見る限り本当に気にしているように見える。自身の事を気にしてくれている人を無下には出来ない。


「きっと、多分ですが……」

 そう前置きを入れた後


「星野さんも一学生として青春というものを楽しみたいのかもしれませんね。幼少期は役者としての人生を送ってきたからこそ、俗に言う”普通の生活”に憧れていたのかもしれません」


 少しずつ言葉を選びながら話す。

 山吹先輩を見ると少し目を丸くしている。


「……確かにそうかもね」


 山吹先輩は自身の中で何かを納得したかのように頷く。


「有名女優といっても私達と同じ高校生だもん。青春を楽しみたいよね」


 山吹先輩はこちらを向いて微笑む。


 少し言い過ぎたでしょうか。

 もしかしたらバレたのかもしれない。そんな思考が頭をよぎる。


 しかし、後悔はなかった。



-----



 東雲は大丈夫だろうか。そんな思考が頭から離れない。

 山吹と東雲が風呂に行ってから暫く時間が立っているが未だ帰ってくる気配がない。


「何でそんなにそわそわしているのかな。女性は色々準備があるからあんまり急いても仕方ないよ」


 自分の意識が何処か別の場所にあるのを感じたのか花山はそう声をかける。


「別に早く入りたいとかそういったのではないんだが」

「そうか、違ったか。てっきりそうなのかと」

「そんな風に見えるか」

「見える」

「……そうか」


 周りからそんな風に見えているのかと気落ちする。


 すると引き戸が開く。


「お待たせしました」


 風呂上がりで寝間着に着替えた山吹がそこに立っている。


「今上がられたんですね」

「ええ、東雲さんもそのうち上がると思うわ」

「そうなんですね。良かったね、時枝」

「いや、だから……」

「あら、お待たせしてごめんなさいね」


 山吹も意地悪くクスクスと笑っている。

 反論するのを諦めて小さくため息を付く。


「じゃあ、そろそろ入る準備してきますよ」


 予め準備していた着替えをもって立ち上がる。


 花山と山吹に揶揄われる前に立ち去りたかった。


「おっと、気が早いね。じゃあ僕も準備してから向かうよ」


 その言葉を聞いて引き戸を閉めた。


 長い廊下を歩き風呂場に向かう。

 その途中で見慣れた顔を見かける。

 向こうもこちらの存在に気づいたようで手を振りながらこちらに向かってくる。


「時枝さんは今からお風呂に行かれるんですか」

「ああ、その予定だが」


 東雲の様子を見る。再度化粧をし直したのだろうか、風呂に向かった時と変わらない。


 若干まだ髪が濡れているのだろうか、廊下に入る月の光が彼女の髪で反射しキラキラと光る。


「風呂に入っている時に山吹先輩にばれなかったか?」


 少し悩んでいる様子を見て少し不安になる。しかし、その心配を吹き飛ばすように笑顔を見せる。


「多分、大丈夫だと思いますよ。似ていると言われましたが」


 やはり気付く人は気付くのか。


「まあ、似ているだけなら良かったじゃないか」

「はい。何とか凌ぎました」

「とりあえずこれで気が楽になったし、風呂に入ってくる」

「ゆっくりしてきてくださいね」

 東雲の言葉に手をひらひらさせて答えた。


 風呂場は想像していたよりも広い。露天風呂も完備されていることから元々は一般の家という訳ではないのかもしれない。


 身体を洗い終えた後、露天風呂に向かう。

 折角このような設備があるのだから楽しみたかった。


 暫くすると露天風呂に花山が入ってくる。


「やあ、やっぱりこっちにいたか」

「ああ、先に頂いている」

「先に入ったのは女性陣だろうけどね」

「確かにそうかもな」


 空に輝く星々を見る。

 屋根を支える柱には電球がついており比較的明るい。そのせいではっきりと星々を見ることは出来ないが、それでも枝垂町の町中よりは十分見える。


「星、綺麗だね」


 花山の方を見ると彼も空を見上げていた。


「あれを繋いでいくと恐らくあれがしし座で、あっちはおとめ座、その向こうはうしかい座。しし座のデネボラ、おとめ座のスピカ、うしかい座のアークトゥルスを繋ぐと春の大三角形の出来上がり。

 デネボラだけ二等星だから少し見にくいかもしれないけれど」


 星を指さしながら話す花山はかなり楽しそうだ。

 ただ申し訳ないのだが、どれがどれなのか全く見当がつかない。


「それにしてもよく露天風呂とかあったよな」


 星を見ていた花山はこちらを向く。


「さっき山吹先輩に聞いたけど、昔はここの山の上にスキー場があって民宿をやっていたんだとさ。

 今は廃業したみたいだけど、今日は僕達が来るからってわざわざ入れてくれたみたいだよ」

「本当にわざわざだな。掃除とかも含めるとかなり手間がかかるだろうに」

「間違いない。ここまで用意してくれたんだから楽しまないとね」

「ああ、そうしてくれ」


 露天風呂の石の所に置いていたハンドタオルを持ち立ち上がる。


「もう行くのかい」

「花山より随分前から入っていたからな。流石にこれ以上入っているとのぼせそうだ」

「そうか。流石に時枝に倒れられると運ぶのが大変そうだ」


 楽しそうに笑う花山に、じゃあなと告げ脱衣所に向かった。


 着替えを済ませ脱衣所を出る。


 縁側には夜風が通る。風呂で火照った身体を冷やすには丁度いい温度だ。

 居間の前の廊下を通ろうとした時、仕切られていた襖が開く。


 そこにはある程度家事を終えたのであろうおばあさんがいた。

 その手にはお盆を持っており湯気の立つお茶とともに煎餅や羊羹が載せられていた。


「あ、こんばんは」

 反射的に声が出る。


「こんばんは」

 おばあさんは言葉を返した後、自分の姿を見る。


「風呂はどうだったかね」

「……はい。すごく良かったです」

「それは良かった」


 そこで会話が止まる。


 では、とでも言ってこの場から立ち去れればいいが、ここまでお世話になった方にそうする度胸はない。

 結果、沈黙が流れた。


 何か話を振って適当に会話して程良いタイミングで解散出来れば良いのだが、そもそも会話自体が思いつかない。


「さっきはごめんなさいね」

 おばあさんの突然の謝罪に戸惑う。


「え、さっきって……」

「食事の時だよ。夢子がまたあの場所に行くと言うからつい、ね」

 今ならこのことについて聞けるかもしれない。そんな思考が頭をよぎる。

 尋ねるかどうか迷うが、次に聞ける機会はもうないのかもしれない。

 そう思うと聞かずにはいられなかった。


「あの、もし宜しければでいいのですが、山吹先輩は昔何があったのですか?」

「……柳原達也」

「柳原達也? それって誰ですか?」

「夢子が捜し続けている人だよ。そして私達の孫でもある」

「初めて聞きました」

「だろうね。もうこの世にはいないし、夢子がそんな話を君達にはしないだろうしね」

「亡くなった人を探している?」

「まあ、捜していると言うと語弊があるが……。夢子はその人を捜すために今の高校に入学したんだよ」

「それって……」


 ギシギシと床が軋むと共に足音が聞こえる。


 そちらの方を向くと月夜に照らされた花山が歩いてきていた。


「あ、時枝じゃないか。ん?」


 自分の姿を認識した後、隣にいる人物に気付く。


「あ、こんばんは。先程露天風呂の方を堪能させて頂きました。凄く気持ちよかったです」

「ああ、君はもう一人の男の子だね。そう言ってくれると嬉しいね」

「いえいえ。ご飯もお風呂も頂いて非常に満足しています」


 花山はいつもの爽やかそうな笑顔を見せる。


「ここにいる時間もそんなに長くはないだろうけれど楽しんでいってね」


 おばあさんは先程までの沈んだ表情は一切見せず嬉しそうな表情を浮かべる。


「このお盆はどうかされたんですか?」


 花山もおばあさんが持つお盆に気付いたようだ。


「ああ、君達に持っていってあげようと思ってね」

「ありがとうございます。もしよろしければ僕達がお持ちしますよ」


 ん? 僕達?


「おお、そうかい。じゃあ、任せようかね」

 そう言っておばあさんはお盆を花山に渡す。


「ありがとうございます。じゃあ、行こう、時枝」

「……ああ」


 おばあさんにお辞儀をして花山の後を追いかけた。


 おばあさんの姿が見えなくなった所で花山は後ろに振り返る。


「時枝、すまないが腕にかけている着替えを持ってくれないか」


 左腕を少し上げて見せる。


「歩くたびにこれが当たって歩きにくい」

「珍しく無計画に引き受けたな」


 腕から着替えの入った袋を預かる。


「悪いね。やっぱり緊張するよ」

「構わないさ」

「さっきは何を話していたんだ。時枝が風呂を上がって僕が来るまで時間があっただろ」

「いや、大した話じゃないよ。夕食の時のことを謝られた」

「そういうことか。確かに”大した話”じゃないな」


 そういった後突然立ち止まる。


「どうした?」

「引き戸を開けてくれないか」


 どうやら部屋に着いたようだ。


「ああ。分かった」


 花山の前に行き引き戸を開けた。


 部屋では山吹と東雲が大部屋で談笑していた。

 ……部屋に何か違和感がある。


「時枝が入ってくれないと入れない」

「悪い」


 部屋に踏み入れた時に違和感に気付いた。女子部屋と大部屋には布団が敷かれている。


「あ、お帰り。露天風呂気持ちよかったでしょう」

「はい。すごく良かったです」


 花山は山吹と東雲の前にある机にお盆を置く。


「これ、おばあさんから頂きました」

「いいですね」


 東雲は喜んでいるように見える。

 その姿を横目に自分の着替えと花山の着替えをそれぞれカバンの所に置いた。


「この布団を敷いてくれたのって先輩と東雲ですか?」


 机の方に向かいながら尋ねる。


「惜しいね」

 花山が否定する。


「じゃあ、他に誰がいるんだ」

「花山君も手伝ってくれたのよ。お風呂に入る前に」

「ああ、自分がさっさと風呂に行っちゃった時ですね。手伝えなくて申し訳ないです」


 素直に謝罪する。


「そんな、気にしないで。三人でも十分過ぎる程だったから」


 自虐と捉えられてしまったのだろうか。申し訳なさそうに山吹は話す。


「私も途中からお手伝いしましたが、殆ど準備する所はありませんでしたし」


 二人から釈明される。そこまで言うのなら本当に大丈夫だったのだろうと自分に言い聞かせる。


「じゃあ、気を取り直してみんなでトランプしましょう。お菓子もあるし」

 トランプのカードをシャッフルしながら言う。


「はい。私も楽しみです」

 そう言って山吹から手札を受け取る。


「泊まりの時にトランプって鉄板だよね」

 花山も手札を受け取る。


「時枝君もやるよね?」


 全員から視線を感じる。

 この状況で参加しないとは言えるはずがない。本当に参加の有無を尋ねるのなら相手に参加を拒否する時のプレッシャーを与えないようにする事が重要なのだ。


 そんな事を考えてはいるが、参加しないという選択肢は自分の中に初めから存在しなかった。



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