閑話 出会いは唐突すぎです。
薄紅色の花びらが風に舞う。儚く散るその姿は、いつ見ても潔く美しい。
満開の桜の木の下で、振り仰ぐ咲耶に優しく話かける男性の影。
『早く私を見つけてーー自分の存在意義が消消え去ってしまう前にーー』
黒い影が顔を隠し相手の表情がよくわからない。咲耶は目を凝らして相手を見つめるが、姿が霞む。
「あなたは一体、だれ?」
咲耶が声をかけて手を伸ばす。だが、その指先は触れる事なくはずみで意識が覚醒する。
「ナァ〜オ」
愛猫ゆきのふわふわの毛並みが、咲耶の顔に押し付けられる。ウトウトと微睡む咲耶は、優しくゆきの身体を撫でてやる。
「ナァ〜、ナァ〜オ〜」
甘える声を上げてくるゆきに、布団の甘い誘惑を払い退けベッドから起き上がる。
「おはよう、ゆき。 お腹空いたんだね? 着替えたら直ぐに準備するから、ちょっとだけ待ってて。」
咲耶はパジャマを脱ぎ捨てると、動きやすいパンツスタイルに着替えた。
ゆきを抱き上げ部屋から出ると、コーヒーの香ばしい香りがキッチンの方から漂ってくる。まだ朝の5時過ぎだというのに、誰かが起きているようだ。いや、もしかしたら、昨夜のどんちゃん騒ぎが深夜まで繰り広げられていたのかもしれない。
咲耶はゆっくりとした足取りでキッチンに顔を出すと、コーヒーをカップに注いでいるクロガネに挨拶をした。
「おはようございます、クロガネさん。昨日は良く休めましたか?」
「おはようございます、咲耶様。お陰様でというとおかしいですが、皆ぐっすりと身体を休めたようです。 さて、コーヒーをいれましたので、椅子にお座り下さい。あと、ゆき君にもこれを。」
咲耶にはコーヒーを、猫のゆきには餌が入った器を差し出しながら、クロガネは隙のない動きを見せる。
「クロガネさんも一緒にコーヒーを飲みませんか? 1人で飲むのも寂しいので、良かったら一緒に飲みましょう?」
「そうですね、昨日までの出来事を思い出しがてら、コーヒータイムとまいりましょう。」
クロガネは自分の分をカップに注ぐと、咲耶の前に座った。
「さて、たった数日の出来事の筈なのですが、数ヶ月の様な感覚ですね。やはり時空連続体を跳んだことが要因でしょうが。」
コーヒーの香りがキッチンを優しく包み込み、咲耶の記憶を揺り起こす。そう、まだゆきだけがただ1人の家族であった頃。1つの出会いが咲耶の今後を変えてしまった。
事の起こりは、何でもない休日の公園で、咲耶が1人の青年と出会った事だ。咲耶は1人で静かに読書をするのがとても楽しみにしている。そこへ、青年が咲耶に話し掛けてきたのだ。奇妙な質問と共にーー
「今思い出しても、あの出会いは出来過ぎですね。最初から仕組まれていたんじゃないかと、今では思います。」
「まあ、ガイア様の性格ですから、否定はできませんが、今時の若者とは明らかに違う容姿で近づいて、別の世界に来て欲しいなどと口走る輩は、私でも無視をしますがね。」
咲耶達は相槌をうちながら、話しを続ける。
その後、咲耶に秘めた力を自覚させ、公園から今いる咲耶の自宅へ場所を移し、話しは進んでゆく。
「でも、あの青年の姿が、ドゥーロ君とクロガネさんの眷族が合わさった姿だなんて、あれもガイア様の仕業ですよね? 異なる者を1つに融合させ、それをまた分離させる。」
「神ゆえ出来る事ですね。そのガイア様はドゥーロ君が悪戦苦闘しているのを口実に、自分から姿を、現し嬉々として説明と勧誘にでたのでしたね。 あの時の姿は、影の中に控えていた我々が見ても、本当に楽しそうでしたよ。」
咲耶の手作りの菓子を堪能し、困るドゥーロを手玉にする姿は、神には全く見えない。普通のどこにでもいる人のようだった。
「だからオレたちは、神様に遊ばれてたんだよ。異世界から来たからもう少し優しくしてくれてもよかったのにさ……」
「おや、他の者たちも目が覚めたようですね?」
2人の会話に割り込んできたのは、散々苦労したとぼやくドゥーロと、カザミ・カンザール・クルードの大人組であった。
「じゃあ、みんな起きてきた事だし、朝食にしましょうか? カザミさん、手伝ってくれますか?」
「ハイな。和風と洋風どちらにするん?」
咲耶は少しの間考えると、酒が入ったメンバーには、胃に優しい和風が良いだろと思った。
「両親が生きていた時は、飲み会の翌日は和風の食事が出てた気がするの。だから、今日は和風にしましょう。」
咲耶はエプロンを手に取ると、カザミと共に朝食作りに取り掛かるのであった。




