咲耶と影響力
薄い色から段々と濃い色合いへ変わってゆくグラデーション。可憐な花の房をそっと触れてみる。指先に柔らかな質感と藤の甘い香りが鼻をかすめ、咲耶に現実だと知らしめる。
「これはー」
言葉を詰まらせ固まってしまった咲耶に、青年が問いかける。
「現実主義者から見て、今目の前に広がる光景は幻? それとも、白昼夢だとおもわれますか?」
確かに、夢と一言で片付けられない事が起こった。いや、起こしてしまった。
青年に促されはしたが、何気なく思い浮かべてみたのだ。
まだ、記憶に残る美しい藤の花をみることが出来れば嬉しいとー
これが青年が言っていた『影響力』か?
咲耶は樹から手を離し動かしてみる。光るとか熱を放つわけでもなく、至って普通の自分の手だ。ただ、青年に促された様に心に『思い浮かべた』だけだ。
咲耶の考えを肯定するかのごとく、青年はゆっくりとうなずく。
「思う・考える・願う。人にとってはなんでもない事ですが、貴方の影響力が加わると、今回の様な事を引き起こす事が出来るのです。まあ、特定の条件も絡んでくるのですが…」
青年は一旦言葉を切り、咲耶の荷物を脇に抱えながら、この場所から急いで離れようと歩きだす。
「ちょっと、私の荷物を勝手に触らないで下さい!」
青年から荷物を奪い返そうと追いかけるが、長身の男性のスピードには追いつけない。
「早くこの場所から離れないと、悪目立ちする事になりますよ。
なにせ、昨日まで倒木していた藤の樹が、再生して花を咲かせているんですからね。」
「その原因の一端は貴方じゃない」
息を弾ませ荷物を奪い取りながら、咲耶は青年を睨みつけた。
「心外ですね。それに、藤の花を蘇らせたのは貴方だというのに…ね。」
重そうな荷物を、軽い身のこなしで咲耶からまた奪い返すと、騒ぎだした公園を後にするのだった。