3
コラットは、はやる親友を止められなかった。
ただ、彼女を拾ったものとして見届ける責任がある、と乗り込んだ馬車が乗り付けた先でシャルトリューがタビーのために用意した別宅を見せられ、その華やかさにうんざりした。
さらに、花咲き乱れるその別宅において行われた愛を伝える儀式にもうんざりし、なぜ友人のこんな甘ったるい顔と声とことばを目の当たりにせねばならないのか、と思いながらも、コラットはふたりの間に割って入った。
いままさに、シャルトリューの求婚に返答をしようとしていたタビーのくちを手でふさぎ、ひざまずく貴族の男をタビーの視界から隠して、問うた。
「こいつは貴族だ。お前さんは、お前さんが言う以上に賢く強いが、平民だ。それをわかったうえで、返事をしろよ」
真剣な目でタビーを見つめて、コラットが言う。
すると、言われたタビーよりも早くコラットの後ろに隠された男が声をあげた。
「貴族であろうと、わたしは彼女を愛している! わたしの持てる力をすべて使ってタビーを守る。身分をどうこう言わせはしない!」
「お前はだまってろ、シャル。いいか、こいつはお前さんを正妻として娶る気だ。愛人じゃない。そこんとこ、よく考えろ。逃げるなら、おれが責任もって逃がしてやる」
コラット! と咎めるように己の名を呼ぶ背後の男を無視して、コラットはタビーを見つめた。
シャルトリューの突然の求婚にこそ驚いていたものの、いまの彼女は平素とそう変わらないようすでコラットを見返した。
「……あたしは」
タビーがくちを開く。
「あたしは、学がないから難しいことはわかりません。シャルトリューさまの言う愛っていうのが、どんな形をしてるのかも、知りません」
いつになく歯切れが悪いのは、ことばを探しているのだろう。
「けど」
タビーの目がきらりと光った。彼女にそういう感情を抱いていないコラットでさえ、どきりとするような強い光だった。
「あたしは、シャルトリューさまのそばにいて、シャルトリューさまを守りたい。これを愛というなら、シャルトリューさまの申し出、お受けしたいと思います」
「タビー!」
立ち尽くすコラットを押しのけて、飛び出したシャルトリューがタビーを抱えてくるくると回る。
笑み崩れた顔に見上げられたタビーもまた、ほほを喜びに染めてシャルトリューの顔を見下ろしていた。
タビーの瞳の強さに気圧されていたコラットは、それを眺めてぼんやりと考えた。
彼女を見出してしばらくいっしょにいたけれど、あれほどうれしそうな顔をしているのは初めて見た。
―――だったら、だいじょうぶだろうか。
幸せそうなふたりの姿に、コラットは胸にくすぶる不安に蓋をした。
コラットの不安をよそに、タビーはシャルトリューの婚約者となった。
シャルトリューが彼の両親をどう説き伏せたかは知らない。けれど、求婚の翌日から彼女はシャルトリューの婚約者として扱われ、彼の屋敷に住まうことになった。
当然のように軍人をやめて、隊を抜けた彼女をコラットは仕事の合間を縫ってひと月ぶりに訪ねた。
「まあ、コラットさま。お越しいただきありがとうございます」
出迎えてくれたタビーは美しいドレスに身を包み、華やかな飾りに負けない笑顔を見せた。
「おお、見違えたな。どうだ、暮らしには慣れたか」
「はい。みなさま、よくしてくださいます」
やわらかな物言いに、しとやかな微笑み。
元より賢いタビーは、与えられた淑女教育をぐんぐん吸収して、立派な貴族の振る舞いを身に着けつつあった。タビーは自身を学がないと評するが、学ぶ機会がなかっただけなのだ。
けれど、整った淑女の微笑みを向けられたコラットは、居心地悪げに周囲に目をやって、ぼそりとつぶやいた。
「……きれいだが、おれは剣を振るってるお前さんのほうが、好きだな」
部屋のすみに控える使用人に聞こえない程度の、小声だった。それでもタビーの耳には届いたらしい。
笑顔を変えないまま、彼女もちいさくささやく。
「わたくしも剣を振るうほうが楽しいですけれど。シャルトリューさまのお傍にあるためと思えば、このような振る舞いも嫌いではありません」
「はは、あいつもいい嫁さんを見つけたもんだなあ」
ふたりが笑いあっているところに、開け放したままであったドアをくぐってシャルトリューがやってきた。
「なんだい、わたしを放ってふたりで談笑なんて。ずるいじゃないか、まぜておくれよ」
いい年をしてむくれて見せるシャルトリューに、コラットとタビーは顔を見合わせてくすくす笑う。
「ははは、やきもち焼くだけむだだぞ、シャル」
「ふふふ、シャルトリューさまのことをお話していただけですよ」
楽しかった。
剣を交えないやり取りでも彼と彼女とすごす日々は楽しくて、コラットはこれでよかったのだと、胸にこびりついた不安を見ないふりした。
それからも、会うたびタビーは淑女としての振る舞いを身に着けていった。
そのたびシャルトリューは大いに喜んで、美しいドレスを贈り、きらめく宝石を贈り、画家を呼んで肖像画を描かせたりとかわいい婚約者にありったけの愛を示した。
タビーも彼の想いに応え義父母との仲も良好で、シャルトリューは来年にでも式を挙げようか、と目を輝かせていた。
けれど、おだやかで幸せな日々は、長くは続かなかった。