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ここのところ、ちょっかいをかけてくる隣国の兵に難儀していたシャルトリューの元へ、友人から手紙が届いた。
数年間、手ずから仕込んだ良い部下がいるから貸してやる。田舎の出で礼儀を知らないが、腕は確かだから役に立つだろう。
そう書かれた手紙から顔を上げたシャルトリューの前には、ひとりの女性が立っていた。
「コラットさまに言われて来ました。タビーです」
きりりと吊り上がったおおきな目が猫のような女性、いや少女と言ってもいいほどに年若い彼女を見て、シャルトリューは困惑した。タビーの斜め後ろに立つシャルトリューの補佐をしている軍人も、顔をしかめている。
シャルトリューをよく支えてくれる、頭の良い男だ。頭は良いが線が細く、戦いには向かない。
そのため、戦闘時の補佐を探していることは確かだったがそれにしても、目の前の少女はシャルトリューの補佐の男以上に細い。
見た目で侮るつもりはなかった。また、性別で侮るほど、シャルトリューは頭が硬いつもりはない。
実際、シャルトリューの所属する軍には、女性もいる。いるにはいるが、どのひとも貴族の令嬢で士官学校を出ており、配属されるのは前線から遠い国の中枢の部隊だ。前線で血と埃にまみれる令嬢など、見たことがない。
そのため、目の前でぴしりと立つ彼女をどう扱ったものか、迷っていた。
「ええと、コラットの手紙によると、きみは剣技に優れているということだけれど……」
言いながら、シャルトリューはついタビーの身体を見てしまう。貴族の姫君のように折れそうな細さではないが、しなやかで華奢な身体だ。
軍の支給品である男物の服をベルトで絞めて着ているせいで布があまり、余計にか弱く見えてしまう。
そんな細身で剣を振るえるものか、とも思ったが、シャルトリューは手紙を寄こした友人を信頼してもいた。貴族らしくなく変わり者ではあるが、不要な嘘をつくような男ではない。
シャルトリューの戸惑いを受けて、タビーは顔色を変えることもなくうなずいた。
「見ればわかる、とコラットさまからの伝言です。いちど、手合わせをお願いします」
まっすぐな目でシャルトリューを見つめて言う彼女に、声を上げたのは控えていた補佐の男だった。
「おいお前、シャルトリューさまにそのような口の利き方を」
タビーの肩をつかんで言いかけた男のことばを、シャルトリューは片手をあげて止めさせた。
「コラットが礼儀を教えると思うかい。いまはいい。使えるようなら、それから礼儀を覚えればいいだろう」
補佐の男は何か言いたげにしていたが、シャルトリューが立ち上がるのを見てくちをつぐんだ。
真面目だが、融通が利かないわけではない部下にシャルトリューは微笑んで告げる。
「訓練用の剣を二本、用意してくれ。わたしが相手をしよう」
そう言ったとき、静かにたたずんでいたタビーの目がきらりと光ったのをシャルトリューは確かに見た。
結果から言えば、タビーはシャルトリューに負けた。
けれどそれはシャルトリューの豪腕に押し負けただけのこと。素早さを活かしたタビーの剣は、シャルトリューとの共闘にこそ向いている。そう直感したシャルトリューは、彼女を隊に受け入れた。
戦場に出て、その直感は実感に変わった。
シャルトリューが大剣で敵の剣をはじいたその瞬間に、タビーが細い剣で切りかかる。
彼女が切りつけたその間に、シャルトリューが剣を振りかぶる。
大剣をふり抜いたその隙を埋めるように、彼女はシャルトリューの背に回る。
ともに戦うことこそ自然なことのようにふたりは互いの不足を補い合い、隣国の兵が図に乗る暇を与えなかった。
舞うように剣を振るう彼女は、戦場で輝いていた。
真顔でそう語るシャルトリューに、コラットはぴたりと動きを止めた。
隣国の侵攻を食い止めて中央に戻ったシャルトリューは、同じくしばらくぶりに自宅に戻っていたコラットの訪問を受け、自室でくつろいでいた。
酒やつまみを運んできた使用人を下げて、ふたりきりになった部屋でコラットはさっそく姿勢をくずしてソファに寄りかかる。
「たしかにタビーの剣は足運びに無駄がないし、剣が速いから、まあ、きれいと言ってもいいかもしれんが」
そこでコラットはことばを切って、手酌で入れた酒をあおってから続けた。
「だがなあ。輝いて見えるってのは、なんだ。おれはそんなこっぱずかしいこと、思ったことないぞ」
言われた当人はきょとりと目を丸くしており、コラットはますます酒をあおりたくなる。
「あー……婦女子みたいな物言いだ、って言ってんだよ。いや、もっと若いな。学園に通う女学生か。輝いてるだって?」
「……ふむ」
尻のすわりが悪そうに何度も座り直すコラットを見て、シャルトリューは己の発言を振り返った。
振り返ってなお、やはりタビーは輝いて見えると結論を出した彼は、手にしていたグラスを卓に戻して立ち上がった。
「おい、なんだ。どうした。いまさら恥ずかしくなったか?」
驚いて目を丸くするコラットに、シャルトリューはゆるく首を振って部屋の壁にかけていた外套を羽織った。
羽織ったうえで、襟元や髪に乱れがないか鏡をのぞきながら答える。
「恥じることなどない。気が付いただけだ。わたしはどうやら、タビーを愛しているらしい」
「……はあああ!?」
素っ頓狂な声をあげたコラットに構わず、シャルトリューは羽織った外套にありったけの勲章をつけていく。いつもは功績を見せびらかすようで嫌だ、重たいと言って式典以外ではつけたがらない勲章を、だ。
ついで、机の引き出しから取り出した天鵞絨張りの箱を見て、コラットはぎょっと目を見開いた。
「おま、お前! それ、家宝の指輪じゃ……?」
驚くコラットに、シャルトリューは何でもないことのようにうなずいた。
「ああ。結婚を申し込むには、必要だろう。リングのサイズ合わせが後回しになるのは申し訳ないが」
シャルトリューの発言にますます目を見開いたコラットは、恐る恐るたずねた。できれば違ってほしい、といつもは信じない神に祈りながら。
「結婚って、もしかして、タビー、か?」
「ああ。そうだ」
震えるコラットの問いに、シャルトリューは平然とうなずいた。
神は都合よく助けてはくれないらしい。コラットの祈りはどこにも通じなかった。