ペンは剣よりも強し
それは武具の革命の発端とされる一つの言葉。
『ペンは剣よりも強し』
我々の住むこの世界とは異なる別の世界から召喚され、魔王を見事に討伐した勇者が残したとされる言葉である。
この言葉を最後に勇者は姿を消し、つかの間の平穏の中我々魔導兵器開発局はその言葉の残した壁にぶつかる事となる。
『ペンは剣よりも強し』
果たして文房具が切れ味鋭い剣よりも優れた武器になり得るのか? 勇者殿がこの言葉を残したということは、この言葉の中に魔王討伐のヒントがあるのでは? それを考え続ける日々が続いた中、王侯貴族の諸兄方から我々開発局に密命が下された。
「今後起こりうる魔王復活に備え、勇者抜きでも戦う事が出来る魔導文具を作成せよ」
魔導文具! 恐らく先の勇者の言葉に触発されての命であろうが我々開発局にとっては正に渡りに船の申し出であった。
「我々の手で魔王を討伐出来る武器を作る!!」
勇者殿が行った偉業により、諦めに満ちていた我々開発局の面々の探究心には既に火が付いていた、逸る気持ちを抑えつつ、まずは我々は既存の文具の改造から手を着ける事になる。
最初に手を着けたのは定規であった、だが、どう加工してもやはり木材は木材、銅程度の強度にはなったが兵器転用するには問題外の出来であった。
次に手を着けたのは羽根ペン、こちらは非常に簡単に開発が進んだ、元々鳥の羽根は魔力を通す媒介として優秀で、風の精霊を操るに適した素材である、程なくして自在に風を操り真空の刃で敵を切り裂く、そんな羽根ペンがついに完成した! ……が、これは既存の『風精の剣』と同じ物であると気付き、またも開発は暗礁に乗り上げた……。
開発が進まず、頭を抱える日々を送る我等であったがこの年開発室に配属された新人の一言が、宵闇の海を往くが如き我等の研究に光を差す事となる。
「勇者様は異世界の方だったんですよね? ならば武具として使ったであろう文具も異世界の物であったのでは?」
灯台下暗しとはよく言ったものである、新人には特別報酬を与えこの日は禁止にしていた酒を解禁し皆で大いに飲み、明日への英気を養った、我々の研究は飛躍する、そういう確信が皆の心を一つにした。
尚、この酒盛りの際に研究員数名が急性アルコール中毒で倒れ、その後3日の間研究が進まなかった事に関しては箝口令を敷き、第一級機密として秘匿する事とする。
勇者殿の故郷の文房具、一見手に入れるのが非常に困難なように思えるが、おあつらえ向きな事に勇者殿が自ら開発に携わった『えんぴつ』という道具が我々にはあるのである、この道具は木材で出来た棒の中に黒鉛製の芯を通し、表面を削り芯を尖らせる事で書き味よく文字が書けるという優れ物である。
まず、このえんぴつに関しての調査の結果、芯に使用している黒鉛が魔力を異様なほどによく通し、尚且つ魔力を増幅する性質を持つことが判明した、なぜこの様な物質が今まで埋もれて居たのであろうと一同首を捻ったが、思いも寄らぬ形でそれは思い知らされる事となった。
魔力の暴走である、この日重力魔法による実験を行っていたスティーブン2等魔導師が、魔力の制御ミスにより発生した超重力場に右手を巻き込まれるという痛ましい事故が起きたのだ、真に残念な事にこの事故でスティーブン魔導師は一線を退く事となったが、この事故が我々に思わぬ副産物をもたらす事となった。
事故の現場の片付けを行っていた際に超重力場に巻き込まれたえんぴつの芯が硬く透明な結晶に変化しているのを発見したのである。
我々は先の事故で得た『金剛石』と名付けたこの結晶の扱いに悩んでいた、黒鉛であった時よりも格段に丈夫になったこの結晶だが、魔力暴走のリスクも併せて上がっており、今や子供程度の魔力でも容易に暴走するといった始末である。
悩める我等に更なる福音をもたらしたのは、城下に住む美しい娘であった、彼女は驚くべき事に異世界の文具を有しており、我々の計画を知り一助になればとその文具を提供してくれたのである。
『しゃあぷぺんしる』と名の付くそのえんぴつ状の道具は、中が空洞になっており、内部に極細の黒鉛の芯を入れ、しゃあぷぺんしるの尻の部分をノックする事で芯を押し出し筆記出来るようになるという、何とも複雑な構造をしていた。
そして、私は思い付いた、いや、思い付いてしまった、しゃあぷぺんしるの様な筒状の構造体から内部で魔力暴走を起こした勢いで金剛石の針を射出する事は出来ないだろうか、と。
その翌日から我々は実験を繰り返した、完成というゴールを目の前にぶら下げられた我々研究者はしばしば狂奔に駆られる事がある、ある者は暴発で手を失い、又ある者は自らの足に金剛石を射出してしまい自らの下半身を吹き飛ばした、そんな状況の中でも皆が一様に足並みを揃え完成というゴールに向けひたすら進み続けた。
そして、プロジェクト着手から6年、ついに壱號魔導文具が完成した……。
えんぴつ並の軽量かつ持ち運びのし易い掌サイズ、金属製の筒は華奢な見た目に反し魔術コーティングによる強化で驚愕の耐久性を実現し、内部での魔力暴走にも容易に耐えうる強度を備える、そしてその内部に魔力を流すことで、内蔵された黒鉛製の芯が重力魔法暴走により金剛石化、その際に産まれた莫大なエネルギーを後端部に仕掛けたキマイラの羽根が整流して、先端から凄まじい速度で金剛石の針を射出する。
この兵器の威力を試すために鹵獲された緑龍を撃ったところ、驚くべき事に射出された針は龍鱗を紙のように貫き、その際に起きた衝撃波で緑龍の首を弾き飛ばしたのである。
魔物の中で最も頑強と言われる龍の鱗を貫き、魔導障壁をものともしない、我々が目指す魔王を討伐しうる魔導文具……その完成の瞬間であった。
これさえあれば魔王の復活に怯える必要も無い、それどころか魔物がいくら襲来しようと女子供の手で撃退も出来る、尚且つ安価に量産でき魔力を流さねばえんぴつとして使用する事も出来る、我々の未来は希望の光に満ちていた……。
……
そして現在……魔導文具による要人暗殺を端に発した戦禍の炎は魔王の復活を待たずして我々を滅ぼそうとしている……。
『ペンは剣よりも強し』
勇者殿が残したあの言葉は文具の持つ兵器としての可能性に気付かせ我々を滅びに誘う呪いだったのではなかろうか……。
だが、ブン屋のゴシップ記事が原因で失脚した恨みと言うには、些かこの結末はやり過ぎではなかろうかと私は思うのである……。