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終末にはオムライスが食べたい

 扉を閉めて鍵をかけると長生の緊張の糸ははち切れて、一気にドッと疲労感が顔を出し思わずその場にへたり込んでしましました。

 日常と化していた『あれ』や『それ』に変化が現れた事への不信感から、安全だと分かっていても何時にも増して神経を尖らせながら歩んだので、激しく鼓動する事を忘れ始めていた心臓も今日は頻繁にバグバクと脈打っています。


 今日一日で長生は今自分が生きているのは虚無感の充満する日常ではなく、些細な判断の誤りと欲深い行いが即座に死に繋がる終末の世界だった事を、再度改めて思い知らされ自分が生きているのだと思い出しました。

 思い出すと同時に久しく感じていなかった感覚のもう一つが現れます。


 それは空腹。


 生きる為に必要な食事。

 それを楽しく、幸せにするには必要不可欠な要素。

 それが空腹です。


 この終末の世界で生きる為に生き続けている内に色んな感覚が麻痺していた長生は、久しく思い出したこの感覚を、苛立ちつつもどこか心地良く感じながら立ち上がり手に入れた食料を、失った日常に思いを馳せるように冷蔵庫に入れると必要な分を手に持って台所へと向かいました。


 『トリ肉』、パックの白米、トマトケチャップ、『タマゴ』、食用油。

 たったこれだけですが、これだけを手に入れる為にあれだけの苦労をしました。

 週末にオムライスを食べる為に、その為だけに、長生は命をかけました。

 

 その割には特に感慨深そうにせずあっさりと長生は台所へ立ち、さっそく適当な大きさに『トリ肉』を賽の目のように切ります。

 『トリ肉』の皮の部分を下にして、包丁で思いっ切りとても雑に、しかし何回も何十回も、何百回には達していなくてもそれくらい繰り返してきたような手さばきで『トリ肉』を切り分けると、フライパンに食用油をしいて熱しました。


 適温になったと思うとすぐにバラバラの大きさの賽の目に切った『トリ肉』を投げ入れ、火が中まで通るとトマトケチャップを入れて『トリ肉』と合えながら余分な水分を飛ばします。

 適度に合え水分が飛ぶと、今度はレンジで、不思議と電気が通い今も使える電子レンジで温めていたパック飯をさっさと入れて、真っ白なお米が頬を赤く染めるようにトマトケチャップ色になるように混ぜて、チキンライスは完成しました。


 フライパンから出来上がったチキンライスを退けると、もう一度油をしいて熱し溶いた『タマゴ』を流しいれ、固まり始めると菜箸でグチャグチャに混ぜて適度に固まった半熟になっているのを確認すると、退けておいたチキンライスを半熟の『タマゴ』の左端に置きます。


 そしてフライパンに対して垂直に皿を当てて、一気にフライパンと皿を同時に傾けると滑り落ちるように、チキンライスに纏わりつくように『タマゴ』は皿の上にオムライスの様相を呈しながら乗っかりました。


 さらにそこにダメ押しとばかりにトマトケチャップをかけたら、オムライスの完成です。


 長生は完成したオムライスを片手に何日かぶりに、ぞんざいに扱っていたちゃぶ台にオムライスを置き、自身もスプーンと蛇口を捻って水を注ぎこんだプラスチックのコップを片手に座ります。

 以前ならきっと、ここからさらに誰かと一緒に『いたただきます』と言っていたと長生は思い、ただ思っただけでそのままオムライスを食べ始めます。


 何時からこうしているのか今一つ曖昧で以前ならもう少しこだわって作っていた気もすれば、以前よりもずっと上達した様な気もしながら、これを作る為に命を懸けた割には特にこれと言って感情は触れ動かず、オムライスを食べ始めました。

 甘酸っぱく塩味のあるトマトケチャップしか味付けに使っていないシンプルとも粗野とも言える味付けのチキンライスを、『タマゴ」で包み込んだだけのオムライスは少なくとも塩や醤油だけで味付けした『トリ肉』よりも美味しく。


 非常用に食べずに取っているショートブレッドに似た、バランスよく栄養とカロリーを摂取する為の食品や、お湯を入れるだけで食べられる元祖即席めんと比べれば拙さが目立ち、何より『トリ肉』と『タマゴ』が使われていない分、自然と舌が受け入れてくれるそちらの方よりは不味い。


 この程度のオムライスを食べる為だけに長生は今日、命を掛けました。

 

「俺は…何でオムライスにこだわるんだろうな?」


 誰も答える事の無い疑問を呟きながら長生はオムライスを食べ進めます。

 朧気になり続ける記憶を辿り、確か誰かが切欠だったと思うもその誰かが朧気で、結局自問に自答は出来ずオムライスを綺麗に食べ切った長生は流し台に行って後片付けを始めました。

 先週も同じ様な疑問を呟いていました。

 きっと来週もオムライスを作る為に命を懸けて、同じ様な疑問を口にするのでしょう。


 誰も答える事の無い疑問を。

 自身でさえはっきりと思い出せない自問を投げかけ。

 そして自身でさえはっきりと思い出せないので自答する事が出来ず。

 来週も、再来週も、その先もずっと、終末にオムライスを食べる度に、この自問自答を繰り返すのでしょう。

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