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その台詞3回目 1

◇◇◇◇


隣の部屋から「うぉっしゃあ!」という姉の雄たけびが聞こえて、(すすむ)はびくっと肩を震わせた。

驚いた拍子に鞄につめようとしていた教科書やノートが腕から零れ落ち、フローリングに勢いよく散乱してしまう。

拾おうと足を踏み出すと、不幸にも足元に散らばったルーズリーフがあったようでつるっと足を滑らせ、ドスンと鈍い音をたてて尻持ちをつく羽目になった。

痛みに顔をしかめながら手元をみると、教科書の見開きのページが破れてしまっている。手をついたのが、落としたときページが開いた教科書で、尻持ちをついた時に紙が捩れて破れてしまったのだろう。


「あっ、あーあまたやっちゃった…」


はぁ、と進はため息をついてセロハンテープで修復を試みる。

ななめに亀裂の入った紙は継ぎはぎのテープのせいで不恰好にはなったが、文字を読むには支障がなさそうだ。


不幸中の幸いだ、と進の気分は少し浮上した。


びっくりした瞬間に物を落とし、こけて、その結果物が壊れるなんてドジは、進にとっては日常茶飯事なのである。

怪我もせず、教科書も修復可能な範囲であったことから、今の一連のドジはむしろラッキーに進むにとっては分類される。


外を歩けば他のことに気をとられて溝に足を突っ込んでしまったり。

体育でサッカーをすれば空ぶって勝手に一人でころんでしまったり。

予習をすれば、範囲外を間違えて解いてしまい、授業当日では咄嗟に答えられなかったり。

お昼に食堂でうどんでも食べようものなら足を滑らせて熱い汁と麺をシャワーのように浴びたり。


「ドジと不運を煮詰めて型にいれ、冷やしてできあがったのが進だ」と言われたら自他共に納得してしまうような日々を過ごしている。


小さなころから毎日毎日、そんな日常を過ごす自分にため息をつかない日はなかった。

進の周囲も「ああ、またあいつか。何やってんだ」と誰もかれもが口癖のように漏らしてきた。


「でも、今の僕は一味違う」


明日の日課を揃えた進は、ハンガーで吊るした制服の下へ鞄を置いた。

そして先ほど教科書とともに落として床に転がっていた小さな機械を拾い上げて、にやりと笑いながら眺める。


キッチンタイマーに似た、円型の掌サイズの機械。

中央に長方形のディスプレイがあり、その上にMINと書かれた丸いボタンが、ディスプレイの下にはSTART/STOPと書かれた丸いボタンがある。

似た、というよりほぼキッチンタイマーそのものである。

キッチンタイマーと違う点といえば、これが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であることだ。


「タイムリープできる大切なアイテム…。これを忘れちゃいけないな」


この機械のおかげで進の日常は数日前とは大きく異なっている。

上機嫌に呟いた進は、タイマーを制服のポケットに入れた。これで明日の学校も何も心配することはない。


明日の準備を終えた進はお風呂へ向かおうと自室のドアノブを握ったが、ふと手を止めた。


姉ちゃん、機嫌なおったかなぁ。


巡は、やれボクシングの相手をしろだの、食後にコンビニのアイスを食べたいから買ってこいだのと傍迷惑な思いつきを進に実行させる横暴な姉だ。

少しでも口答えすると「はぁー?」と凄まれるので、うまれてこのかた巡に逆らったことはない。


そんな我侭な巡は要領の良い人間でもあった。

遊んでいる時間が多いようにみえたのに、効率よく勉強していたのか、学生時代はいつも成績優秀。

運動会や文化祭等保護者や特に大人の関心をひく行事ではそこそこに無難な結果を残していた。

そしてほどほどの大学に進学し、大手ではないが多くの人が社名を聞いたことのある会社に入社。


ドジで不運な自身とは比べ物にならない人生を送っている。


ケチをつけるとしたらその横暴な性格だ、と悔し紛れに「外でそんな風に振舞ってたらまずいんじゃないの」と昔聞いてみたことがある。

けれどもその一撃でさえも「ちゃんと猫被ってるに決まってるでしょ、ばかね」とあっさり撃退された。鼻で笑われるオプション付きだった。

会社の評判はどうだか知らないが、少なくとも巡は学生時代の友人・知人間では「サバサバした頼りがいのあるおねえさん」として認知されていたそうだから、彼女の自負どおり会社ではきちんとした社会人を演じているのだろう。


弱点らしい弱点がなく、進が逆らうことのできないことをわかっていて無茶振りをする暴君のような姉だが、最近何やら様子がおかしい。


穏やかとは縁遠い性格なのは従来のことではあったが、それにしてもここ何日かの彼女の尋常じゃないイライラした様子は、進の小さな心臓を震え上がらせた。


今日の「ただいま」って言ったときの姉ちゃん、地獄の底から這いずりあがってきたゾンビみたいな声と形相してた。めっちゃ怖かった…。


あんな状態の姉に近寄ればどんな飛び火をするかわからない。

出来るだけ近寄りたくないな、とまるで猛獣相手のような感想を持った。


何であんなに機嫌悪いんだか…。


耳をすましても隣の姉の部屋からは、今は何も聞こえない。

先ほどまで何かを殴るような音や雄たけびが聞こえていたけれど、気持ちが落ち着いたのかもしれない。


そう結論付けた進はできるだけ物音をたてないようにこっそり部屋を後にした。

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