同棲生活始めます
「それで、さっきのどういうことなのか説明してもらおうか」
スーパー近くの喫茶店へと場所を移し、説明を促す。
「いや、何度も言ってるじゃん!柏木悠真、15歳だ!」
謎の決めポーズとともに、先程の問題発言を繰り返す少女。
「それはさっき聞いたよ。いたずらか何か?記憶喪失をからかおうとしてるとか、そういうのはもううんざりするほど受けたんだが......」
「記憶喪失!?」
記憶喪失当初の苦い記憶を思い出し、自然と表情が暗くなる。
当初は、以前からの友人らしき同級生にからかわれることが多々あり、それが原因で距離を取り、今ではぼっちと化していた。
「俺の記憶喪失のこと知らないのか?」
「知らないよ......だって俺過去からきたもん。それはそうと俺いじめられてるの!?やだな〜お先真っ暗だよ......」
「おいやめろ!いじめられてないし今の俺を否定する言い方はやめてもらおうか!?」
いじめとは、された側がいじめだと認識していないならそれはいじめではないのだ、という俺的理論。
え、いじめられてなかったよな?俺。
「いきなり15歳の俺だ〜と言われても、信じられないというか、しかも俺男だし」
「俺も男だよ?」
「いやあきらかに女じゃん美少女じゃん!?」
「美少女だなんて照れるなあ」
頰を赤くしながら照れてる自称俺を見て、どうしたものかと頭を悩ませる。
「証拠はあるのか?」
「おお〜その台詞、痴漢を疑われた容疑者の台詞みたいだね〜」
「なんで痴漢が前提にあるんだよ......」
話が一向に進まない。
「証拠か〜早希さんにも言われたなあ。証拠がないと悠くん信じてくれないよって」
「そうだよ証拠がなければ......」
......今なんて言った?
「今早希さんって言ったか?」
「うん?早希さんも言ってたんだよ〜」
「早希さんと会ったのか!?」
「さっきまで一緒にいたよ?」
いきなりの爆弾発言に驚きつつ、急いで携帯の連絡先から柏木早希の名前を探し発信する。
プルルルルル......ガチャ
『......はいはーい早希お姉さんだよ〜』
「もしもし悠真です。今15歳の僕が目の前にいるんですけど、説明してもらってもいいですか?」
『おお、もう合流したんだね〜良かった良かった』
「良かったじゃなくて、どういうことですか?」
早希さんの話はこうだ。
最初に補足しておくと早希さんは小説家である。
小説の執筆に行き詰まり、休憩しているとインターホンが鳴った。
原稿の催促に来た担当かと、身構えながらインターホンのモニターを見ると、そこには美少女がいたという。
可愛いものに目がない早希さんは、急いでドアを開け、部屋に招き入れると、美少女が泣きながら抱きついてきた。
「早希さーん!やっと知ってる人に会った!」
「おやおや、どうしたかわい子ちゃん〜怖かったねえ」
作家という仕事をしてるからなのか、早希さんは順応性が高い。
いや、順応性高すぎるでしょ!?
「俺......こんな見た目だけど、悠真なんだ」
「悠真って悠くんのことかい?可愛いとは思っていたけど遂に女の子になっちゃったか〜まあそれはそれで......」
少女が泣き止むのを待って詳しい説明を促すと、ぽつりぽつりと状況を説明しだした。
悠真(15歳)は元の世界の夜、眠りにつき、気づいたら現代の道路に立っていたらしい。
少女の格好になっていることや自身の状況に驚き、服装の中に身元を証明するものがないか探したが、所持品は何も無し。
幸い、早希さんの家からさほど遠くない隣町にいた為、歩いて早希さんの家に訪れた、ということらしい。
それから1時間ほど話し合い、彼女と別れたとのことだった。
『とまあこんな感じの状況でね。私もどうしたものかと思ってね〜』
「話は分かりましたけど、何で彼女がここにいるんです?」
『とりあえず、自分自身に会ったほうがいいかな〜と思ってね。悠くんの住所を書いたメモを渡してあげたんだよ。そしたら急いで家を飛び出してさ』
そこで偶然、下校途中の俺と遭遇したと。
少しだが話が繋がった。
「なるほど、早希さんがそう言うなら信じますけど。他に何か知ってることとかありますか?」
『それが心当たりがなくてね〜彼女の身元もわからない以上、警察に行くわけにもいかないし......中身悠くんだしね〜』
「確かに......俺はどうしたらいいんでしょうか」
『そこでだ、悠くんと一緒に同棲してもらおうと思ってね〜』
至っていつもと変わらぬ口調で、早希さんは提案してくる。
「同棲って!男女一つ屋根の下は色々とまずいでしょう!?」
『へーきへーき〜だって見た目は美少女でも中身は悠くんだもの。悠くんもいくら美少女でも、自分相手には何もできないだろう?』
「それはそうですけど......」
テーブルを挟んで目の前に座る彼女に目を向けると、電話中に頼んだであろう、チョコレートケーキを食べていた。
美味しそうスプーンを口に運ぶ仕草に、どうしても自分自身の面影が見出せない。
15歳の俺って、こんな感じだったのか?
『あ、それともう一つ言い忘れていたことが......』
「何か思い出しましたか?」
『いや違くってね〜彼女に名前がないと不便だろう』
「それはそうですけど」
『「夢叶」って名付けることにしたよ〜早希お姉さん命名!拍手〜』
「夢叶......ですか」
その名前を、どこかで聞いたような気がしたが、多分気のせいだろう。
『彼女の生活用品を含めた生活費は、いつもの口座に入れておいたから〜一緒に買い物に行ってくるといいよ』
「これ以上早希さんに迷惑かけるわけには......」
『悠くん、何度も言っているけど、私は迷惑だなんて思ったことは一度もないのさ。大好きな悠くんの為にしたくしてしてるんだ。バイトだって本当はする必要ない』
「ですが......」
これ以上早希さんに助けてもらっては、いつまでたっても恩返しすることはできない。
一生かけても返しきれない恩が、もうすでにあるのだから。
『それにだ。彼女は悠くんであって悠くんでない。だから君が気にする必要はないのさよ』
「......ありがとうございます」
『また困ったことがあったら連絡すること〜いいね?』
「分かりました。また連絡します」
『ああそれと最後に、夢叶が万が一兄さんのことを聞いてきたら、私にすぐ連絡してくること。頃合いを見て私も話すからさ』
「あ......分かりました」
この世界に彼の、俺の父親はもういない。
その事実を知って彼はどんな反応をするのだろうか。
少なくとも、今の俺には彼に伝えることも、一緒に悲しんであげることもできない。
『夢叶を頼んだよ〜それじゃあね〜』
「はい。ありがとうございました」
色々と問題は山積みだが、今一番大変なのは夢叶だろう。
きっと今、大きな不安を抱えているだろう......て、ええ!?
「お、電話終わった?ほら、俺の言った通りでしょ?」
「おいおいおい。どんだけケーキ食べるんだよ......」
テーブルの上には6皿分の空き皿が置かれていた。
どんだけ食べるんだよこいつ......。
「不安な時はたくさん食べる!それが俺のポリシーだ!今の俺は違うの?」
「今の俺の事情は、後でゆっくり話すよ」
「そうなの?それで、俺はこれからどうすればいい?」
「俺と一緒に暮らす」
「なんと!こんな美少女と一緒に暮らして俺は耐えられるのか〜?」
ニヤニヤしながらからかってくる15歳の俺、もとい夢叶。
本当に俺なのか?記憶喪失前の俺を知らないとはいえ、今の俺とかけ離れ過ぎてるぞ......。
「それと、名前がないと不便だからって、早希さんが名づけてくれたぞ。今日からお前は「夢叶」だ」
「夢叶......え〜竜騎士・アルギュロスがいい!」
「却下だ!!」
一瞬顔を曇らせ、名前が気に入らなかったのか、ぶーぶーと不満を口にする夢叶。
一番最初に出会った時のあの台詞といい、こいつもしや中二病か?
「夢叶か〜早希さんはなんで夢叶にしたんだろう?」
「知らないよ......夢が叶うといいね、とかそんな感じじゃないか?」
「今度早希さんに聞いてみる」
「そうしてくれ。とりあえず今から家に帰るぞ」
まずは家に帰って俺の状況を説明する。考えるのはそれからだ。
会計を支払い、店の外へ出ると辺りはすっかり暗くなっていた。
夢叶を見ると、何故か嬉しそうな笑顔で後ろをついてきていた。
無邪気で、可愛らしい、年相応の笑顔で。
俺はこんな美少女との同棲生活に耐えられるのか?
これから待ち受ける未来を思い、小さくため息をつくのであった。