第11話 目覚める女
――母が意識を取り戻すかもしれない……。
母の脳波に変化があったと剣持から連絡を受け、病院へと急ぐ。
(転院して正解だったな……。それにしても、眠り続けてもう何年だっけ……)
正解は六年。父が亡くなったあの日から、ずっと母は眠り続けている。
事情を知る者はみんな、諦めた方がいいと口を揃える。あの伯父でさえも。
だが俺は、母が目覚める日を待ち続けていた。
俺が能力に目覚めたのも同じ日。
あの日、首を吊った父の足元に倒れていた母。揺すり起こしてその目を見た時、初めて記憶が流れ込んできた。
きっとあの時に見た母の記憶も、父の死に関する重要な情報だったに違いない。だが余りにも唐突な出来事に、俺はうろたえるばかりだった。
その後、再び父の変わり果てた姿を見た母は、奇声を発しながら意識を失い、そのまま今日までの長い眠りに就いている。
もしも母が目覚めれば、そして母の記憶を覗き見ることができれば……。
間違いなく、これ以上ない父の死に関する手がかりが得られるはず。
そして今日の剣持からの連絡で、それが現実的なものとなった。
俺は父の死の真相を求めて、母の病室へと急ぐ。
病室に駆け込むと、母のベッドの横には白衣を着た剣持。
母の様子を眺めていた彼に、まずは今回の朗報の礼を述べる。
「剣持さん、ありがとうございます。母が目覚めるかもって、本当ですか?」
「確実とは言えねえ。でも脳波に変化があって、その可能性が現実味を帯びてるのは確かだ」
あーちゃんのこともあって、どうせ自宅には帰りにくい。
そして、目覚めたら一刻も早く、母の記憶を覗き見たい。
この病院は、面会時間以外は身内といえども付き添えない決まりだが、剣持に頼み込んで許可してもらった。
「それじゃあ、しばらく泊まり込みで看病させてもらいます」
「無理しなくても、目が覚めたら連絡してやるぞ?」
「いえ、六年間待ち続けましたからね。わがまま言ってすいませんが……」
「わかった。ナースには伝えとくわ」
こうして始まった看病生活。
だが母の目覚めは、期待以上に早いものだった……。
「おはよう……」
翌朝目覚めて、母への挨拶。すると、普通に目覚めるように目を開いた母。
母はボーっと天井を眺めるばかりだったが、明らかに意識を取り戻した。
慌ててナースコールのスイッチを押し、すぐさま看護師に知らせる。
「は、母が! 母が、目を開きました!」
『わかりました。すぐに先生にも連絡を入れますね』
サングラスを外し、母に覆いかぶさるようにして、その目を見る。
流れ込んできた情景は、雲の中にいるような真っ白な霧。きっと永い眠りから覚めたばかりで、放心状態なのだろう。
記憶を呼び覚ますために、母の肩を揺すり、呼びかける。
「母さん、あの日一体何があったんだ? 父さんはどうして、自殺なんてしたんだ」
ハッとしたような表情を見せる母。と同時に、母の記憶がドッと流れ込んでくる。
目に映った姿は伯父。背後から父を抱き上げ、力なく垂れているその首が、天井から吊られたロープへと通されている。
その光景はどう見ても、ロープから降ろそうとしているようには見えない。降ろすつもりなら、普通は正面から抱き上げるはず。
(ということは、無抵抗の父を伯父が吊ったということか?)
衝撃的すぎる映像にしばらく目を釘付けにされたが、我に返って母をさらに問い詰める。
「伯父さんが、伯父さんがやったのか? 母さん」
思わず、肩を揺する手に力が入る。
だが、何も言わない母。その苛立ちに、さらに力が入る。
それを邪魔するように、身体を割り込ませたのは剣持だった。
「おい、何やってんだ! 落ち着いて、手を放せ!」
声を荒げる剣持に、強引に母と引き離される。
気づけば、母の心拍を示す電子音は短い間隔で鳴り続け、胸を激しく上下して呼吸も荒くなっていた。
やがて眼を大きく見開き、奇声を上げ始める母。
あの日と同じ母の姿を見て、衝動的な行動に出てしまった自分を後悔した。
「おい、鎮静剤を準備しろ」
慌ただしくなる病室。
俺は病室から締め出された……。
廊下のソファで茫然としていると、隣に剣持が腰を下ろす。
「まったく……。病室に飛び込む前から、お前さんの叫び声が聞こえてきたぜ。珍しいな、あんなに感情を昂らせるなんてよ」
「すいません。つい……」
「おふくろさんは、親父さんの自殺を目撃したショックでああなったんだろ? いきなりそれを呼び覚ましたら、ああなるのはお前さんなら予想できただろ」
「…………」
冷静な今なら、この結果は想像がつくし、無茶なことをしたとも思う。
だがさっきは、その冷静さを失っていた。後悔と反省はもちろんしているが、心のどこかで仕方なさも感じていた。
伯父があんな形で、母の記憶に登場したのだから……。
「まあ、一度は目覚めたんだ。今は鎮静剤で落ち着かせたから眠ってるが、薬が切れたらまた目覚めると思うぜ」
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」
「でもしばらくは、接し方に気を付けてくれよな? 精神的なショックを与えたら、また逆戻りだってあるんだからよ。お前さんも、少し頭を冷やせ」
母の看病をしていては、またさっきみたいな行動に出てしまうかもしれない。そう考えて、しばらく看護は病院に任せることにした。
(看護を放棄するみたいで気が引けるけど、仕方ないな……)
母の記憶は確認できた。充分すぎる情報だ。
そして確実なのは、伯父がカギを握っていること。
さっきの母の記憶は誤解だと思いたいが、それをハッキリさせるためにも伯父本人に会わなければならない。まずは、消息を絶った伯父を探し出さなければ……。
病院を後にしながら、新聞記者だった父の残した言葉が頭の中に響く。
『和真、自分の目で見たからといって、全てを信じちゃいけない。色々な方向から見ないことには、真実には辿り着けないぞ……』




