表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/65

第9話 取り立てる男

「――約束の通り、一千万円です。ご確認ください」


 座卓に積まれた、一千万円。帯封付きの、綺麗に揃えられた札束だ。

 それを、おあずけを命令された犬のように、よだれを垂らしそうな視線で凝視していた父親。

 解禁の言葉に即座に反応して、両手で抱きかかえるように手元に手繰り寄せる。

 そして一束ずつ、その全てが一万円札であることを確かめていく。


「おう、間違いないみたいだな。確かにいただいたぜ」

「そちらの娘さんの養子縁組も無事済みましたし、誓約書の内容はすべて履行されたということで、俺は帰らせてもらいますよ」


 終始機嫌良く、笑顔で玄関まで見送る父親。

 そして、恨めしい表情で睨みつける母親。

 対照的な二人に見送られて、隣家を後にする。


 その足で、隣の自分の部屋へ。

 部屋に戻ったことを悟られないように、慎重にドアを閉める。

 一息入れてから啓太に電話。もちろん、薄い壁越しに聞こえることがないよう、コッソリと小声で。

 後はじっと待つだけ。大金を手にした父親が、すぐにでも外出しないかだけが気掛かりだ。


 ――ドンドンドンドンドン!


 だがそれも、余計な心配だった。

 ドアをぶち破りそうな勢いの、隣家へのノック。さっそく、啓太のお出ましだ。

 気が逸っている啓太が、そんなにもたもたするはずがない。

 むしろ、タイミングが良すぎて心配になるほど。


「おら! 早く開けろや!」

「なんだ? てめえ!」

「集金だよ、集金。借金をとっとと返しやがれってんだ」

「てめえなんぞに、借金した覚えはねえぞ」


 大声でやり合う二人の声は、耳をそばだてる必要もなく、室内まで筒抜けだ。

 凄む啓太に、張り合う父親。いつ殴り合いになってもおかしくない雰囲気。


「こいつに見覚えがねえとは言わせねえぞ。どうなんだ?」

「チッ。借金取りかよ……。とんでもねえチンピラよこしやがって」

「あん? なんか言ったか? コラ」

「こ、こんなところで騒がれると迷惑ですから、中で……」


 周囲を気にする母親の提案で、話の続きは室内へと持ち越し。

 こんなときだけは、薄い壁が役に立つ。

 壁越しに耳をそばだててみると、見事なまでに筒抜けだ。


「こいつを持って、とっとと帰りやがれ。借用書を置いていくのを忘れんなよ」

「確かに五百万だな。でも、こいつは慰謝料だ。早いところ、借金の五百万を返しやがれってんだよ」

「なにをふざけたこと言ってやがんだ! 借りたのは利息込みで五百万だろ。ちゃんと返したじゃねえか。お前の目は節穴かよ!」


 早くも啓太に吹き込んだ、入れ知恵の実践が始まった。

 もちろん違法な取り立て。こういう仕事は、啓太の方がきっと上手くやるはず。

 シナリオを書いた我ながら、この先の展開が楽しみで仕方がない。


 ――ドゴッ! バシッ!


 目の前の壁が大きな音を立てると共に、軽くひと揺れ。思わずのけぞる。

 どうやら壁に、どちらかが叩きつけられた様子。

 成り行きに注目する。


「こ、この野郎! 何しやがる」

「まだそんな、偉そうな口を叩く余裕があんのか。とことんわからせてやるしか……ねえみてえだな!」


 ――ゴツッ!


 どうやら、叩きのめしたのは啓太の方。

 喧嘩には自信があると言っていただけのことはある。そして計画上、そうでなくては困る。

 どうやら啓太は容赦なく、父親を痛めつけているらしい。


「やめてください! お願いします。この人が何をしたっていうんですか!」

「ふざけた口の利き方しやがったから、教育してやってんだよ。俺の教育に口出すんじゃねえ」

「こ、こんなことして、許されると思ってんのか……」

「まだ足りねえみてえだな。従順な返事ができるまで終わらねえから、覚悟しろ」


 再び始まる、終わりの見えない暴力。

 音しか聞こえてはこないが、父親のうめき声といい、母親のわななき声といい、なかなかに凄惨そうだ。

 五分ぐらい続いたところで、隣が静かになる。そして、啓太の声が聞こえてきた。


「どうだ? まだ続けて欲しいか?」

「も、もう……許してください。たす、助けてください……」


 どれだけ痛めつけたら、あの父親からそんな言葉が引き出せるのか。

 やはり、啓太が適任。俺には無理だったかもしれない。


「だったら早えとこ、借金の五百万を出しやがれ」

「そ、そんな……。五百万なら、さっき払ったじゃないですか……」

「だからそれは慰謝料として受け取ったって言っただろ? てめえの耳こそ、節穴みてえだな」

「慰謝料って……。俺があんたに、一体何をしたっていうんだ……」


 ここまでは、シナリオ通りに事は運んでいる。

 銀行での一件といい、啓太には役者の才能がありそうだ。


「俺にじゃねえ、娘にだよ。同じ目に遭わせてやりゃあ、気付くかと思ったがよ。どうやら、自覚してねえらしいな。やっぱり、熱湯もぶっかけねえと気付かねえか。おう! あんた、お湯沸かしてくれや」

「そ、そんな証拠がどこに……」

「ほらよ、診断書だ。写真もあるぜ。正式に民事裁判起こしたら、五百万じゃ済まねえだろうなあ。ついでにあんたは、めでたくムショ暮らしだ」

「…………」


 静まり返る隣室。

 どうやら啓太は見事に、力だけじゃなくて、言葉でもねじ伏せたようだ。


「おい! 黙ってちゃわかんねえぞ! 払うのか、払わねえのか。これ以上ごねるなら、慰謝料自体を一千万に釣り上げてやったっていいんだぞ!」

「わ、わかりました……。払いますから、もう許してください」

「手間取らせやがって。とっとと出しゃあ、痛い目に遭わずに済んだのによ」


 しばらく後に、隣室のドアが開く音。

 そして上機嫌で、口笛を吹きながら帰っていく啓太。

 どうやら見事に一千万円を、シナリオ通りに取り立てたようだ。

 啓太は道を誤ったのかもしれない。俳優でも目指していたらあるいは……。




(――俺も、脚本家でも目指してみるかな……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ