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第18話 受け継ぐ男

 ――小池谷の護衛か?


 男の後ろでは、隙に乗じて再び窓から身を乗り出す小池谷。

 このままでは、せっかく追い詰めたのにまんまと逃げられてしまう。

 しかし、目の前には立ちはだかる男……。

 だが次の瞬間、男は思わぬ行動に出た。


 振り返ってむんずと掴んだのは、小池谷の襟首。

 そしてそのまま、窓から引き剥がすように後ろへと投げ飛ばす。

 どうやらこの男は黒い服を着てはいるが、小池谷の手下ではないらしい。

 ならば、この男は一体……。


「あんたは何者なんだ?」

「もうすぐここへ警察がやってくる。間違いなくこの男の身柄は警察へ引き渡すから、お前達はその梯子を使って逃げるがいい」


 質問は完全に無視。

 そして、もっともらしいアドバイス。

 だが、得体のしれない人物の言葉を鵜呑みにする気にはなれない。

 じっと男の目を見つめ、その正体を見極める。

 その脳裏に浮かんだのは、またしても想定外の人物の姿。


(また伯父さんかよ……)


 色々な考えが、頭の中を駆け巡る。

 小池谷に続いて、この男までもが伯父を知っている。

 どうして?

 どんな関係が?

 考えれば考えるほどに深まる謎。

 考えをまとめられずに行動を躊躇していると、そこへ恫喝の声がかかる。


「何をしている、早く行かないか。警察に踏み込まれたら、面倒なことになるぞ」

「この人の言う通りだ。小池谷の組織を壊滅に追い込むっていう目的は達成したんだから、これ以上の長居は無用だよ」

「そうよ、早く逃げましょう」


 大山夫妻に促され、避難梯子の降りている窓へ。

 振り返ると、小池谷の身柄は確かに男が拘束していた。

 伯父を知る人物。その言葉を信じて良いものかどうか。

 だがどちらにしても、部屋から出るドア周辺は人垣になっていて、通ることは出来そうもない。今は、窓から逃走する以外の選択肢はなさそうだ。




「すまんな、幸一君」

「とんでもないです。むしろそんな目に遭わせてしまって、なんてお詫びしていいことか……」


 両手を負傷している麗子の父を背負った幸一が、無事地面に到達して脱出完了。

 上からそれを見守っていたのか、男が梯子の回収を始めた。

 やはり、味方と考えていいのだろうか?

 考えはまとまらないまま、やや離れたコインパーキングへ。そして停めておいた幸一の車へと、四人で乗り込む。後は何食わぬ顔をして、家へと帰りつくだけだ。

 何か忘れてきた気もするが、些細なものだろう。


 幸一が車を発進させると、すれ違う数台のパトカー。

 さらに遠くからも、サイレンの音が鳴り響く。

 振り返ると、遥か後方になったビルの入り口には、多数の赤色灯が明滅していた。


「あの人の言ったことは、嘘じゃなかったようだね」

「もたもたしてたら、あたしたちも一緒に捕まってたわ」


(あの男の言葉に嘘はなかった。やはり味方……? しかし、小池谷を問い詰めているところを、遮ったとも考えられる……)


『…………ただいま電話に出ることができません。ご用の方は発信音の後に……』


 伯父に直接聞くしかないと掛けてみた電話だったが、ありふれた応答メッセージ。

 そして、いくら考えたところで、出るはずもない結論。

 改めて後で掛け直すまで、この問題は保留にするしかなさそうだ。

 軽くため息をつきながら携帯電話をポケットにしまうと、それを待っていたかのように、幸一から声がかかる。

 

「それにしても大成功でした。お義父さんも無事助け出すことができましたし、なんとお礼を言っていいやら……」

「人質になってしまって、本当に迷惑をかけたね。小池谷が舞い戻ってきて、今度は脱法ドラッグと裏カジノが街に蔓延し始めていた。救ってくれたのが、真司さんの息子なんて因縁を感じるねぇ」

「まあ、俺もボランティアじゃないんで、報酬はしっかりいただきますよ」

「あ、ああ……。そうよねー、危険な目にも遭わせちゃったものねー。もちろん、お礼はさせてもらうつもりだけど、お手柔らかにお願いね。鳴海沢くん……」


 助手席から振り向き、引きつり笑いを見せる麗子。

 そうは言われても、この俺が善意で動くはずがない。

 身の危険を感じつつも引き受けたのだって、目当てがあったからこそだ。


「いえいえ、しっかりといただきますよ。だからこそ、危ない橋をわたったんですから……。成功した以上、報酬はたっぷりとお願いしますよ」


 そういって麗子の父の目を見つめながら、ニヤリと笑ってみせる。

 すると、彼が頭に思い浮かべたのは父の姿。

 その父もまた、俺に見せたことのない表情でニヤリと笑っていた。


「しかし、今回の仕掛けに随分と金をつぎ込んでしまったからね。満足してもらえるほど、支払えるかどうか――」

「報酬は金なんて言ってませんよ。ですがお願いしますよ、親父の昔話をたっぷりとね……」

「ああ……そういうことなら、いくらでも支払わせていただくよ」


 こちらの要求が法外ではないとわかったからか、麗子の表情も緩む。

 そして、後部座席に向けて身を乗り出し、目を輝かせて質問を投げかけた。


「ねぇねぇ、聞きたかったんだけど……。小池谷の役を言い当てたのは、どんなトリックなのよ。前回の勝負のときは、ディーラーを務めたお父さんが、鳴海沢くんのお父さんに合図を送ったんでしょ?」

「それは違うぞ、麗子。あれは小池谷の勝手な思い込みだ。あの時のポーカー勝負、私は何もしていない。そもそもポーカーで決着をつけたのも、たまたまだったんだから合図なんて決めようがない」

「じゃあ、同じトリック使ったとか? あたしも色んなイカサマは研究したけど、今日のは見抜けなかった。お願い! 教えて!」


 麗子のみならず、麗子の父までもが期待の目でこちらを見ている。

 さらにルームミラー越しに、幸一とも目が合う。

 いや、お前はこっちを見ている場合じゃないだろう。

 しかし黙っていたら、いつまで経っても運転に集中してもらえそうもない。


「――俺はね……、相手の目を見つめると、手の内がわかってしまうんですよ」


 冗談めかして答えると同時に突然、隣の席から高らかな笑い声が響く。

 あまりの唐突さと、その声の大きさに車がふらついたほどだ。


「ハッハッハッハッハ。こりゃ驚いた、真司さんと同じことを言うなんて」

「えっ? なに? どういうこと?」

「私も昔、同じ疑問を抱いて真司さんに尋ねたんだ。そうしたら、今と同じ言葉で誤魔化されたよ。さっきの表情といい、窓から小池谷を突き出した姿といい……。本当に君は、お父さんそっくりだな」


 本当のことを話したのだが、やはり冗談と受け取られたようだ。それが普通の反応だろう。

 そして、一度冗談だと結論付けたならば、人はそうそう考え直さない。

 能力を悟られないがための、狙い通りの真実暴露だ。


「今度は、こっちが質問する番ですよ。親父について、聞きたいことが山ほどあるんですから……。ええと……、まずは…………」


 猛烈な睡魔。

 だが、無理もない。長時間の能力全開、そして極度の緊張からの解放。

 気を失うように一気に堕ちていく睡眠は、快感ですらある。




(――やっとゆっくりと、親父の話を聞けるところだったというのに……。それにしても、親父も同じ言葉を発していたなんて…………)


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