表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/65

第4話 後任の女

 事件で得をした人間を怪しむのは鉄則。

 そこへ、老女からもらった有益な情報。

 挙げられた人物の中で、一番接触がしやすいのは看護師長だろう。まずは、そこから当たってみるか。


 この病院の看護師の制服は昔ながらだ。

 ナース服にナースキャップ、そしてナースシューズ。最近あまり見かけない。

 しかしこれは、今回に限っては好都合。ナースキャップをかぶる病院だと、大抵キャップに役職に応じた線が入っているので、遠目にも見つけやすい。

 ナースステーションの人の出入りをうかがっていると、キャップに三本線の女性。

 きっと、彼女が看護師長だ。サングラスを外して機をうかがう。


「あのー、すいません」

「どうかされましたか?」


 廊下に出たところを、偶然を装い声を掛ける。

 ネームプレートも確認。間違いはない。

 落ち着いた物腰、目つきの鋭い顔立ちも、看護師長としての威厳を感じさせる。


「そこに入院している『鹿島 恵』の知人なんですが、いつ頃退院できるのかと思いまして」

「彼女でしたら骨折がちょっとひどかったので、もうしばらくかかるかもしれませんね。詳しくは、担当の先生にお聞きになってください」


 軽く質問を受け流し、立ち去ろうとする看護師長。

 忙しい彼女に対して、悠長な会話で時間を稼いでいる余裕はないようだ。


「こんなことを言うのは失礼だとは思うんですけど……。この病院で以前、不審な亡くなり方をした人がいるって、週刊誌に書かれてたじゃないですか。担当の先生は、本当に大丈夫なんですよね?」

「あ、あの時の先生は、もうお辞めになられているので……。ご心配される必要はありませんよ」


 この上なく失礼な問い掛け。

 その質問に、気まずそうな表情を浮かべる看護師長。

 すぐさま目線は外されてしまったが、決定的な記憶を覗き見るには充分な時間。

 ズバリと核心を突く言葉が、功を奏したようだ。


 ベッドで眠っている少年に注射を打つ、病院なら当たり前の何気ないワンシーン。

 しかしその手は、不自然なほどに打ち震えていた。

 なるほど、そういうことか……。


 軽く会釈をして、この場を去ろうとする看護師長。

 右腕を掴んで、それを引き留める。

 まだ俺の事情聴取は終わっちゃいない。


「ちょっと、何するんですか!」

「いやね、週刊誌に書かれた不審な死って、薬でも盛られたんじゃないかと思うんですよ……。例えばこの辺りに、こうやって注射でブスリ……。なーんてね――」


 そう言いながら、注射を打つ仕草をして見せる。

 今見た記憶の通り、掴んだ看護師長の右腕に向けて、わざわざ手を震わせながら。

 その仕草を、真っ青な顔で凝視する彼女。

 そこに顔を割り込ませて、見上げるように強引に目を合わせる。


「――でもね、ただの毒だったら……すぐバレると思うんですよね。きっと、特殊な薬なのかな? だとしても、そんな特殊な薬は一般人には入手困難だろうし……」


 許しを請うような表情で、怯える看護師長。

 目に涙を溜めながら、答えとなる記憶を浮かべ始める。

 

 医師からこっそり手渡される、怪しげな薬品。

 さらには、医療機器の怪しげな操作、検査の検体のすり替え。

 秘密裏に行われた工作の数々。間違いなく、周到に用意された犯罪臭を感じる。


 さっそく、実行犯らしき人物を見つけだした。

 その上、少なくとも共犯者として医師が存在することも判明した。となると、組織ぐるみの陰謀は確実。どうりで剣持が死因をいくら調べてもわからなかったはずだ。


「気分でも悪いんですか? 顔色が悪いですよ?」

「私は……。私はどうしたら……」

「全部話して、スッキリしてしまうっていうのはどうです?」


 ここまでくれば、あと一押し。

 突き放すような、冷徹な視線を送る。

 そして、選択の余地を与えているようでいて、実際にはそうするしかない言葉で追い込む。

 いつもの手順。

 あとは真相を語ってもらうだけ。


(ほら、時間がもったいないから、早く吐いてくれよ……)


 しかし、思惑通りに進まない。

 その場にへたり込む看護師長。

 そのまま両手で顔を覆い、えずくようにむせび泣き始めた。

 追い込み過ぎてしまったのか……。


 こうなると厄介だ。話は聞けないし、何より注目の的。

 中年女性を泣かせている男なんて、格好がつかない。

 どうにもこういうとき、相手が女だと苦手だ。加減というものがわからない。


 落ち着ける場所に移ろうと手を差し伸べてみたが、身じろぎ一つしない。

 なだめるも、聞く耳持たず。

 (すか)してみるも、取り合ってもらえず。

 気は乗らないが、このまま放って行くしかないか。巡回の看護師にでも見つかって、騒ぎになると面倒だ……。


「――大丈夫ですか?」


 背後から掛かる声に、思わず背筋が伸びる。

 心配そうな声は、通りがかった看護師だろうか。

 慌てて振り返り、取り繕ってみせる。


「い、いや、これはですね。俺もたった今、通りかかった――」

「何してるんですか? 鳴海沢さん」


 唯子だった……。

 これは天の助け。ここは彼女に任せて、俺はこの場を離れさせてもらおう。

 詳しい情報を聞き出せなかったのは残念だが、それなりの手がかりは得られた。


「川上さん。悪いんだけど……、看護師長さんに付き添っててくれないかな。俺はまだ、やらなきゃいけない用事が残ってるんで……」

「わかりました。有能な助手にお任せください!」


 また蒸し返してきた、その話。

 俺のことを、本当に探偵だと思ってるんだろうか。


「いやいや。助手にした覚えはないから……」

「……それじゃ、私はメグに付き添ってないといけないんで――」

「あー、待って。わかった、わかったから。重大な任務だから頼んだぞ、助手!」

「はい! 了解です!」


 ビシッと手のひらを伸ばし、額に当てて敬礼をする唯子。

 だから、それじゃ警官だって……。




(――やっぱり……この件が片付き次第、また着信拒否だな……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ