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似非占い師 ―悪党には鉄槌を―  作者: 大石 優
ホームでうつむく女
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第11話 再び金髪の男

 再び降り立つ、夜のあざみ台。

 この後、唯子から水野江工業からもらったという金を受け取る予定だが、その前に行っておきたい所がある。


 金髪の消息を尋ねるために、訪れたのはホストクラブ。

 店の前まで来たものの、店長のあの威圧感を思い出すと、つい二の足を踏んでしまう。とはいえ、他にあてはない。

 どうしたものかと店の前でウロウロしていると、店内から出てくる数人のホスト。

 そして、その中には見知った顔。まさかの目的の人物。


「てめえ、どの面下げて、ここに来やがった!」


 どの面も何も、こっちに引け目はない。

 むしろ無事な上に、この店で変わらずホストを続けている金髪の方が驚きだ。

 だが、驚いている場合ではない。睨みつけながら、金髪が掴みかかってきた。


「てめえ、この野郎!」


 難なく身をかわす。というか、本気ではなさそうだ。

 金髪の伸ばした右腕は、力なく空を切り、そのまま両手を膝に当ててうつむいた。


「ちきしょう。お前のせいで……」

「元気そうじゃないか。てっきり、どっかの水底に沈んでるのかと――」

「ふざけんな! お前のせいで、お前のせいでな……。俺は二千万も、借金背負う破目になったんだからな!」


 挑発の言葉に語気を荒げる金髪。再度、威勢よく胸倉に掴みかかってきた。

 とはいえ、それ以上何かをするでもなく、涙を浮かべながら怒りの言葉をぶちまける金髪。

 二千万の借金の経緯は見当もつかないが、俺に食ってかかるのは八つ当たりでしかない。浮かぶ言葉もただ一つ、ざまあみろだ。


「女に貢がせて、いい思いをした罰だろ。貢いでもらった金でそんな借金、とっとと返せばいいじゃないか」

「はあ? 一体どこに、そんな大金貢いでくれる女がいるってんだよ。それに薬を取り上げられたら、女たちだってみんな逃げちまいやがった……」


 どうも話が噛み合わない。

 自殺した女が横領した金は、金髪に流れたんじゃなかったのか?

 だが、金髪が嘘を言っているようにも思えない。

 サングラスを外し、真偽を確かめてみる。


「お前、この間自殺した女に貢いでもらってたんじゃないのか?」

「アホか。あんな、けち臭い女。使ってやった薬の分も回収できねえほど、財布の紐が堅かったぞ。あいつは赤字だよ!」


 すんなり金髪が見つかったと思えば、予想外の展開。言葉に嘘はなさそうだ。

 じゃあ、音見美香が手を付けた客の金の行方はどこへ。

 宝石のような高額品にでも散財したのか?

 それとも、別に貢いでいた人物がいたのか?

 そもそも、横領額なんて微々たるものだったのか……?

 謎は深まるばかりだ。


「オラ、いつまでくっちゃべってんだよ。おめえは借金返し終わるまで、遊んでる暇なんてねえんだぞ」


 一緒に出てきた他のホストに恫喝され、小さくなる金髪。やけくそ気味に、店頭で呼び込みを始める。監視付きの強制労働らしい。それも自業自得だろう。

 だが、手掛かりは途絶えた。

 音見美香の自殺の理由も、横領した金の行方も再び謎に包まれてしまった。



 今夜の宿泊予定は、あざみ台駅前のホテル。

 一度はチェックアウトしたものの、またこうして、泊まることになるとは。

 フロントに立つホテルマンは、初めてここに泊まった時と同じ男。そして表情は、すでに最上級の笑顔。

 飛び込みでスイートルームに宿泊なんていう目立つことをすれば、覚えていて当然か。


「いらっしゃいませ。あいにく、通常のお部屋は満室なのですが……。また、スイートをご用意いたしましょうか?」


 本当か? 調子に乗ってんじゃないのか?

 だが以前泊まった部屋は確かに快適だったし、それでもいいか。

 それにそこまでの高級ホテルでないここは、スイートといっても目玉が飛び出るほどの宿泊料ではない。


「じゃあそれで。とりあえず、三泊。延びるかもしれません」

「左様ですか、かしこまりました」



 部屋に入り、コートを適当に掛けると、まずはベッドへダイブ。

 広いベッドと、クリーニングしたてのシーツの匂い。ホテル宿泊の醍醐味だ。間違っても、インターネットカフェの仮眠室では味わえない。


「連絡があるまで、このままひと眠りするかー」


 ポケットから携帯電話を取り出し、枕の脇へ。

 そのまま枕に顔をうずめると、吸い込まれるように眠りに落ちた。



 室内に響く、チャイムの音。だが、まぶたは重い。

 ルームサービスを頼んだ覚えはないはずだが……。

 すると今度は、ドアをノックする音。

 足取り重く、身体を引きずるようにドアへと向かう。


(まったく、誰だよ……)


 のぞき窓から外の様子をうかがうと、そこには唯子の姿。

 ふくれっ面に見えるのは、レンズの歪みのせいではなさそうだ。

 ロックを外し、ドアを開ける。


「よくここがわかったね。でも、電話くれるはずだったろ?」

「し、ま、し、た。何回も。全然出ないから、また拒否られてるのかと思って、泊まるって言ってたここに来たんですよ」


 そういって見せ付ける発信履歴。

 軽く仮眠のつもりだったのに、熟睡、いや爆睡してしまったのか。

 用件は金の受け取りだけだし、親切にも届けにきてくれたのであれば、手間も省けた。そっと、右手を差し出す。


「…………」

「…………」


 黙って微笑む唯子。

 意図が伝わってないのだろうか。

 それとも俺は、何か勘違いをしているのだろうか。

 まだぼんやりとしている頭を、必死に働かせる。


「スイートルームなんて見たことがないんで、入ってもいいですか?」

「い、いや、部屋に二人きりとかまずいだろ……」


 警戒心の欠片もない。

 軽く拒んでみたが、聞く耳も持たずに部屋へと入ってくる唯子。

 入られては困る理由もない、彼女の好きにさせることにした。


「わぁ、すっごい眺め。やっぱり凪ヶ原と違って、あざみ台は夜景も綺麗ですね。まるで、クリスマスツリーの飾りつけみたいです」


 窓にへばりつく唯子。

 寝ていたので暗いままの室内が、より一層夜景を浮かび上がらせる。

 いつまでも漏れてくる感嘆の声。眺望に心を奪われているようだ。


 はしゃぐ唯子に対して、所在のない俺。

 ベッドに腰掛けてみたり、ソファーに座ってみてもどうにも落ち着かない。かといって、一緒に夜景を眺めるのも何か違うし、適切な距離がつかめずイライラする。


「用件あるだろ? 先に済ませちゃおうぜ」

「へー、こっちにも部屋がある。こんな広い部屋見たことないですよー。家具もかわいいですね」


 全然聞いちゃいない。今度は明かりを点けて、室内を物色する唯子。

 毎度毎度、ペースを乱してくれるやつだ。もう勝手にしてくれと、ベッドに身体を投げ出す。

 両手を頭の後ろに組み、仰向けに。やれやれとため息をついて目を閉じる。

 すると突然、ベッドが揺れた。


「ベッドもフカフカで気持ちいいですね。これなら、いい夢が見られそう」

 

 思わず跳ね起きる。

 隣には、今にもそのまま寝てしまいそうな唯子。

 このままじゃ用件も終わらないうちに、ベッドを乗っ取られてしまいそうだ。


「ちょっと、ちょっと。先に用件済まそうよ。金を持ってきてくれたんでしょ?」

「えー、もうちょっとこの感触を味わわせてくださいよー。こんな気持ちのいいベッド、初めてですよ……」


 そう言いながらベッドの上を、ゴロゴロと転がる唯子。

 スカートを履いていることを忘れているのだろうか。ついつい、捲れ上がりそうな裾に目が向いてしまう。

 この状況、このまま覆い被られても文句は言えないだろ……。

 そう思った途端、唯子が跳ね起きた。


「しまった。今日ドラマの録画予約してくるの忘れてたんだった」


 さっきまでの、ゆったりしていた唯子はどこへやら。急にテキパキと動き出す。

 バッグを開いて取り出したのは、一枚の紙きれ。それを俺に差し出した。


「これが約束のお金です。五分の一になっちゃったけど、許してくださいね」

「え、ちょっと。半分でいいって言ったろ」

「でも、小切手じゃ半分にできないですし。私が変なこと言い出さなければ、これよりももっと手に入ったでしょうから、受け取っておいてください」


 全額差し出した上に、満面の笑みまでたたえている。どれだけ無欲なのか。

 元々この金は、唯子の父親の特許への対価。それを懐に入れるほど、俺は金には困っていない。

 だが突き返そうとする前に、逃げるように唯子は部屋から抜け出した。


「ちょ、ちょっと待って」

「確かに渡しましたからね。もう着信拒否はやめてくださいね。それじゃ」


 あっという間に去っていった。まるで、ゲリラ豪雨。

 手元に残ったのは一千万円の小切手。期日もあるし、明日換金に行くか。

 とりあえず現金化しておけば、後で半金を突き返すこともできるだろう。

 やれやれと、再びベッドに身体を投げ出す。




(あ、いい匂い……)


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