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似非占い師 ―悪党には鉄槌を―  作者: 大石 優
ホームでうつむく女
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第6話 再会の女

 電車とバスを乗り継いで、ネットで確認した場所に来てみれば、ちょうどお通夜が執り行われていた。

 棺はない。先に火葬を済ませたのだろう。


 香典袋に入れた金は十万円。

 自殺を止められなかった罪悪感でも、百万円を手に入れるきっかけになった感謝の気持ちでもない。単なる気まぐれ。

 もちろん祭壇前まで来ても、手順をなぞって形式的に手を合わせるだけだ。

 あんな最後なのだから、『安らかに眠れ』や『成仏しろよ』という言葉は不自然。それに、生前の面識もないので、かけてやる言葉もない。


「…………」


 やることもやったし、この件はこれにて終了か。

 金髪も昨夜懲らしめてやったし、ホテルもチェックアウトを済ませた。

 自殺の原因があの金髪というのは腑に落ちないが、遺書もないらしいし突き止めるのは骨が折れそうだ。

 となれば、この街にこれ以上居続ける意味もない。旅を再開するか。

 だが、葬儀場を後にしようとすると、背後から突然呼び止める声がかかった。


「鳴海沢さん、鳴海沢さんじゃないですか。どうしてこんなところに」


 誰だろうと顔を上げると、そこには驚いた顔の唯子。

 『どうしてこんなところに』は、こっちのセリフだ。


「川上さんこそ、なんでこんなところに……」

「亡くなった音見(おとみ) 美香(みか)さんは、高校の時の演劇部の先輩なんです。鳴海沢さんも、お知り合いだったんですか?」

「いや……、実は彼女の最後を目撃したもんでね」


 ここは正直に白状する方が、余計な追求もされなくていいだろう。

 そう思って答えたのだが、それはそれで唯子の好奇心を刺激したらしい。

 こちらが照れるほどの距離に顔を寄せ、荒げた声で矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。


「本当ですか!? 先輩の最後の様子はどうでしたか? やっぱり、悩んでいたんでしょうか――」

「ちょっと、ちょっと。こんなところで、そんな話……」


 周囲から集まる視線。好奇の目に晒される。

 質問を遮られた唯子もそれに気づいたのか、真っ赤な顔をして小さくなる。

 やれやれ、相変わらず思い立ったら後先を考えない女だ。

 

「まだお焼香を済ませてないんで行ってきますけど、後でお話聞かせてください。絶対、待っててくださいね。帰ったら許さないですよ」


 そう言い残して葬儀場へと入っていく唯子。

 一体、どう許さないというのだろう。

 黙って街を後にした負い目もあるし、試しにこのまま帰ってみようか。


 それにしても、唯子と自殺した女が知り合いだったとは……。

 それならばあっさりと、自殺の本当の理由がわかるかもしれない。

 焼香して全てが終わったつもりでいた心に、再び興味の灯がともる。


「あ、ちゃんと待っててくれたんですね」

「待ってろって言ったのは、そっちだろ」


 戻ってくるなり失礼な唯子。

 だが、一回は帰ろうと考えたので、そこまで強くも責められない。

 ここでは周囲の目も気になるので、ちょうど看板が目に入ったファミリーレストランへと二人で向かうことにした。




「心配したんですよ! 電話しても出ないから。着信拒否にしてるでしょ――」


 席に案内され、やっと一息と思ったら、再び声を荒げる唯子。

 かと思うと表情を崩し、うつむいて声を詰まらせる。


「――きっと、私のせいで計画が狂っちゃったから……怒ってるんだろうって……。でも、着信拒否なんてひどいです。直接、家も訪ねたけど留守だったし……」

「ああ、あれね……そりゃ怒るだろ。一億円を辞退とか、お人好しにも程がある」

「でもあの後、水野江工業の方から連絡があったんです。専門家と話し合った結果、特許の価値は五百万円だって。そこに父への慰謝料を加えて一千万円支払うので、権利を譲渡してくれってお願いされました」


 専門家じゃないから絶対とは言わないが、ほぼ間違いなく言いくるめられている。

 あの特許がなければ、あの機械は稼働させられないはず。そして、あれだけ設備投資をしてしまった以上、それを捨てるわけにもいかない。むしろ、一億円は安く見積もってやったぐらいだ。


「で? 譲ったの?」

「ええ、一度は放棄するって言ったのに、わざわざ連絡をくれた上に一千万円いただけるなんて、すごい親切ですよね」

「あー、そーだね」


 思わず、気のない返事をしてしまった。

 それもきっと、特許の無償入手が後で発覚すると問題になると考えてのこと。

 あの場で社長の悪事が色々と暴かれたのだから、特許もふんだくったと誤解されないためのアリバイ作りと思われる。

 たとえはした金でも、正式に権利者と話がついているという名目を作っておけば、言い訳になるという魂胆だろう。

 にもかかわらず、唯子はこうして心底感激しているのだから、やっぱりこの上なくお人好しだと言わざるを得ない。


「なので、その一千万円は全額差し上げますから、許してもらえないですか?」


 目に涙を溜めながら、上目遣いでこちらをチラチラと見ている唯子。

 お人好しを通り越して、もはや言葉が見つからない。

 手に入れた一千万円を譲るために声を掛けるなんて、俺だったら絶対にしない。しかも当初の山分けじゃなく、全額なんて。

 いや、そもそも俺だったら、あのまま強気に一億円をふんだくっていたか。


「元々、山分けだったろ。だから半金の五百万でいいよ。それにあの時は腹がたったけど、今は別に怒ってないよ」

「でも、着信拒否…………」

「してない、してない。するわけないじゃない」


 相変わらず涙を浮かべながら、頬を膨らます唯子。反射的に嘘をついてしまった。

 だが唯子に、携帯電話を目の前に突きつけられる。そこに表示されているのは、【発信中 鳴海沢和真】の文字。


「さっきからコッソリかけてるけど、気付く素振りないじゃないですか」

「そうそう、携帯なくしちゃったから、今止めてるんだよ」


 緊張感漂う空気の中、コートのポケットから鳴り出す着信音。

 漏れるため息。空気は気まずさへと変わる。

 突き刺さる視線を横目に、携帯電話へと手を伸ばす。


(絶妙のタイミングだよ……、伯父さん……)


 とりあえず、この場は拒否。

 携帯がないのは不便だからもう一台買ったとでも言えば辻褄は合わせられるが、それも面倒だ。


「悪かった、悪かった。ちゃんと戻すから、これでいいだろ」

「パフェ…………」

「え?」

「パフェ……。この、イチゴパフェ奢ってくれたら許してあげます」


 終わらせたと思った縁が、またつながってしまった……。



 お詫びのパフェがテーブルに運ばれると、唯子の膨れ顔は収まった。

 だが先輩を偲んで、涙はまだ収まる気配がない。


「――それで、先輩はどんな人だったの?」

「高校では演劇部だったんですけど、私が一年生の時に、先輩が三年生で部長でした。卒業してからも時々遊びに来てくれたりして、面倒見のいい人でしたよ――」


 時折ハンカチで涙を拭きながら、語り始める唯子。

 唯子が演劇部だったというのは、ちょっと意外な感じもする。


「――東京の大学を卒業して、バリバリ働くって言ってましたけど、現実は厳しかったみたいですね。結局Uターンで地元の銀行に就職したらしいです、親のコネで」


 ネットにも色々と情報は転がっていたが、直接の知人の言葉には遠く及ばない。思った以上に詳しそうなので、しっかりと耳を傾ける。

 自殺に追い込んだ人物像に迫れれば儲けものだ。


「結構詳しいね。今でも交流あったの?」

「そうですね。月に一回ぐらいは連絡取り合ったり、食事を一緒にしたりでしたね。それで、先輩の最後の様子はどんな感じだったんですか?」

「そうだな、結構思い詰めてる様子はあったよ。まさか飛び込むなんて、想像もしなかったけど。遺書は見つかってないらしいけど、原因に心当たりとかないの?」


 あごに手を当てて考え込む唯子。

 月に一回ぐらいの付き合いでは、さすがにそこまではわからないか。


「そういえば……。『私は男運がないのかな』って言ってましたね。『あんな男と一緒にいたらダメだってわかっていても、別れられなくて辛い』って」

「ああ、あれはダメだね」

「え? 鳴海沢さん、相手の人知ってるんですか?」

「あ、いや、噂をね、ちょっと耳にしたんで。なんでも、金髪のチャラチャラした奴だとか……」


 つい油断した。唯子を相手にすると、なぜだか調子が狂う。

 しかし、あの金髪に頭を悩ませていたとなると、やっぱりあの男が自殺の原因だったのだろうか。

 命を捨てる価値がある男には見えなかったが、見えていない部分もあるのかもしれない。それも彼女の自由だし、もったいないと周りが口を挟むものでもない。


「へえ、そうだったんですか……。あっと、もうこんな時間。私車で来てるんで送りますね」

「いや、いいよ。そこまでしてもらうのは悪いし……」

「でもこの辺のバスは、もう全部終わってますよ? 大丈夫ですか?」

「え? まだ夜の九時だよ?」

「この辺はそんなもんですよ?」


 ああ、来る時に確認しておくんだった。

 やっぱりこの辺りは、車がないと不便この上ない地域か……。




「――すまん。乗せてくれ……」


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