第4話 頭の切れない男
さっき見た断片的な映像だけでは、まだまだ決定的な弱みとはいえない。
物的証拠もなければ、決定的な状況証拠もない。とぼけられてしまえば、それ以上追求のしようもない。
どう料理してやろうかと考えながら、物陰で待っているのは、さっきの金髪と同伴していた女。薬について聞き出すなら、一番適任だろう。
まったく、どれだけお楽しみなのか。
二人で仲睦まじく、ホストクラブの店内へ消えてから三時間。まさかこのままラストまで居座るつもりなんじゃと、不安が顔を出す。
いつ現れるかもわからないので、この場を離れることもできない。
そして空腹が気になり始めた頃に、お目当ての女が姿を現した。
しばらくは慎重に尾行。いつ金髪が追いかけてくるかもわからない。
だが大通りに出たところで、すぐさま立ち止まる。どうやら、車の流れを見ている様子。これはお迎えの車待ちか、それとも流しのタクシー狙いか。
どちらにしても車に乗り込まれては、せっかくの手がかりに逃げられてしまう。そうなれば、次の機会はいつになることやら……。
仕方なく、その肩に手を掛けた。
「すみません。ちょっと、お時間いいですか?」
「あら? さっきの占いの方? 一体、何の用かしら」
振り返る女は、怪訝な顔。相変わらず、きつい香水の匂いが鼻につく。
さっそくサングラスを外しながら、ストレートに話題を振っていく。
「実はさっきの金髪の人が、薬を売ってるって噂を聞いたもんで……。もしお持ちなら、譲っていただけませんか?」
「私からじゃなくて、彼から直接買えばいいじゃないの。まだ、いっぱい持ってたわよ」
取り引きがついさっき行われたことは、この言葉でハッキリした。
同時に映し出される、取り引きの時の様子。彼女の言うように、金髪が薬を取り出した銀色の小箱には、まだまだたくさんの赤色の小袋が入っている。
そして、それを手渡した金髪は当然、素手だった。
「いや、あなたも見てたでしょ。彼にはどうも嫌われてるみたいで……。ですから、倍のお金を払いますんで、譲ってもらえませんか?」
「倍? うーん……。それなら半分お譲りするわ、二袋でいいかしら?」
「初めてなんで、一袋で結構です。おいくらですか?」
「買値は一袋五万円だから、倍で十万円になるけど?」
「ありがとうございます」
財布から差し出す十万円。
そして引き換えに差し出される、赤い小袋。
手のひらにハンカチを載せ、それをうやうやしく受け取る。そして、そのままハンカチで包み、コートのポケットへとしまい込む。
「このことは、あの人にも内緒でお願いよ」
「もちろんわかってますよ。ありがとうございました」
そこへ、ちょうど通り掛かったタクシー。
すかさず右手を上げて止め、乗り込む女。
「また倍の値段でいいって言うなら、いつでも声かけてね」
そんな言葉と、きつい香水の匂いを残し、去っていく女。
ウィンクまでされたが、何の興味も湧かない。
指紋付きの赤い小袋。ひとまず、物的証拠を確保だ。
女を見送った足で、さっそくホストクラブへやってきたものの、薄暗い店内。
金髪はどこかと、入ったところで店内を見回す。
そこへ、慌てて駆け寄ってくるボーイ。
もちろん勘違いでも、その気があるわけでもない。
「お客様、当店はホストクラブですが……」
「ちょっと、金髪の店員さんに話があるんですが」
「あのー、失礼ですが……」
「まあまあ、お時間は取らせませんので」
「おい、占い師! 貴様、何しにきやがった!」
ボーイとのやり取りに、割って入ったのは金髪のホスト。
ホストというのは、客の出入りにそこまで敏感なものなのか? ほんの一分かそこらだというのに、すっ飛んでくるとは。
だが、お陰で手間が省けた。名前もわからないホストの説明をどうしようかと、ちょうど困っていたところだったから。
「お知り合いで? でしたら、他のお客様のご迷惑にならないようにお願いします」
「すまん……」
軽く謝罪し、ボーイに耳打ちする金髪。二言、三言、小さい声で言葉を交わす。
それが済むなり、乱暴に掴まれる左腕。
「ちょっとお前、こっち来い」
さっきの耳打ちは、人払いだったか。
昨夜、一方的に殴り倒して調子に乗っているのかもしれないが、こっちだって油断さえなければ、簡単にやられるつもりはない。人払いをしたということは、加勢だって来ないということだ。
そして、連れ込まれたのは男子トイレ。実質、従業員専用だろう。
いきなり襲いかかってくるのかと思ったが、男は意外と冷静に会話を始めた。
「何しに来たんだ、こんな所まで」
「ちょっと買い取ってもらいたいものがありましてね」
「なんだ、言ってみろよ」
「これぐらいの赤い小袋ですよ。指紋付きのね」
親指と人差し指を広げて、大雑把に小袋の大きさを示す。
そして、ニヤリと笑みを浮かべてみせる。
もちろん、これが本命の狙いではない。
もっと大きなネタにありつくための、ちょっとした揺さぶり。ついでに小銭が稼げれば儲けもの。
だが、その直後だった――。
「やっぱりこいつ、薬のこと嗅ぎまわってやがった! やっちまってください」
金髪が叫ぶ。
そして次の瞬間、ドアを開けて入ってくる強面の男が三人。
あっという間に腕を取られ、組み敷かれる。
しかし、どうして。薬の話はあの女にしかしていないし、彼女が電話で密告したとも思えない。
さらに薬について、店ぐるみだったことも計算外だ。
さっきのボーイへの耳打ちは人払いだと思ったが、この段取りだったのか。
この金髪がこんなに頭が切れるとは思わなかった。迂闊にも見誤ったか。
「さっき、麻薬がどうのこうの言ってたからな。まさかと思ったが、やっぱりか。こんなやつ、湖にでも沈めてやってくださいよ」
まさかはこっちのセリフだ。
比喩に使った『麻薬』を、言葉通りに受け取るなんて……。
だが、迂闊だったことも確かだ。その言葉でネタになる記憶を思い浮かべたのだから、警戒していてもおかしくないことは充分考えられた。
組み敷かれたと思ったら、今度は力ずくで立ち上がらされる。
そして、左右それぞれに体格のいい男が腕を抱え、奥へ奥へと連れて行かれる。
さながら、どこぞの宇宙人のようだ。
そして、一番奥の突き当りのドアの前で一旦立ち止まると、一斉にすくみ上がるほどの大声。
「失礼します! 入ります!」
開かれるドア。
待ち受けていた人物は、底知れないほどに冷酷な目をしていた。
「この部屋は……」
「店長室だが? で、お前か? 薬についてコソコソと嗅ぎまわってたってえのは」
店長というより、組長というべき迫力の人物。
絶対一人や二人、手にかけているだろう。
不気味なまでの無表情。そして淡々と語られる言葉。
「――答え次第じゃ沈めるからな。言葉は選べよ」