第3話 スポンサーの女
翌日改めて同じ場所で出店。あの金髪のホストを待ち受ける。
昨夜一瞬見えた、自殺した女の姿。関係者というなら、つけ込む隙がありそうだ。
そしてなによりも、昨日殴られた借りも返しておかなければ。
「この野郎! 懲りずにいい度胸だな、占い師」
さっそくのご登場。
いきなり胸倉に伸びる金髪のホストの右手を、すかさず払う。
昨夜はサングラスを外していたせいで、思わぬ隙ができてしまった。今日はそんな油断はしない。
行き場のなくなった彼の右手。
今度は、折り畳みのテーブルに叩きつけながら、恫喝を始める。
「辛気臭せえ店を出すなって、昨日いったはずだろ? あん?」
「ちょっと、ちょっと、落ち着いてよ。せっかくだから、二人の相性をみてもらいましょうよ」
なだめたのは、毛皮のコートにブランド物のハンドバッグを持った、化粧が厚めの裕福そうな三十歳ぐらいの女。この金髪のスポンサーに違いない。
そして今は、同伴出勤の真っ最中といったところだろう。
さすがに金髪もこの女には頭が上がらないらしく、さっきまでの威勢も鳴りを潜めた。
「わかりました、みてもらいましょうか。おい、もう一つ椅子寄越せよ」
差し出した予備の折り畳み椅子を、ひったくるように掴む金髪。
だが、まずは女の着席を気遣う。そこはさすがホスト。
そして、その左隣に椅子を広げ、並ぶように腰掛ける。
「で? どうすりゃいいんだ?」
「そのままじっと座っててください。じっくりとあなた方の過去を見つめて、相性を判断して差し上げましょう」
「けっ。やっぱり胡散臭せえじゃねえか」
上手く行きすぎの展開だが、依頼とあらば容赦なく見させてもらう。
もちろん、都合のいい展開にならなくても、何とかして目は合わせるつもりだったのだが。
女のきつい香水の匂いが漂う中、ゆっくりとサングラスを外す。
目を合わせるのは金髪の方から。突然気が変わられても、面倒なことになる。
見えてくるのは、肉体関係を結ぶ女の数々。相性を思い出しているのだろうか。
さらに見えてくる、この金髪の汚い手口……。
こっそり口に含む粉末。そして、ベッドに持っていく酒のグラス。
まず酒を口に含み、口移しで女に飲ませてからベッドへと潜り込む。
薬の力を借りて女を虜にする、えげつないやり口。それを、テクニックだと思わせる卑劣さ。
しかし、あの自殺した女の記憶は見えてこない。
「そういえば、一昨日の人身事故すごかったですね。目の前で見ちゃいましたよ」
「あらあ、それは災難だったわねえ」
ご丁寧に返事をもらったが、女に話し掛けたわけじゃない。
この金髪との関係に興味があって、話題に出しただけだ。
そしてまんまと作戦通り、金髪は自殺した女との記憶を色濃く蘇らせる。
店の客だった彼女を、薬を使って自分の虜にしたというわけか。同じ手口で。
「おい、いつまで見れば気が済むんだよ」
薬を使った手口はつけ込めそうだが、相手の女も同意の上なら弱みにはならない。それに違法薬物かどうかも不明確だ。
もう少し決定的な弱みを握りたかったところだが、今回は時間切れ。慌てて対象を女の方へと切り替える。
しかし今、この女はホストとの同伴中。盛った女が頭に思い描いていることなんて、大方察しがつく。どうしても身構えてしまう。
ああ、やっぱりだ。
頭の中は、この金髪のことばかり。付き合いも長いようで、すっかり薬の虜。
時折映る、ぼんやりとした顔の男性は旦那だろうか。それとも父親?
どっちにしても、金の使い道を知ったら、もっと有意義に使えと嘆くことだろう。しかも、顔もろくに浮かべてもらえないなんて……。
延々と見せつけられる、薬でトリップしながらの濃密な絡み合い。
こんな人通りもある場所で、延々と見せつけられる生々しい光景。平静を装うものの、少なからず動揺は隠せない。
とっとと切り上げたいところだが、金髪の方に時間を割いた以上、あまりにもあっさりと終わらせるのは不自然。
罰ゲームは、まだしばらく続く。決して見入っているわけではない。
「とっても良い相性ですね。女性の方が主導権を握ると、とってもバランスがいいです。男性はやんちゃなところがありますが、もう少しおとなしくして、こちらの方に迷惑をかけないように振る舞った方がいいですね」
「この野郎、舐めやがって。ふざけるのもいい加減に――」
「落ち着きなさいって。この人の言う通りじゃない。よく当たってるわ」
当たってるも何も、見たままを言っただけだ。この金髪の反応の方が正しい。
だが、良い相性だと言われた女は上機嫌そうに、金髪をなだめる。
占いを望む者は大抵の場合、望んでいる答えがあって、それを聞きたがっている。
だからそれに即した答えを示してやれば、それだけで任務完了だ。後はちょっとアドバイス的な言葉を添えてやれば、満足そうに金を払って帰っていく。
明確な未来を見通せる本物の占い師ならば、見えたものをそのまま伝えてやればいいだろう。だが俺は【エセ占い師】、人の未来なんかわかりはしない。
もっとも、本物の占い師がこの世にどれだけいるのかも、わかりはしないが……。
「この男性はテクニシャンのようですね。あなたもメロメロなのでは? ですが、その《《麻薬》》のような快楽にいつまでも溺れていると、取り返しのつかないことになりますからお気をつけて……」
これが今回の女に向けてのアドバイス。含みのある笑顔も添えて。
どうせ、聞く耳を持っていないことぐらいわかっている。
だが占い師として仕事を受けた以上は、占い師として完遂するのが俺のポリシー。
そして金髪の反応も見ようと目を向けると、こちらは大きなネタの予感。
自分で使う様子に、店で売り捌く様子。そして突き止める、薬の入手先。
どうやら、こいつは盗品か。事務所の金庫から大量に盗み出す様子を、金髪はくっきりと思い浮かべた。
麻薬という言葉に反応したのだろう。こいつは充分すぎるネタを入手した。
「あーら、そこまでお見通しなの? いやだわ、気をつけないと。さ、それじゃお店に行きましょうか」
「てめえは二度とここに店出すなよ! わかったな」
女は発情したように強引に腕を組み、金髪は威勢のいい捨て台詞。
そして、店内へと二人揃って消えていく。
ホストが女を何人たらし込もうが、知ったこっちゃない。
顔と言葉に騙されて、その気になって舞い上がり、貢ぐ女の自業自得。
だけど、こいつは卑劣極まりない。薬を使って篭絡するとは。
電車に飛び込んだあの女も、この金髪に手玉に取られていた。
もちろん、この金髪の影響がどれほどのものかはわかりはしない。だが、死んだのはたった二日前だというのに、記憶の底に沈められていた事実も哀れを誘う。
つけ込めそうなネタの取っ掛かりはできた。
あとは証拠を掴んで、本物のネタに育てる番。
そそくさと店をたたみ、今度は張り込みへと切り替える。
(さてと、面白くなってきたな……)