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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

備忘録

作者: たかあきら

 私は今日、友を()くした。


 彼との出会いは、もう四半世紀も前に(さかのぼ)る。

 それからの時間、常に連絡を取り合っていた訳ではない。一年以上も音信が途絶えたことも、何度かあった。けれど、久しぶりに連絡が取れたら、まるで昨日の続きのようにまた変わらず語り合うことが出来た。


 十五年ほど前。彼は事業を起こした。けれど残念なことに、その事業は、始めたときから厳しい状況に見舞われていた。

 理由は明らかだ。彼は、多方面に才覚のある男だった(身贔屓(みびいき)かもしれないが)。けれど。或いはだからこそ。彼は、いきなり複数の事業を同時に(いとな)もうとしたのだ。

 小才子(こざいし)が全力を傾けて挑む事業と、如何に才覚があったとしても、その才覚の三分の一しか投じる事の出来ない事業。比べればどちらの方が成果を残せるかなど、考えるまでもない。ましてや一箇所で問題が生じれば、残り二箇所は放置せざるを得ない。二箇所で問題が生じれば、どちらかの対処は御座(おざ)なりにならざるを得ず、結果顧客の信用を失うことになる。


 ではどうすれば良いか。事業を一つに絞り、そちらが軌道に乗ってから次の事業に手を出す。それが、ベストな選択だろう。が、彼はそれを選ばなかった。なら次善の策として、人材を集め、権限を委譲するしかない。けれど、その為には資金がいる。けれど彼には(当然ながら)既に余剰の資金は無かった。

 ここで私は、最大のミスをする。何もしないでいれば、その後数年と経たずに彼の事業は立ち行かなくなり、店を閉めることになっただろう。けれど、私のミスにより、彼の事業はその後十年以上延命することが出来てしまったのだ。

 私は、彼の事業に資金を融資した。それのみならず、金融機関に対する紹介状も書いてしまったのだ。

 そして彼は、その資金で人材を雇用した。


 が、自社で時間を掛けて育てた人材ではなく、外から招いた人材は、当たるも八卦(はっけ)という博打(ばくち)要素が大きい。案の定、かなり優遇した条件で雇用した「自称一流営業マン」がまるで役に立たなかったり、信頼して一事業を任せた相手が社長(彼)の目が届かないのをいいことに、好き勝手やって会社に負債の山を押し付けたりし、(まさ)に「資金は無くなる、成果は出ない」という状況になってしまった。


 売り上げが伸びず、経費が(かさ)む。

 税金は滞納し、金融機関からの借入金の返済も遅れがちになり。

 挙句家賃や公共料金の支払いも督促(とくそく)が来るようになり、果ては給料も遅配気味になる。


 こうなってくると、経営者は一月(ひとつき)後の大口の入金より今日の現金収入を優先し、小銭を稼いで当座の支払いに充てるようになってしまう。

 10万円で仕入れた品物を、来月50万円受け取れる契約で販売するよりも。

 10万円の商品を掛けで仕入れて、今日5万円で現金販売するようになる。そして10万円の掛けの支払いの為に、また20万円の商品を10万円で売ることを選ぶのだ。


 こんなことを繰り返せば、仕入れ業者も、優良顧客も。同業者も、皆彼から離れていく。

 給料が貰えないからと、従業員も離職し、新たな応募もなく。

 知人友人に会う度に(カネ)の無心をするから、事業と縁のない友人も彼と距離を置き。


 私の家は、彼の店と車で三時間ほどの距離を(へだ)てている。それでも、最初の頃は月に一度は彼に会い、様々な話をし、またアドバイスもした。事業が袋小路に入り込んでいることが明らかなので、傷が浅いうちに撤退することを幾度となく勧めた。

けれど、彼にとって私は、友人であり、事業のアドバイザーであると同時に、債権者でもある。それもあり、彼からの連絡は、日を追って疎遠になって行き、遂にこの一年、会えないどころか電話もメールもLINEでも、彼と連絡が取れなくなってしまった。


 そして先日、木曜日の夜。

 約一年ぶりに、彼から連絡がきた。


 彼は、この一年間のことを簡単に説明してくれた。

 「ヤバい筋」からお金を借りて、そのお金で事業を続けていたのだという。

 そして、その返済期限が明後日(土曜日)で、当然のようにお金はない。

 もう、夜逃げをするか、ヤ●●に拉致(らち)られるか、どちらかになるだろう、と。


 私は思った。彼は夜逃げをする前に、四半世紀に(わた)る友情の最後の挨拶(あいさつ)の電話をしてくれたのだ、と。だから私は、彼に最後の激励(げきれい)の言葉を贈った。「これからはもう、連絡すること自体難しくなるだろうけれど、身体にだけは、気を付けろ」と。

 けれど、彼が電話をしてきた理由は、そうではなかった。

 「借金したまま、返せもせずにこんなことを言うのは何だけど。もう少し、お金を貸してくれないだろうか?」


 ……好意的に解釈する。

 「二・三万ならすぐに用立てることは出来るよ」

 夜逃げ資金の足しにするのなら、今からでもATMで諭吉さんを数枚引き出して、彼の家に走ることが出来る。けど、これは間違いなく、「好意的」というよりも「楽天的」、或いは「能天気」な解釈だろう。

 「けど、お前が貸して欲しいカネっていうのは、そんな端下金(はしたがね)じゃないだろう?」

 彼が必要としているのは、その「ヤバい筋」を黙らせる為のお金。借りたカネに利息を乗せた金額だから、どう安く見積もっても数百万。もしかしたら千万のオーダーに乗っていたのかもしれない。

 そんな金、財布の中に入っている筈がない。そして仮に貸せるにしても、木曜の夜に言われて土曜の朝までに用意することなど、到底不可能。ましてこのカネは、これまで以上に「帰ってこないカネ」なのだ。


 今日、日曜日。

 車を走らせ、彼の店に行ってみた。

 そこには、(失礼な表現だが)人相の宜しくない数人の男たちが店の中を我が物顔で歩き回り、何かを話していた。

 彼の家に行ってみた。

 そこは最早モヌケの殻。人の気配はなく、(ドラマにあるような)争った跡や、罵詈雑言の悪戯書きなどもなかった。

 帰りに、もう一度店の前を通った。

 男たちは既におらず、彼の店の看板にはシートが被せられ、そして郵便受けには彼の店の名ではない会社の名前のラベルが貼られていた。


 彼は今、どうしているか。

 最早私には、知る(すべ)もない。ただ幸運を、祈ることしか、出来ることはない。


 今日、私は友を()くした。

 喧嘩別れで友を失くしたのではなく、

 死別したのでもない。


 私は、一人の友人を、今日。喪失した。


(2,743文字:2017/04/04)

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