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あの日君が見せたかった景色は  作者: 雨音
第三章 猫と少女
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第二十一話(改稿)

 「…去年の冬、アイツの父ちゃんと母ちゃん事故で死んじゃったんだ。」


 「え…」


 私達はあまりのことにすぐには事態が飲み込めず何も言えなかった。しばらく沈黙がその場を支配し、響き渡るセミの声がやけにうるさく感じられた。


 「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあさっきの二人は?」


 「…アイツの二人目の父ちゃんと母ちゃん。あんまりよくは知らないけどな。」


 「………」


 私達は再び言葉が出なくなった。さっき家の前で明ちゃんの言っていた事を思い出した。『おじさん』『おばさん』って単語。気になったけど聞けなかったその言葉の重さに私の中の何かが締め付けられるのを感じた。


 満くんがゆっくりと口を開いた。


 「今日昼間、明に会った時は本当は嬉しかったんだ。…怒鳴っちまったけど…」 


 「…あの時の事は私達も気になってたんだ。突然だったからね。」


 「…色々言いたい事があったんだけど、いざ会ったら何を言えばいいのか分からなくなった…」


 「もしかしてさっきは謝りに来てたの?」


 満くんは黙って頷いた。


 「…姉ちゃん達はなんで明と一緒にいるんだ?」


 「明ちゃんが飼ってる猫知ってる?」


 「あぁミイだろ?」


 「そのミイがいなくなっちゃって、今探してるの。」 


 「そう、なんだ…アイツら仲良かったからな。」


 満くんはそう言うとまた黙ってしまった。足元にあった小石を手に取っては落とすを繰り返している。


 「…俺、あいつの友達だからさ。」


 「友達?」


 「俺と明ともう二人の四人、それが保育園の時からの俺の『当たり前』だった。」


 「そうなんだね。」


 満くんは地面の一点をじっと見つめている。


 「…あいつには笑っていて欲しい。今はあんなだけど昔はもっと笑ってくれていたから…」


 「満…」


 「…俺はただまた一緒に遊びたい。毎日学校に普通に行って、休み時間には馬鹿なことをしたい。で学校が終わったらいつもとは少し違う道を探険する、そんな『当たり前』が欲しい。」


 「…そうだよね。」


 「だから何度も家に行ってみたんだ。…でも明は…一度も出てきてはくれなかった。」


 満くんは悔しそうに唇を噛み、少し涙を浮かべている。

 

 「…アイツは俺達の事、嫌いになっちゃったのかな…」


 「え?」


 「俺は今の明に何て言えばいいか分からない。…俺には父ちゃんも母ちゃんもちゃんといる。だからアイツの気持ちをちゃんと分かってあげられない。・・・そんな情けない俺だから…」


 「・・・・・・・」


 ・・・この子はこの子なりにずっと戦ってきたんだ。明ちゃんを思いやる心とそれに伴わない自分の不甲斐なさに。この子も辛かったんだ。ずっずっと我慢してきたんだ。いつまでも返ってくることのないインターホンを鳴らし続けながら…


 




 唐突に千尋ちゃんは満くんの頭に手を乗せるとワシャワシャと掻き乱した。


 「んん、おい、な、なんだよ。」


 「そんな事あるわけないじゃん。」


 「え?」


 「そんなに自分の事を思ってくれるヤツのこと、嫌いになるわけがないって言ってるの。」


 「・・・・・」


 満くんは頭に手を乗せられたまま黙って下を向いた。


 「…満は言ったでしょ?『俺は、アイツの友達だから』って。」


 「………」


 「それを言えるってとても凄いことだって思う。」


 「………」


 「だっていくら友達って言ってもその人の事を純粋に思ったり、考えたり、力になりたいと思うのはなかなか出来る事じゃないよ。『友達』って難しいよね。そう言葉にした途端に人はみんなその言葉に甘えてしまう。ついつい思いやることをサボっちゃう。・・・私がそうだったから…」


 千尋ちゃんの顔は少し寂しそう。まるで何かを思い出して、そこにいる誰かに語りかけているみたいだ。



 「・・・・・・・」


 「情けない?何言ってんの。格好いいに決まってんじゃん。」


 「・・・・・・・」


 「・・・きっと明ちゃんにだって理由があるんだよ。誰にも話せないことが。でもだからって満は明ちゃんのこと嫌い?」


 満くんは小さく首を振った。


 「・・・じゃあ待ってあげて。心の整理ができるまで。大丈夫、きっと話してくれるから。」


 「・・・・・・・」

 

 「・・・だからもしその時が来たら笑って迎えてあげて。・・・・何事もなかったように『おかえり』って」


 すると千尋ちゃんは満くんの頭に手を乗せると言った。


 「だからいい加減泣くな。満が泣いてちゃ明ちゃんは笑ってくれないぞ。」


 「・・・・・・・」


 「なーんて、今日会ったやつに何言ってんだろうね。」


 ニシシと笑いかける千尋ちゃんを見ながら満くんはしばらく黙っていた。そして慌てて千尋ちゃんの手から逃れると目を擦り立ち上がった。


 「そ、そんな事は俺だってわ、わかってんだよ。」


 「そうそう、その顔その顔。・・・それを忘れんなよ。」


 「………おぅ。」


 満くんの目元は少し赤らんでいたが、とても晴れやかな顔をしていた。千尋ちゃんは立ち上がると私を見てニシシとはにかんだ。その笑顔は暗くなりかけた夏の空の下でもとても輝いて見えた。

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