第十五話
「あぁ!千尋ちゃん、こないだはありがとうねぇ。急に子供の面倒見てもらっちゃって。」
「あぁ香澄さん!いえいえ。あんなの大したことないですよ。」
「急に仕事入っちゃってねぇ。息子達千尋ちゃんのご飯美味しかったって凄く喜んでたよ。ありがとね。」
「ほんとですか!それは良かった。」
「またなんかあったらよろしくね。」
「はーい。」
そう言って香澄さんという女性は手を振りながら坂を下っていった。これで千尋ちゃんが声をかけられたのは四回目だ。それぞれ歳も性別もバラバラで、この辺の人皆に愛されているのがよく伝わってきた。
「千尋ちゃんて人気者なんだね。」
「そうかな。まぁいろいろ手伝ったりして顔は知られてるのよね。」
千尋ちゃんは少し照れくさいのか頭を掻きながら笑っている。
「そういえば雨音は何歳なの?」
「十六だよ。千尋ちゃんと同じ。」
「あ、同い年なんだ。じゃあ・・・高校生か。」
「うん。千尋ちゃんも?」
「ううん、私は家に家庭教師が来てたから学校には行ってない。」
「家庭、教師?」
「うん。…でも学校かぁ。いいなぁ。私も行きたかった。」
「ん?行ったことないの?」
「うん。」
学校に行かずに家庭教師ってどういうことだろう。もしかして少し訳ありの家庭なのかもしれない。千尋ちゃんにとっては当たり前のようだしここは深くは聞かないことにしよう。家庭の数だけいろいろな事情があるし、私の家も転勤族だったから訳ありといえば訳ありだ。学校だって小学生から高校生まで混ぜこぜだったから高校って感じじゃないしね。
「そうなんだ。明ちゃんは?」
私が急に話を振ったからなのか明ちゃんは一瞬ビクッとするとそれから立ち止まった。
「あぁごめんごめん。学校はどうなのかなって。そういえば明ちゃんは何歳なの?」
「・・・七歳。」
「そうか、てことは小学二年生かな?」
明ちゃんはコクリと頷いた。
「学校は楽しい?」
千尋ちゃんが聞くとそれから明ちゃんは黙ってしまった。私達は不思議で顔を見合わせた。
「ん?どうした?」
何か雰囲気が違うのを感じたのか少し遅れてついてきていた凛さんが近づいて来た。
「もしかして…明か?」
すると唐突に坂の上から男の子の声がした。見ると明ちゃんと同じくらいの男の子だ。赤色のTシャツに白の短パンで赤色の靴を履いていた。髪は少し長めかな。脇にサッカーボールを挟んでいる。
「満くん…」
二人はしばらく黙っていたけれどだんだんとその男の子の顔色が変わっていった。そして突然明ちゃんの肩に掴みかかった。その時ボールがこぼれて坂を下り始めた。それを千尋ちゃんが慌てて追いかけて行った。
「お前どうしてたんだよ!ずっと学校にも来ないから皆心配してたんだぞ!」
「っ!!」
突然の大声に明ちゃんは動けずにいるようだ。
「まぁまぁ、男の子が女の子を怖がらせちゃ駄目でしょ。落ち着いて落ち着いて。」
慌てて凛さんが止めに入ると男の子は徐々に落ち着いていった。千尋ちゃんはボールを宙に放りながら帰って来た。
「・・・ごめん。」
そう言うと男の子は千尋ちゃんからボールを受け取ると走って行ってしまった。私達はただポカンとしばらくその後ろ姿を見つめていた。そして私はあの子の言った一言が気になっていた。




