第十三話
「つまりいろんな経験をしてみたいからなんでも屋で雇って欲しいと。」
今私達は田中商店の奥の客間で麦茶をもてなされている。ここの店主であろうお婆さんはさっきと変わって今は店のレジ前に座わっている。
「はい!若いんですから今のうちにいろんなことやってみないと損でしょ。なんでも屋なんて今の私にドンピシャなんですよ。駄目ですか?」
「いや、こっちも人手不足だから別に構わないけどさ。」
「やった!交渉成立。」
「いいけど君何歳よ。」
「千尋。」
「ん?」
「名前。鳴神千尋っていうんです。十六歳。」
「じゃあ千尋?手伝うのはいいけど親御さん心配するんじゃない?大丈夫?」
「あ、それなら大丈夫です。うち放任主義なので。」
「放任主義って…まぁそういうことにしときましょ。はぁ…」
凛さんは溜め息混じりに悩ましいといった表情だ。千尋ちゃんはといえばニヤニヤしている。私も半分家出同然で出てきたしね。別に話してはいないけどなんとなく感じ取ってくれているのかもしれない。わかってて受け入れてくれた凛さんの懐の広さには改めて頭が下がる。隣を見ると明ちゃんがじーっと凛さん達の方を見ながら話を聞いている。座布団にちょこんと座ったその姿がなんとも可愛らしかった。
「ん?なる、かみ?どっかで聞いたことがあるような…」
「ん?雨音どうした?」
「あぁいえ、なんでもないです。なんだったかなー。」
どっかで聞いたことがある気がするんだけどな。駄目だなぁ。最近忘れっぽくていけない。この歳にしてボケが始まってるとしたら先が恐ろしいな。私はその想像をかき消すために慌てて頭を横に振った。
「?まぁいいや。ていうか千尋は田中じゃないんだね。この家の子じゃないの?」
「あぁそれは前にちょっといろいろあってたまたまこの辺りで行き倒れちゃって。その時ここのばっちゃんに助けてもらってそれ以来お世話になってるんですよ。」
「行き倒れって…いろいろって何よ。」
「いろいろは、いろいろですよ。」
「ふーん、まぁ深くは聞かないけど。」
「私結構なんでも器用にこなすから役に立てると思いますよ!」
千尋ちゃんは自身満々にドヤ顔をしている。
「あ、そういえば今仕事中て言ってたけど何してるんです?えっと明ちゃんだっけ。その子の依頼なんでしょ。」
「そ。猫探し。」
「猫!?本当になんでも屋なんですね。」
「基本探しものが多いからね。」
「で、どんな猫なんです?」
「ん。名前はミイっていうの。」
そう言って凛さんはミイの絵を手渡した。
「んーなるほど。あれ?この赤いスカーフどっかで…」
「お、本当!どこどこ。」
「えっと…確かこの先真っ直ぐ行った丘の上の神社の辺り。あそこの爺さん腰やったとかでいろいろ届けた時だから覚えてる。」
「ふーんなるほど」
そう言うと凛さんはこの辺りの地図をポケットから出すと神社の位置を指差した。千尋ちゃんは黙って頷いた。
「神社かぁ…とりあえず行ってみる?特にまだこれと言って情報もないしね。見たのっていつよ。」
「んー、三日前ですかね。」
「・・・ちょっとあんま期待しないほうがいいかもね。」
そう言って凛さんはゆっくりと立ち上がった。私と明ちゃんは急いで麦茶を飲み干すと慌てて立ち上がった。
「まぁ行ってみよ。明ちゃんも気になるでしょ。」
明ちゃんは麦わら帽子を再び被り直しながらコクコクと頷いた。
千尋ちゃんはというと麦茶のグラスを片付け、手際よく身支度を済ませて戻って来た。Tシャツにショートパンツというとても夏らしい格好だ。
「じゃあ婆ちゃん、ちょっと出かけてくる。暗くなる前には戻るから。それまで店番お願い。」
「あぁはいはい。気をつけるんだよ。」
私達は軽く挨拶をすると田中商店をあとにした。




