第九話
奏音島はフェリーが唯一の島の外に出る交通手段で仕事や通学、買い物などで利用する島民は多い。そのためかフェリーの始発時間は早い。流石に五時出発は早かったけれど六時にもなればゆっくりと運航を始めている。船と共に並走しているカモメはまだ眠いのかフラフラとしながら必死になってついてきている。白い波をかき分け進む船の上で私は手すりに肘をつくと小さな欠伸をこぼした。
「眠たそうだね。」
そんな私を見ていた凛さんは隣で小さく笑っている。それがなんとなく恥ずかしくて慌てて口に手を当てた。
凛さんに電話をしたのは今から二日前の夜。写真の真意を知りたい私は「なんでも屋」に頼ることにしたんだ。ちょうど今日から夏休みということもあり思い立ったらすぐだった。
気を遣っているからなのか私の記憶について触れるのは我が家のタブーになっていた。お父さんやお母さんはまだしも、当時まだとても小さかった弟にまで気を遣わせているのはなんだか申し訳ない。だから今回の事も秘密のままで済ませたかったんだ。家には『友達の家で泊りがけで宿題をやって来ます』と書き置きをしてきた。まぁ小さい島だし友達もあまり多くはないからすぐにバレるだろうけどね。少しの時間稼ぎにでもなればと置いてきたんだ。ある程度やってしまえばこっちのものという考えだ。
「で、早速だけど私が電話で言ってた条件覚えてる?」
「はい、仕事をお手伝いする、でしたよね?」
「そ。こっちも人手は大歓迎だからね。」
そう言ってまた凛さんはニッコリと笑みを浮かべた。
「いえ、私もお金がないのに話を聞いて頂いてありがとうございました。」
「いえいえそんなのお安い御用よ。送迎代の分働いてくれればこっちは問題ないからさ。それになんでも屋なんて私一人でやってるだけだからいくらでも融通はきくの。」
若干の自虐を含んでケラケラと凛さんは笑ってみせた。
「それに…」
「はい。」
「…いや、なんでもない。忘れて忘れて。」
何かを言いかけると凛さんは再びケラケラと笑い始めた。
「他の方はいらっしゃらないんですね。なんでも屋ってやることがとても多そうなイメージですけど。」
「まぁ探しものから、祭りなんかのイベントの運営まで色々やってるけど一応一人でやれてるよ。…前はもう一人いたんだけどね。」
「そうなんですか?」
「うん…まぁ、ね…」
「ん?」
小さな声で呟いたあと、凛さんの目はどこか遠くを見ているようで少し悲哀の色をまとっていた。でもすぐにいつもの顔に戻ってニッコリと笑って見せた。
彼女が笑顔の裏に抱えたものを知るのはもう少し先の話。この時の私はまだ何も知らなかったんだ。




