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 長年に渡って争いと破壊と汚染を繰り返してきた人類は、とうとう学ぶことをしなかった。昔のSF作品でよく描かれたような暗澹とした光景の中でも最悪に近いものが、今は現実としてそびえている。事実は小説よりも奇なり、って本当だったのね。あら残念。


 海も空も大地も。美しかったはずの地球は汚れきって、ほとんどの地域は砂漠か荒野かゴミ溜めとなった。動植物も多くが死に絶え、残された人類も、ほとんどは先祖の所業を恨むか嘆くかして喘ぎながら生きている。何百年、何世代かけてでも過去の地球を取り戻すのが人類の贖罪であり課題ということになっているけど――その大事業に関われるのがそもそも相当なエリートだけ、って時点で地球もホモ・サピエンスもかなり詰んでると思う。


 人類が利用できる資源はもはや限られている。ならそれを使うのは役に立つ人間のためだけにするべきだ。生きてるだけ酸素の無駄遣いみたいな連中にはさっさと死んでもらって、優れた人間には優れた環境を享受する権利があるべきだ。

――とまではっきり言われてる訳じゃないけど。でも、第七天に入れるのが高度な専門職に携わる人間とその家族にほぼ限られてるってことは、みんな大体そんなことを考えてるんだろうなあと思う。


 あ、私としては特に文句ないです。私や私の周囲の人間が地球にも人類にもそれほどっていうか全然貢献できないのは分かってるので。ほんと、テロとかも考えてないから。

 ただ、生まれた以上は死ぬのがイヤな訳で。生きてる以上は楽な生活をしたいって思うのが人間ってもんで。

 私はずっと考えてきた。せっかく親からもらった五体満足な身体で、何ができるか。とびきり綺麗な訳じゃないし、特別賢いってこともない。もちろん特技や才能だってありやしない。本当に健康なだけが――貧民街(スラム)ではある意味望むべくもない贅沢かもしれないけど――取り柄な私が、楽園の生活を手に入れるにはどうすれば良いか。ずっと。


 物心ついた頃からずっと考え続けて――私が目をつけたのは、人類というか生物に(あまね)く存在するごく基本的な法則だった。つまり――


 種族を維持するためには生殖を行わなければならない。そして、生殖には雄と雌――特に、雌の子宮が必要になる。


 多くの文化が失われ、一方で多くの技術が発展した現代の人間社会においても、その法則は変わらない。ただ、かつてと違うのは、女は単に産むだけの性じゃないと思われてるってとこ。少なくとも、第七天(アラボト)に住むような選ばれし人たちの間では。

 だって、地球の復興に全力を注ぐのが使命、ってことになってるんだもの。幾ら優秀な後続を殖やすためとはいえ、妊娠出産によって才能ある女性が何ヶ月も行動を制限されたり、時には健康や生命を脅かされるなんて重大な損失じゃない? それなら、()()できるところはしちゃった方が楽じゃない?


 全ては人類のため、という大義名分のもと。第七天では、いわゆるエリート階級、上級市民の胎児を下層の女の子宮で育てるのは今ではとっても普通のこと、らしい。

家畜の細胞を培養した人口子宮やら、もっと清潔なガラスのキューブで――大昔のクローンのイメージね――受精卵を育む研究も勧められてるけど……そんなツクリモノに大事な赤ちゃんを任せるのはイヤでしょうしね。天然モノの方がありがたがられるって訳。

 人身売買だって批判もあるらしいけど、代理母(わたしたち)としてもメリットは大きい話だ。だって、赤ちゃんのためにも()()()は食事も住居も最高のものを与えてもらえるんだから。第七天にコネも手に入れられるし、報酬も――私たちにとっては――莫大なものだ。何回か務め上げれば、生活の水準を何段階も上げることができるくらいに。いずれ持つ私自身の子には、遺伝子改良処置を施すことができるかもしれないくらいに。


 だから、この仕事の存在を知ってから、私はそれに人生を賭けることに決めていた。楽園――第七天に入るには犯罪歴がないことが必須。だからもちろん道を踏み外したりしないし、子宮のコンディションを保つためにも口にするものにはできる限り気をつけていた。ドラッグなんてもってのほか。汚らしい男のモノも精子もお断り。


 ええ、そういう訳で変わり者とか面倒なヤツとか思われてたようだけど。友達もほとんどいなかったけど。でもそんなの関係ないわ。私はゴミ溜めみたいな下層を捨てるつもりだったもの。第七天での安全で安楽で裕福な暮らし――それと引き換えなら、ゴミどもとの人付き合いなんて知ったことじゃなかったもの。




 という訳で。(ワタクシ)、マリア・チャーチ二十歳。現在妊娠二十週です。妊婦生活も大体折り返し、悪阻(つわり)も収まったしそろそろ胎動も感じられそう、ということで充実してます!


「うふふふふっ」


 ベッドにごろごろしてても笑いが止まらない。ほんと文字通り。


 あの面接の後、すぐに採用の連絡を受けて。研修やらカウンセリングやらメディカルチェックやらを経て、ホルツバウアー夫妻の受精卵をお迎えして。そりゃ始まるまでは不安もあったけど、今のところ経過はいたって順調で拍子抜けするくらい。

あ、ちなみに処女膜は無事らしいです。受精卵注入用のカテーテルって男のアレより遥かに細いから、膜が破れるようなもんじゃないって。まあ、結局分娩の時には破れちゃう訳だけど。外側からじゃなくて内側から、だなんてマリア様みたいで面白いよね。ちょっと冒涜的とでも言えるかしら。


ホルツバウアー夫妻は挑戦的、とでも思ったのかもしれない。本来、代理母に採用するのは経産婦じゃなきゃいけないはずなのに、わざわざ私を採用したんだもの。天国の名を冠した地区に住んで、マリアという名前の処女に子供を産ませるの。自分たちが神様にでもなった感じがするのかしら。

ま、第七天の人たちの趣味というか流行を知って利用しようとしたのは私でもあるんだけど。処女を守ることで私の子宮の商品価値が上がるなら安いものだし。

だって、下手に子供産んじゃう方がリスキーだもん。周りの――下層の男と子作りした場合、何かしら障害が出る可能性はそこそこ高い。欠陥品を産んだなんて、審査の時にマイナスになっちゃうじゃない? それよりは新品・未使用です、って方がアピールできそうだなって思ったのよね。


そしたらそれが大当たり! 考えてみれば当たり前よね、大事な大事な赤ちゃんをお迎えするのに、肌着やおむつやベビーカーなんかは絶対新品で揃えるもの。なのに肝心の子宮を、いわば最初のベビーベッドを中古で済ませるなんてありえないわ。


ああ、それにしてもこのベッドの寝心地ってば最高!


例の豪邸の一室を使わせてもらってかれこれ半年くらいかな。この間の衣食住は、もちろん全て夫妻負担! 

ベッドは大きくてふかふかだし、本物の――化学繊維じゃないってこと――リネンの感触もすべっすべで気持ち良い。浄化できた貴重な土地は食料生産――農作物や畜産――に使われるものだと思ってたけど、わずかながらそれ以外も作ってるのね。


 着せてもらってる服も同じく天然素材だし、食事も原材料が何だか分からない合成モノじゃないし。夫妻も優しいし、ほんと最高の職場だと思う。


「あなたのお陰よ、ホルツバウアー・ジュニア」


 調子に乗りすぎないためにも、私は膨らみ始めたお腹をそっと撫でた。そう、豪邸に住まわせてもらってるからって、私の価値が上がったって訳じゃない。私の価値はこの子宮だけ、その中でお育ちあそばしてるお子様だけ。それを忘れないためにも、お子様の健全な成長のためにも、頻繁に話しかけてあげることにしてる。


 ここには、読み聞かせ用の絵本や童話も沢山用意されてることだし。最近では珍しくて高価な紙の本が、山のように。こういうところも、この仕事の美味しいところ。本だけじゃなくて、古典音楽とか美術とかも。お子様に便乗して私も教養を磨けるんだ。それは、多分私の将来のためにもなる。


「今日はどれにしようか、ジュニア?」


 預かっている胎児に勝手に名前をつけてはいけない、っていうのは研修でしつこく言われたことのひとつだった。だって子供に名前をつけるのも、生まれて初めて呼んであげるのも、本当の両親だけの権利だから。子宮に過ぎない私たちがその権利を侵害しちゃいけないんだって。


 まあ至極もっともだなって思うので、私はお腹の子をホルツバウアー・ジュニアと呼ぶことにしている。ちょっと長ったらしく仰々しいけど、遺伝子操作によって優れた能力を与えられているであろうこの子は、きっと偉い人になる。それなら相応の敬意を払わなきゃって思うんだ。


 もちろん胎児に聞いたところで返事が帰ってくるはずもない。だから、適当な一冊を取ろうと本棚に手を伸ばした時だった。


 ――本はいらない。それよりもっとお話して、マリア。外の話を、もっと……。


 頭の中に、声が響いた。


「え?」


 空耳にしてははっきりと、それも意味があるような気がして。私は思わず辺りを見渡した。でも、目に入るのはもはや見慣れた部屋だけ。他に誰かいる訳でもないし――


 誰も?


「やだ、疲れてるのかな」


 思いついたのがあまりにも突拍子ないことだったので、私はわざわざ口に出して笑い飛ばしてみた。疲れているとでも思わなきゃやってられない。あんまりバカバカしすぎるもの。


 まるで、お腹の子が話しかけてきたみたい、だなんて。

代理母の設定・マリアの言動に不快感を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、極端な背景に、更に極端な考え方の主人公を配することで、読んだ方に現代に置き換えて考えてもらうための効果を狙っています。

作中描かれていることは、必ずしも作者の思想とは一致しませんのでご了承ください。

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