光溢れる世界へ
よし子は眩しさに目を細めた。気がつくと、とても明るく、キラキラした物で溢れる空間に身を置いていた。そのキラキラ光るものたちは、実体はない。電球のようにひとつの塊となっているが、輪郭はぼやけ、黄色、オレンジ、赤、ピンク、様々な色を発して光り、一定の間隔で空中に漂っていた。
ここは一体どこなのだろう。さっきまで自分がいた、カーテンが引かれて暗く、テレビだけが煌々と光っていた1人暮らしのワンルームはどこへ行ったのだろう。
その空間は明るすぎてめまいがするほどだった。足元がふらつく。
「わ…っ」
よろめいて後ろに倒れそうになったところ、何かがよし子の体を支えてくれたおかげで倒れずにすんだ。
よし子は振り向いて、自分の体を支えてくれた人を見た。いや、それは人ではなかった。
「大丈夫?」
あどけなさの残る小さな女の子の声を発したそれは、小さなクマのぬいぐるみだった。
よし子は体勢を立て直し、前に向き直った。見間違いだと思った。クマのぬいぐるみが言葉を発するわけはない。それはアニメとか、架空の世界の話で、現実的に起こりえないことだ。この不思議な空間にいるから、視覚がおかしくなったのかもしれない。そう思いながら、再び後ろを振り向く。
しかし…見間違いではない。それは紛れもなく、クマのぬいぐるみだった。茶色ではなく白で、少し薄汚れた白をしている。大きさはよし子の膝丈くらいだ。ふわふわとした毛で覆われ、首には真っ赤な、ワインレッドに近いリボンが綺麗に結んである。
そのクマのぬいぐるみは、よし子から一歩後ろへ離れ、短くお辞儀をした。
「キミは今私のことを見間違いだと思ったでしょう?でも見間違いじゃないよ。キミが今見ている光景は、紛れもなく現実だ。私はクマのぬいぐるみで、動いてしゃべる。それが現実」
幼い女の子の声で、クマのぬいぐるみは大人のような話し方をした。
よし子はわけがわからず、ただ呆然とそこに立ち尽くしていると、クマのぬいぐるみは続けて話した。
「私のことはクマとかクマちゃんとかテディとか、まあ好きに呼んだらいいわ。私はほとんどあなたのもの、のようなものだから」
私の物のようなもの?よし子は自分の住んでいる狭いワンルームを思い返した。
シングルサイズのベッドとテレビ、小さいタンスと小さいテーブル。洋服はタンスから溢れてベッドの上にも放り投げられていて、読みかけの本や資料は高く積まれている。テーブルの上には3日分はあるであろうカップ麺の空が重なっている。およそ20代女性の部屋とは言い難い、雑然とした、平たく言えば汚いよし子のワンルーム。そんなところに、こんな女の子らしい持ち物であるクマのぬいぐるみなんてない。
自分の物であると言われても思い当たる節が無かったので、よし子はそのクマのぬいぐるみに言った。
「私…あなたを持っていた覚えが無いんだけど…」
するとクマのぬいぐるみは、ため息を1つついて言った。
「やっぱり、覚えてないのね。仕方ないわ。でもそのうち思い出すと思う。この世界にしばらく居れば。ここはそういうところだから」
ここに居れば思い出す?そういうところ?
何を言っているのか、よし子にはさっぱりわからなかった。
クマのぬいぐるみは、よし子を手招きして歩き出した。よし子の膝丈程度しかないその体格からは想像できないくらい、大人が普通に歩く速度くらいでクマのぬいぐるみは歩いた。
よし子は未だ全く状況が飲み込めなかったが、とりあえずこのクマのぬいぐるみに置いて行かれるとまずいと思い、後を追いかけた。