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血の滴が三つ

予譲(よ じょう)、お前は逃げろ」

「とんでもない! 私は最後まであなたについていきます」

「いや、これは命令ではない。一人の男としての最後の願いだ。どうか、生き延びてくれ。それが余の…いや、俺の(・・)願いだ。俺はお前に会えて、本当に良かった」

主公(との)…」

「さらばだ、予譲」

 知伯(ち はく)は予譲を逃した。

「ふふ、斉の田常(でん じょう)よ、我が死に恥を(わら)うが良い。余は…俺はあの孺子(ガキ)に食い殺される。ならば、俺はあいつの血肉になって生き延びるのだ!」


 知伯は死んだ。晋陽を脱出した予譲は誓う。

「俺はあのお方が決して単なる悪人や小人などではなかった事を証明してやる。趙無恤(ちょう むじゅつ)、俺が貴様にそれを教えてやる」


 人が三人集まれば「政治」が生まれる。例えば、アーサー王とランスロット卿とグィネヴィア王妃の三角関係のように。あるいは、ファウスト博士とメフィストフェレスとグレートヒェンのように。


《オルちゃん、ついに完成したね》

《ディープ先輩、果心と緋奈がこの船に来るんですね》

《すでにこの船の頭脳に〈彼〉はいる》

《俺らの血を引くあの子と、緋月ら仲間たちと共に》


「フォースタス、アスターティ。俺たちを、みんなを見守ってほしい」

 果心は緋奈と共に、恒星間宇宙船〈アヴァロン〉号を目指す。かつての友は、それまで失われていた力を全て取り戻していた。


 私は自らの心を切り刻んで、刺青(タトゥー)を彫っている。そう、精神的自傷行為。何かを学んできたつもりが、実は単に自らの心を切り刻んでいるだけ。何もない。

 もしも過去を遡るならば、あの二筋の光、歴史を語る君子と金色の暴君を知る前に死にたかった。神々や悪魔たちの二つの物語を知る前に死にたかった。いや、私はあの伯母の結婚式の会場だったホテルの池で溺死していれば良かった。私は死ぬ機会を自らドブに捨てたのだ。

 忌々しい奇跡。その残骸が私だ。


「信頼出来ない語り手の物語」


「食べるべきか、食うべきか? それが問題だ」

「そんな食い意地が張ったハムレットは長生きするぜ」


 俺は夢の中で人間になっていた。

 以前、壁のスクリーンで読んだ電子書籍の『荘子』には「胡蝶の夢」の話がある。それにそっくりだ。

 ここにいる白馬の名前、それは…。


 雑誌のプレゼント企画でギフト券が当たった。早速、通販サイトで使ってみる。


 わたしは人気漫画『Avaloncity Stories』のファンだ。そのヒロイン、アスターティ・フォーチュンの着せ替え人形が発売された。

 1/6サイズ、身長は28cm程度。プラチナブロンドのおかっぱ頭に、空色の目の美女人形。均整の取れた肢体を見事な衣装に包んでいる。

 アスターティだけではない。彼女の恋人、フォースタス・チャオもドール化された。身長は30cm程度で、スラッとした長身だ。

 来月の給料日に注文しよう。とりあえず、アスターティだけでも。そう思っていたけど、予定が早まった。早速二人の人形を注文した。


 約2週間後、アスターティとフォースタスの人形が我が家に届いた。


 俺がラジオパーソナリティの仕事をするようになった遠因とは、実はハル叔父さんの影響かもしれない。

 叔父さんは若い頃、バンドをやっていた。そんな叔父さんからもらったこのベース、しばらく弾いていない。


 俺は中学時代、音楽の授業でシューベルトの『魔王』を習った。それ以来、俺がいたクラスの男子たちの間で「魔王ごっこ」が流行った。

 まずは、父親、息子、馬、そして魔王の役を演じる4人のチームを作る。3チームほど揃ったら、「どのチームの演技がうまいか」を競う。

「Mein Vater、Mein Vater(僕の父さん)!」

 息子役の奴が歌う。俺は馬役、セリフはない。いや、時々馬らしく「ヒヒーン!」と鳴き真似をする。


「これで私の役割は終わった。さようなら」

「貴様、なぜ余から逃げるのか?」

「私は『反逆者』だよ。嫌なら、さっさと粛清して」

「愚か者め。余が貴様を殺す理由はない」

「そうね、今までありがとう。これからはお互いに黒歴史ね。さようなら」

「おい…!」

「離してよ」

「貴様は余の女だ。他の誰にも渡さぬ」

「私は私自身のものよ。他の誰のものでもないね」

「ふざけるな」

「もうすでに、理事長に辞表を提出しているし、引っ越しの作業も済ませてあるから、二度とあなたとは会わずに済む。さようなら」


 屈原は眉をひそめつつ、さらに質問する。

「ならば、仮に今のお前が人間ならば、どのように生きる? お前の〈人間〉としての志は何だ?」

 俺は迷う。もし俺が人間だったら、どう生きるか?

「…そうだな。まずは、俺はあんたのような忠臣にはなれないし、なりたくもない。あんたを陥れた奴らみたいな卑怯者にもなりたくない。普通の庶民として気楽に生きられるなら、それで良い。俺は大義名分から自由でありたいんだ」

「そうか…。お前もさっき会った漁夫と似たような事を言うのだな」

 俺はあんたのような君子なんかじゃない。もし俺が人間だったら、君子の不幸よりも小人の幸せを選ぶよ。その方が、よっぽど生き物としての大義名分だよ。


 血の雫が三つ。赤、白、そして黒。それらは金の風に乗り、天空へと融けていく。

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