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ニコ研!  作者: ああああ
立花 美華編
9/14


―翌日―



「先輩?」



「何?」



明彦がノートにシャープペンを走らせながら尋ねる。


机を挟んで向かい側に座っている美華がノートから顔を上げる。


場所は美華の部屋。


時刻は大体十一時といったところだろうか、太陽の暖かい日差しが部屋のなかに燦々と降り注いでいる。



「先輩ってなんで人見知りなんですか?」



「え……?


なっななななんで、急に、そんな事……?」



唐突な質問に、美華が戸惑いながら訊き返す。



「いえ、何となく気になったんで」



あくまでも気まぐれを装って明彦はノートに目を向けたままペンを走らせる。



「なっななななんでって、言われても……」



「生まれつきなんですか?」



多少失礼な質問だと感じつつも明彦はそれを問い掛ける。



「そっ、そういう訳じゃ……ないけど……」



「何か原因があるんですね?」



明彦が顔を上げてそう尋ねると、美華が無言で頷く。


原因はあるが言いたくはないということなのだろう。



「先輩って自分でニコ研に入ったんですよね?


人見知りを克服するために」



明彦は再びノートに目を向けて尋ねる。



「うん、そっ、そうだけど……?」



やたらと質問してくる明彦に疑問を抱きつつも、美華は素直に答える。



「やっぱり、直したいですか?


人見知り……」



「そっそれは……勿論、直したいよ?


でも……」



自分には無理なんじゃないか。


そんな気持ちが頭を過り、美華は俯く。



「すいません、変なこと訊いちゃって。


ところで、先輩って漫画どこにしまってるんですか?」



「え……?」



急速な路線変更に付いていけず、美華がキョトンとした表情を浮かべる。



「見たところこの部屋に一冊もないですよね?


あの物量をどこに収納してるんです?」



美華が部室に来る時、殆んど場合その手には漫画の新刊や漫画雑誌をぶら下げている。


雑誌の方は棄ててるとしても、まさか単行本まで一度読んで棄てるということはしないだろう。


にも関わらず、この空間に漫画が一冊もないというのはあまりに不自然ではないだろうか。



「えっ、えと……べっ、勉強も一段落ついたし、見る?」



「はい」



明彦がそう答えると、美華はなぜか玄関の方へ向かう。


まさか下駄箱にでも押し込んでいるのではないかと、若干ハラハラしながら明彦が付いていく。


が、その予想は外れ、美華は下駄箱の上に置いてある鍵を手に取ると、ドアを開けて外の通路へと出て行ってしまう。


不思議ではあったが、明彦はなにも言わずに美華の後を追う。


明彦が外に出ると、美華が部屋のドアの鍵をかける。



「じっ、実は、その、部屋の収納じゃ足らないから、こっここにしまってるの」



「え?」



なんと、美華が指し示すのはお隣の701号室であった。


因みに、当然ながら周りに漫画など一冊も落ちていない。


唖然とする明彦を他所に、美華は徐に鍵を開けてドアを開く。


昼間だというのに部屋の中は酷く薄暗かった。


美華が中に入り、蛍光灯の電源を入れる。


部屋全体が白色の光に照らされる。



「すげ……」



思わず明彦が呟く。


部屋の中にはびっしりと本棚が設置され、それでも入りきらなかった漫画が所々に山積みにされていた。


「そっ、そそそその、人に見せるのは、初めてだから……


あっ、あんまり見ないで……」



(先輩、なんか他に言い方なかったんですか……?)



と思いつつもそこは口には出さず、明彦と美華は元の部屋へと戻った。



「しかし、よく隣の部屋借りれましたね」



「たっ、たまたま空き部屋みたいで……」



「へぇ、そうだったんですか。


あっ、先輩、この問題どうやって解くんですか?」



「ん?


あっ、これはね――」







―数日後―



「いっけない。


鞄置いてきちゃった」



放課後。


部活はもう終わり、寮に戻ろうと廊下を歩いていた美華であったが、どうやら買った漫画だけを持ってきて鞄を部室に忘れてしまったようだ。



「テストはどうだった?」



「はい、立花先輩のおかげでなんとか赤点は免れそうです」



部室のドアの前まで来ると、まだ残っているのか薫と明彦の声が聞こえた。



(良かった、広瀬君テスト上手く乗り越えられたみたいだね)



美華がそう思いながらドアノブに手を掛けようとした瞬間、



「それで、美華の件はどうだった?」



(え……?


私の……件?)



薫の声が聞こえ、美華は思わず体の動きを止める。



「ええ、一応やるにはやってみたんですけど……」



「そうか、君でもダメだったか……」



「いえ、ダメと言うか、やっぱりこの件は立花先輩自信の問題じゃないですか。


それを外野がとやかく言うのもおかしくないですか?」



「うむ、確かに……そうかもしれないな」



「だから俺は先輩の性格にこれ以上突っ込むのは止めます。


っていうか止めました。


いくら会長の頼みと言えど、変わろうと努力してる人の邪魔はしたくありませんから……」



「ああ、君の言う通りだよ広瀬君。


私はどうかしていた。


なんであんなに急いでいたのか自分でも分からない。


一人で勝手に盛り上がって、美華の気持ちすら考えていなかった。


今まで彼女の努力をずっと見ていたのに、私は君の才能に魅せられて友を信じることさえできなかった。


私は、なんて愚かなんだ……」



「すいません、そんなつもりで言った訳じゃ……」



「うん、分かっている。


今回の件は申し訳ないが忘れてくれ。


これからは彼女の事を信じて気長に待つことにするよ」



「はい」



美華は堪らず、逃げ出すようにその場から走り去る。


ガチャ――


それから少し遅れてドアが開かれ、明彦が顔を覗かせる。



「どうしたんだ?」



その後ろで薫が尋ねる。



「いえ……今ドアの前で物音がした気がしたんですけど……」



「そうか?


私にはなにも聞こえなかったが……


気のせいじゃないのか?」



「そうですね」



明彦は廊下の両端を何度か見ると、そう応えて部室に戻る。



「あれ、その鞄って……」



明彦がハイプ椅子の横に立て掛けられている鞄を指差す。



「これは美華のじゃないか。


どうやら忘れていってしまったようだな」



薫が困った表情を浮かべる。



「あっ、じゃぁ俺が届けますよ」



「そうか、すまないな。


お願いするよ」



薫がにっこりと微笑む。



「あっ、はっ、はい……」



「ん?


どうした?


顔が赤いぞ?」



「いっ、いえ、なんでもありません」



まさか先程の笑顔があまりに綺麗で動揺してしまったとは言えず、明彦はお茶を濁しつつ顔を叛ける。




一方美華はというと――



(私、最低だ……!!


広瀬君が何をしようとしてるのかうっすらと分かってたのに、人に踏み込まれるのが怖くて、踏み込むのが怖くて、逃げて、逃げて……


薫ちゃんや広瀬君があんなに私の事を考えてくれてたのに、私は自分の事しか考えてなかった……


薫ちゃんは変わったって言ってくれたけど……私、全然変わって ない……


いつまでも卑怯で臆病なまま……)



一人でベッドに寝転んで天井を見ながら物思いに耽っていた。



(ううん、ダメだ……


このままじゃ、ダメ。


私、変わりたい。


そのためにあの部に入部したんだ……!!)



美華はベッドから体を起こし、テーブルの上に置いていた携帯電話を手に取る。



(それに、薫ちゃんが私を信じてくれてる、期待してくれてる。


きっとここで逃げたら私は一生変われない。


だから――)



美華は電話帳から明彦の電話番号をタップする。



(私は変わらなくちゃいけないんだ!)



プルルル――



「もしもし?」



呼び出し音が数回鳴り、明彦の声が聞こえてくる。



(言うんだ、自分から……


変わりたいって、助けてって……!!)



美華が大きく深呼吸し、気を集中させる。



「もしもし?」



明彦が慣れた様子で再び声をかける。



(いまだ!)



美華はカッと閉じていた目を開き、続いて口を開く。



「ひっ、ひひひ広瀬君!?


あっ、あにょっ、あのっ、そっそそそしょのっ、はっ話したい事、ある、から……


いっ、いいい今すぐ私の部屋に来て!!」



美華は捲し上げるようにそう言い放つと、荒い呼吸で通話を修了する。



(だっ、ダメだ……力み過ぎていつもの数倍テンパった……)



「うぅぅ……広瀬君怒ってるかな……?」



美華は表情を暗くさせて落胆の溜め息をつく。


その瞬間。


ピンポーン――


部屋のインターフォンが鳴り響く。



「あっ、はぁ~い」



暗い気持ちは一旦置いておいて美華が来客者に対応すべくドアカメラのスイッチを押す。


画面に映ったのはなんと明彦だった。



(はっ、早い……!?


確かに今すぐって言ったけど……!!


なにもこんな一瞬で来なくても……!!)



美華はそれを見た瞬間衝撃を受けるが、すぐに気を取り直して玄関のドアを開ける。



「ひっ、ひひひ広瀬君、あっ、あのはっははは早かった、ね……」



現実では有り得ないような速度で現れた明彦に、美華が戦々恐々といった様子で言う。



「ええまぁ、電話もらった時にはもうここに居ましたから」



それに対し明彦は淡々と返す。



「ええっ!?


なっ、ななな何で!?


ひっ、広瀬君、エスパー!?」



美華が驚愕の表情を浮かべる。



「違いますよ。


たまたまこれを届けに来たんです」



明彦が、美華の前に鞄を差し出す。



「……これ、私の……」



「良かった。


やっぱり先輩のだったんですね」



美華がそう呟くと、明彦がニコッと笑ってそのまま鞄を手渡す。



「うっ、うん……ありがと……」



美華が僅かに頬を紅潮させて鞄を受け取る。



「って、っていうか部屋の前に居るならなんでそう言ってくれなかったの?」



すると、ハッとした様子で美華が不思議そうに尋ねる。



「いや、言おうと思ったんですけど……


先輩有無を言わさず電話切っちゃうから……」



「あっ……


ごっ、ごごごごめんなさい!」



圧倒的に自分の責任であることを思い出した美華は、顔を真っ赤にさせて深々と頭を下げる。



「わっ、私、あの時はその、力み過ぎたって言うか、そっ、その――」



「大丈夫ですよ、いつもの事ですから。


で、話って何ですか?」



(ひどい!)



「うっ、うん。


取り敢えず……中、入って……」



美華の言葉を遮って放たれた明彦のフォロー(?)にショックを受けつつも、美華は明彦を部屋の中へ招き入れる。



「あっ、はい」



少しだけ雰囲気の変わった美華の声音に、明彦は緊張した面持ちで部屋の中へ入る。




―五分後―



「…………」



「…………」



(ヤバイ、緊張し過ぎて正座したのがバカだった……


もっ、もう足の感覚が……)



部屋に入ってからというもの、テーブルを挟んで座ったまま一言も言葉を発していない美華と明彦。


何時かと同じ重たい沈黙が続いていた。



(ダメ、逃げちゃダメ。


言うんだ、ちゃんと。


広瀬君も部屋に呼んだし、もう逃げられない。


よし!)



美華は覚悟を決めて俯いていた顔を上げる。



「あのね、広瀬――広瀬君!?」



足の痺れに耐えきれず悶絶する明彦に、美華が驚愕の声を発する。



「ちょっ、大丈夫!?」



美華はテーブルを廻り込み、明彦の介抱へ向かう。



「すいません、正座してたら脚が痺れちゃいまして……」



「なぜ……」



苦し気に事情を説明する明彦に、美華は困惑と呆れを混ぜ合わせたような表情を浮かべる。



「いえ、なんだか先輩が凄い真面目な雰囲気だったんで、ちょっと緊張しちゃいまして……」



「広瀬君……」



美華は「そんなに私は普段ちゃらんぽらんに見えるの?」という台詞をギリギリで呑み込んで優しく微笑む。



「すいません。


もう大丈夫です」



明彦が自力で起き上がり、美華は元の場所へ戻る。



「すいません。


話切っちゃって……」



「なんだか広瀬君、今日謝ってばっかりだね」



今ので緊張が解れたのか、美華が軽やかに笑う。



「すいません……」



「ほらまた」



美華がそう言うと、二人は少しの間お互いにクスクスと笑い合った。



「それで、話なんだけど……」



美華は一頻り笑うと、気を取り直した様子で話題を戻す。



「はい」



美華の真剣な声音に、明彦の顔も自然と引き締まる。



「あの……私の人見知りを治すのを手伝って……ほしいんだけど……」



うつ向きかげんでモジモジと美華が言う。



「えっ?


……はい、勿論強力させてください」



明彦は一瞬戸惑った表情を見せたが、直ぐに嬉しそうな表情へと変わった。



「ほっ、本当!?」



不安そうな美華の表情が一気に明るくなる。



「はい、本当です。


それで、俺はなにをすればいいんですか?」



「うん。


この前広瀬君が私のこの性格に原因があるかって訊いた時、私、あるって答えたよね?」



「ええはい。


詳しくは教えてくれませんでしたけど」



明彦がそう答えると、美華がコクリと頷く。



「今からその原因を話す、から……


その、一緒に考えてくれないかな……


私はどうするべきなのか」



「いや、まぁべつにいいですけど……」



「分かってる。


そんな簡単には改善策なんて見つからないかもしれない。


これを話してもなにも変わらないかもしれない。


でも……その……ひっ、広瀬君となら、なにかいい考えが浮かぶか もしれないから。


そう、思うから……聞いてほしいの……」


難しそうな表情の明彦を説得するように、美華は弱々しくはあったが熱意の籠った声で言う。



「……はい、分かりました。


話して下さい」



「うん、ありがと……


実は――」



美華はゆっくりと頷くと、少しだけ間を置いてから語り始める。


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