初めての夜
こんばんは朝倉です。
お気に入りにしてくださった方ありがとうございます。
アーマーベアを運よく仕留めて、生き延びる事の出来た浩太は先日見つけた人の遺体のある所まで戻っていた。その遺体が持っていた物を剥ぐのだ。あんな怖い生き物がいるような森を、無手で歩き回る事に恐怖を抱いての行動だった。もう遺体が怖いとか、匂いがきついとか言っている場合ではない。アーマーベアとの戦いは、ラッキーヒットに助けられての戦果だという事に浩太は気が付いている。もう一度あれば十中八九自身が死んでしまうのは確実なのだ。
少しでも死亡率を下げる為に、浩太は行動していた。遺体から得られたのは全長80cm程の幅の広い片手剣1本とナイフが2本、火打石に水袋だった。他にも主のたかったパンとか、大穴が空いている背負い袋とかもあったのだが大半が本来の用途に合わないのでそのまま放置しておいた。また装備をもらったお礼の代わりに、浩太は散らばっていた物を集めて一か所に纏めた。そして遺体には土をかけておいた。無事に成仏して欲しいものだ。
日も暮れ始めたので、今度はアーマーベアの死骸がある所に戻り野営の用意を始めた。幸い雨が暫く降っていないのか、枯れ枝も枯れ葉もしっかり渇いていたので簡単に火を熾す事が……できなかった。なにしろ浩太は現代日本のどこにでもいそうな一般学生。知識として火打石の使い方は知っていても、実経験が伴っていないのでなかなかうまくは行かなかった。それでも小一時間ほどでなんとか火を熾す事に浩太は成功した。努力の勝利だ。
そして本日の晩御飯はアーマーベアの焼き肉になんとかした。前述のようにアーマーベアの鎧に刃物は通じない。浩太はこの堅い毛皮と格闘して、なんとか鎧の薄い所である脇の下から刃を通して皮を剥ぐ事に成功し、なんとかその日の飯にありついたが、まずい。尋常でない程獣臭い上、血抜きしていない為に肉がとにかくまずいのだ。
今度獣を殺す事があれば絶対に血抜きしようと心に決めつつ、近場にある木に登り寝る事にした。寝た場所は殺したアーマーベアが3m位ならジャンプで届きそうだったので、倍の6m位の高さにある枝にした。
「はいはいこんばんは。申し訳ないけど、ちょっと時間をもらうよ」
こんな声に起された浩太の視界には一面真っ白の世界が映った。そこにいたのは白いトーガに身を包まれた見覚えのない美青年だった
浩太は半ば捨て鉢になりながら、声を出す。
「誰だよもう……。こんな空間、俺知らないし、こんな声聞いたことないし」
「ん? ああ僕? 僕神様」
「ああ……。妄想もここまで来ると立派なもんだな。夢枕に神様が降りてくるとかどこの聖人だよチクショウ」
「え~と、聖人ではないよ。君のジョブは今の所漂泊者で、なれるのは盗賊と投擲師、あと魔術師かな」
「もう何なんだよ!! ジョブだの何だの!! こちとら、いきなり意味のわからん状況に叩き込まれて疲れてんだよ!! 頼む妄想、寝かしてくれ!!」
「うん、お疲れさん。僕はその事で聞き取りに来たんだちょっと協力してね?」
「もう好きにしてくれ……」
こうして浩太はこの白一色な世界で、自称神の任意尋問に付き合う事にした。彼はとしてみれば、なんで夢の中なのに……と現実逃避せざるを得なかった。大晦日に買ったゲームを漸くプレイしようとしたら、異世界に転移した上に遺体とご対面。そして大熊に襲われる。浩太の人生の中で最も濃い一日になっただろう。もう理解不能なイベントはお腹いっぱい。そんな所に神登場、である。対応がおざなりになるのも仕方あるまい。
そんな呆然自失3秒前といった風情を醸し出している浩太は、何も考えず正直に自称神に本日起きた出来事を話していく。一方聞いている神はというと、段々と眉間に皺がよっている。
「……妙ですね」
「何がだ?」
自称神は実は、と前置きをして語り始めた。この世界には確かに異世界から存在を召喚する魔術が存在する。人類が使う物を勇者召喚、魔人族が使う物を魔王召喚と呼び、名前こそ違うが中身は大差ない。そしてこの召喚の儀式は目の前にいる神が司っているとの事。
それなので本来ならこの神が知らないうちに召喚されるといった事も無く、召喚された者がいきなり森の奥深くに投げ出されるといった事も無い。そもそも召喚される者は、元々の世界にいる時に突然足元に光輝く召喚陣が現れるはず。決して、ゲームのPCに意識が入った状態で召喚されるなんて術式ではない。また、そのゲームのキャラ成作時にはなかった物がこの世界には存在している。ジョブと言われるものの存在だ。
ジョブとはその人物の持つ特性や可能性を端的に表したモノで、各神殿で就く事が出来る。ジョブにはパラメーターに補正があり、それはLvが上がっていくほどに大きくなる。またそのジョブに関連したスキルを覚える事もある。スキルを覚えられるかは完全に才能次第なのだ。
例として代表的な物として魔術師がある。多様なスキルがあるこのジョブは非常に人気が高いジョブの一つだ。しかし残酷なほどに才能の差が出る物でもある。魔術師の半分以上の人は1つの属性しか扱えない。そして一方で多属性を覚える事が出来る物はサクサクと様々な属性を使いこなしていく。特に魔王や勇者といった召喚された人物達は、歴代最低の人物でも3属性もあった。
他にもパラメーターではなくステータスというのがこちらの呼び方だったりと相違点いくつかあり、神としては一体誰がこんな事をしたんだと頭を悩ます事になってしまった。
「……ふう。ご協力ありがとうございました」
「おう。……なあ自称神様、1つ聞いてもいいか?」
浩太は目から生気を無くして、神に問いかけ始めた。
「なんです? 答えられるものならお答えしますよ」
「俺本当にこの世界に転生しちまったのか? 夢じゃないのか? 帰れないのか?」
もう自身の中で答えは半ば出ている。なにしろ痛みに味といった、夢ではありえない五感の刺激をしっかりと受けたのだ。それでも浩太としてはこれが夢であって欲しいという願望を捨て切れなかった。妄執の様なその思いが、問いかける瞳に宿っていた。
「1つどころか3つありますが……。まぁいいでしょうお答えします。マジでこの世界にそのショタッ子の体で転生しています。夢じゃないです。だから死んだら、そこでお終いです。注意して生きてくださいね? 最後に帰れるかどうかは申し訳ないんですが、私にはわかりません」
この神からの答えに反射的に浩太は吠えた。
「あんた神様なんだろう!? それなのになんで……」
「確かに神なんですが、こちらにも事情がありまして全知全能とはいかないのです」
「そうか。……ごめん」
憑き物が落ちたように浩太の目から、先ほどまであった妄執の様な物の気配は消え失せていた。もうその瞳には生気が戻りつつある。
「さてと、それじゃあ最後にお仕事しますね」
「え?」
思わずといった態で声を上げる浩太を、微笑ましげな雰囲気で見ながら言葉を続ける。
「本来ならこの世界に来ると同時にするんですけれどね。貴方は私の管轄外から飛んできたのでこんなタイミングになりました。申し訳ありません。さて貴方はこの世界に召喚されましたが、使命といった物はありませんので自由に生きてください。当面の事になりますが、今あなたのいる場所から川を半日ほどまっすぐに下っていくと街道に出ます。森から見て左手の方向に行けばタルトという街にがありますので、そこで生活するといいでしょう。ではがんばってくださいね」
「神様!? ……て落ちる!!」
飛び起きて木から落ちそうになった浩太、改めセバスだった。
さて、浩太をこの世界に送ったのは誰なんでしょう?
作者も知りません。
次回は来週になります。
また次回から書き方を変えるつもりですのでご注意を。
ではまた次回お会いできる事を祈って。