ある日、森の中
明けましておめでとうございます。
取り合えず2話目ですが、さっそく残酷な描写がありますのでご注意を。
呆然として一人の幼女が森の中にたたずんでいた。硬めで伸ばした濃紺色の髪を風にに揺らした幼女はぽつりと声を出した。
「ここ……どこだよ」
この幼女はまさしく浩太の作ったキャラクター、ゼバスそのものだ。初期装備なのか麻でできた上下を着ている。浩太は自身の出した声に驚いたのか、口に両手を開けてあたりを見回す。あたりには背の高い木々が鬱葱と茂り、日の光を遮っていた。お陰でこの森の中は昼間だと言うのに妙に薄暗い。
頬を抓りこれが夢なの確認している彼の鼻に嗅いだ事のない強烈な匂いが叩き込まれた。とても濃い鉄の香りと腐敗臭、それが風上から匂ってきている。
浩太は思わずといった態で、風下の方向に駆け出した。濃い下草のせいで何度も地面に這うツタや木の根に転びながら走っていく。
ここはどこだ!? 何が起きたんだ!? 俺がどうしてこんな目に!?
浩太の頭の中はこの3語が繰り返し流れ続けていた。彼の歩みは唐突に終わる事になる。木々が切れたそこには小川が流れており、森の中では比較的明るくなっていた。この明るさに浩太は無意識の内に救いを求めたのかもしれない。
そこに“ソレ”があるとも知れず。
彼にとって運が悪かったのは、鉄と腐敗臭から逃れるために風下へ風下へと逃げた事だ。その事で本来なら、気がついて回避できたであろう“ソレ”と対面する事になった。
“ソレ”は頭部を浅い水に突っ込む形だった。その窪みには本来あるべきものは、鳥にでもついばまれたのかそこにはなかった。“ソレ”には虫がたかっており肉は食い散らかされ、四肢はズタボロにされていて“ソレ”が手に持っていたであろうものと一緒に、離れた所に転がっている。胴には大きな顎で食い散らかされた跡が見受けられた。
要するに“ソレ”とは人の腐乱死体だった。幸いというべきか腐るべき肉はそれほどまで多くなく、そこまで腐敗臭もひどくはなかったがつい先程までTV画面の前でゲームをしていた極々普通の日本人学生の浩太には耐え切れる物ではなかった。
「ウプッ。……おぇーーー」
胃の中には何もなかったのだろう。浩太がどれほど吐こうとしても出てくるのは唾と胃液の混合液だった。
彼が落ちつくまで暫く周りの描写をするとしよう。この森の中を流れる小川の周りには粘土質の土が露出しており、その上に背の低い草木が生えている。所々にある石の上には苔が生えている。また浩太が出てきた森の対岸にある森の下草は一部乱れていて、ここに動物が来ている事をささやかに主張している。死体にたかっている虫の多くは幼虫で地球に生息している蛆の様にも見えるが、大きさが一回り程大きく色も白ではなく茶色といった具合だ。死体は腐乱した具合から言ってここ3,4日の内に亡くなったのだろう。最も獣に食い散らかされた死体の死亡時刻を分かった所で、警察や司法官が出張ってくる事はない。ここは異世界であって司法の行き届いた日本ではい。肉食獣は大陸中に跋扈しており、人類は生態系の覇者とはなっていない。人の生き死には日本とはかけ離れて近い所に潜んでいるのだ。
浩太が落ちつくまで周りの描写をするつもりだったが、そうもいかなくなった。彼の声に引かれて、近くにいた近くにいたアーマーベアが森から姿を現したのだ。
森のくまさんと、ふざけていられる程アーマーベアとは生ぬるい物ではない。アーマーベアとは多くの森に住み、普段は二足歩行、走る時は四足で走る猛獣で、硬化した毛の鎧も身に纏う熊の事で、獣としてはブレードタイガーと双璧をなす猛獣だ。その鎧は大抵の刃物では傷を付ける事も出来ない。
そんな猛獣にロックオンされた浩太はその存在に気がつくと大慌てで背を向けて走り出してしまった。獣に背を向けて逃げ出すという事は、その獣に私は貴方より弱いのですと教えているようなものだ。当然の様に追撃を行うアーマードベア、必死に逃げる浩太。両者の距離は無情にもどんどん詰まっていく。
「グルゥアァ!!」
「うわぁ!?」
アーマーベアの咆哮にビビり、足元にあった石に躓きこけてしまった浩太。絶体絶命の彼を救ったのは、彼自身の放った破れかぶれの行動だった。
「ぢぎじょう!! これでも喰らえ熊公!!」
こけた先は先ほどの場所とは違い、大人のこぶし大の石が多数転がっている。その拳大の石を力の限り投げ始めたのだ。
これがただの子供の行動だったら
こうたはくまにくいころされてしまった。こうたのぼうけんはここでおわりをむかえたのだった。
など終わってしまう所だが、今の浩太はセバスである。Strは100を超えている。ちなみに成人した肉体労働に従事している男性の筋力が20位だ。
そんな見た目とは真逆の剛腕から繰り出された投石は、石自体はアーマーベアの鎧の前に砕けてしまう。しかしその衝撃は吸収できずアーマーベアをひるませる事になる。この一瞬の隙を得た浩太は立ち上がり、拾った石を思いっきり投げ始めた。河原でしゃがんだ子供が、両手で次々と石を投げていると思っていただければだいたいあっている。しかしこのだっだ子投法から繰り出される投石の速度は時速300kmを超えていた。フォームもへったくれもないこの無様な投法でこの速度。腕だけでなく全身の筋肉を意識しながら投げればリニアモーターカーよりも速い速度が出るかもしれない。
それはさておき話を戻す。突然の弱者からの反撃に猛り狂ったアーマーベアは、全速でこの生意気な獲物へと突撃した。このアーマーベアの行動が奇跡を呼んだ。四足で走る事で被弾面積は減ったが、浩太の狙いが顔に集中していく事になる。浩太の投球フォームが徐々に洗練され始めていた事も関係があるかもしれないが、まず偶然の結果だろう。投げていた石がアーマーベアの眼球に直撃したのだ。時速400kmに迫っていたこの一投は、その速度に見合った破壊力を持ってアーマーベアの脳と延髄を破砕した。いかな猛獣とてこれにはひとたまりもなく、その場で息絶える事になる。
浩太は猛獣が倒れても暫くの間、石を投げ続けていた。漸くもう死んでいる事に気がついたのは、アーマーベアが死んだ事で、逃げ出し始めた蚤の大きさに驚いてからだった。
いかがだったでしょうか?
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