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プレリュードモンスターズ  作者: 級長
学園闘争編
9/61

1.悪夢の乙女、出陣

 プレリュードモンスターズ

 ユートピア社が運営するソーシャルゲーム。携帯ゲームとしては有りがちなカードゲームもので、強化、進化、トレード、プレゼントなど一通りの要素は揃えている。

 中でも目を見張るのが『クリエイション』システム。気に入ったカードを使い続けるためのシステムとして無課金プレイヤーを中心に人気が高い。

 小牧大学 224教室


 私立小牧大学は地元愛知県だと有名な大学である。『愛知三大お嬢様大学』の一つであり、共学になったのはつい最近のこと。そのため、朝凪一機もここを受験すると言った時は親に『女子大じゃない?』と言われたりした。

 224教室は2号棟の2階にある教室で、長机が並んだ比較的広い教室である。

 「間に合った! 2限からでよかったな」

 「お疲れイッキ」

 「カズキだよ」

 授業に辛うじて間に合った朝凪は、普段から授業が一緒の女子に声をかけられた。相変わらず名前を間違えられる。この授業では隣に座ることが多いのだが。

 この女子生徒は式神シキガミ白羽ハクウ。黒い短髪に活発そうな服装が特徴。普通よりは格段にかわいい方だと朝凪は思う。名古屋の女子大生は髪色にしろ化粧にせよ、服装にしたってケバい。しかし白羽は自然体であるため、そうしたケバさが無い。朝凪が白羽と仲良く出来るのはそうした面があるから。

 「イベントに巻き込まれちまったよ」

 「よく五体満足でいられたね。さすが『岡崎一悪運の強い男』」

 「そうだな。エッーと、この授業は『ジェンダーと社会』だったな。プリントは無事と」

 朝凪は事あるごとに『岡崎一悪運の強い男』を自称している。それは白羽も知っていた。事件に巻き込まれながら、無傷で切り抜ける辺りが悪運だ。

 朝凪は授業で渡されたプリントを収めたクリアファイルを鞄から出した。この授業はジェンダーについて習うらしい。元々女子大の小牧大学は『ジェンダー女性学研究所』があったり、そうした問題に手広く着手している。

 「ジェンダーって何?」

 「あ、クロノじゃん。服違うね」

 「しまむらで買ってきた」

 朝凪の隣にナイトメアメイデンことクロノが座っていた。さすがに和ゴス衣装は目立つので、私服に着替えた。シャツにジーンズと目立たない大学生ファッションだが、机に刀を立て掛けているから目立つ。さすがに黒い翼は仕舞っていた。

 「何々……ジェンダーとは社会的性別である。性役割ともいえるね。男らしさ、女らしさというのはジェンダーバイアスっていうのね」

 クロノはプリントを読んで予習した。この授業はジェンダーと社会の関わりについて学ぶのだ。

 「アッシュ、静かにしてろよ」

 朝凪の鞄の中に、小さな黒いドラゴンがいた。手の平サイズまで小さくなれるだけで、本当はもっと大きい。ブラックアッシュドラゴンというモンスターだ。さっきの戦闘で召喚したため、召喚しっぱなしになっていたのだ。

 「はい授業を始めます。あ、連絡があります」

 「連絡? プリントだなぁ」

 「私も貰うわ」

 時間になったため、担当教員が教室に入って来た。どうやら連絡があるらしく、プリントを全員に渡す。クロノもちゃっかり受け取っていた。

 「講演会?」

 「黒澤教授って、有名な人なの?」

 「大学生なのに知らないの? 女性学と男性学双方に精通した、凄い人なの」

 講演会のお知らせだった。授業と同じ時間にやるらしい。黒澤教授という、クロノでも知ってるくらい有名な人が講演会をすると聞いて、学生達も興味が沸いたみたいだ。

 「それにつきまして、講演会の感想を書くアルバイトをして欲しいんです。謝礼に図書カードが貰えますよ」

 「あ、俺やります」

 しかし、アルバイトと聞いてやる学生はいなかった。謝礼の図書カードもさすがに文章を書く億劫さには負けたようだ。そんな中、朝凪だけが手を挙げた。このアルバイトが、彼の運命を決めることになるとは誰もこの時はわからなかった。


   @


 授業後、アルバイトの要項が書かれたプリントに朝凪は目を通す。800文字書けばいいので、普段からネット小説を1万文字近く書く彼には苦でもない。

 「これで図書カード1000円なら世話ねぇな」

 「ねぇ、お昼どうする?」

 「ここで食おうぜ。どうせプレモン研究会のミーティングがある」

 朝凪と白羽、ついでにクロノはプレモン研究会のミーティングに参加するため、この教室に残ってお昼を食べることにした。プレモン研究会、正式名称はプレリュードモンスターズ研究会。無課金ながらプレイヤーである朝凪はこの研究会に興味があった。

 「召喚! ピヨット!」

 朝凪は携帯を開き、モンスターを召喚する。召喚は簡単だ。『プレリュードモンスターズ』のマイページから『召喚』のバナーを選択し、所有モンスターから召喚するモンスターを選ぶ。クイック召喚といって、いつでも即座に召喚できるようにモンスターを登録することも出来る。

 赤と青の魔法陣から現れたのは、ヒヨコの形をしたティーポットである。ご丁寧に取っ手まで付いてる。今日の朝凪の昼食はサンドイッチとカップスープ。

 「それ便利そう」

 「アウトドア用品店にあるぞ。ああいうのって、割と便利だよな日用品として。蓋付いてるから洗わずに鞄へほうり込めるし、飲みかけでも冷めんからな」

 朝凪はアウトドア用の蓋付きマグカップを持っていた。その中にインスタントスープの粉末を袋ごと入れて持ってきたのだ。袋を開けて粉末を入れ、ピヨットからお湯を注ぐ。クチバシが注ぎ口になっていた。

 「モンスターの使い方……」

 「ヒヨコシリーズは便利だぞ。今、携帯のバッテリーになってる電ピヨなんか充電いらずだ」

 モンスターはこういう便利な使い道もある。白羽は若干引き気味だが、クロノなど慣れたものだ。平然とカップ蕎麦にピヨットでお湯を注ぐ。どうやら朝凪の方が食事に気を使うらしい。サンドイッチとはオシャレだ。

 「サンドイッチなら作る方が安いな」

 サンドイッチは自家製。割と家事は一通り熟せてもモテないのが朝凪一機。クロノには電球交換やゴキブリ退治をお願いしている。

 ぞろぞろと研究会のメンバーが現れる。実体化事件と同時に研究会を作った会長、夜月猟太郎の組織力は目を見張るものがある。経済学部の3年生らしい。ちなみに朝凪は文化創造学部、白羽は福祉貢献学部の1年生。

 「あれが夜月猟太郎か」

 ある程度人が集まったところで、教壇に立った学生がいた。ジャニーズ系っぽいイケメンが夜月猟太郎だ。隣には読者モデルみたいな彼女もいる。

 「リア充爆発しろ」

 「ここで騒ぎはマズイ」

 朝凪が携帯を開くが、クロノは止める。ここの全員を敵に回しては面倒だ。大人しく話を聞こう。

 「諸君! 諜報部からの情報だ! 隣の豊臣大学が我々の小牧大学に攻め込むとの情報が入った!」

 猟太郎の言葉に、教室にいた全員がざわつく。非常にリアリティの無い話だが、これが現実になりうるのが今の状況。しかし諜報部というのも所詮、他の大学にいる友達に過ぎないのだろう。

 「ざわ……、ざわ……」

 「やめれ、君は1玉4000円のパチンコでも打ちたいのか?」

 隣で賭博師がよく流す効果音を白羽が出すものだから、朝凪は止めた。気付けば地下行きになりかねないからだ。

 「諜報部ったー、戦争屋にでもなったつもりかね?」

 「どうしてみんな戦うんだろう?」

 「さあね。俺は知らん」

 「私にもわからないけどね。でも、攻めて来られたら守るしかないの」

 すっかり国家気取りのプレモン研究会に嫌気が差す朝凪。白羽は自然な疑問を抱く。何故こうも戦おうとするのか?

 クロノの解答は防衛。朝凪とクロノは目の前の戦いを止めるのが目的だ。朝凪が自分にやれることをしたいと言うから、クロノは手を貸しているのだ。

 「『望まぬ現状を看過したツケは返って来る』、クロードお姉ちゃんの言葉よ」

 「俺も『自分が出来ることをしろ』って先生に言われたからな。クロノとなら出来るって思ったんだ」

 「買い被りなの」

 「そうでもないさ、アッシュもいるし」

 いいコンビっぷりを見せ付ける2人だが、それでも猟太郎や豊臣大学の奴らが戦う理由がわからなかった。2人の戦う理由は『あくまで防衛』で説明できるのだが、彼らは何故いがみ合うのかが見えてこない。多分、くだらない理由なので突き止めても戦いを止める役には立たないだろう。

 「数はあちらが上だ。そこで我々は、奴らを混乱させる策を打つ!」

 「これだ!」

 猟太郎は全員に作戦を説明する。隣にいる側近みたいなゴリラっぽい学生が作戦の図をホワイトボードに書いた。

 朝凪達はとりあえず聞くことにした。どう考えても他の大学が攻めてくるのはピンチだろう。こちらに出来ることを模索するのだ。状況次第では作戦に協力する可能性もある。情報無しに動けば作戦が崩れて足を引っ張りかねない。

 「まず、奴らは小牧と豊臣の位置関係から推測して正門から来るだろう」

 まず、ゴリラが書いたのは小牧大学と豊臣大学の位置関係。猟太郎はそう言うが、裏をかいて他の場所から来そうな気もしなくない。

 「正門を抜けると9号棟、そして図書館がある。我々は図書館を燃やして相手の混乱を招く! 陣形が崩れたところを叩くんだ!」

 「な、なんだってー!」

 朝凪達3人はなんとも荒く、いい加減な作戦に驚愕した。図書館を燃やすとは何を考えているのか。というかそれだけの被害と引き換えに得られるのは混乱のみとか失うもの多過ぎというレベルじゃない。

 「全ては、ノストラダムスの仕業だったんだ!」

 「それはいいとして、これは……。自軍の施設を失ってまでする価値があるのか?」

 混乱のあまり、ノストラダムスの陰謀を持ち出す朝凪。クロノは味方も困惑するだろう作戦に動揺し、辺りを見渡す。

 「そう来るか」

 「さすが夜月だぜ!」

 「俺達に出来ないことを平然とやってのける!」

 「そこに痺れる憧れるッ!」

 だが、味方は絶賛の嵐。彼らは作戦に賛同する空気を作るためのサクラだろう。いくらか躊躇う人もいた。

 「侵略されるよりマシだ!」

 「まさに肉を切らせて骨を断つ!」

 戦術はお粗末だが、政治面は優秀なのか。サクラの一言が躊躇いムードを覆した。

 「いるんだよ。主人公の中には、変なことやっても『さすが〇〇!』と絶賛される奴が! 通称『主人公マンセー』とも言い、ネットで嫌われるタイプの主人公だ」

 「いや、どちらかと言えば絶望的な事態に引っ張って行けるリーダーが現れたからみんな引っ付いてるの。多分」

 「クロノの方がわかりやすいこと言ってる」

 この状況を朝凪はわかりやすく自分なりに解説する。どんな倫理に反することでも仲間に無条件で納得される主人公、それが夜月猟太郎とでも言うのか。

 クロノの説明の方が白羽にはわかり易かった。要するに戦争状態とかヒトラーとかそんな感じだ。

 「作戦は今日の5限終了後だ! 各員、準備を怠るな!」

 こうして、呆然とする朝凪達を置いてミーティングは終わった。


 勿論、ミーティング会場である教室の前では次の授業に備えて、生徒達が集まっていた。

 「博人、何話していたの?」

 「俺達には関係ないよ、凜子」

 話は聞こえていたのだが、このカップルは自分のこととして捉えていなかった。ごく普通の大学生カップルで、そんな戦いとは縁遠そうではある。

 プレリュードモンスターズ実体化の話は、プレイヤーではない自分達には無関係だというのだ。

 果たしてこのカップル、濃尾博人と音色凜子が無関係でいられるのか。それはまだわからない。


 夕方 811教室


 その後、朝凪は授業中もそのことが頭から離れなかった。今受けているのが司書課程科目の一つ『図書館サービス概論』の授業であることを鑑みるに、朝凪は進路の一つとして図書館司書を視野に入れているのだ。

 「あれを止める方法は……」

 授業後も、しばらく作戦を練ることにした。図書館への放火さえ止めれば、プレモン研究会と豊臣大学には潰し合っていただいて結構だ。

 この教室は大学の教室らしく、階段状になっている。その教室を出る生徒達を眺めながら、策を巡らせる。

 「勝算はある?」

 「大有りだ」

 白羽に聞かれたのでそう答えた。勝つだけなら問題無い。図書館を守るのが問題なのだ。白羽は朝凪の隣に座り、問い質した。

 「一機はどうして、課金してる強そうなプレイヤーにも向かって行けるの? 一機って無課金でしょ? 普通、携帯ゲームっていうと課金してる方が強いはずだよ」

 「今から説明する。あと、これソーシャルゲームだ。携帯ゲームはゲームボーイとかああいうのを言うんだ」

 「違うのね」

 説明をすべく、朝凪は机にカードを並べる。プレリュードモンスターズがまともなゲームだった時代に発売された、プレリュードモンスターズのトレーディングカードだ。

 「それ、持ってたんだ」

 「まずここに、『シーフガール』と『ハイヘビーナイト』のカードがある」

 朝凪が出したのは身軽そうな服装のシーフガールと重鈍な鎧騎士であるハイヘビーナイトとカード。どちらもゲームに存在する。

 「プレリュードモンスターズのバトル、ゲーム時代はこういうルールだった。モンスターのステータスの内、『素早さ』の速い方から行動する。そしてその順番でスキルを出しながら殴り合い、相手のHPを先に無くせば勝ち。さて問題、こいつらはどっちが先に行動出来るでしょうか?」

 朝凪が出したのはそんな問題。白羽は迷うことなく答えた。数値は知らないが、見た目でわかる。ポケモンだって速そうなものが実際に速い。

 「そりゃ、シーフガールでしょ。速そうだもん」

 「素早さはそれでいい。だが、そこに大きな落とし穴がある。優先度だ。カード毎に設けられたもので、基本的にレアカードほど高い」

 「え?」

 白羽はそのシステムに首を傾げる。カードを見ると、シーフガールのレアリティはノーマルで、ハイヘビーナイトはレア。優先度があるとすれば、明らかに重くて遅いだろうハイヘビーナイトが素早さを無視して先に攻撃出来てしまう。

 「前から解析されて話題になってたんだ。課金すれば強さに直結するシステムだな。モンスターのステータスはHP、攻撃力、素早さ、優先度の4つだが、後ろ2つは公開されていない。ゲーム画面じゃ確認出来んのだ。バレると苦情が来るシステムだしな」

 「なるほど」

 つまり、レアカードであればあるほど相手より速いのだ。強くなりたければ課金しろということ。無課金は素早さの高いモンスターを並べて一矢報いることも出来ないのだ。

 なんとも汚いシステムだ。だが、こんなシステムがあってもゲームが3年持続したのはシステムの恩恵を受けられるのが課金者だから。儲かりさえすればソーシャルゲームは続けられる。

 逆に、どんなに面白いシステムでも儲からなければ続かない。儲かる量が家庭用ゲームとは桁違いなので、『有名ゲーム会社を倒す』と図にのる会社も出て来るのだ。

 そんな中でも無課金の朝凪が離れなかったのは、イベントのストーリーが面白かったり、思い入れのあるモンスターを強く出来る『クリエイション』システムのお陰だ。どうやらこのプレリュードモンスターズを運営するユートピア社は、経営チームがカスでも開発チームは神らしい。

 「実体化してのバトルはこの優先度が適用されない。というか適用出来ない。今までのバトルと同じ感覚で戦う課金者と、モンスターがバトルするシーンを妄想し続けた俺とでは立てる戦略が違うのだよ」

 「そういうことだったのね」

 「妄想が現実になるとはなあ」

 白羽は朝凪が勇敢に戦う理由がわかった。相手が戦略のせの字も考えようとしないアホだから勝てると踏んでいたのだ。

 「あいつら属性相性も考えないから楽だわ。炎属性のブラックアッシュドラゴンにドヤ顔で炎が弱点の風属性モンスター出して焼かれて発狂までがテンプレだし」

 「それって水タイプのポケモンに炎タイプのポケモン出すのと同じよね?」

 優先度のお陰で属性も気にしなかったらしく、そんな普通のゲームでは信じられないことが起きるのだ。

 「あとスキルだな。モンスターにはスキルがあって、それはランダムで発動する。だが、実体化してからのバトルではプレイヤーが発動するんだ」

 「なら、プレイヤーの発動タイミングが重要ね」

 さらにスキルの使い方にも問題があった。スキルは一度使うとしばらく使えない。これも戦略を立てて使う必要がある。

 「そもそもモンスターで犯罪しようなんて奴は頭の弱いガキだよ。敵がそんなんばっかだから楽ですわ」

 「敵が弱いのばっかりってのも、悪運なのかな?」

 朝凪の悪運はここにも出ていた。敵が馬鹿ばかりなら苦労もしないだろう。

 「ともかく、勝つだけなら簡単だ。何か策は……」

 「さっきから物騒な話が聞こえるのだけど?」

 話していた朝凪と白羽に割り込んだのは授業をしていた恩田先生。女性教員だ。さっきまでクロノが授業の質問をしていたはずだ。そのクロノは恩田先生と一緒に割り込んで来た。

 図書館のことは司書の先生に聞く方が早い。朝凪は聞いてみることにした。

 「先生、昔は今より思想弾圧も激しかったのに、どうやって本を守ったんですか?」

 「それなら戦火からの話ですが、疎開したりしたんですよ。後、隠したり」

 「それだ! 本を焼かれない様に隠すんだ!」

 朝凪は先生の話から策を思いつく。本を避難させる作戦。だが、それには問題があった。

 「今から間に合う?」

 「だよね」

 クロノも大学の図書館に行ったことがあるのだが、朝凪がモンスターを総動員しても避難させ切れない量の本があった。作戦開始まで避難させられない。

 「発想を変えよう。図書館を燃やそうとしたのは本があって燃えやすいからだ。9号棟よりは確実にな」

 朝凪はもう一度考え直す。発想を変え、本を逃がすのではなく、放火を阻止する方向でだ。

 「だけど、本を燃料にするなら図書館の中に入る必要があるの。そして、もちろん奴らが避難……それだ!」

 「おう?」

 「これなら、奴らは図書館に入っても火は付けられない!」

 クロノはそこで思いついた。これなら、放火を止めることが出来る。


 図書館前


 小牧大学の正門にはバスのロータリーがある。正門から入ってすぐ目の前に見えるのが9号棟、その隣が図書館だ。

 図書館の前では作戦行動を割り当てられた大学生達がウロウロと準備をしていた。既に日は落ち、辺りは真っ暗。

 「突入!」

 その中でリーダー格らしいゴリラみたいな男が突入を指示する。大学生が数人突入し、図書館に入る。図書館の入口へは少し階段を上る必要がある。

 「図書館など燃やしてしまえ! あんなに読まない本があっては無駄ではないか。やはり男はスポーツをせねば……」

 大学生なら課題などで図書館の利用は必須なのだが、このゴリラはレポート課題をどうしていたのだろうか。

 「猟太郎も俺の鬱憤を晴らす作戦を考えるとはやりよるな! ガハハハ!」

 「待てい!」

 ゴリラが笑っていると、何者かが図書館の扉を封鎖する。突入したメンバーが必死に扉を叩くが、開く気配は無い。数少ない窓も封鎖された。何やら蜘蛛の糸みたいなものが張り付いている。

 「図書館を焼くものは、この私が許さない!」

 「誰だぁ? 女ごときが男の戦いに水を……」

 「正義の、エーと、なんだったかな? 忘れたの」

 図書館を封鎖した犯人は、図書館の入口前にいた。眼鏡をかけた地味な少女だ。折り畳み携帯、所謂ガラケーを手にしており、地味さを加速させる。前口上を言おうとして内容を忘れていた。

 「ゴリさん! 放火チームが逃げられなければ火は放てません! どうやら全部の入口が封鎖されてる模様!」

 「死してでも役割を果たさんか! 男だろ!」

 「しかし我々が死んでは戦力が……」

 蜘蛛の糸は固く、なかなか剥がれない。少女は糸の種明かしをする。

 「脱出出来ない中、火をつける馬鹿はいないの。この『アラクネ』の糸は、アラクネがノーマルモンスターであることに反比例して固い」

 「ぐぬぬ……やっちまえお前ら!」

 「イエッサー!」

 怒り浸透のゴリラは部下に命じて少女を襲わせる。男らしさを強調する割に、男らしくないことをするものだ。

 「ブラックアッシュドラゴン!」

 少女は空から黒いドラゴンを呼ぶ。ガタイが良く、腕の発達したドラゴンだ。翼も力強く、恐竜みたいな顔が勇ましい。これが本来の姿だ。ドラゴンは図書館前の広場に降り立ち、翼の風圧で大学生を吹き飛ばす。

 「ひー!」

 「こわい!」

 「ゴボボー!」

 ブラックアッシュドラゴンに睨まれた大学生達はビビったり失禁したりしながら何とかモンスターを召喚する。しかし、ドラゴンは慣れた手つきで大勢を相手取る。

 「甘い! プレイヤーを狙えばよかろうなのだ!」

 広場でドラゴンが敵を倒している間に、ゴリラは少女に近寄る。側で見ると、なかなか顔立ちの整った美少女だ。体つきがスレンダーなのは少し不満だが、スタイルは悪くない。

 「ぐふふ、では早速いたすとするがふっ!」

 一つ襲ってやろうと考えた瞬間、ゴリラの腰に激痛が走る。後ろを振り向くと、モップの柄をゴリラの腰骨に突き立てる朝凪の姿があった。

 「なーにをてめぇ人の嫁に手ぇ出そうとしてんだああん?」

 「ぐっ……彼氏持ちだと?」

 「彼氏どころか旦那の目の前でやらかそうとしやがって、ぶっ殺してやるッ!」

 ゴリラはダメージ以上にショックを受けた。腰の下まで伸びた黒髪も艶やかで、瞳は夜空の様に煌めき、唇も潤んで色気のある美少女に彼氏がいたこと。そしてその彼氏がひょろひょろのオタクっぽい奴だったことに。眼鏡までかけて、完全なオタクだ。

 「別に嫁でも彼氏でも無いから」

 「ゆ、許さん! 貴様の様な奴に彼女がいるなど!」

 「くやしいのう、くやしいのう。ウヘヘ」

 少女の正体はクロノだった。携帯はショップの展示用サンプルで偽物だったのだ。眼鏡は伊達である。

 辛辣なことを言いつつ、それでも朝凪の安全を考えてプレイヤーの影武者を作戦に入れたクロノは朝凪を気にしているみたいだ。

 「一機は豊臣大学の迎撃に行ったかと」

 「なんか来ないみたいだね。ま、戦争屋気取りのおままごと諜報部じゃこんなもんかな?」

 「お前、こんなオタクより俺に乗り換えないか?」

 「うっせーゴリラ黙れ」

 相変わらずゴリラは諦めずにクロノを誘う。だが、彼女はゴリラなど全く眼中になかった。クロノはとりあえず話だけすることにした。

 「あんた、家事出来るの?」

 「男に家事など出来るはずなかろう!」

 「喝だこりゃ! はい喝ッ!」

 答えを聞いた朝凪はゴリラの顔に『喝』と書いたシールを貼る。サンデーモーニング的なものだ。

 「どうやって暮らすんだこの野郎!」

 「そりゃ、家事出来る女と同せ……」

 「はい喝!」

 喝シールがもう一枚追加された。とりあえずゴリラが家事出来ないのはわかった。生憎、クロノも家事は出来ない。

 「奥さんが死んだらお前靴下の場所もわからなくて、霜焼けになって足が壊死しても保険証の場所がわからずに死ぬぞそれじゃ!」

 「コケにしやがって! 誰が霜焼けで死ぬか!」

 ゴリラは階段を下りて広場に撤退する。しかし、前門のブラックアッシュドラゴン、後門のクロノといった状態。逃げられはしない。

 「もうやられたのか! 情けない! なら俺が直々にやるしかないようだ!」

 「どうせ負け戦だ、刺激的にやるかい?」

 「負け戦を覆すのが男だ!」

 「なかなか刺激的じゃないのさ」

 ゴリラはスマホを操作し、モンスターを召喚する。スマホにオレンジの光が燈り、同じくオレンジの魔法陣が広場に現れる。そこから姿を現したのは巨大な猿のモンスター。

 「召喚! 『[剛毛]ウーリーウータン』!」

 羊みたいな毛を持つ、4メートルほどある猿。このモンスターは自らの毛を熱加工し、羊毛に似た性質を得たのだ。つまり、炎や氷に強い。名前からして最終進化したのだろうか。

 「見たか! SSレアモンスターの男っぷりを!」

 「アホみたいなデザインだな、あれ。深夜の会議で決まったんじゃねーか?」

 「さらに召喚! [獅子猿]シシモンキー! [牙猿]ファグモンキー!」

 さらにゴリラはライオンみたいな鬣を持つ猿、大きな牙を持つ猿を召喚した。どちらもウーリーウータンに負けないサイズがある。

 「チーム戦だ! 堂々と戦おうではないか!」

 「面白い。いいぜ」

 ゴリラが仕掛けたのはプレリュードモンスターズがゲームだった頃に行われた方式のバトル。自らが持つ『召喚コスト』の中で選べるモンスターを3体選抜し、チームを組むバトルだ。

 例えば、ゴリラの所有コストは200。3体のモンスターの合計コストが200に収まるようにチームを組むのだ。モンスターにはコストが定められ、例えばウーリーウータンのコストは20。強いカードほど高いのが基本だが、課金カードはやたら低い傾向にある。

 今やその『召喚コスト』はモンスターを実体化させられる上限を示すようになってしまった。思えば、やけに余るコストは伏線だったのかもしれない。モンスターのコストは高くて20代だ。

 朝凪の所有コストは120。先ほどアラクネを召喚し、コストを10消費。しかしコストは1分に1回復するため、既に全回復。ブラックアッシュドラゴンとクロノは地下鉄の戦いから召喚しっぱなしなので消費したコストは回復している。今、場にいるのはクロノとブラックアッシュドラゴン。

 あと1体召喚する必要がある。そして猿のモンスター達は土属性。

 「土属性は風属性に弱い、ならば!」

 朝凪は携帯を振りかざし、召喚する。緑の光が燈り、魔法陣が空に出現する。そこから現れたのは、白く美しい細身のドラゴン。

 「召喚! ヴェントゥスウイングドラゴン!」

 ドラゴンが翼を広げると、突風を巻き起こす。クロノの刀を取り出して戦いに備える。白黒ドラゴンと猿達の大きさは同じ。クロノだけが人間サイズだ。

 「ウイングドラゴン! 羽ばたけ! ブレスもだ!」

 朝凪がウイングドラゴンに指示を出す。猿達は風に弱い。それを突いての攻撃だ。暴風に吹かれ、猿達の動きが止まる。

 「これで!」

 それに加え、クロノが脚を斬り飛ばしたため猿達は動けなくなる。回避は不可能だ。

 「【フレイムブリーズ】!」

 ブラックアッシュドラゴンがそこへ炎を吐く。酸素を含んだ空気に炎が混じり、爆発的な火力を引き起こす。

 「なぶっ!」

 爆風に煽られてゴリラが吹き飛んだ。猿達は力尽き、オレンジの光となって消える。ゴリラは自慢のモンスターが一瞬で敗れ、動揺していた。スマホは吹き飛んだ衝撃で壊れてしまった。本人が無傷なのはさすがゴリラ。

 「お、俺のモンスターがッ!」

 「俺の勝ちだな。国に帰るんだな、お前にも家族がいるだろう」

 「待ちガイルでね」

 「やめて下さい死んでしまいます」

 朝凪は勝利を確信し、某格闘ゲームの米国兵士みたいなことを言う。クロノの言う待ちガイルとは、その兵士の戦法。ゴリラはゲームなどモンハンくらいしかしないのでネタに気づかなかった。

 「クソッ、覚えてろ!」

 ゴリラは他の仲間を連れて逃げた。小牧大学に平和が戻ったのであった。ヴェントゥスウイングドラゴンとブラックアッシュドラゴンも小さくなり、クロノは刀を収める。

 「さて、今日の収入は……」

 ゴリラを逃がしたとはいえ、ブラックアッシュドラゴンが戦っていた雑魚は気絶して倒れている。至近距離で吠えられ、鼓膜でも破れたのだろう。

 警察の機動隊や自衛隊だけではモンスターで犯罪をするプレイヤーに太刀打ち出来ない。そこで現政権はプレイヤーに対抗すべく、特別措置法案を成立させた。市民が犯罪プレイヤーを討ち取った場合、課金の源である所持金や所有モンスターとアイテムの収奪、携帯の破壊を許可する法案だ。

 ソーシャルゲームに対して的確な痛手を与えられる法案を、早期に成立出来た与党は褒められるべきだと朝凪は思った。しかし、マスコミなどは『国民に犯罪を推奨する法案』と非難した。

 その非難は熊が出ない場所で「人里に下りて来た熊を撃つのは可哀相」と言うのと大差ないものだ。安全な場所にいるからそんなことを言えるのだ。一般市民にとってはモンスター犯罪の抑止力になってくれればと願う限りである。

 「あっちが騒がしいな……」

 朝凪は財布の中身を抜きつつ、遠くの喧騒を聞き付ける。豊臣大学の生徒は結局来なかった。それと関係があるのだろうか。


 長久手市 路上


 その喧騒の正体は、路上の戦闘だった。豊臣大学の生徒が大挙して移動したため、車道が封鎖されてしまったのだ。

 「おうどうした! これで終わりか?」

 夜空の下を暴れていたのは狼人間。フェアウルフというモンスターだ。バスが止まったため、そこにいたプレイヤーが召喚したのだろう。

 「なんだこいつ!」

 「逃げろー!」

 所詮ノーマルモンスターと舐めてかかったら見事ボコボコにされたため、豊臣大学の人々は蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。

 「終わったぜい!」

 「うん、面倒だったね」

 「暇潰しにはなったな」

 フェアウルフがバスの中に声を掛けると、中からハスキーな声が聞こえる。帰ろうとしたら邪魔が入ったのでつい、ボコボコにしてしまったといった感じだ。

 「畜生、化け物め!」

 「君達が悪いんだよ。人の帰宅を邪魔するからさ」

 豊臣大学の生徒が悪態をつくも、道路を塞いだ方が悪いとしか言えなかった。

 「やれやれ、なんでみんな戦うかな? ジェンダー研究会で演劇もやるし、忙しい時に面倒は起こさないでよね」

 「お前は全部わかってるくせに」

 「わかってるけどね、考えるの面倒なんだ」

 中の声が疑問を呟く。フェアウルフはそれでも、中の彼ないし彼女が戦いの理由など全て知った上で言ってることをわかっていた。

 「ま、お前が全部知った上で考えるのやめてんのも知ってらぁ。そうだろ、遊佐」

 中の声、遊佐はフェアウルフの問いに黙って頷いた。

 ブラックアッシュドラゴン

 属性:炎

 レア度:Sレア

 コスト20

 スキル:フレイムブリーズ(敵全体に炎属性ダメージを与える)

 説明文:火山灰や溶岩が付着したことで黒くなったドラゴン。大地をも溶かす高温の炎を吐き出す。


 ヴェントゥスウイングドラゴン

 属性:風

 レア度:ゴッドレア+

 コスト20

 スキル:ヴェントゥスレイ(風を纏い、しばらく攻撃の威力と属性補正が上がる)

 説明文:ストームウイングドラゴンの親龍。吹き荒れる風のドラゴン。その美しさに人は逃げることを忘れる。

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