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プレリュードモンスターズ  作者: 級長
学園闘争編
7/61

ビギニングA1 ナイトメアメイデン

 『受験のララバイ』

 装甲騎兵ボトムズ ペールゼンファイルズOP『鉄のララバイ』替え歌

 歌詞、歌:朝凪一機


 肩を落とした黒の背中が続く

 何処までも果てしなく続く

 穢れちまった

 模試結果が降り注ぐ

 容赦なく俺達に注ぐ


 肩を喘がせ

 爛れた問題を

 ひたすら解き続ける


 散り逝く友に未練など無いさ

 俺達は 受験生

 遠く弾けるペンのドラム

 それが俺達のララバイ

 噴き飛ばせこの地獄を


 イヴ「一機って歌い手やれるくらいには歌上手いよね。なんかむかつく」

 クロノ「合唱は下手くそなの」

 一機「主旋律以外で、人に合わせるのは苦手なんだ」

 岡崎市 矢作川周辺


 「なーなー、クロノ」

 「……」

 「クロノー」

 「……」

 「クロノやい」

 「うるさいの」

 ある日、この日本の常識は覆った。ユートピア社により、人気ソーシャルゲーム『プレリュードモンスターズ』にある狂気のシステムを導入した。

 モンスター実体化システム。ゲーム中のモンスターが現実に現れる素敵なシステムだ。だが、実際は課金者が強力なモンスターを得て暴走するだけの結果となった。それもユートピア社の思惑通り。

 彼らの様な暴走する課金者から命を守る為に、ゲームをしてすらいない人々も課金する様になるだろう。命を人質にいた課金の強制、それがユートピアの狙い。

 「つれないなー、俺の嫁だってのに」

 「うるさいの。私はあなたに身を捧げるつもりはないの」

 そんな中、あるモンスターを愛し、育てた高校生がいた。彼の名前は朝凪一機。高校の制服であるブレザーの上着の下に灰色のパーカーを着ており、度の高い丸眼鏡を着用している。眼鏡は度が高くて、漫画で描いたらグルグル眼鏡にされそうである。

 教科書などを運ぶ鞄にはリュックを選ぶなど、コテコテのオタク像を体言した人物であった。中肉だから体型だけはテンプレートに入らないが。

 今、朝凪一機はモンスター実体化の混乱で電車が止まったため、歩きで学校に向かっていた。矢作川の堤防の上にある舗装された道を歩き、隣にモンスターを侍らせる。

 彼が三年間愛情を注いだモンスター、『ナイトメアメイデン』ことクロノは心を赦してくれない。腰の下まで伸ばした艶やかで宵闇の如く漆黒な髪にアメジストの様に透き通った紫の瞳、色白ながら血色の良い柔肌を持つスレンダーなボディラインの美少女である。

 衣服は白い肌を際立たさせる黒い和服ベースのゴスロリ服。赤いフリルや飾り紐が華やかで背中や肩は大胆に露出している。おかげでか細い肩やくっきり浮き出る鎖骨や肩甲骨が堪能し放題。スカートは短いが、黒のニーソが素足を包み、色合いで引き締める。スカートとニーソの間から見える素肌が眩しい。靴は下駄で、歩くとカランコロンと音が鳴る。

 秋めいた風に黒髪が舞い、朝凪の鼻腔をクロノの放つ甘い香りがくすぐる。

 「なんでこんな人間に召喚されたんだか……」

 「ま、とにかく学校行こうか。話はそれからだ」

 右も左もわからない人間界に召喚されたクロノは、ウザいけど悪い人ではないらしい一機について学校へ行く。

 ソーシャルゲーム『プレリュードモンスターズ』のモンスターが実体化したわけだが、召喚されたモンスターは『モンスター界』という世界からやって来る。モンスターは死んだ人間の魂から生まれ、生前の記憶もあるのだが、幼くして死んだクロノは人間界に馴染みがない。

 ザックリ説明するとクロノがいたモンスター界は『あの世』だということ。

 一機の通う私立長篠高校は岡崎市の一級河川、矢作川の傍にある高校である。私立、とはいえ取り立てて巨大ではなく、綺麗でもない。一般の人が抱く私立のイメージから掛け離れており、私立らしさといえば教室棟にある天文台と、少し離れた場所にある第二運動場や校庭に敷かれたタータンくらいだ。

 「紹介しよう我が妻よ。ここが私の母校だ」

 「黙れ、なの」

 相変わらずの嫁扱いに辟易とするクロノは、一機に長篠高校を紹介されて辛辣な反応を返す。

 「まあまあ、見かけによらずいい場所なんだ……どわああ!」

 説明しながら土手を下りる一機だったが、ドン臭くて堤防から転げ落ちてしまう。先程から堤防の道路を走る車を避けようとする度、一機は堤防から落ちそうだったが、遂にかとクロノは呆れていた。

 「ま、慣れたもんだ」

 結構激しく落ちても、一機は平然と立ち上がる。慣れているのかもしれない。校門前に立つ教師もいつものことかの様に見ていた。

 「なんだまたか。大学受かっても相変わらずだな」

 「こればかりはどうしようもね……」

 校門を抜け、玄関から校舎に入る。三階の教室には既にクラスメイト達が集まっていた。一機は完全に遅刻であった。

 クラスメイトがキッチリ座る中、堂々と入る一機の図はシュール窮まりない。後ろにクロノがいるとなおさらだ。

 「なんだよ、あれだけの騒ぎで遅刻したの俺だけ?」

 「お前は運が無いからな。よく受かったもんだ」

 担任にもこう言われる始末。朝凪のクラスは三年八組。担任の松平先生は眼鏡をかけた男性教師だ。

 「今回の騒ぎもお前の不運か?」

 「さすがにアレは無理だろ」

 「わからんだろ。飛行機に乗れば間違いなく落ちるし、船に乗ればもれなくタイタニック。修学旅行の時は飛行機の墜落を恐れて一人だけ地上ルートで北海道に向かったのにジョースター一行もビックリの奇妙な冒険だったそうじゃないか」

 担任は冗談めかして言うが、実際は冗談では済まされない内容だった。修学旅行に行く際、その運の無さから飛行機の墜落を防ぐためバスや電車を乗り継いだのだが、あちこちで事故やバスジャックに見舞われた。

 「でもお前、財布とかだけは無くさないよな」

 「財布じゃ済まない事態だらけじゃないか」

 クラスメイトがそんな事をいう。一機も財布は無くしたことがないのだが、自分の運ならいつか無くすと対策を怠っていない。例えば、財布をポケットや鞄など複数に分ける、金を持ち歩かないなどだ。

 修学旅行の北海道ではスリが多発する展望台で、逆にスリを捕まえたくらいなのだ。

 「そうそう、ブラジル来た時は本当酷かったよね」

 「真田さん……。あれは確かに酷いよな」

 一人の女子が、またも一機のとんでもダイハードエピソードを語る。その女子は真田リーザ、一機が想いを寄せる人だ。黒髪が綺麗な、なかなかの美少女である。

 一機はそのエピソードを教師の入口に立ったまま聞いていた。何故席に着かないのか。

 「飛行機が落ちるし、その飛行機がブラジルを牛耳っていたマフィアの本拠地に激突するし、落ちたのがブラジル付近の海でたまたま通りかかった豪華客船に救助されたけどそれも沈むし」

 「……」

 クロノは、その話を何処か盛ってるんじゃないかという目で見ていた。全て実話だから質が悪い。

 「それより早く席着けよ」

 「アッ、ハイ」

 松平先生に促され、一機は席に着こうとする。一機の席は教卓の目の前だ。そこまで一機が歩こうとした瞬間、異変が起きた。

 教室を震わせる破裂音と共に、一機の座席が吹き飛んだのだ。

 「な……何事だ?」

 「あ、確か『適当な座席に爆弾仕掛ける』って脅迫来てたな。まあどうせ口だけだし、あったとしてもお前の座席だし、お前なら大丈夫だろうから休校にしなかった」

 「お の れ 担 任!」

 脅迫文を受けながら、それを謎の信頼でスルーした担任に向かって、一機は父親を殺された忍者みたいな態度を取る。忍者龍剣伝とか誰がわかるのか。

 「脅迫文? 最近流行りのネットで?」

 「いや直接届いた」

 クロノが脅迫文について聞くと、どうやらネットの掲示板に書かれたのではなく、直接届いたものらしい。

 「変な信頼で生徒の命を危険に晒すとかゆ”る”さ”ん”!」

 心臓に悪い事態に遭遇した一機は、台詞に濁点が付くくらい怒っていた。倉田てつをもビックリなレベルだった。

 「実際に爆発があったら怪我人いなくても休校だわな」

 ザワザワと集まった他の教師を見て、松平は呟いた。他の教師はクロノに驚いてから、爆発の後を確認する。

 「なんだ朝凪の席か」

 「朝凪なら大丈夫そうだな」

 「念のためと体裁のために休校かな?」

 「オイコラ先公」

 信頼されてるのか扱いがぞんざいなのか、一機はあまり心配されていなかった。


 「そういえば朝飯は食パンが全部弟に食われて抜いてたんだ。事件の混乱でコンビニもやってないし、食堂行くか」

 いろいろ片付けを終えた一機は食堂に行く。クロノはクラスの女子に連れられて学校見学ツアーに行った。コンビニは課金用カードなんざ販売していたがためにプレリュードモンスターズ実体化事件で、課金用カードを求めた客が殺到して店を閉めた。

 券売機の前で朝凪は何を食べようか考える。しかし、世にも恐ろしいことが起きていたのだ。

 「全部売り切れだと?」

 券売機のどれもこれもが売り切れ。つまり何もないということ。こんな朝早くに有り得ないの。だが、一機には切り札があった。

 「おばちゃん! 裏メニュー!」

 朝凪はカウンターに行って叫んだ。大食いなのにこうして食べる機会に恵まれない一機を哀れみ、食堂のおばちゃんが考案したメニューだ。その日の余り食材を利用するのだ。

 今日の様に朝飯抜き冷蔵庫には何も無し、コンビニでは朝のラッシュで品物が無く、購買は売り切れなんてことは一機にとって良くあること。

 「ゴメンね、この混乱で材料を運ぶトラックが来なくて、余りの材料もないのよ」

 「嘘だドンドコドーン(そんなこと)!」

 あまりのショックに一機はオウンドゥルったとのこと。膝を地に付き、空腹で力尽きていたという。どうりで昼じゃないのに売り切れなわけだ。ちなみに購買も同じ理由で営業していなかった。


 登校したばかりなのにすぐ休校となり、Uターンで下校となる。ただ、電車が止まっているのですぐには帰れない。

 そこで、近くのちょっとしたデパートまで一機とクロノは来ていた。駐車場にある屋根付きの道を使い、デパートの中に入る。

 「いやー、やっぱ一緒に暮らすなら何かと必要だよね?」

 「暮らさないの」

 「え? マリッジブルー?」

 クロノは一機の発言にため息をつく。彼についていくのは、自分が一生を過ごす予定だった人間界のことが知りたいからだ。決して、一機に気があるわけではない。

 「なんだ、モンスター界と変わらないの。つまんない」

 「へぇ、モンスター界にもああいうのあるんだ。もっと刺激的にファンタジックな世界だと思ってたよ」

 ただ、クロノはその中身である生鮮食品コーナーを見てガッカリした。モンスター界にあるものと代わり映えしない。モンスター界はゼウスが人間の営みを残すために作ったもの、それゆえこの程度の店ならあるのだ。

 お菓子売り場まで足を運んだ一機は、あるものを探していた。それは、サイコロ状の正方形の箱を二つ並べてパッケージした、食玩であった。

 「あったあった! どこも売り切れてるから困ってたんだよね」

 「ウリキレ?」

 「なんだ、モンスター界には無いのか? 商品が無くて金があっても買えないんだよ」

 クロノは売り切れという概念を意外にも知らなかった。モンスター界は品物が売り切れないらしい。

 「で、なにそれ?」

 「『破幻のジスタ』だよ。チョコのオマケに小さいロボットのおもちゃがついてくる、刺激的に遊べる食玩だ」

 「ふぅん」

 クロノは興味が無かった。そういうものを集めているモンスターがいるのは知っていたが、彼女はロボットなど好きではない。

 「稲葉と武器丸でも買おうか。さすがに山田は残ってないか」

 いそいそと箱を買い物籠に入れる一機。その時、またしても爆発が起きた。

 「またか」

 呆れた一機が爆発の位置を確認する。よりによってレジ付近が爆発していたのだ。その爆発を起こしたと思われる犯人が、一機とクロノに向かって走って来た。

 「食玩など、無くなってしまえ! やってしまえ、『ダークナースエンジェル・イヴ』!」

 「……」

 彼の隣に控えるモンスターは、黒い翼を広げた堕天使。栗色の髪を伸ばし、黒革のナース服を着ている。

 「俺の人生をめちゃくちゃにした食玩、許すまじ!」

 「どうやったら食玩で人生が破壊されるんだ。クロノ!」

 「命令しないで」

 モンスターを使って暴れるなら見逃せないと、一機はクロノと共に敵へ向かう。犯人は学ランを着た学生らしく、手にスマホを持っていた。

 「俺の親父は家族を省みず、食玩ばかり集めていた! 親父は生活費にまで手を付け、俺は大学に行けずこの様だ! 私立に行ける恵まれた様な奴が食玩だと? そんな甘ったれ野郎に現実を教えてやる!」

 「今北産業」

 話が長くて、一機は飽きてしまった。とにかく、クロノが刀でイヴと切り結ぶ。イヴの武器は剣だが、腕と繋がっている。

 「さぁ、私と踊りなさい!」

 「この程度!」

 一度二人は距離を取り、イヴが薬の様なものを放って攻撃する。クロノは黒い翼を背中から広げ、飛んで回避しようとする。

 「あっ……うわぁっ!」

 だが、彼女は忘れていた。ここは狭い屋内であるということを。翼が棚に引っ掛かり、飛ぶことが出来ずに落ちてしまう。

 「甘えた声で鳴きなさい!」

 「させるか! 召喚、『ローチマン』!」

 墜落したクロノに追撃しようとしたイヴだが、朝凪はそれを許さない。携帯からオレンジの光がほとばしり、橙色の魔法陣から全身が黒光りするプロテクターに被われたヒーローが現れた。

 「ローチ、オイルボディ!」

 「ご、ゴキブリ? 不衛生な!」

 ローチマンはクロノを庇い、飛んで来る薬を脂ぎった身体で受け流す。イヴは少し眉を潜める。

 「クロノ、こいつが攻撃を防いだら反撃だ! 連携するぞ!」

 「いらない」

 一機が連携を取るべくクロノに声をかけるが、彼女はそれを拒否する。ローチマンは高いHPと受け流し能力から、壁にはピッタリなのだが。何か不満なのだろうか。

 「私一人で、戦える!」

 クロノは真正面からイヴと打ち合おうとする。一機には彼女が何か焦っている様にも見えた。

 「隙あり」

 「うくっ……」

 飛び出したクロノはイヴの放った注射器をいくつか刺されてしまう。身体が痺れ、一瞬だけ動けなくなる。

 「か、身体が……。でもこの程度なら!」

 「でも充分」

 その一瞬が勝負の分かれ目になった。イヴはクロノに抱き着いて拘束する。イヴが翼で少し飛んでいるので、地面を蹴った勢いでの脱出は不可能だ。彼女ドリンク剤の様なものを取り出し、それを口に含む。

 「さあ、捕まえた」

 「は、放せ……んむっ!」

 イヴが抵抗するクロノの唇を奪う。口移しでクロノはイヴが含んだドリンク剤を飲まされていく。重なった唇の隙間から、ドリンク剤が零れる。

 (抵抗してるのに……喉が勝手にっ……!)

 「んんっ」

 吐き出そうにも薬はクロノの体内に侵入し、胃に達する。その瞬間、心臓が痛いほど跳ね上がり、全身から汗が吹き出た。頭は霞がかかり、身動きが取れない。

 「可愛がってあげる」

 「ん、んんッ!」

 クロノはイヴに舌まで入れられた挙げ句、口の中を舐め回される。二人の花弁が湿った音を鳴らす。イヴは右太股をクロノの股に差し入れ、擦り付けた。

 「んむっ、いいじゃない。可愛い反応。小さくて、細くて壊れそうな身体。狂わせて痙攣したその身体を強く抱きしめたいわね」

 イヴは一度、息継ぎのために唇を離す。二人の唇の間には、唾液が糸を引いていた。

 「はっ……。なかなか可愛いじゃない。気に入ったわ、私の恋人にならない?」

 「はぁっ、はぁっ、はあぁっ……! な、何をした?」

 「私特製の媚薬。美味しかった?」

 余裕を見せるイヴに対し、クロノは座り混んで動けない。クロノの息は荒く、肩で喘ぎながらしている。少し着物も乱れている。

 イヴはクロノに媚薬を使い、戦闘不能にまで持ち込んだのだ。イヴはクロノの髪を指で梳く。脚を摩り、スカートの中にも手を伸ばす。

 「や、やめろ……」

 「綺麗な髪。いい声で鳴くじゃない。私の胸の中で喘がせて嬌声あげて悦ばせて、めちゃめちゃにおかしくして、快楽の絶頂まで導いてあげたいくらい。こういう、遊んでなさそうな初々しい子を開発するのが好みなの」

 PTAが見たら発狂しそうな光景であるが、一機は別の意味で発狂しそうだった。

 「あかん! クロノが寝取られた! でもしばらく見ていたいこの絡み!」

 「見たか、俺が課金してまで手に入れた最高の彼女は!」

 「彼女じゃない」

 嫁であるクロノが寝取られたのは一機にとって衝撃的だった。イヴは食玩逆恨みマンとの恋人関係を、クロノ以上に強く否定していた。

 「私と恋出来るのは女の子だけ。さあ、クロノ、私をお姉様と呼んでみなさい」

 「ふ、ふざけるな! 私のお姉ちゃんは一人だけだ!」

 「えー、マジレスされてもなー。血縁というよりは、タチとネコの役割分けよ。それともなぁに? 貴女タチがやりたい?」

 イヴは自分のペースで会話を進めていく。クロノはイヴの態度に一機を思い出す。

 「最近同人誌で公式カップリングの攻めと受けを入れ替えたものもあるからね。別にいいよ、私もたまには屈服したいし」

 「そうじゃ……ない」

 薬の効果でクロノは戦闘不能。ただ、一機は主力をやられても逆転のチャンスは逃さない。

 「な、あいつげぶぁ!」

 「でぇい!」

 一機はイヴのプレイヤーである食玩逆恨みマンの顔面を殴る。それだけでは当然終わらない。

 「安心するなよ、この親指を目に入れ、一気に殴り抜くッ!」

 「ウゲェー!」

 顔面を殴った右手の親指を相手の左目へ滑らせ、ついでに目潰しをする。まさに外道。

 「勝負には負けたが、戦いには勝った!」

 「ち、畜生! 覚えてろ!」

 食玩逆恨みマンはイヴを置いて逃げる。一方のイヴは無抵抗なクロノの着物の胸元に手を忍ばせようとしていたが、諦めてプレイヤーを追う。

 爆発の現場では、多数の怪我人が出ていた。一機は戦いが終わると、急いでそこに向かう。

 「誰かお医者さんはいませんか?」

 「医者じゃないけど手当くらいなら……、おい! お前もモンスターとはいえ看護師だろ?」

 想像以上の怪我人に、一機は去ろうとしていたイヴにも声をかけてしまう。だが、イヴは不快さを隠しもせず、一機を振り向かずに言った。そしてそのまま歩いていく。

 「私はもう、看護婦じゃない」

 「変な奴だなー。あ、その破片はデカイから抜かずに病院行けよ。血が止まらなくなる」

 クロノは手当の様子を、どうせ手こずったり失敗するもんだと思って見ていた。しかし、予想に反して一機はテキパキと的確な治療を施す。

 リュックの中に救急ポーチがあり、道具も揃っていた。救急隊が到着する前に、彼は色の付いた紙を怪我人達に貼っていく。

 「怪我人が多過ぎる。怪我の度合いで治療の優先度を決めるぞ!」

 緑、黄色、赤の紙はいかに迅速な治療が必要かを示すためのものだった。これなら救急隊が到着後、迅速な治療が可能だ。

 「え? 血が止まらない? 仕方ない、間接圧迫しかないか」

 腕の切り傷が広くて血が止まらない患者がいると、一機は包帯で肘の辺りを縛った。怪我していない場所を何故縛るのか、クロノが不思議に思っていると、何故か血が止まっている。

 「す、凄い!」

 「傷口が広くて、直接圧迫する方法で止血出来ない時は血管が浮き出ているポイント、止血点を抑える『間接圧迫止血法』が有効だ。でも、マジで血が止まるから使いどころ考えないと刺激的に鬱血するぞ」

 一機が言うにはそういう理屈らしい。クロノは少しだけ、朝凪一機を見直していた。ただのウザいオタクかと思えば、そんなことも出来るのだ。それに、自分がピンチの時に敵プレイヤーを殴ることで助けてくれた。

 「あ、救急車だ!」

 一機は救急車のサイレンを聞き付け、救急隊を案内すべく外へ向かう。クロノも彼を追った。

 「あべし!」

 「……」

 しかし、彼は外の駐車場で自分の呼んだ救急車に轢かれた。幸い、救急車が徐行していたため突き飛ばされた程度で済んだが

 クロノは少し一機を見直した自分が恥ずかしくなった。救急隊が到着後、無事怪我人は病院に搬送された。


 夜 朝凪の家


 「兄さん、相変わらずじゃないか。あの量の怪我人を捌くなんて」

 「そりゃ、手当は慣れたもんですからな」

 朝凪一機の家は、岡崎市の片田舎にある一軒家だ。築12年くらいで、そこそこ新しいともいえる二階建ての家に、朝凪一機は両親と弟二人の五人で暮らしていた。

 「あ、自己紹介しよう。僕は朝凪仁機、一機は僕の愚兄だ。両親は仕事、弟の参機は広島の尾道で入学試験があるから不在だ」

 「あなたのモンスターはいないの?」

 「ミィならマイとアイと遊びに行ったよ」

 そのリビングで、仁機はノートパソコンを操作しながらクロノに自己紹介した。参機と合わせて一卵性の三つ子が朝凪兄弟らしいが、クロノは一機と仁機に似ているポイントを見出だせなかった。

 常に人を試すような、非常に冷たく客観的な目付きの仁機。眼鏡も一機みたいなコテコテ丸眼鏡ではない。

 交通機関が止まりながらも、何とか帰宅出来た一機及び仁機は家で寛いでいた。仁機の方は偶然、復旧した電車やバスに乗れたからまだ楽だったらしい。復旧を聞き付けた一機が駅に着く頃には、また騒ぎで電車が止まってしまった。

 制服の二人に対して、和ゴスのクロノは浮いている。

 「犯人の分析終わったよ。お手製の爆弾で学校を脅してはマジで爆破していたみたいだね」

 仁機は集められた脅迫状や犯行に使われた爆弾などのデータから、犯人を突き止めた。朝凪仁機は幼少期からその鋭い推理と高い頭脳で注目される犯罪心理学の専門家だ。

 「早いの」

 「前々から犯行してたからね。警察からの情報提供もあるから楽だね。君達の目撃情報もある」

 パソコンには犯人の画像が映されていた。確かにクロノが見た、イヴのプレイヤーだった。名前は『極貧厄丸』。変な方向でキラキラネームだった。幸は薄そうである。

 「なんか……ついてなさそうな名前なの」

 「実際彼の家の収入は低いけど、兄さんほどではないさ。僕がまず、事件の手掛かりにしたのは狙われた場所だね。公立の学校は脅迫文が届いておらず、私立の学校ばかり。そして、愛知県内でも名古屋は避けられているということ。ここに計画性を感じるね。犯人は捜査の目を名古屋市内から遠ざけたい、つまり犯人は名古屋在住! スーパーやコンビニの食玩コーナーに爆弾を仕掛けることもあり、爆弾の形状や、同じ日に近くの学校とスーパーが被害に遭ったことから同一犯は確定だ」

 「なんでそれだけで名古屋在住ってわかるの?」

 クロノは仁機の確証が理解出来なかった。仁機がパソコンに地図を示すと、あちこちに赤いバツ印が現れた。その中のいくつかが青色に変わる。

 「ヒントはここ。青色のバツ印のスーパーやコンビニでは、食玩コーナーを見つけられなかったから別の場所に爆弾を仕掛けたり、近くに食玩をもっとたくさん取り扱うコンビニがあった場合だ。これが土地勘の無さの証明。下手に怪しまれまいとして、墓穴を掘ったな」

 犯人は自分が名古屋在住であることを知られないように、名古屋を避けて爆破した。犯行を他の地域一つに絞ればよかったが、名古屋だけ避けるとそこが空洞になって避けているのがまる解りだ。

 次に、パソコンには脅迫文が映される。新聞の見出しを切り抜き、それを貼付けて文章を作っている。

 「この方式ならパソコンにデータが残らないし筆跡もわからないが、大きく使える文字を制限される。そして貼付けた裏側に記事が残る場合もある」

 「な、なるほど」

 「それらのデータを照合すれば、犯人の住んでいる地域がわかる。文字のレパートリーを増やす為には大量の新聞紙が必要だし、地方面の記事があればさらに絞れる。さらに同じ地域の新聞でも実は配送時間が違って新しい情報が追記され、記事の内容が変わることもある。新聞紙を捨てているゴミ捨て場、爆破された店の監視カメラから割り出した犯人がコイツってわけ」

 仁機は様々な方面のデータから犯人を洗い出していた。その技術にはクロノも舌を巻く。

 「あなたもこれくらいすればいいの」

 「無理言うな」

 「あと洗濯下手」

 一方の一機は洗濯物もまともに畳めていなかった。基本的に下手くそである。

 「あと兄さん、なんだねこの点数」

 「仕方ないだろ。真面目にやっても赤点取っちゃうんだから」

 仁機は机に置かれた数学のテストを一機に見せる。29点、完全な赤点である。

 「先生が嘆いていたぞ。『真面目に授業受けて、わからないとこも質問してるのに赤点取る奴は初めてだ』ってな」

 「有り得るの? そんなことが」

 「兄さんは昔から努力が実を結ばないタイプだからなぁ」

 他のテストが軒並み赤点ギリギリの中、数学は赤点を取ってしまう。先生の話を聞く限り、不真面目な生徒では断じてない。『やれば出来る子、YDK』ではなくて『やっても出来ない子』なのだ。

 「兄さん、全ての塾が匙を投げたからね。先生も諦めてるよ」

 「諦めるなよ! こっちは真剣なんだよ!」

 当の本人が諦めていないので尚更質が悪い。一機は怒りながら、回鍋肉を丼飯で掻き込む。回鍋肉初め、おかずは大皿山盛りが3つほど並んでいた。残るは焼きビーフンとガリバタ鶏である。

 「まだ食べるの?」

 「今日は疲れて腹減ったんだ。アラクネー、俺結構食うから安心して作れ!」

 クロノはすっかり呆れていた。一機はさっきのデパートで廃棄になる予定だった弁当と惣菜を平らげ、帰る途中にはお昼だからと吉野家に寄って特盛の牛丼と牛鍋丼と豚丼をそれぞれ生卵に豚汁、コールスロー付きで食べ、おやつにコンビニでフライヤーにあるスナックを平らげる始末。これで中肉はおかしい。

 財布は大丈夫なのか? と聞かれれば、各地点での騒ぎを治めてお礼として食べ物を貰ったので実質無料だ。

 大皿の料理は油により輝きを放ち、胃袋を刺激する香りを漂わせる。それをキッチンで作っているのは『アラクネ』というモンスターの女の子だ。下半身が蜘蛛であること以外は可愛い女の子である。ショートヘアを揺らして料理をいそいそ作る小柄な可愛い女の子である。

 下半身が蜘蛛、それも小柄とはいえ人間サイズなのでそこそこデカイことを除けば。キッチンは彼女の下半身で面積を占められていた。

 「いやー、なんかイヴに勝つ手段ないかなーって何気なく召喚したモンスターの料理がこんなに美味いなんて」

 一機は味さえ美味かったら料理人の見た目は気にならないらしい。普通は食欲が減退するはずだ。

 仁機は一機を放置して話を進めた。

 「兄さんは無視して、犯人の極貧厄丸は受験戦争にも参加出来なかった哀れな兵士ってところだね」

 「受験戦争?」

 「この平和憲法を掲げる国で禁止されていない、ただ一つの戦争さ。あ、お風呂入ったよ」

 「……うん」

 仁機に促され、クロノは風呂に向かった。イヴに飲まされた媚薬は、まだ少し効果が残っていた。


 朝凪家の浴場は一人が入れるだけの、小さな湯舟しかない。両親が優秀なため、もっと広い家にも住めるが、下手な成金みたいな真似はしない家風なのだ。

 クロノがその浴室に入る。まだ誰も入っていない風呂場は冷たく、裸足がヒタリと音を立てる。彼女は一糸纏わぬ姿で、翼も背中から消してシャワーを使う。クロノの翼は魔術的なものなので、自由に出したり出来る。

 未だ身体の火照りが抜けないクロノは、シャワーがお湯に変わるまでの冷水も頭から被る。

 「うぅっ……」

 ボンヤリしていた頭が少し冴える。高鳴っていた心臓も落ち着いた。実のところ、仁機の話はあまり理解出来ていなかった。

 一機の前では強がっていたが、媚薬の効果は強く、イヴから離れると胸が苦しくなる。あの薬は恋心を無理矢理植え付ける薬だったのだ。

 冷水がお湯に変わる。シャワーから流れる液体がクロノのか細い身体を伝い、下に落ちる。彼女は肩を抱いて少し考える。

 (私は、あの強いお姉ちゃんの妹なのに……あいつに勝てなかった)

 クロノには姉がいた。生前、血が繋がっていたわけではないが、その姉が自分を妹と呼ぶのだ。

 彼女の姉はモンスター界で『魔王』と称された少女、クロード。紅と黒の双剣を手繰る剣士であり、その昔、モンスター界の地下階層で覇権を争っていた100人の魔王達を虐殺した。

 人類の営みを残す為にゼウスが生み出したモンスター界は、戦いすら人の営みとして保存している。そのための地下階層である。虐殺された魔王達は実際にはいくらか経験値を奪われただけで、まだ生きてる。

 その地下階層の最下層まで辿り着けば人間に転生出来るとされ、クロードは実際に転生した。もう、18年もクロノは姉に会っていない。

 「お姉ちゃん、私……」

 クロノは湯舟に浸かる。長い髪がお湯に浮き、キラキラと輝いた。

 「おーい、クロノ。着替えとタオル、置いとくぞ」

 「……うん」

 一機が扉越しに声をかけた。日中ほど毒を吐く元気はクロノに残っていなかった。その時、一機があることを言う。

 「どうやら、焦ってるみたいだな。身内に優秀な人間がいて、追い付きたいのか?」

 「っ……!」

 心を見透かされた様な気がして、クロノは思わず湯舟で立ち上がる。激しい水音が浴室に響く。

 何も知らないくせに、彼女はそう言ってやりたかった。だが、それは出来なかった。一機にも自分と同じ様に、優秀な身内がいた。

 「ま、焦るなよ。その身内がどんなに優秀かは知らねぇけど、お前にはお前しか持ってないものがある」

 「嘘なの。お姉ちゃんが持ってなくて、私だけが持ってるものなんて……」

 クロノは俯く。一機の言葉は所詮、人間の基準だ。モンスターは人間より長い時間を生きる。優秀なモンスターとそうでないモンスターの幅が、それだけ広がり易い。ちょっとの差異で埋められるものではない。

 その時、一機が答えを出した。自信に満ち溢れた声で、クロノの悩みを晴らさんとする様に。

 「それは、俺だ」

 「え?」

 「俺の存在は決定的違いだ!」

 クロノは呆れて、湯舟に座り込む。まさか、ただの人間一人が違いになりうるというのか。

 「なにそれ、ただの人間が……」

 「いや俺ただの人間じゃないからさ。あれだけのことがあって生きていられる人間がいるか? 生存能力だけなら自信あるんだよなー」

 「ふん……」

 結局、他人の存在に依存した違いなのか。それでは、クロノは不満だった。一人で姉を越えたい。魔王軍みたいな強力な仲間も必要無かった。

 「そうそう、明日長篠で『食玩フェア』やるんだよ。あいつらも来るだろうぜ」

 「わかってる、リベンジはするの」

 「俺、こういう奴だからさ、トライ&エラーだけは得意なんだ。だから必ず勝つぜ」

 「……」

 一機を信用していないクロノは、口元までお湯に浸かる。なんであんなに大したことないのに、ここまで大口を叩けるのか。

 「……出てって」

 「へ?」

 「お風呂出るから」

 「へい」

 のぼせそうになり、クロノは風呂を出ることにした。一機を脱衣所から追い出し、浴室の扉を開ける。濡れた素足がバスマットに触れる。

 (なによあいつ、あんなに自信満々で)

 用意されたバスタオルで身体を拭く。高級そうなタオルは肌触りがいいが、あまり水を吸わない。少しだけモンスター界での住居、魔王城を思い出す。

 クロノの姉、クロードは自分が吸水性のいいゴワゴワのタオルを使うくせに、他の人にはこういうタオルを使わせる。風呂上がりの、濡れて髪や衣服が張り付いた姿を愉しんでいた。

 用意された着替えは、ワイシャツだった。これは完全に狙ってる。クロードも同じことをよくやる。そうは行くかと、クロノは強行手段に出た。

 「これがあったの」

 黒い羽根を一枚取り出し、それに闇の力を込める。ナイトメアメイデンの力はある日突然身についたもの。そのため、何が出来るかはいろいろ試していた。

 ナイトメアメイデンの力を生み出したのが一機であることに、クロノは気付いていない。羽根が広がって、普段から彼女が愛用する紫のルームワンピースになった。

 「あがったの……露骨に残念そうな顔しないの」

 リビングで待ち受けていた一機とアラクネが非常に残念そうな顔をしていた。アラクネは多分、プレイヤーである一機を真似しているだけだ。

 「何してるの?」

 クロノは、アラクネと一機の行動が気になった。アラクネが一機のサイズをいろいろ計っていた。そして、近くには布が置いてあった。

 「秘策の準備」

 一機は悪そうに言ったという。


 名古屋市某所 車内


 名古屋市、と一口にいっても『スゴイ都会』の場所と『普通の田舎』の場所、その二つがある。東京や大阪が都府単位で作った都市機構を無理矢理、一つの市に押し込んだいびつな町、それが名古屋だ。

 その、普通の田舎に一台のワゴンが止まっていた。フロントが傷付いているのは、金の無い車の所有者、極貧厄丸が無理矢理ETCを突破しているからだ。盗品のため、ナンバープレートも外されている。

 たまたま盗んだ車だが、後部座席のシートを倒して水平に出来るため、車中泊が基本の厄丸は気に入っていた。さらに、彼女がいると尚更。

 「クロノかぁ、ここに連れ込んでいろいろしたいなぁ」

 「どうした、イヴ?」

 イヴは倒したシートに寝転び、クロノとのひと時を想像して呟いた。隣に座る厄丸が、彼女の独り言に反応していた。厄丸はイヴの胸元に手を触れ、黒革のナース服に付けられたチャックを開こうとしていた。

 「何でもない。早く脱がして」

 女の子に恋するイヴだが、今はクロノの事を想って身体が疼き、厄丸で我慢しようとしていた。欲求を満たすだけなら男でもいい、しかし『恋愛』するのは女の子だけと決めている。

 (可愛い娘だったな、あんな顔やこんな顔も見てみたいなぁ。まずはプラトニックなお付き合いから仲を進展させて……つい可愛いもんだから手を出しちゃいそうになるけど)

 厄丸が鼻息を荒くし、イヴの胸元を開く。明かされた鎖骨や素肌は汗で光り、厄丸をますます興奮させた。

 厄丸はイヴの潤んだ瞳が自分を上目遣いで見つめ、薄い桃色の、唾液を含んで妖しげに煌めく唇が自分を求めている様に感じた。栗色の髪が隠す額に、汗が伝う。

 実際はこの表情、クロノが『攻め』にまわった時を想像してのものだが。クロノが戸惑いながらイヴの指示通り彼女を攻め立て、自分の喉から溢れ出る悦びの喘ぎを聞いて目覚めていく過程を彼女は想像していた。

 厄丸もイヴの衣類を残らず剥ぎ取り、汗で輝く素肌を撫でて興奮を高めていた。

 「い、イヴ!」

 「……チッ」

 厄丸がイヴの唇を奪おうとした。せっかくの陶酔を邪魔されたイヴは不機嫌になり、厄丸の顔を右手で掴んだ。彼の左目は包帯でグルグル巻きだった。

 「ふげ!」

 「いい、あんたは私の身体の疼きを取ってくれればいいの。余計なことはしないで」

 「は、はい……」

 イヴは厄丸の顔から手を離す。彼女にとって、所詮男などそんなものだ。ただ、同じ男でもクロノのプレイヤーとは気が合いそうな気がしていた。あのクロノを連れていたのだ。センスはいい。

 それに、『いかにして女にモテるか』ばかり考える男達とは違う匂いがした。無駄なワックスや香水など匂いもしない。そこに好感が持てた。何より、遠くから見ていたが応急処置の腕前はいい。

 それくらいでなければ、友人として男性に興味を示さない。今、自分の衣服を剥いている厄丸の姿はイヴの脳内で『攻めになったクロノ』へ置き換えられていた。

 だから、厄丸がある小さな包みを取り出した時は気分が悪くなった。イヴはそれを厄丸の手から叩き落とす。

 「フフ、よし……あッ!」

 「そんなものいらない。モンスターが子供産むとでも思ってんの?」

 「ヒギィ!」

 そして、不満が頂点に達したイヴは起き上がって厄丸を押し倒し、股間を踏み潰す。身体を毛布で隠し、冷たい目で厄丸を見下ろした。養豚場にいる豚を見る様な目だった。

 

 しばらく不機嫌だったイヴは激しく厄丸を攻めた。厄丸を使えばこの不快な思いも晴れると思った彼女だったが、厄丸はイヴの期待にまるで応えなかった。中途半端な快楽だけが残され、満足出来なかった彼女の怒りは既にマックスだった。

 「ホっント、だらし無い!」

 「ひでぶ!」

 平手打ち所か、曲がりなりにも怪我人の厄丸をグーパンチする堕天使看護婦のイヴ。夜中に看護婦にあれこれされるなど男の妄想どストライクだが、現実は厳しい。

 「ちょっと弄んだだけでこのザマなんて、汚いったらありゃしない! 女一人満足させられないの? 情けない!」

 杭打ち機もかくやといわんばかりの蹴りが厄丸の股間を連続で直撃する。ただ、厄丸は少し喜んでいた。

 「童貞! 早漏! 根性無し! 下手くそぉっ! 何よあの愛撫! 全っ然、気持ちよくなんかない! ベタベタ触るだけで気持ち悪い! 下手特有のぎこちなさも無いなんて、何一つ面白くない! 風邪薬の副作用で死んでしまえ!」

 さすがにこの言いようには、厄丸も酷く傷付いた。それくらい、イヴは怒っていた。彼女の心境を例えるなら、『バターが無いからマーガリン使おうとしたけど、マーガリンが不良品だった』という感じ。代用品が機能しない怒りが大部分を占める。

 「一人にして、あんたとなんてやってらんない。これならまだ、自慰の方がマシよ!」

 「待ってくれ、イヴ!」

 「ッ……!」

 去ろうとするイヴを、厄丸が後ろから抱きしめる。毛布を巻いただけの素肌に、厄丸の汚れた手が絡みつく。イヴのサラリとした汗が厄丸のべたつく汗と混ざり、彼女の全身を不快が包み込む。

 鎖骨に指を這わせ、イヴの汗を舌で舐める。毛布を纏わない背中を撫で、厄丸は何とか彼女に気に入ってもらおうとしていた。イヴは鳥肌が立った。そして、厄丸が毛布を剥ぎ取ろうとした時、イヴは耐えられなくなった。

 「もういいっ! しつこい!」

 「ウゲッ!」

 肘で厄丸の顎を砕き、ワゴンから下りる。嫌な汗が全身に流れ、とても服を着る気になれなかったイヴは毛布だけ纏って外に飛び出す。黒い翼を広げた堕天使が、不満と怒りを抱えて夜空に舞った。


 翌朝 長篠高校


 今日は長篠高校で食玩フェアが開かれる日である。長篠高校の卒業生が玩具メーカーのキャンディトイ事業部にいるため、進路指導を兼ねたイベントである。

 「では、作戦通りに」

 「わかってるの」

 制服を着た仁機と、同じく紛れ込む為に制服に着替えたクロノが会場である体育館で、敵を探していた。昨日の爆弾事件はこれの中止を狙ったものだが、『朝凪一機が何とかするだろ』という妙な信頼から強行開催された。

 しかし当の一機はいない。

 長篠高校の掲げる教育の理念、それは『教育の機会の完全均等』、つまり学力以外の問題から普通の高校に行けない生徒に教育の機会を与えること。

 天才心理学者としてなにげに多忙で出席日数の足りなくなりそうな仁機や、過去に巻き込まれた事件から『責任が取れぬ』と避けられた一機の様な人物を積極的に学校へ取り入れている。そのため、ここの生徒は爆弾ごときで死ぬタマではない。

 長篠にはヤクザの子供も通っている。そこに手を出したらどうなるかもわからない様な素人など、恐れるに足りない。

 体育館には机が並べられ、食玩を手に取って確認出来る。お菓子の試食コーナーもあり、申し訳程度のラムネからしっかりしたウエハースまで取り揃えられていた。

 今日は休日であり、興味のある生徒だけが来ればいいことになっている。そのため、体育館は大混雑というわけでもない。

 「秘策……これで大丈夫なの?」

 「知らないよ。兄さんが何考えているかは、わからないからね」

 クロノは一機の『秘策』に不安があった。魔王軍の軍師ならともかく、戦いの経験などまるで無い人間の立てた作戦だ。上手くいくはずがない。

 その時、体育館の扉が強く開かれた。

 「さあさあ! 食玩と私立など最悪の組み合わせは俺がブッ潰してやる!」

 意気揚々と乗り込んで来た極貧厄丸は昨日より顔面が腫れていた。隣には、不機嫌なイヴがいた。イヴはクロノを見掛けると、少し機嫌がよくなる。

 仁機は学校の被害を減らすために、相手を外へ誘導することにした。

 「ここで戦うのもなんだ。表に出よう。朝凪一機もそこで待っている」

 「いいだろう。貴様らを倒したら、この学校を破壊してやる」

 調子に乗った厄丸は誘導に乗り、学校の近くを流れる矢作川の河原まで移動することを承諾してくれた。


 一級河川、矢作川は非常に幅の広い川である。河原とはいえ、下手な公園よりは広い。決壊しない様に堤防や河原を広めに取ったと聞かされても、信用出来るレベルだ。

 矢作川を渡るための日名橋は長く、400メートルを越えるかもしれない。その橋の下で、仁機と厄丸は睨み合う。相変わらず一機はいない。

 それを不審に思った厄丸は仁機に話し掛ける。

 「お前、俺を殴った奴の弟か? 双子にしては似てないな。お前の兄、怖じけついたか?」

 「正確には三つ子だ。兄さんが僕らと似ていないのは昔からなんだよね。そして、兄さんは昔から卑怯なんだよね」

 仁機は二つ携帯を取り出し、モンスターを召喚した。一つは一機の白い折り畳み携帯、もう一つは自分のスマートフォンだ。

 「召喚! ナイトメアメイデン、アラクネ、シーフガール、シスター・ミィ、アイ、マイ、クイーンアマゾネス、炎神の巫女ヒノハ、レディモンク!」

 仁機は両方の携帯から複数の光を放ち、モンスターを大量に召喚する。幾つもの魔法陣が重なり、それが消えるとモンスター軍団が並んでいた。

 クロノは制服から和ゴス衣装に着替え、アラクネが隣に立つ。小柄な金髪のシスターが降り立ち、刀を構える。シスターが小さいせいで、クロノと同じサイズの刀が大きく見える。彼女がシスター・ミィ、仁機の主力だ。

 青い髪の、槍を持ったシスターがアイ。赤い髪で、二本の剣を持ったシスターがマイだ。

 荒々しいアマゾネスと赤いチャイナドレスの東洋美女という、比較的長身の二人に挟まれているのは、巫女服を纏った紅い髪の少女だった。

 「レアカードはそこの巫女だけか! やれ、イヴ!」

 「フフっ、より取り見取りじゃない」

 イヴは厄丸の話を聞かず、上機嫌で飛び出した。一機の作戦、それは媚薬とかで魅了する相手を増やすことで、ターゲットを分散することだ。

 炎神の巫女ヒノハは有名なレアカードであり、厄丸も警戒した。偶然にも、イヴはヒノハに向かっていく。これは厄丸の狙い通りだ。体力があるうちにレアカードは倒したい。

 「クロノはデザートに取っておくとして、シスターちゃん達もいいけど、やっぱり日本の巫女さんよね。巫女服は肩だけはだけたり、袴だけ脱がせたり楽しめるもの」

 「うっ、こっち来た!」

 イヴは少しだけヒノハに違和感を感じていたが、近くで見ても原因はわからないし声も女の子だ。少しだけ胸もあるし、くびれた腰は女の子の身体である。

 昨夜から熱が篭り、ズキズキと身体を引き裂かんばかりに疼き、暴れまわる興奮を抑えられないイヴは違和感の原因を探すのをやめた。

 「巫女さんってことは、まだキスもしたことないのよね?」

 「えっ……」

 ヒノハの顔を寄せ、イヴは口づけをする。効果音は『ズキュゥゥゥン!!!』辺りが適当か。舌まで突っ込み、しっかりと堪能した。そして、息継ぎのために唇を離す。

 「初めての相手はそこいらの男ではない! このイヴだァ!」

 そんな宣言をした後にイヴは再びヒノハの身体を抱きしめ、服を肩から脱がそうとする。味方と密着すれば、仲間も反撃出来まいという作戦であった。

 まずはプラトニックなお付き合いから。イヴはそう考えたが、残念なことに大半の女性は男性に恋をする。そこでまずはヒノハをこちら側に引き込む為に、目覚めさせる作業に入ったというわけだ。興奮を制御出来ないイヴは頭でそう言い訳する。

 「ん? こ、これは?」

 違和感が強くなり、イヴはヒノハを思わず離した。胸元を抑えるヒノハだが、その胸に違和感があったのだ。

 「盛ってる? いや、それ以上に……」

 「クロノ、今だ!」

 ヒノハが突如、男の声でクロノに合図した。上空から飛来したクロノが、刀でイヴの左肩を切り裂いた。

 「あぁっ!」

 「浅い!」

 咄嗟に避けたイヴの傷は浅い。ヒノハが自分の髪を掴み、それを脱いだ。そして眼鏡を掛けると、なんと朝凪一機。

 「全く、ただの頭数稼ぎのつもりだったのに……。クロノに捧げる予定のファーストキスが……」

 「うっ、男に舌入れてキスしちゃった……」

 二人はそれぞれのショックを抱え、近くの水溜まりにあった泥水で口を濯いだ。

 一機はなんと、ヒノハのコスプレをしていたのだ。プレリュードモンスターズの対戦において、自分のモンスターチームはカードに定められたコストを、自分が持つコスト内で収めてチームを組む必要がある。

 例えば、自分の持つコストが100だとすれば、コスト25のモンスターなら4枚でチームを作れる。ただし、自分のコストが75だと3枚でチームを組む必要が出る。

 そのコストは実体化事件以降、モンスターの召喚に使われる様になる。コストを節約しつつ、数を揃える為の作戦だったのだ。

 「ファーストキスって大事だもんね、ごめん。私もみだりにキスしたりしないよ」

 「なんか、スマン」

 一機は胸と腰にタオルを巻いて増量しており、それで相対的に腹部がくびれてる様に見せ掛けたのだ。化粧もしており、完璧だった。

 「でも巫女なんて、いい趣味じゃない」

 「だろ? シスターもいいけど、既に三人いるしな」

 そして意気投合。イヴと一機の間に、奇妙な友情が芽生えた。

 「お、おのれ……俺からイヴを奪う気なのか? 何もかも初めから与えられた貴様が?」

 「ヘッ、お前さては通り者だな? 金を払ったからって女が言いなりになってくれるなんざ、江戸の遊郭すら無かった話だ」

 動揺する厄丸に一機が言い放つ。遊郭は金のやり取りがあるが、取り締まりを避けるために自由恋愛が建前。この建前は現在の風俗店にも引き継がれている。

 「召喚! ナイト・ドンキホーテ! 奴らを始末しろ!」

 「行くぞロシナンテ!」

 痩せ馬に乗ったオッサンが厄丸の新たなモンスター。光属性のため、クロノは不利でも有利でもある。光属性のドンキホーテは闇が、闇属性のクロノは光が弱点になる。

 「イヴは封じたが、まだいたか」

 「私がやる!」

 「援護するぞ!」

 一機の援護をクロノは受け入れた。イヴを止めた作戦は一機のもの、一回は彼を信用してみようと思ったのだ。

 「見よ、人間界で見付けた我が力!」

 ドンキホーテは何やら、仮面ライダーの変身ベルトみたいなものを付けていた。

 「あれは、戦極ドライバー?」

 「まさかのアーマードライダー?」

 一機と仁機はその正体に気付いた。絶賛放送中の『仮面ライダー鎧武』が使用する変身ベルトだった。ドンキホーテは手にした錠前を開けた。錠前にはバナナが書かれている。

 『吉本ばなな!』

 「キッチン? バナナアームズじゃなくて?」

 『ロック、オン』

 錠前みたいなものをセットすると、ラッパのファンファーレが鳴る。横に付いたブレードを倒して錠前をカットする。流石の一機もツッコミが追い付かない。

 ドンキホーテの真上にあった空が、何故かチャックで開き、そこから大きなバナナが降りて来てドンキホーテに被さる。

 「ちゃんとそこはバナナアームズなんだ」

 『カモン! 吉本ばななアームズ! Salad Anniversary~!』

 「サラダ記念日は俵万智だ!」

 世代が違うとはいえ、有り得ない間違いが発生してしまった。いくら人のいい吉本ばななとはいえ、これにはお冠なのではないかと一機はヒヤヒヤした。

 しかも、ドンキホーテの鎧は吉本ばなな要素ゼロの、バナナっぽいデザインの鎧。皮を剥いたバナナをイメージした槍といい、原作のバナナアームズと何の違いもない。ただ、サラダみたいなデザインの盾が加わっただけだ。

 「これどっちかというと俵万智アームズだろ……。クロノ、やってしまえ」

 アホみたいなモンスターなので、特に作戦もなく一機は撃滅だけを指示した。

 クロノは馬で駆けるドンキホーテに、翼を広げて刀で立ち向かう。ただ、防御は硬い。

 「貴様ァ! 何もかも恵まれた甘ちゃんにこの俺が!」

 「君の前科は見せてもらったよ。引ったくり、万引き、自転車や車などの窃盗約50犯。放火やホームレス殺人が7犯、多いね」

 「黙れ! 俺みたいな貧乏な生まれは、生きる為に盗みが必要なんだ!」

 仁機は厄丸の犯罪歴を調べ上げていた。犯罪には大きく分けて二つのタイプがあると仁機は知っていた。一つは、貧困から来る生活苦の解消の為に行われる犯罪。もう一つは、己の欲望を満たすための犯罪。

 「それだったら、放火や殺人、強姦の説明がつかない。君は貧乏である以上に性格が悪いよ」

 「こんな生まれなら性格も歪もう! 悪いのは家族に省みず、食玩ばかり集めた親父なんだ!」

 厄丸は自分勝手なことばかり叫んだ。仁機の調査によれば、厄丸の父親は食玩集めが趣味だが、家庭が困窮するほどやってはいなかった。困窮の原因は中学時代から始まった厄丸自身の放蕩だ。

 女に振り向いてもらうため、中学の頃からブランドやらを買い漁った。金をかけた女が離れそうになると、殺したり無理矢理犯したりした。家庭の環境など言い訳に過ぎない。厄丸自身の問題なのだ。

 「そういうケースもあるが、それは所詮加害者分析の世界での話だ。被害者には、加害者の都合など関係無いかもね」

 「少しはその恵まれた要因を俺達に分けずになんだ! こんな受験戦争だって、俺が参加してればお前らなんかに負けないんだからな!」

 「それは違うな」

 喚き散らす厄丸に、一機が声をかける。クロノとドンキホーテは互角の戦いを続ける。とはいえ、クロノが押され気味だ。

 「人間というのは、初めから配られるカードは不平等なんだ。そして、後から手に入るカードにも限りがある」

 「そうだ、わかってるなら何故俺の邪魔をする!」

 「だがな、貪欲にカードを求め、コンボを研究すれば壁を越える力が手に入る! お前は受験戦争に参加しても負けたさ、コンボを追究しないからな!」

 クロノは翼を槍に貫かれ、動きが鈍る。遂にドンキホーテの槍がクロノの胸を突こうとした時、槍が止まった。ドンキホーテはアラクネの蜘蛛の巣で縛られていた。

 「何?」

 「アラクネ、助かった!」

 アラクネのサポートで危機を脱したクロノは、渾身の一撃でドンキホーテのサラダ盾を破壊する。ドンキホーテが拘束を逃れたタイミングが、回避に間に合わなかった。

 「雑魚のサポートで戦局が変わった?」

 アラクネの巣はドンキホーテを一時的に止めたまで、クロノの剣撃スピードならそれで十分攻撃可能だ。厄丸は目を疑った。

 「蜘蛛を侮るなよ。お前、タカアシグモ先生をうっかり殺しちゃうタイプだろ? あいつがいれば、家のゴキブリを全滅させてくれるのにな」

 「な、ならばパワーアップだ! スキル!」

 「こいつでどうだ!」

 盾を失ったドンキホーテをサポートすべく、厄丸はスマホを弄る。ドンキホーテが青色の、レモンが描かれた錠前を取り出してベルトに付ける。吉本ばななロックシードの隣にだ。

 『レモンエナジー。ロック、オン』

 「ジンバーアームズか?」

 その最中、厄丸は一機に上から目線で語ったという。

 「所詮は甘ちゃんよ。一回勝った気でいい気になりやがる! 何回も挫折を繰り返した俺はその程度じゃへこたれん! お前は何回挫折した?」

 「ナイフだぁぁぁああぁッ!」

 一機が出した答えはナイフ。まるで答えになってない。手を貫かれてスマホを手放したため、スキルは途中で止まる。

 「うぃりぃぃぃいいいぃあああぁッ?」

 『カモン! 吉本ばななアームズ! Salad Anniversary~! ミックス! ジンバーレモン! ハハーッ!』

 スマホを放した影響で、上から空をチャックで開いて出て来たレモンとバナナが融合して生まれた硬い陣羽織みたいな鎧が空中でバランスを崩し、ドンキホーテの頭に直撃した。

 「グフッ!」

 「今だ! スキル発動! 【絶閃】!」

 一機は携帯を操作して、クロノのスキルを発動。クロノの刀に闇が集まり、それを彼女は目に見えない速度で振った。

 「絶閃!」

 消えたクロノが高速でドンキホーテの背後に出現する。しばらくしてから、ドンキホーテが真っ二つに斬れた。

 「ウゴオ!」

 ドンキホーテは爆発して消える。厄丸はスマホを一機に奪われ、モンスターを召喚出来ない。

 「二度と悪さ出来ない様にモンスターやアイテムを奪ってやる」

 プレゼント機能であらかたのモンスターを自分に移したり、アイテムを奪ったりして、一機はスマホを破壊した。

 「お前は受験戦争に参加してすらいない、正規の兵士じゃないんだ。捕虜としての扱いは期待するなよ」

 「畜生! 何もかも奪いやがって!」

 矢作川にはパトカーが到着しており、厄丸は連行されていった。おそらく、放火や殺人が原因で死刑、よくて終身刑だろう。

 「あれ? イヴは?」

 「本当だ、居ねぇ」

 クロノはふと、イヴがいなくなったことに気付く。カード自体は一機が持ってるため、モンスター界に帰ったとしても召喚は可能だ。

 「犯罪者の中には、社会的背景や幼い頃の経験が原因で性格が歪み、犯行に及ぶ者もいる。だけど、今回の犯人は結局自分の心が問題だったみたいだよね」

 仁機はとりあえず、厄丸の精神鑑定みたいなもので事件を締める。


 一機の家


 「ただいまー」

 一機は家に帰って来た。今、家で彼の帰りを待つ者はいない、はずだった。

 「水音? 風呂場か?」

 風呂場からシャワーの音が聞こえた。出しっぱだったか? 水道代とガス代馬鹿にならんぞ? そんなことを思いながら、一機は風呂場の様子を見に行く。

 泥棒の可能性を考え、いつでもモンスターを召喚出来る様に携帯を準備した。そして、脱衣所の扉に手をかける。扉を開いた時、若干の湿気とシャンプーの香りを一機は感じた。

 「あ、クロノのプレイヤーじゃん」

 「い、イヴ?」

 脱衣所にいたのは、なんとイヴ。バスタオルを巻いただけの姿、ということは勝手に上がり込んでシャワーを借りていたのだ。

 「何、してん?」

 クロノを嫁と公言してはいるが、この格好のイヴが目の前にいると一機もさすがに動揺する。まだ身体を拭いておらず、スレンダーな肢体はぐっしょり濡れていた。顔は上気して、栗色の紙が張り付いていた。

 「今日からあなたが私のプレイヤーでしょ? よろしく」

 一機は厄介なモンスターを手に入れてしまった、と後悔したという。

 次回予告

 受験戦争、それは生まれた時から戦う宿命にあった。小学校に入る頃から、無邪気な頃から戦場に駆り出される子供達。

 金を積み、塾が教える暗号を手に入れた者だけが生き残れる、受験戦争は経済格差を固定するためだけのシステム。そんなシステムとは無縁な、一人の少女がいた。

 次回、ビギニングA『アラクネ』。

 蜘蛛の糸が、カンタダをこの地獄から救うのか。

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