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プレリュードモンスターズ  作者: 級長
名古屋めし拡大運動編
41/61

15.ファンのクオリティ

 新イベント開始のお知らせ

 本日より人気アイドルグループ『アサルトAK47』とのタイアップイベント、『超選挙』を開始します。CDなどに付属の投票権で推しメンに投票する方式はいつも通りですが、今回は『票の奪い合い』という要素が追加されます。

 投票したプレイヤーをバトルで倒すと、そのプレイヤーが持つ票が自分のものになります。

 今回も特効カードを用意しました。是非手に入れて下さい。

 朝凪の自宅


 「一機、顔色悪いの」

 「だろうな」

 戦いが終わり、今日からゴールデンウイーク。朝食のシリアルをダイニングで食べていたクロノは、朝凪の顔色が悪い事に気付いた。

 「やれやれ、なんで強化形態をサキュバスにしちゃったかな、俺。おかげで襲われそうになるし、なんとか避けたけどさ」

 その原因は、強化したイヴにあった。堕天使からサキュバスにクラスチェンジしたイヴは、まだ自分の身体をコントロール出来ていない。そのため、ついつい朝凪やアラクネ、果てにクロノを襲ってしまう場合もある。

 「かーっ、それより芸能面見たかクロノ。またアサルトAK47のメンバーが実写化映画の主演だとよ。でしゃばり過ぎなんじゃねぇのこの下手くそ共」

 「確かに下手なの」

 朝凪に示された新聞の芸能面には、人気ラノベ『学園軍記スクールブラッド』の実写化映画の主演が最近人気(笑)のアイドルグループ、アサルトAK47のメンバーに決まったとの話だ。これを受けた作者が、映画用の脚本を書き換えてラノベでのキャラクターが一切出ない、世界観だけ同じの新作にしたというらしい。

 クロノは演劇をやるというジェンダー研究会の練習を見学したが、練習中かつみんな未経験者ばかりにもかかわらずアサルトAK47なんかより断絶演技が上手いのだ。お金貰おうとしているプロが初心者大学生に負けてる現状、本来なら暴動ものだ。

 さらに、アサルトAK47のプロデューサーである秋本はニコニコ動画から曲を拾って無断使用、自分の楽曲として金儲けに使っている。秋本は『著作権無視のネットに文句を言う資格は無い』と言っているが、同じ著作権無視でも非営利か営利目的かで大分違うものだ。

 曲がりなりにも曲作りでおまんまにあずかるプロデューサーが、素人の曲を奪うなど常識が無い。しかも秋本は自分が権利者として奪った曲の動画を消している。

 「ふぅ、スッキリした。始めから無理矢理縛っちゃえばよかったのね」

 「お前、まさかマジで行ってきたのか?」

 脱衣所から、バスタオルで身体を隠しただけのイヴが出て来る。本人曰く、サキュバス化したおかげで若干スタイルがよくなったという身体はあまり拭かれてなく、水滴が伝う。

 「何のこと?」

 「いや、俺をあまりに狙うもんだからこいつの前のプレイヤー、ほら極貧厄丸っていただろ? そいつが刑務所にいるからそれ襲ってこいって……」

 「それでこの記事?」

 クロノは新聞の一面に載っていた記事の謎が解けた。そこには『刑務所、謎の衰弱事件』と見出しがあった。極貧厄丸が、何故か衰弱死したんだとか。

 「死んだんか……。よかった、俺じゃなくて」

 朝凪はイヴに誘惑された際、『これ以上いけない』と危険を感じていた。それは見事的中したというわけだ。厄丸は死んでモンスター界に行ったが、罪を償い切れてないので、地下階層行きは確定だ。

 モンスター界は死後の世界みたいなもので、ちゃんと地獄的なものもある。ただし、生前に人間界のルールで罪を償えば、よっぽど凶悪犯でない限り刑は軽くなる。

 「ねぇ、一機。お姉ちゃんが言うには、人間界で性犯罪を犯したら、アスモデウス管理下の遊郭でサキュバスとかに襲われる刑罰があるらしいらしいよ」

 「天国に見せ掛けた地獄か、アラクネは?」

 一機はアラクネの所在を聞く。いつも、朝になるとヒタラサムライ達と鍛練している。クロノも最近加わっていた。

 「アラクネなら一緒にシャワー浴びてたよ」

 「ま、マズイ!」

 イヴからアラクネの居場所を聞いた朝凪は、直感的に危険を感じた。案の定、脱衣所で痙攣しながら倒れているアラクネを見つけた。辛うじて、身体だけはタオルで隠していた。

 「お前アラクネに何をした!」

 「え? ちょっと気持ちよくなるマッサージを……」

 「完全に逝ってらっしゃるじゃーねーか!」

 「あ、私徹夜で厄丸を搾ってたから今日は寝るね」

 「おい、今日はイヴとアラクネ召喚できねーのか?」

 わいわい騒いでいる朝凪とイヴを尻目に、クロノは机に飾られたフィギュアを見る。これは売り物にも見えるが、朝凪が作ったクロノ、イヴ、アラクネのフィギュアだ。

 イヴは既に、差し替えパーツでサキュバスになっている。尻尾の差し替えが可能な辺り、始めから朝凪はイヴをサキュバスにする予定があったのかもしれない。アラクネはクノイチ状態での立体化。クリエイション前にイメージを固めたいとかで作ったのだ。

 クロノは、未だナイトメアメイデンの姿をしていた。フィギュアは彼女と連動していないので当然だが。クロノの稼動フィギュアも朝凪は作っていたが、顔を作ったところで作業が止まっている。

 あるフィギュアメーカーがこの半年、クロノが立てた武功を讃えて稼動フィギュア化すると言ったが、秋本にアサルトAK47のメンバーのフィギュアを全員分作らされる羽目になって新商品の開発が滞っているのだ。なので朝凪が自ら作っている。

 秋本にグッズを無理矢理作らされて、それが大赤字でも秋本が責任を取らないため潰れた企業は数多い。

 「……」

 仲間達が強化される中、自分だけが初期状態に戻されてしまった。クロノには焦りがあった。


 東京都 ユートピア本社


 ユートピア本社の開発室。狭い部屋にあるパソコンの前で、金髪の美少女が愕然としていた。薄手のキャミソールにホットパンツと露出の多い服装が彼女のスタイルの良さを強調する。白い肌を惜しげもなく晒した姿だが、開発チームはそれに見取れる余裕もなかった。

 「クロノをクリエイション出来ない?」

 その美少女、エディがナイトメアメイデンのクリエイションをホワイトナイトに消されたと知った時、彼女は事態を楽観視していた。朝凪一機なら、よりクロノに合わせたクリエイションを再びするだろう、と。

 だが、朝凪一機ではクロノをクリエイション出来ないというシュミレーション結果が出てしまった。クリエイションは誰にでも出来るものじゃない、モンスターへの理解と愛着、想像力が必要だ。そして朝凪一機はその全てを持っているはずだった。

 「出会う前は互いをよく知らないから可能だったんだ。魂の相性がわからないから、想いだけで可能だった。でも今は……」

 エディはクロノの魂を解析して理由を知った。クロノは魂の奥で『医療』を避けている。そして、朝凪一機は高い応急処置ファーストエイド技能を持つ『医療』側の人間。

 「クロノの生前に何かあったっていうの?」

 イヴとは非常に相性がいいことから、朝凪一機の魂が闇属性かつ医療の系統を持つことがわかる。一方、クロノに至っては闇属性すら後付けのものだ。

 「朝凪一機、クロノの死に隠された謎を解かないとダメなのよ、あなたは」

 「エディ、ガリガリ君買って来たよ」

 考え事をして、頭を使ったため甘いものがほしくなったエディのところに、ちょうどよくアイスを持って来た者がいた。

 艶やかな黒髪を腰の下まで伸ばした、赤い瞳の小柄な少女。墨炎だ。彼女はエディの服装を見て、わかり易い反応を返す。

 「うっ……! な、なんかイイ」

 「どうしたの? 鼻血? 熱中症?」

 ダラダラと鼻血を流し、墨炎は顔を背けた。東京都は5月でも炎天下。その中を黒いネコミミパーカーで出歩く墨炎は確実におかしい。中に着ているのが白いTシャツとはいえ、ボトムスが赤いチェックのスカートに黒いニーソックスだとしてもだ。

 「そ、それよりホラ。ガリガリ君のコンポタとナポリタンだ」

 墨炎はエディにコンビニの袋を渡す。中身はガリガリ君リッチのコーンポタージュとナポリタン味。

 「わーい、ありがとう。墨炎ってなんかいろいろ尽くしてくれるよね」

 「俺の恋人がお前の『別の可能性』だしな。そいつとは死に別れだし、少しはな。俺の世界にモンスター界があれば、ナンセンスだ」

 墨炎はエディのモンスターである。しかし、モンスター界の出身ではない。

 この世界には、まだ謎が多い。


 ナゴヤドーム前


 イベント『学園闘争』が終了して数日、奪われた校舎は奪った側の油断もあり、全て取り戻された。佐原内閣も奪った校舎の返還命令を出していた。

 ユートピア社は抗議すると言っていたが、ゲームのイベントごときで学校に混乱を招いた罪は重い。

 そして今日からゴールデンウイーク。朝凪一機はこの間に広島奪還を目指したが、ある事件により電車がストップしてしまう。朝凪の父親が有名なエンジニアだと知った高城鋼介も協力を申し出て、幸先がよかったのだが。

 「ナゴヤドームで大規模な戦闘が……ね」

 「なんだろうね」

 「また面倒なことになったなぁ」

 原因を解決するために向かった先で、朝凪は先輩である古守や目黒と偶然出会い、そのまま行動を共にすることとなった。

 「新しいイベント、『超選挙』だって。何でもアサルトAK47とプレリュードモンスターズのタイアップイベントなんだってさ」

 「あの秋本の差し金か、面倒起こしやがって」

 ナゴヤドームの前では、モンスターが飛び交う大混乱となっていた。古守が調べたところ、またろくでもないイベントが行われているらしい。

 「うへぇ、総選挙に加えて票の奪い合いかぁ。しかも選抜入りメンバーにそれぞれ一番多くの票を投じた野郎には一日デート権? 馬鹿じゃねぇか?」

 朝凪は古守が見せたスマホに書いてあるニュースを読み、阿呆らしくなった。そんな景品、何らかの理由を付けて反古に出来そうだ。

 最近は握手会に暴漢が乗り込んだという話だし、『会いに行けるアイドル』を宣伝文句にしている割にはアイドルの安全には無頓着なのか。

 「粗製アイドルの為にホームをぐちゃぐちゃにされて、ドラゴンズは哀れだな」

 ここをホームとする野球チーム、中日ドラゴンズは、この事件でしばらく練習出来ていない。地元のピンチだ。

 「ここには姉妹グループのMac10というグループがいる。名前の由来はインベーダーの名古屋撃ちだな」

 「誰だオッサン?」

 惨状を見ていた朝凪達に話し掛けたのは、チューリップハットに丸眼鏡のオッサンだった。

 「なんか『おのれディケイド』とか言いそうな見た目だな」

 「私は全てのアイドルの味方、春川。おのれ秋本、また汚い商売をしとるみたいだな」

 古守と目黒は、春川と名乗るこのオッサンを知っていたらしく挨拶をする。

 「あ、春川さん! お久しぶりです」

 「日進のハーモニーフェスタ以来ですね」

 「知り合い?」

 「全てのアイドルの味方、くらいしか説明しようが無いけどね。シャーロットやルナも助けてもらったし」

 古守と目黒のモンスター、シャーロットとルナは生前にアイドルだった。それで春川に世話になったのだという。

 「秋本め。奴の生み出したのは永久機関の様なシステムだ。握手券や投票券を付けたCDを売り、それで得た金をメディア払って番組に出演させ、認知度を上げて売上を伸ばす。映画化となれば頼まれてもないのにスポンサーになり、必ずグループのメンバーを出させる。他のコンテンツも食い荒らす、イナゴの様な作戦だ」

 「確かにそうだが……オッサン何者だ?」

 朝凪は春川の正体が気になっていた。そういえば、以前藤川の道の駅で出会ったオッサンも正体がわからなかった。

 「見ての通り、全てのアイドルの味方だよ」

 「ここにはディケイドいねーよ鳴滝さん」

 「私は春川だ。最近、握手会に不審者が乗り込んだとの話だが、秋本はアイドルを金の成る木程度にしか思ってなくてな。アサルトAK47のメンバーを事務所単位で抱え込まず、それぞれの元いた所属事務所に留めているのは卒業という名の使い捨てで、彼女達のその後の面倒など見る気もないからだよ」

 春川はあまり朝凪の話を聞いてないみたいだ。マニアはこれだから困る、と朝凪は自分を棚上げして苦情を心で入れる。

 「とにかくこの状況を何とかせねばなるまい。各地のCDショップ前はCDの奪い合いで大混乱だ。召喚、『エンプレスアイドル・ルリ』!」

 朝凪の話を無視しまくる春川は、ガラケーを操作して水色の魔法陣を呼び出す。瑠璃色のステージ衣装を纏ったアイドルがそこから現れた。髪は黒で、清純派といった感じだ。

 「とにかく、地下鉄も止まっちゃうからね。召喚! 『オーシャンガーディアン・シャーロット!』」

 「召喚! 『オーシャンシンガー・ルナ』!」

 「しゃあねぇ、召喚! 『ルーキーランサー・クロノ』!」

 白い軍服のシャーロット、水色の衣装を纏った人魚のルナ、そして軽装な鎧を着込んだ兵士のクロノが召喚された。

 「げぇ、ルリ!」

 「SEA、知り合い?」

 ルナのヘッドセットであるSEAがルリを見て驚愕する。二人の間に何かあったのだろうか。

 「とにかくこの馬鹿共を蹴散らさねば、アイドルに危険が及ぶ」

 「周りの市民とドラゴンズにもな。現に東京は戦場だし、影響で新幹線が止まってる!」

 正体不明な春川のオッサンに朝凪が協力する理由は一つ、敵が同じだからだ。何よりクロノが弱体化しているし、イヴは徹夜で致していたから寝てるしアラクネはイヴの毒牙に掛かった。

 「しまった! 槍がない。一機、刀を!」

 「おう!」

 クロノは槍を持っていなかった。槍は刀に変化し、朝凪が持っていたからだ。朝凪は刀を何処からともなく取り出して、クロノに投げ渡す。

 「これで……うっ!」

 その刀、呪縛刀黒無銘を抜いたクロノに異変が起きた。鞘の中から闇が溢れ出し、クロノを襲ったのだ。

 「クロノ!」

 「か、刀から……うああぁっ!」

 闇がクロノの体に絡み付き、彼女を縛り上げた。そして、闇のエネルギーがスパークしてクロノにダメージを与える。締め付けのダメージも重なり、クロノは自分で脱出出来ない。

 「ぐっ……ああっ」

 「クロノ!」

 想像を絶する激痛が全身を襲い、クロノの意識が遠退く。朝凪が刀を彼女から奪うと、闇はクロノを解放した。

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……うぅ」

 クロノは地面に倒れ、重いダメージで動けなくなっていた。モンスター界に帰還してはいないが、深刻な負傷である。

 「だ、大丈夫か?」

 「なんで……私の刀なのに」

 朝凪に回復薬を飲まされても、クロノは荒い息を整えられずにいた。回復薬は傷を治すが、疲労は回復しない。

 クロノは薄々、自分がこの刀を抜けない事に気付いていた。だから朝の鍛練で抜かなかったのだ。だが、自分の刀すら抜けないということを彼女は認めたくなかった。

 「一機……早くクリエイションを」

 「ページに入れないんだ」

 「いいから早く! かはっ……」

 「刺激的に無理言うなよ!」

 朝凪としてはクロノをクリエイションしてナイトメアメイデン並の強化形態にしたかったが、クリエイション用のページに入れないのだ。

 「う……エマージェンシークリエイションは? アームドオンは?」

 「相性のいいマテリアルじゃないんだ。無理するな」

 「何かカードはないの?」

 叫ぶのも精一杯なクロノに、朝凪は戦闘させる気が起きなかった。所有する『情熱のマテリアル』『忠義のマテリアル』『硝煙のマテリアル』『両刃のマテリアル』『高貴のマテリアル』はクロノとの相性が悪い。『聖火のマテリアル』と『悪夢のマテリアル』は遊佐と棗に預けたまま。

 リーザが描いた特効カードは『ナイトメアメイデン』に使うもの。クロノを強化する手段は何もない。

 「一つだけある。召喚! 『ブラックアッシュドラゴン』! ブラックアッシュドラゴン、アクセルアームドオン!」

 朝凪が赤い魔法陣を呼び出し、ブラックアッシュドラゴンが変身したバイクを呼び出す。オルビアから貰ったマテリアルの力だ。前輪付近には小型ガトリングが取り付けられ、後部のコンテナには何か入ってそうである。

 「これなら!」

 クロノはそれに乗り、敵に向かって走り出した。バイクで轢くだけで、敵モンスターを蹴散らしている。

 「あちち、もう乗ってらんない!」

 だが、バイク自体が物凄く熱いのでクロノはすぐ降りてしまう。小柄な彼女からするとバイクのサイズが大きいため、乗ると脚をピッタリとボディに擦り付ける形になり、サドルが熱くなくてもそこで火傷してしまう。

 「クロノ、バイクのハンドルを使え! 変形バイクのハンドルは何らかの武器だと相場決まってる!」

 「オートバジンみたいな考え方だけど、やるしかない!」

 クロノはブラックアッシュドラゴンのバイクからハンドルを引き抜いた。ハンドルは案の定、実体剣になっている。白熱しているヒートソードらしいが、こんなもんどこに収まっていたのか。

 「行くぞ!」

 クロノはのヒートソードで戦闘するプレイヤーの携帯を破壊していく。力でルナやシャーロットに劣るクロノだが、技量までは弱体化していない。彼女はどちらかといえば、テクニカルタイプなのだ。

 「これである程度片付いたかな?」

 ナゴヤドームの前で騒いでいた連中をあらかた片付け、朝凪はバイクを調べ始めた。古守や目黒も、バイクが気になるのか見に来た。

 「メーター見る限り最高時速は300キロか。意外と遅いな」

 「馬力が高いんじゃない」

 モンスターのバイクにしてはスピードが遅いのだが、古守が言うには馬力の方がこのバイクの持ち味らしい。

 「私にも武器は使えるみたいね」

 「私はSEAがガトリングになるからいいや」

 シャーロットとルナはガトリングを取り外し、空に撃って確かめる。ヒートソードも同様に使えるらしい。

 「サドルはトランクになってるけど、中に何が入ってるの?」

 古守がトランクを開けると、中には一着のライダースーツが入っていた。それをクロノが手に取り、着てみようと考えた瞬間、彼女の衣装が変化した。

 「変わった?」

 クロノはライダースーツに一瞬で着替えた。これもやはり、誰でも使えるのだろうか。

 「おお、見ろ! センター様だ!」

 ボコボコに打ちのめされていたファンが突然騒ぎ始めた。ナゴヤドーム前に止まったリムジンから、アイドルと秋本が降りて来た。今日、ナゴヤドームで戦闘が起きていたのも、センター様とやらが来るからだ。

 いや、来るからなんで戦闘が起きるんだって話だが。いいとこ見せたいのだろうか。

 「えー、あれがセンター? オーラねぇな、リィンの方が風格あったぜ」

 「パーティーの時見たクレアの方がスター、って感じだったね」

 朝凪と目黒は、身近な有名とセンターを比較してがっかりする。有名アイドルグループのセンターにしてはオーラが無い。そして、秋本も単なるオッサンだ。

 「センター様は俺のものじゃー!」

 「いや俺だ!」

 モンスターとスマホを失ったファン達は生身で喧嘩を始めた。何が彼らをそこまで駆り立てるのか。

 「あいつと一日デートとか最早罰ゲームだろ」

 「好みの問題だと思うけど、言うほど可愛くないね」

 朝凪からすれば、あんな顔面が寄ったセンターの何処がいいのかわからなかった。古守にもセンターの魅力(笑)は伝わらない。

 「秋本、また汚い商売をしているらしいな。その影響で新幹線が動きやしない」

 「市民生活など知るか。儲けた者が正しい、これが資本主義だ」

 春川に責められても、秋本は動じない。そして、秋本は朝凪に向かって話した。

 「ワ〇ミをやったのはお前か? 資本主義のルールを破る無法者め」

 「〇タミは資本主義のルール、労働基準法を破ったから俺も刺激的にルールを破らせてもらったまでよ。奴の自業自得だ」

 「お前は危険な存在だ! 資本こそが力であるべき、この平和で平等な世界を滅ぼす破壊者だ! 佐原内閣樹立も、東京電力倒産もお前の仕業だ! おのれ朝凪一機!」

 秋本は朝凪に恨み言をぶつけると、仮面ライダーの変身ベルトみたいなものを取り出して装着した。バックルはカジノのルーレットみたいになっている。

 「私がここに来たのは、お前を殺すためだ! 変身!」

 秋本はバックルにカジノのチップらしき物を入れ、ルーレットを回して変身した。秋本はイナゴの怪人になった。

 「気をつけろクロノ! 脊髄ぶっこ抜かれるぞ!」

 「あいつは何がしたいの?」

 「さあ?」

 この状況に、目黒と古守は首を傾げる。いきなりイナゴ怪人が現れれば無理もない反応だ。

 「言ってる事も支離滅裂で心理的にも意味がわからないかも」

 「見てみなさいよ、目が複眼で触角があるでしょ。これイナゴの顔ですわ」

 「いきなりイナゴ怪人になる時点で正常じゃないのはわかってる」

 古守も心理学の知識をフル回転してさえ秋本の行動理由がわからなかった。朝凪がイナゴ顔を指摘していると、小さな老婆が近くに寄ってきた。

 「走ってる電車が急に止まると、乗ってる人はバランスを崩すじゃろ? それと一緒じゃ。今まで奴は金の力で精神も地位も安定していた。しかし、ここ最近の事件で奴の足元は揺るがされておる! モンスターとやらの力は、金で解決出来るほど甘くないということじゃ!」

 「お前誰? 両腕とも右腕とかじゃーねぇーよな?」

 突然の新キャラに朝凪は驚いた。老婆は見覚えのあるチューリップハットを被っている。

 「息子よ、お前の行動は見通しておる。この聖痕でわしらは繋がっているのじゃ!」

 「お母さん!」

 「お前の母親かよ!」

 老婆は春川の母親だった。春川母が聖痕と呼んで手に取ったのは被っていたチューリップハットだった。

 「外付けの聖痕とかよく信用出来たな! 下手すりゃ徘徊だぞ!」

 朝凪のツッコミが追いつかない、不可思議な親子である。それはさておき、イナゴ怪人と化した秋本を何とかせねばなるまい。

 「イナゴホッパー!」

 屋外の様々な設備を破壊しながら、大型バイクが秋本ことイナゴ怪人の近くまでやってくる。

 「バイクと合体する気か! させない!」

 「セイリングジャンプ!」

 クロノがイナゴ怪人をヒートソードで攻撃しようとすると、イナゴ怪人はジャンプした後しばらく滑空してクロノに蹴りを喰らわせる。

 「スカイキック!」

 「うわぁっ!」

 シンプルな技にしては、クロノが結構吹っ飛ばされて重いダメージを受けていた。

 「マズイ、クロノは自分の妖刀でダメージを受けている!」

 「あんなショボい技でも、初めから瀕死ならクロノを倒せるってわけね」

 シャーロットとルナは、遠くからクロノのピンチを見ていた。いざ助けに行こうとすると、彼女達の目の前に新たな敵が現れた。

 「やれやれ、この名古屋市長が直々に片付けてやるから感謝するみゃー」

 「このわざとらしい名古屋弁! 愛知県知事、織田信男!」

 黄金のクワガタみたいな鎧を着込んだ武士を連れているのは、愛知県知事の織田信男と名古屋市長の小村込雄。若者の間では地元の面汚しとして有名なので、古守も知っていた。

 小村込雄は、隣に虫をモチーフにした鎧を着た、大柄な騎士を控えさせている。鎧のモチーフは獰猛なコーカサスオオカブトらしく、複数の角がある兜を被っていた。

 「ふん、女ごときに我々を負かせるか。オウゴンオニムシャ、やってしまおうか」

 「コーカサスナイトよ、今は無駄な戦いをせず、ここにいればいい。無惨に負けるあの男の末路を知らせる人間は必要だからな」

 大柄な騎士、コーカサスナイトは血の気が多くシャーロットやルナと戦おうとする。一方、金色の鎧の武士、オウゴンオニムシャは戦略上の都合を優先した。

 「何だよ、皆殺しでいいだろ!」

 「馬鹿め。所詮無勢の多勢とはいえ、数が多いと雑魚の始末も面倒だ。怯えて戦意を失わせた方がいい。そのまま配下にすれば、まあ使えんこともない」

 とにかくデストローイなコーカサスナイトに対し、あくまでオウゴンオニムシャは理知で戦いを進める。

 「オウゴンオニムシャの言う通りだぎゃ。そっちの方が楽だみゃー」

 「お前の戦力はとっておきだ。そのフラストレーションは最後までとっておけ」

 信男と込雄もオウゴンオニムシャの戦略に乗る。楽に勝ちたいタイプなのだろう。

 「これは名古屋にアイドルグループをもたらした礼だみゃ! 邪魔はさせん、朝凪一機を殺すんだぎゃ!」

 「言われなくとも! おいファン共! 朝凪一機を殺した奴にはそこのセンターとキスする権利をくれてやる!」

 信男は秋本を援護し、イナゴ怪人秋本はファンを煽って攻勢に出る。ファンがいきり立ち、朝凪に向かって走り出した。センターを連れてきたのはこのためか。

 「うっへ、気持ち悪りぃ! だが、切り札は俺のところに来るみたいだぜ!」

 それでも、朝凪は秘策を用意していた。センターが空から飛んで来た何者かにさらわれ、朝凪の隣に置かれた。犯人はヒラタクワガタの鎧を着た武士、ヒラタサムライだ。

 「ヒラタサムライ?」

 「そうか、ガーディアンがイベントを終えて、朝凪のモンスターになったんだ!」

 目黒はセントラルタワーズでの舞踏会で起きた戦闘の際、ヒラタサムライを目撃していた。地上で人々を文化統一会から守っていた。

 古守はヒラタサムライが朝凪の仲間になった理由を知っていた。『学園闘争』イベントで朝凪の領地だった、彼の母校である中学に配備されたガーディアンモンスターがヒラタサムライだったのだ。

 他にも、小学校のガーディアンであるカブトブショー、豊臣大学のガーディアンだったアサルトハウンドなど、地味に仲間が増えていた。

 「ちょっと! 武士は正々堂々とじゃないの?」

 「武家は生き残るために清濁合わせ呑んで生きるもの!」

 センターの不満を無視し、ヒラタサムライはセンターを人質に取る。

 「者共、この娘の命が惜しくば去れい!」

 ヒラタサムライが脅したことで、ファン達は後退りする。武士の脅しは素人をビビらせるくらい簡単なのだ。

 「人質使った!」

 「ちょっと汚い!」

 目黒とルナは、いつもの朝凪戦法に呆れていた。まさに『勝てばよかろうなのだ』を地で行くタイプ。

 「ふん、この心意気無い奴らにアイドルを救うことは出来んな」

 「今のファンには覚悟が足らんですじゃ!」

 春川親子はファンのクオリティが低下していることに、長いアイドルファン経験から気付いていた。本当に誰にも渡したくないほどファンなら、好きなアイドルくらい守れということだ。

 「フン、その程度のセンターならくれてやる。代わりはいくらでもいるからな。私は貴様を殺すことが急務だ!」

 だが、イナゴ怪人秋本だけは臆さずバイクに向かって滑空を止めて降り、センターごとヒラタサムライ、ひいては朝凪一機を殺そうとした。

 「人質ごとやる気?」

 「あれ? 朝凪は?」

 古守がまさかの展開に戸惑っていると、シャーロットが朝凪を見失った。イナゴ怪人秋本がバイクに飛び乗った時、そのバイクの影から朝凪が飛び出して刀で切り付けた。

 「そおぉい!」

 「アバーッ!」

 腹部を斬られ、イナゴ怪人は大ダメージを受ける。人質取った挙げ句不意打ち、どこまでも卑怯な男である。

 「き、貴様さえ殺せれば……アイドルが何人死のうが構わん!」

 「お前の様な奴はプロデューサーでもクリエイターでもない! この俺がぶっ殺してやる!」

 ただ、イナゴ怪人秋本には卑怯な手段で殺されても仕方ない理由がある。アイドルを金の成る木と使い捨て、様々な業界を荒らし回り、グッズを無理矢理作らせて会社をいくつも潰し、素人が作った曲を奪う。これだけやれば殺されても文句は言えまい。

 イナゴ怪人を後ろからバイクになったブラックアッシュドラゴンが追突して弾き飛ばす。イナゴ怪人は信男達の目の前に落ちた。

 「うごば!」

 「逃がさん!」

 朝凪は闇の剣を取り出し、イナゴ怪人に向かって走り出した。闇が棒みたいになってるだけの剣だが、以前より剣に近い形をしていた。

 「ウゲェギャアアアァァァァアアアアッ!」

 それで腹部を刺されたイナゴ怪人は悶絶した。闇の力を直接流し込まれているからだ。

 信男達はえぐい必殺技に顔をしかめていた。

 「あんな必殺技、聞いとらんみゃ!」

 「退いて作戦を考えよう」

 「に、逃げるのか?」

 「ここで奴を倒す必要はないからな」

 コーカサスナイトが逃走に反対するが、オウゴンオニムシャに諭されて一緒に逃げた。信男達はガチ逃げだったという。

 朝凪がどこぞの倉田てつをみたいにRとXを書くポーズを決める。イナゴ怪人は闇パワーに耐え切れず、爆発四散した。

 「いやいやありえん」

 その光景に古守とシャーロット、目黒とルナはツッコミを入れたくなった。モンスターいらないじゃん、と。

 「あいつ、仮面ライダーBLACKのファンなのか? しかもRXの方」

 春川だけが技とポーズの元ネタを知っていた。朝凪はその主題歌を口ずさみながら、のこのこと皆のところに戻って来た。

 「仮面ライダー、黒いボディ。仮面ライダー、まっあかな目。仮面ライダーBLACK、アールエックス! ん? クロノどうした?」

 クロノはというと、俯いて握り絞めた拳を震わせていた。そして、そのまま何処かへ走り出してしまう。

 「お、おいクロノ?」

 「そりゃそうなるよね」

 古守にはクロノの心情が納得出来た。弱体化した自分より、人間の朝凪の方が強かったという事実。これほど彼女の心を傷付けることはない。タイマンではクロノの方が当然朝凪より強いはずだが、不意打ち騙し討ちなんでもありの分、実際の実力以上に朝凪が強く見える。

 「どうしたんだ? あいつ」

 「一人にしてあげなさい」

 それに気付いてないであろう朝凪に、古守はアドバイスした。

 「これでようやく、アイドル達はあの男から解放される。ありがとう、小牧大学ジェンダー研究会」

 春川は朝凪がその正式メンバーでないことを知ってか知らずか、礼を述べた。

 「やれやれ息子よ。踏ん切りは付いたのかい? 30年も前のことじゃぞ?」

 「30年?」

 「息子がアイドルに入れ込む理由は、ちょっと複雑でな」

 朝凪は春川が『全てのアイドルの味方』をするようになった理由が気になったが、春川母に複雑と言われれば踏み込まない方が吉だと感じた。

 「見て、秋本の使ってたマテリアルチップが……」

 目黒は、爆発で吹き飛んだ秋本の『イナゴマテリアルチップ』が地面に落ちようとしているのを見つけた。

 「これは俺のものだ!」

 「なんだ?」

 それをバイクで走って来た何者かがキャッチした。赤いマフラーにバッタみたいな姿をしている。

 「お前が朝凪一機か。覚えておけ、長篠高校の学生は俺が根絶やしにする。あばよ!」

 「なんだあいつ?」

 そいつは変な宣誓だけして、バイクで走り去った。腹部には秋本と同じベルトがある。

 「妙だな、最近。名古屋市長に愛知県知事、何を狙ってる?」

 朝凪一機は新たな戦いを予感した。モンスター実体化事件より半年、様々な事件を解決した彼の危険度は、不届き者共には知れ渡っていた。

 次回予告

 ナレーター:朝凪一機

 広島へ向かおうと考える俺は棗と共に新幹線に乗り込んだ。そこには図書館の授業で先生をしている恩田先生もいた。

 しかし、新幹線は三重で止まってしまう。どうやら、天むすを名古屋に取られたことが不満らしいな。

 次回、『名古屋めしは誰の物?』。いいから名古屋人はラムネ食いなさい、ラムネ。

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