プロモーション メインヒロイン編
こちらも以前の連載で掲載した分。本編に先駆けて重要キャラ出たから一応ね。
古代ギリシャ ある研究室
「何か見付けたんですか?」
発見を喜ぶ老人に、助手の女性が話し掛ける。しかし老人は慌てて何かを書いた黒板を隠す。
「いや、なんでもない」
突然の成り代わりに、女性は首を傾げる。
現代 小牧大学 教室『七英雄バトル、ウジョイメ』
「むにゃー」
「授業終わったよー」
ここは現代の小牧大学、教室である。たった今授業が終わったところだ。階段みたいになっている広い教室で、ある特定の学部に属する生徒を集めての必修科目だ。
自分で選んだならまだしも、必修科目では飽きてしまう生徒も多い。それが学部に関係無い授業なら尚更だ。
そんなわけで一人の女子生徒はぐっすり寝ていた。そこを彼女の友人が揺り起こす。
「もーこれだから、はくうはー」
友人、式神白羽はなかなか起きない。ずっと白羽を揺さぶっていた女子生徒の千葉棗は少し呆れた。
棗は全体にフワッとした空気を持った少女だった。服装そのものはTシャツの上から赤いチェックのシャツを羽織り、デニムのホットパンツを穿いているアクティブなものでフンワリした要素は無い。彼女自身がその空気を放っているのだろう。
白羽は目を覚ます。黒髪をベリーショートにした、活発そうな少女である。服装は薄いブルーのワンピース。棗と服装を取り替えた方が似合うかもしれない。
「あ、終わってた」
「もー、行くよー」
ようやく起きた白羽を置いて、棗は教室を出るべく席を立つ。黒い丈夫そうな杖を左手に持ち、それを支えに歩く。棗は生まれてからずっと、杖に支えられていた。
杖、というのは今左手に持つ物質的なものでもあり、また白羽の様な友人でもある。支えてくれる人の大事さなら、棗は人一倍に実感していた。
白羽はたまたま授業が同じで知り合った友人である。今では互いにオススメのファッションをコーディネートするくらい仲がいい。
しかし白羽に薦められた今のファッションを棗は気に入っていたが、ホットパンツにサンダルで生足を出す服装はちょっと気恥ずかしいと思っていた。そんなことを思いながら、教室の出口に棗は足を向ける。
この教室、512教室の出口は左上と左右下の3ヶ所。下の出口に人が集中しており、棗達の席は最後列なので上の出口が近いだろう。当然、棗は上の出口を目指す。
「ひゃああっ!」
しかし、そこが爆発したから問題だ。棗は驚き、腰を抜かしてしまった。扉が弾け、白羽に向かって飛んだ。何かがぶつかったのか、丸い打撃痕が扉にあった。
「っ……!」
扉は白羽に激突する直前、方向を変えて教室正面のホワイトボードに直撃。教卓に落ちた。
教室はパニックになる。たった二つの出口を巡って生徒達が押せや押せやの押し問答だ。
「白羽っ!」
「大丈夫! 多分机にぶつかったんじゃないかな?」
奇跡的に、白羽は無事だった。扉は机にぶつかって方向が変わったらしい。扉が細い何かでぶっ叩かれたようにひしゃげていたから、これが机の跡なのだろう。
思考を爆発した扉に戻し、煙の中から現れた人影を棗は見つめた。
「さあ、進撃の始まりだ! まずはここから制圧しよう。最近、プレモン研究会が潰れたらしいな」
「ワハハハハ! 俺ッチに任せとけ!」
中から現れたのは男子大学生と大柄な男。男の方は3メートルを越える巨漢で、その身長ほどあるハンマーを持っていた。
最近、この大学でプレリュードモンスターズ研究会、通称プレモン研究会が何者かに潰される事件があった。どういうわけか戦国武将の物真似みたいに天下統一を目指す若者達が多く、この男子大学生はそれを好機と見て小牧大学に突入したのだ。
「よいしょ」
棗は立ち上がり、状況を確認する。出口は3つ。しかし下2つの出口は生徒で詰まっているため使えない。上の出口は敵の背後。逃げることは不可能。
「戦うしかないねー」
棗は冷静に状況を見定めた。突然の驚かしには弱いが、自分のペースを保つことにかけては長ける。この危機的状況にも、どこかフワッとした空気が抜けない。
「戦う? この七英雄ウジョイメ様と? いいだろう、かかってこい! 俺ッチはしばらく前に倒されたエマルツやダイイミカの様な貧弱とは違うのだよ! ワハハ!」
巨漢は七英雄ウジョイメと名乗った。恐らく、モンスターだ。棗は以前、初陣で七英雄を名乗るエマルツというモンスターを倒した。さほど苦戦はしなかったので、今回も倒していくことにした。
僅か半年前、あるソーシャルゲームのモンスターが実体化する事件が起きた。そのゲームはプレリュードモンスターズ。モンスターを悪用しようとする者は多く、今や大学生が徒党を組んで他の大学をモンスターの武力で襲撃する状態。
志望校に入れなかった失望、近いボーダーの大学同士でのいがみ合い、上のボーダーが下のボーダーを支配しようとしたり、下から上への下剋上だったり、争いに馴染みの無い棗では到底思い付かない下らない理由で戦いが頻繁する。
非常に簡易的な、モンスターという武力を得たことで。
棗はこんなこともあろうかと、モンスターを育てていた。全ては自分を支えてくれる、杖となってくれる人を少しでも守るため。どんなに絶望的状況でもいつも通りでいられるのが彼女の取り柄。なら、それは誰かの為に活かしたい。
「召喚! シスター・レア!」
棗はピンクのガラケーを取り出し、天に掲げる。白い光がガラケーから放たれ、棗の目の前に白い魔法陣が現れる。そこから、彼女のモンスターが現れる。
「なっ! モンスター?」
男子大学生は困惑する。こんなあまり強そうにない女子大生がまさか向かってくるとは思わなかったのだ。しかしそこは所詮ソーシャルゲーム、棗は課金していないが、このゲームは課金しただけ強くなるのだから雰囲気で強さはわからない。
そのモンスターは金髪を短く切り揃えたシスターで、その修道服は改造されていた。右側に深いスリットを入れ、そこから覗く太股にリボルバーを納めたホルスターを留める。腰にはガンベルトを巻いていた。
これが千葉棗のモンスター、シスター・レア。何故かトングを右手に、ケーキが多数乗った皿を並べたトレーを左手に持つ。
「またか」
「あ、またごめんねー」
「少し腹も貯まってきたから、軽く運動するか」
レアはケーキバイキングを一旦中断し、戦闘準備をする。ケーキのトレーは近くの机に置いた。シスターとは思えない食い意地だ。
「クリーム付いてる」
「んっ。いつも悪いな」
棗は指でレアの口元に付いたクリームを脱ぐって舐める。熟年カップルみたいなやり取りだ。
「俺ッチに刃向かうには、足りん!」
ウジョイメがハンマーを振りかぶる。そこに大きな隙が生まれ、レアは素早くリボルバーを抜いてウジョイメの膝を撃ち抜く。
「ぐぎゃあ!」
「遅い!」
レアが手にするのは、小柄で細身な彼女の手に収まらない大きなマグナムリボルバー。過剰なマズルフラッシュと共に、聖職者の武器らしからぬ破壊を吐き出す。しかしこのレア、本気と書いてマジである。
ここで時間を潰すと、ケーキバイキングにロスが生じる。
「ひ、膝ッ! 俺ッチの膝ァァアッ!」
ウジョイメの膝はえぐれ、血がとめどなく流れる。弾は貫通していない。膝を床に付くと、膝がぐしゃぐしゃに崩れた。骨も肉も原型を留めない。レアがガンベルトのポーチから予備の弾を見せると、解説を始める。
「あたしの44口径シルバーバレットマグナム『インペリアルクロス』は、人間界のタウルスレイジングブルって銃をモチーフにしている。使用する弾はもち、シルバーバレット。銀の弾丸だよ」
彼女が見せびらかす弾丸は銀で出来ており、弾頭に十字の溝が掘ってあった。知る人なら「あかん」と思うだろう。それはダムダム弾の製法であり、そいつは1899年に禁止宣言、1907年にハーグ陸戦条約で禁止されるくらい危険な弾なのだ。
具体的に言うと、『即死しなかった場合、処置のしようの無い銃創が被害者が死亡するか、十分な医療設備が無ければ不可能なレベルの処置が終わるまで激痛で苦しめる。生還した場合、残存した摘出困難な鉛の弾丸の破片による鉛害が一生被害者を苦しめ続ける』(出典:ニコニコ大百科、対物ライフルの頁)とか。喰らったら最後、どう足掻いても絶望です、本当にありがとうございました。そういう代物。
「ヤバい弾ってわけね」
「れあれあ頑張れー」
説明を聞き飽きた白羽と棗は、トレーに乗っていたケーキからパウンドケーキを選んでムシャムシャ食べていた。勝ち確定ね空気である。
ちなみに本物のダムダム弾はマグナムリボルバーの弾丸ではないが、レアは貫通しない特性に着目してハイパワーかつ周りに被害を出さない弾として好んでいた。
「ああ! よりによって一番話題のパウンドケーキを選ぶなんて! フォークなくても食えるからか?」
レアは慌てて決着を急ぐ。今もまだ制限時間が迫るケーキバイキングを忘れてはならない。
「ラストだ」
「こ、こんな小娘にッ! 馬鹿なぶっ!」
最後にリボルバーで頭を吹き飛ばして終わり。七英雄も大したことなく終了。基本的に『弱点突いて速攻』のレアは戦いを長引かせない。
「じゃ、帰るね」
レアはケーキのトレーを持って、魔法陣の中に消えた。嵐の様なシスターだった。
「戦術的撤退だ!」
男子大学生は自慢のモンスターが瞬殺されたため、危険を感じて逃亡する。どこの大学の生徒だったのか。
「あ! 次の授業始まってる!」
「急がなきゃー。先行ってて、後で追い付くから」
「死亡フラグ!」
時計を見た2人は即座に次の教室へ向かう。しかし、このような事態で大学が休校になったことを彼女達が知るのは、教室へ着いた後となる。