プロローグ
イベント『駅舎制圧』
鉄道、地下鉄、新幹線の駅を奪い合うイベントです。駅構内にあるフラッグを取れば制圧完了となります。フラッグを中心に光で円が書かれていますので、そこにしばらくいればフラッグを取れます。
イベントガチャは『蒸気龍と鉄道員ガチャ』となります。このガチャから『スチームラインドラゴン』や『トレインスタッフ』シリーズのカードを引き当てれば、イベントに有利なスキルや能力の倍化補正が付いています。
名古屋市営地下鉄 栄駅
名古屋市は市営で地下鉄を運営している。栄駅のある東山線がその最初となる。そこから少しずつ路線が増えたのだ。
「ちょっと兄ちゃん、今俺金欠だから金くれや」
その栄駅は見る影も無くボロボロになっていた。そこで黒いパーカーを着た大学生が、高校生くらいの少年に金をせびっていた。手には多数のお札が握られており、道中にうずくまる高校生達から巻き上げたと見られる。
「わ、わかった! 金はやるから命だけは……」
「おっと、金だけじゃねぇよ。スマホ貸せ。黙って見てろ」
さらに大学生は高校生からスマホを引ったくり、何かを操作していた。
「なんだこりゃ? クソみてぇにアチィ。だからスマホがゴミなんだよ。時代はガラケーだなこりゃ。電池も持たねぇ欠陥品を大枚はたいて買うなんざ、よっぽど脳が無いんだな、お前」
高い金を払って買ったスマホを散々にけなされ、高校生は涙目になっていた。大学生は自分の白い折り畳み携帯とスマホを交互に見渡し、何かをしていた。
「よし、フレンド登録完了。アイテムは全部プレゼントして、モンスターはめぼしいのいないから売却っと。ほら、終わったぜ!」
やることを終えた大学生はスマホを壁に叩き付けて破壊する。大学生の携帯に映されているのは、最近いろいろな意味で話題のソーシャルゲーム『プレリュードモンスターズ』のメニュー画面だ。
高校生も同じゲームをしており、さっきのはアイテムやカードを大学生のアカウントに渡していたのだ。フレンド登録するとプレゼントをフレンドに贈ることが出来、それを悪用したものと見られる。
「さて、これで終わりか。地下鉄止まるだろうし、大学に電話しないとな」
大学生は駅の惨状を見て判断する。カツアゲをやる割に律儀なところがある。
『もしもし、こちらは小牧大学学生事務です』
「あ、もしもし。私、学籍番号13×××CCSの朝凪一機ですけど……」
大学生、朝凪一機は大学の学生事務に、地下鉄が止まった理由を伝えた。
数十分前 地下鉄栄駅 名城線ホーム
朝凪一機は遠くから大学に通う。金山から地下鉄に乗り換え、栄で東山線に乗り換える。名城線は東山線の下にあり、階段を登る必要がある。
今ちょうど、彼を乗せた地下鉄が栄のホームに着いた。
『プレリュードモンスターズ実体化事件より半年』
朝凪は地下鉄の吊り広告を見ていた。自分に関係がある記事が載る雑誌の広告だ。
『特別措置法の欺瞞! 国民に犯罪を推奨するのか?』
『分断状態の県も! 政府の怠慢は続く!』
(いいよなマスコミは。文句言うだけでおまんまにありつけてよ)
朝凪は退屈そうに広告を見て、地下鉄を降りる。階段を上がり、東山線のホームに立って電車を待つ。そこへ地下鉄が停車し、降りる人待つ。
今現在、朝凪は広告に書かれた三つの事象に関わっている。ある日本を混乱に陥れる事件が起き、その影響でいくつかの県が分断された。朝凪の両親は弟の引越しに付き添って広島へ行き、そのまま広島が分断されたため帰れなくなっていた。
辛うじて連絡は取れるので無事だとは知っていた。しかし両親共に仕事へ行けず、収入が途絶えたのは痛手だ。運よく学費や定期券の支払いを終えていたからよかったものの、まだ教科書を買っていない上に生活費の問題もある。今アルバイトを探しているが、どうしても面接に落ちてしまう。
「あ゛ッ!」
考え事をしていたら、さっき来た地下鉄は発車してしまった。オマケに電工掲示板を見ると前の駅で何かあったのか、電車が来られないらしい。運が日頃悪いのだが、致命的なことは回避出来ているので朝凪は特別自分を不幸とは思わない。
本当に不幸なら、学費を払えないまま両親が分断事件で他界くらいしてるはずだ。
「うわぁぁ!」
「なんだぁ!」
突然の悲鳴に辺りが騒然とし、朝凪も現実に引き戻された。先ほど発車した地下鉄が大きく傾いて壁に寄り掛かる。野次馬精神など持ち合わせてはいないが、彼は携帯を取り出して騒ぎの方へ向かう。
「そういえば、イベントは『駅舎制圧』だったな! 地下鉄も対象とは!」
向かった先では、現実を越えた光景が繰り広げられていた。ホームの天井スレスレほど巨大な白いドラゴンが、地下鉄を殴り潰していた。逃げ遅れた人のものか、潰れた地下鉄の窓に赤いものが滲む。
ホームには旗が立てられ、そこを中心に光で円が書かれていた。これがモンスター実体化から初めて行われる、『イベント』の全容。この中に侵入し、旗を取ることで駅を奪い合うイベント。
朝凪達学生の間で、3年前から話題のソーシャルゲーム、プレリュードモンスターズ。その運営、ユートピア社が3周年記念イベントを名乗り、仕掛けたのがゲームに出て来るモンスターの実体化だ。
「召喚! ナイトメアメイデン!」
朝凪は携帯を振りかぶり、モンスターを『召喚』する。このように、プレイヤーがモンスターを召喚できるのだ。携帯に紫の光が燈り、朝凪の目の前に紫の魔法陣が現れた。
魔法陣の中から姿を見せたのは、艶やかな黒髪を腰の下まで伸ばした少女。長い刀を手にして、今にも切り掛かりそうだ。和服をアレンジした黒い和ゴス調の衣装が華やかだ。肩と背中が大きく開いているのは、彼女の背中に黒い翼があるから。ミニスカートはかえって動き易そうに見える。
「クロノ! 奴を斬れ!」
「言われずとも」
ナイトメアメイデンこと、クロノは翼を広げてドラゴンに飛ぶ。モンスターといっても人型も多数おり、バラエティ豊か。その筋の人からしたらモンスター実体化は最高のシステムだろう。
「敵か! やれ、ホーリードラゴン!」
ドラゴンを召喚したのは学ランの高校生らしき少年。スマホを手に、白いドラゴンのモンスター『ホーリードラゴン』に戦闘を指示する。
「ガチャでは見たことのないモンスターだな、どうせ無課金だ! 捻れ!」
「今回も刺激的にやろうぜ、クロノ!」
高校生と朝凪の戦いが幕を開ける。モンスターが実体化したことでバトルもリアリティを増した。
だが、運営はモンスター実体化をゲームのクオリティアップなどという崇高な目的のために導入したわけではないことくらい、この惨劇を見ればわかる。
ホーリードラゴンの牙をヒラリと回避するクロノ。戦闘に巻き込まれまいと市民は逃げ惑う。高校生は朝凪に吐き捨てた。
「金も払わずゲームしようなど浅ましい!」
「だったら月額制にすりゃいいんだよォ!」
ソーシャルゲームは基本無料で、アイテムやガチャに課金してもらうことで稼ぐ。モンスター実体化という事態で、強大な力を得たプレイヤーの一部が犯罪にモンスターを利用することなど運営には予想済み。それらに対抗するモンスターを得るには課金しか無く、正に命を人質にプレイヤーはもちろんそれ以外の市民も課金を迫られた。
「無課金の意地、見せてやる! 【絶閃】!」
朝凪は携帯を操作し、クロノに与えられたスキルを発動する。クロノの刀が凶悪に煌めき、動きが変わる。突然クロノが消え、ホーリードラゴンの背後に現れて刀を鞘に収める。そして、ホーリードラゴンは縦に分裂して崩れた。その死体は白い光となって砕け散る。
「何ィ?」
「俺の嫁に勝てるとは思うなよ」
高校生は仰天した。このホーリードラゴン、正式には『[聖光龍]ホーリードラゴン』という、ただでさえレアなカード『ホーリードラゴン』を4枚も集めて『進化』させる必要がある強力なカードだ。ゲーム初期からあるレアカードの最終進化系だけに高校生も力を信じ切っていたが、一瞬で信頼は裏切られた。
「今まで俺をイベントランキング上位に導いた……ホーリードラゴンがッ!」
「光属性は闇属性に弱い。闇属性は光属性に弱い。常識だろ?」
高校生が驚いている間にクロノは接近し、峰打ちを当てる。朝凪はその隙にスマホを奪い、アイテムやカードを回収してスマホを破壊する。敵を倒しても、課金して手に入れたカードやアイテムがあると復帰も早まる。なるべく復帰を遅らせるか再起不能にする作戦だ。なので課金の元手である財布の中身もいただく。
「いたぞ!」
「敵だ!」
そこへ高校生達がわらわらと現れ、スマホをかざして召喚しようとする。
(拝啓、お袋さん。なぜ彼らは戦うのでしょうか?)
朝凪は命懸けの戦いに軽い気持ちで踏み込むプレイヤー達に疑問を持った。しかし、彼らを野放しにしては自分の、ひいては無関係な人間の命が危ない。どちらにしろ、事件を解決しないと元の暮らしには戻れない。
(『自分のできることをしろ』、か。先生、俺に出来るのは、クロノと共に『戦い』という敵を無理のない範囲で討つことのみ!)
恩師の言葉を胸に、朝凪は今日も見つけた戦闘に介入し続ける。
ナイトメアメイデン
属性:闇
レア度:Sレア
コスト25
スキル:絶閃(全ての相手に闇属性で大ダメージを与える。レベルが上がると発動率と威力上昇)
説明文:悪夢の乙女。高い戦闘力を持ち、無事逃げおおせた者も一生彼女を悪夢に見るというほど。
進化経路:不明
[聖光龍]ホーリードラゴン
属性:光
レア度:ゴッドレア+
コスト10
スキル:ホーリーホワイトストーム(敵全体に光属性ダメージ)
説明文:聖なるドラゴンが究極の力を表した姿。そのまばゆい光はいかなる闇を晴らし、敵を滅ぼす
進化経路:ホーリードラゴン→ホーリードラゴン+→ホーリードラゴン++→[聖光龍]ホーリードラゴン