吾輩は味噌であった
吾輩の前世は味噌であった。記憶もある。いや、最初は大豆であったと言ったほうがよかったのであろうか。
とりあえず吾輩は加工され、最終的に味噌であったのだ。
そして吾輩はこの世界では人として生まれてきた。ふむ、人に食われた我輩が人になるとは珍妙な事よ。
吾輩は今は人であるのだが、髪が味噌のように艶のある赤茶色でこれがなんともお気に入りなのである。ついつい、いつも引っ張って色を確認するのが癖になってしまった。
ところでこの世界、吾輩が味噌として生まれた世界とは別であるようなのだ。
なんと味噌がない! 由由しい事態である。元の我輩の身体、味わってみたかった。
残念に思いつつ家の手伝いのため貯蔵庫に保管してある穀物の整理をしていた所、一部がカビていた。
んん? 違う、よく見てみると前世でお世話になった麹菌殿ではないか!
世界は違うものの味噌時代には大変お世話になった存在である。こちらの麹菌殿にも挨拶をすると、おめぇは俺が見えるのか、とそれはもう驚いていた。
もちろんである、前世では味噌になる間ずっと共にいたのであるから見間違えるはずがない。
味噌になる前はふやかされたり、茹でられたり、潰されたりと大変であった。種麹と混ぜ合わされた時はどうなることやらと思ったものである。
そんな思い出を語っていると、麹菌殿が俺も種麹になってみたいもんだぜと言ってきた。
ううむ、麹菌殿がどのように種麹になったのか聞いたことはあるものの、この世界でも可能なのであろうか。
米だ、着生するのに米はいいもんだったぜ大豆よ……と醸されていた時は彼らに何度も聞かされたものである。
さて、この世界に米はあったであろうか。生まれてきてまだまだ知らないことばかり、ここは父に聞いてみるべきであるな。
「父ちゃん、米ってあったっけ?」
「あぁん? 米なんて貴重品今はねぇよ、麦で我慢しとけ」
米は無かったのである、残念。でも、麦麹もいいとか言っていたような気がするのである。
麦を父から貰い受け、準備をする。温かいほうがいいということであるが、囲炉裏の灰の中でもよいのであろうか?
次の日、麦を蒸したあと麹菌殿にこんな感じでどうかと聞いてみたところ、ここなら良い家が作れそうだぜ……、とのことであった。
保温のために灰の中に突っ込んでいると母に首根っこを捕まえられたのである。どうやら仕事をほっぽり出したのがバレてしまったようであるな。
ぶらーんと母の手でぶら下げられた後、貯蔵庫に放り込まれた。自慢の髪が薄汚れてしまったのである。
さて、今から吾輩は整理のついでに良い豆を見極めるのである。
種麹ができようとしている今、味噌も一緒に作るべきでなのである。前世が味噌であった吾輩がぜひ良い味噌を作ってみせるのである。
良い味噌にするには良い大豆が必要であるな、前世の我輩のように良い大豆が。
豆の入った袋を漁る。本当なら一粒一粒厳選していきたいところだがこの後も色々仕事があるのである。まったく冬支度は大変面倒であるな。
しかたがないので中身を確かめる時に良い豆が多く入っていそうな袋を探す。うむ、これが良さそうである。
日の出より前に起きた吾輩は、前の日に洗って水につけておいた大豆の様子をみる。いい感じに水を吸って膨らんでいるのである。
大鍋で数時間煮込むと、大豆が柔らかくなってきた。ここから潰していくのであるが前の世界とは違って道具が揃っていないので大変である。
子供の吾輩にとって重労働であるな、と汗で額に張り付いた髪をかき上げた。
ここで種麹の出番である。どんな様子かと麹菌殿に尋ねると、いいぜ……大豆くらいあっという間に醸してやるぜ、とのことであった。元気そうで何よりであるな。
塩と混ぜられて少し活動が抑えられた種麹と大豆を混ぜ合わせ団子状にしていく。
ここで桶登場なのである。パシンパシンと団子状のものを投げ入れる。これはなかなか楽しいのであるな。
調子に乗ってどんどん投げ入れていたら、遊んでんじゃねぇよ真面目にやれ、と麹菌殿に怒られてしまい、落ち込む我輩である。
桶に詰めて石をのせる。早くてもあと十ヶ月は待たなくてはなるまいな。非常に楽しみである。麹菌殿、頼みましたぞ、と吾輩は手を合わせた。
フフ、前世の我輩のように立派な味噌になるのであるよ。
一年後、吾輩は泣いていた。出来上がった味噌に感動していたのではないのである。
「酷いや、父ちゃん。味噌作ってたのに捨てるなんて……」
「いや、なあ、あんなおかしなもん食いもんじゃねぇって」
「うあぁ」
「あ、いや、また作ればいいだろ? な、父ちゃんも手伝ってやるから」
「……うん」
父に米をねだって米麹で作るのである。
今度こそ完成させるのである。次の年には絶対に味噌を味わってみせるのである、ぐすん。




