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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鷽から出たマコトの幕間

作者: 久安 元

 鷽から出たマコトの世界の『ハートブレイク』と『ディサイド』間の話です。ので『ハートブレイク』既読でないとよくわからないところがあるかもです。読んだぜ、という人はそのままお進みください。そんなの関係ねえって人もご一緒にどうぞ。

 この話は面白いものでもなんでもない。ただただ苦痛で、陰惨な体験を俺、天原頼人が語るだけの、本当にそれだけの物語。

 だから、初めに忠告しておく。ゾンビとかそういう腐った系の映画が苦手な人はここで引き返してくれ。それと肉より魚派の人も帰った方が良いかもしれない。不愉快な思いをさせる可能性が大だ。

 ああ、あと……、人に贈る物はよく考えてからにした方が良い。それが、俺がこの体験を通して得た報酬だから。

 それじゃあ長い前置きは止めにして、話をしよう。

 俺と、イアと、ネロが体験した腐敗した物語を。



 さて、ジェヴォルダンから戻り、ようやく目を覚ました俺が動けるようになったのはその二日後の夜。つまり帰宅してから四日もの間俺は自由に動き回ることができなかったということだ。

 その間家は当然の如くほったらかしで、イアとネロの二人に聞けばそこいら中に埃が落ち、マイホームはこれまでにない散らかり具合を見せているらしい。

 ちょっと待て、お宅の家にはイアがいるじゃないか。そう思ったあなた。甘い、甘すぎる。敵に止めを刺さない主人公くらい甘い。

 イアは掃除やそういう家事全般に関してその能力をカプセルの中に置き忘れてきているのだ。指示されて動く分には問題ないが、自発的に家事をしようものならその先にどんな惨劇が待っているかわからない。

 ネロに関しては言わずもがな。そもそもそんなことをする気もなかったらしい。治療のための同調を解き、イアが俺の身体から出たところでその報告を受ける。

「……はぁ。取り敢えず現状は把握した。もう夜だけど掃除だけはしておくか………」

「イア、アレのこと言わなくて良いのかい?」

「え、あ、うん。そうだね……。あのね頼人、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

「やだ、ちょっと待って。なんか怖い」

 オマエら俺が動けない間に何したの!?

「僕たちは何もしていないさ。まあ、何もしなかったからこそああなったんだろうけどね」

「と、取り敢えず廊下に出て? 多分それで大体のことはわかると思うから……」

「…………………」

 凄まじく嫌な予感しかしないが行かないわけにもいかない。ネロの口ぶりからするとこのまま放っておいたら更なる悲劇が俺を待っているような気がする。そう決意した俺はベッドから降り、自室の部屋の扉を開けて――、速攻で閉めた。

「うぇっほ!? げっほ!! 何じゃこりゃあ!?」

 鼻を突き刺すような悪臭が廊下に立ちこめている。いや、この分だと家中にか? 何はともあれ刺激的な発酵臭が毒ガスの如く襲いかかってきたのは確かだ。

「二人とも無事か、オイ!?」

「僕は鼻を利かないように適応したから」

「私はもう嗅覚が麻痺しちゃったから大丈夫」

「ネロはともかくイアは大丈夫じゃなくねえ、それ!?」

 まったく、この子は!! こんな歩くたびにHPゲージが減っていくような状態の家を俺のためにうろうろしていたというのか!?

「んー、でもまあそのうち戻るで――ぷぁ!?」

「ごめんな、イア!! 俺の馬鹿が何回水をねだってこの毒の沼を横断させたか!!」

 彼女の献身ぶりをこうまで見せつけられては抱きしめずにはいられない。愛おしいなあ、この相棒は!!

 ええい、こうしていられるか!! この臭いの発生源を絶ち、何としてでも我が家に平穏を取り戻してくれる!! それがいま俺ができる恩返しだ!!

 俺は棚にしまってあったタオルを取るとそれで口を覆い、更に水泳の授業で使うゴーグルを引っ張り出し装着する。

「…………えへへ」

「良かったね、イア」

「二人はここにいろ!! ちょっくら腐海に潜ってくっから!!」

 猛々しくそう宣言すると、なぜか二人はきょとんとした表情で顔を見合わせる。

「何言ってるんだい、僕らも行くさ。ここは僕らの家だろう? ねえ、イア?」

「ねー」

 やだ、もう!! ウチの子たち良い子過ぎィ!! いや、それは前から知ってたけど、それにしても良い子過ぎる!! 危うくゴーグルの中が水浸しになっちまうところだったじゃねえか。

「うっし、じゃあ行くか!! 生きて帰るぞ!!」

「……死亡フラグにしか聞こえないのは私の気のせい?」

「いいや、僕にもそう聞こえたよ」

 不吉なことをつぶやく二人をよそに今度こそ俺は扉を開ける。再び瘴気が俺たちを出迎えるが、今度は覚悟していたぶん、何とか耐えることができた。そして二人が出たと同時に扉を素早く閉める。

 ここは最後の砦だ。命の危険を感じたらダッシュで戻ってくることにしよう。

「臭いの元は……こっちか?」

 というか間違いなくこっち。階段に近づくにつれ、どんどん臭いが洒落にならないものになってきている。ゴーグル越しにでも目に染みるほどの臭気で吐きそうになるのを何とか堪え、階下へと移動する。

 そして、まるで血痕を辿るように臭気の濃くなる方へと誘われていくと俺たちの前に現れたのは――。

「……冷蔵庫?」

「だね」

 ちょっと待て。そんな三日、四日で腐るようなもの冷蔵庫に入れておいた覚えがないのだが。

「あ、開けてごらんよ、頼人。僕はここで見守っててあげるから……」

「ま、待て待て!! インパ○唱えるまで待って!! ちゃんと青色の光かどうか確かめるまで待って!!」

 間違いなくこの冷蔵庫の中身は赤色だろうがな!!

「イン○スどころか、呪文なんて何も使えないだろう、君は!?」

「いいや、使えるね!! ザ○ハなら使えるね!! つーかこないだオマエらに使っただろうが!!」

「あれはただ寝てる私たちに拳骨おとしただけじゃん!! あんなのザメ○とは呼べないよ!!」

「うるせぇ、効果は一緒だったろうが!! ――うッ!?」

 あ、危ねえ……。大きく息を吸い込んだせいで、一瞬意識が飛びかけた。

「だ、大丈夫、頼人!? ――うッ!?」

「イ、イア!! 君こそ、――うッ!?」

「ネ、ネロッ!? ――はうあッ!!」

「よ、頼人ッ!? ――うあッ!?」

「イア、大丈夫――、ぐあッ!!」

「長ぇよ!! 何度同じ過ちを繰り返せば気が済むんだよ!! つーか、ネロ!! オマエは適応してるんじゃねえのか!?」

「いやぁ、何かもらいゲロ的な感じでつい」

「私も……つい」

「つい!? ついって何だ!?」

 そんな気軽な感じで吐こうとするんじゃねえ!! 特にイア、オマエは一応女の子だろうが!!

「――ったく……。じゃあ一番上から行くぞ……」

 生唾を飲み込みながら主に飲料、味噌など調味料が保存されたブロックに手をかける。ああ、どうか缶コーヒーの入っているこのブロックは無事であってくれ……。

「南無三ッ!!」

 思い切り扉を引き開け、上の棚から下の棚まで素早く冷蔵庫の中を確認する。異常は……ない。ジェヴォルダンに向かう前に見た状態とほぼ同じ。愛飲しているコーヒー勢もみな元気だ。

「ふぅ……、何とか最悪の事態だけは避けられたか……」

「僕も一番の懸念が解消されて胸の支えがとれる思いだよ」

「ふふ、本当にね」

 だが、まだ安心はできない。四段目は冷凍食品とかだからまあ、関係ないとして肉類を保存している二段目、そして野菜類を保存している三段目。

「でもなあ……。肉はまだ残ってたけど……、魚なんて残ってたか……?」

「お魚………………、あ…………」

「!? イア、「あ」って何だ!?」

 ただの一文字でここまで不安にさせられたのは初めてだよ!! 何、何でそんな俺の心をかき乱すの!?

「いや、確かみんなはお見舞いに来てくれた日に深緋から変なお魚貰ったなあって思い出してさ」

「…………変なってどんな?」

「んーっとねえ、ヌメヌメしてて、ちょっとおかしな臭いがした」

「それじゃねえかぁぁあ!! 間違えようがないくらいそれじゃあねえかあああ!! あのアマとんだ化学兵器持ち込みやがって!!」

「ち、違うよ!? 持ってきたのは深緋だけど、クダンが持って行ってって頼んだらしいんだよ!!」

「クダンが?」

 落ちついて考えれば深緋はこちらが嫌がることをして楽しむ節があるが、こういう直接的な手段ではなく、もっと間接的に心をえぐるような手段をとってくる。それにそんな得体のしれない魚、表では聞いたことがない。恐らく裏の生き物、そして……………………、食べ物なのだろう。

「………考えてたって仕方がねえ。……開けるぞ」

「う、うん……。ネ、ネロも良いよね?」

「ああ。骨は拾ってあげるよ」

「……ありがとよ」

 やや震える手で二段目、チルド室の取っ手に手をかける。そして一気に引き出すと――。

「ぎゃああぁぁぁぁあああ……、えっ、ちょ……えッ!? ぎゃあああぁあぁぁぁぁッ!!」

 なんか緑色のヌメヌメした液体が溢れ出し、それに伴いこれ以上ないほどの悪臭が解き放たれる。

「くっさッ!! なにこれ、くっさ!? 大丈夫か、二人とも――ッ!?」

「――――――――――――」

 ネロ……、立ったまま気絶してやがる……。臭いの威力が強すぎて適応が追い付かなかったんだ……。

「イア、オマエは平気なのか?」

「だから言ったでしょ? どれだけ臭いが増そうが鼻が潰れてたら一緒だよ」

「そ、そうか……」

 顔は笑っているが目が明らかに死んでいるイアに若干の恐怖を感じながらも、解放したチルド室に目を向ける。すると緑の液体の中に浮かんでいるただ一つの物体があった。

「あ、あれあれ。あれが貰ったお魚だよ」

「…………うぷ」

 臭いとか関係なく吐きそうなんだが。

 皮という皮は剥がれ落ち、肉の殆どが既に液体化している。当然のことだが食えたものではない。っていうかちょっと待て。

「――ああ、やっぱりだ……」

「どうしたの?」

「冷蔵庫…………、壊れてら」

 さっき一段目を開けた時に冷気を感じないからなんかおかしいと思ったんだよ。あれだけ腐敗液が溢れればそりゃあ故障もするわな。

「ま、待ってよ……、冷蔵庫が壊れたってことは……」

 イアは冷蔵庫に駆け寄ると不安げに一段目の扉を開け、震える手でなにやら白い包みを取り出すと絶望に満ちた声で呟いた。

「わ、私の大魔神コロッケが……。今度食べようと思って半分とっておいたのに……。ね、ねえ頼人……」

「やめとけ、腐ってやがる。…………遅すぎたんだ」

「そんな……、うぅぅううううううう……ッ!!」

 彼女は膝をつき、コロッケの入った包みを抱きしめながら慟哭を上げた。

 クダン……、オマエが(恐らく)善意でくれた腐った魚は俺たちから色んなものを奪っていったよ……。

 ネロからは意識を。

 イアからはコロッケを。

 そして俺からは冷蔵庫と時間を。

 届くはずのないそのメッセージが届くことを祈って、俺はそれこそ腐った魚のような目でリビングの窓を通して外を眺めた。



「……――――ッ!!」

「なになに、どうしたの、マスター?」

「……何だか、強い念を、感じ、た」

「はっはー、何それ? 結局何かわかんないん――おぼろろろろろッ!!」

「……パーントゥ、汚、い」

「だってだって、こう毎日エディバラばっかりじゃ吐くさ!! ……うう、そういえばこないだ深緋にも渡してたけど、大丈夫なの?」

「……何、が?」

「いやお見舞いに腐った魚渡すのって嫌がらせ以外のなにものでもないと思うんだよね」

「……でも、ちゃんと、料理、すれば、美味し、い」

 ここには調理器具も何もないから生か、ただ焼いて食べるしかないけど。頼人の「自宅」というからには調味料もちゃんと揃っている筈。

 …………頼人、喜んでくれてると良いなあ。

 ぐじゅりと。

 私は口の中のエディバラを噛み締め、

「……マズ、イ」

 パーントゥの横で顔を顰めるのだった。


 はい、調子に乗ってやりました。一周記念ということでSSを作っちゃいました。この身の程知らずめ!!

 一周年、長かったような短かったような……、本筋は全然消化してないので、まだまだ話は続きますがなにやら感慨深いものがあります。な、泣いてないんだからね。涙は完結するまでとっておきます。でも多分泣かない。(どっちだ)

 

 最後になりましたが一年見守っていただきありがとうございます。健康に気を付けて完結までつっ走ってまいりますのでこれからもよろしくお願いいたします。

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