泊まり。
まだ酒が残っているようだ。
コミュニケーション研修という名の、ただ皆で集まってバカ騒ぎをするだけの飲み会は三次会まで続いた。いや、四次会か? ウイスキーを一気飲みした時から記憶が曖昧だ。どうやって帰ってきたのかも覚えていない。頭が痛い。
布団の中で胃の気持ち悪さと闘いながら昨日のことをぼんやりと思い出す。そうだ、確か部長が豪快に吐き出して、これはマズいと皆オロオロしていたな。酔って良い顔をしたくなった僕は「自分が家まで送って参ります!」と立候補し、臭い部長を背中に担いでタクシーを探していたんだ。もうこんな飲み会限界だし、抜け出すにはちょうどいい理由だ。
そう、その時「あの…」と小さな声で声を掛けられて後ろを振り向いた。すると、会社の受付の背の小さい女の子がいた。「部長の家、知ってます?」と聞かれて気づいた。知っているハズがない。この状態でタクシーを捕まえて僕の家まで連れてくるつもりだったのか? アホか。僕は。
その娘は名刺入れから部長の名刺を取り出して僕に渡した。裏を見ると住所が書いてあり「暇があったらワインを飲みにおいで。」と部長の汚い字で書かれていた。なるほどね。臭い上に気持ち悪い、この部長を道にぶん投げて帰ろうかと思ったが、その娘の優しさを無下するわけにもいかなかった。
ありがとう、と声を掛けて部長をタクシーの助手席に投げ込み、後部座席に乗り込み、住所が書かれた名刺を運転手に渡した。あっ、これ僕が立て替えるのか。くそっ、部長のことだから後で請求しても嫌な顔をされるな。ったく、なんなんだ、なんで僕はこんなことをしているんだ。
さて、自分もずいぶん酔っているし、寝るか。と体をズリズリと横に倒していくと、頭が柔らかい肩にあたる。ん? 横を見るとその娘がいた。なんでいるの? 「私も飲みすぎたので一緒に帰ります。」とのこと。ああそう。頭を起こして、ぐらぐらする頭で考える。そうか、この娘も抜け出したかったのか。
横目でその娘を観察する。受付で社交辞令の挨拶をするくらいの仲でしかないが、いつもニコニコ楽しそうに笑っている姿は知っている。この手のタイプの娘は、これからカラオケに行って皆が知っている曲を歌って、合いの手を入れてワーワー騒ぐんだろうなぁ、と思っていたけど、偏見だったな。すまん。
「別にいいです。そうしているのは私なので。」
あっ、思ったことが言葉に出てしまった。君は皆に合わせてそうしてるの?
「まぁ、そうですね。だってそうしないと、皆つまんなくなるんじゃないかなぁ、って思っちゃいます。」
…疲れない?
「少し、疲れます。」
そうか。なんか頑張ってるんだね。俺も合わせる方だけど、君みたいに上手くないよ。
「上手…ですかね。自分がどう見られているのかいつも不安です。だからよけい作っちゃいます。」
はぁ、不憫な子だね。
「そうなんです!」
急に声を荒げたのでびっくりした。タクシーの中は暗くて見えないけど、この娘も結構顔が赤い。口調では分からないけど、かなり酔っているんだな。何だか自分に似た感じのことを考えている人がいる、ってことが少し嬉しくなって。部長の家に着くまでいろんな話をした。
普段できない話。笑うのが疲れるって話。合わせるのって結構大変って話。1人になりたいときどうするって話。家族にも気を使ってしまうって話。恋人にはもっと気を使うって話。じゃあなんで付き合ってんの? って話。
着きましたよ。という運転手の声で話は終わり、無事部長を家に届けた。その娘にどこに住んでいるのかを聞く。えっ、逆方向じゃないか。ここから帰ったらいくらかかるのか。幸い僕は部長の家と同じ方向だから近いけど。泊まってく?
「ん~、どうしようかな。」
いつの間にか敬語は無くなっていた。別に何もするつもりはないし(できるならしたいけど)今から帰るのも大変だろう。それに、もう少し話もしたい。
「じゃあ…泊まってく。」
と、まぁ、家で飲み直しつつ、いろいろな話をして、終盤には腹から声を出して笑い合っていた。んで、風呂に入って、布団を敷いてあげて、僕はソファーで寝る。暖房があるとはいえ、安アパートの部屋は冬の寒さをしのげない。寒ぃ。と声をもらしたら布団から君は顔を出して「こっちにおいで」というから、少しドキドキしながら一緒に布団に入り、隙間ができないように体を寄せ合い、お互いに向き合い、自然とキスをして、何度もキスをして、体を確かめ合い、さらに体を寄せ合い、裸になり、当然のように男女の関係となり、声を漏らし、声をあげ、汗をかくほど探り合い、快楽に身を委ねて、また濃厚なキスをして、ぐったりと横になった。
…ハズなんだけど、あの娘は横にいない。どこから夢だったんだっけ?
そうだ、あの娘は部長の家に泊ったんだった。
思い出して、思いっきり吐いた。




