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ループ20  作者: 甘辛
2/2

revolve:1 食い逃げ

軽快に口笛を吹きながら、一人の青年が喫茶店に入って行く。

レンズに色の着いた大きなゴーグルのせいで表情は見えないが、身長からして大体19〜20歳位だろう。目を引くような鮮やかな金髪を立てていて、余計に周囲から浮いたイメージを持たせている。

「よう」

彼は喫茶店のドアを開いて、中のカウンターの向こう側にいる、どうやらこの店のマスターらしい女性に話し掛けた。客は4、5人で、ざわめきに声が消されるということはない。

「また駄目だったよ。結局、あれだけ探して当たり無し、か」

彼は続けた。話し掛けられた女性は、まだ音を立てているサイフォンから目をはなし、青年を見る。

「だろうね。あたしもそんなに期待はしてなかったけど」

女性は顔にかかった髪を手で払い、

「ブラックよね?」

と青年に問うてカウンターの空いた席に淹れたばかりのコーヒーを置いた。

その女性は風格から青年より2歳程年上のようで、左目は長い前髪がかかっていて見えない。割と安めの銘柄の煙草を吸い、茶色のショートヘアを後ろで結んでいる彼女は、泣き黒子が特徴的ななかなかの美人だ。

青年は椅子に座り、軽くお礼を言ってコーヒーを一口飲む。

「…あーあ、気が重いよ…リーダーに報告しなきゃいけないんだよな…」

そう青年が言うと、女性は微笑んだ。

「大丈夫よ。リーダーもさっき諦め半分に、あんたが帰ってくるのが遅いって愚痴ってたわ…

まあ、そりゃそうよね、すぐには無理に決まってるもの…」


「新たな奇術師(マジシャン)の発見なんて…」


女性は溜め息を吐きながら言った。

「仕事もなかなか入って来ないし、これじゃ赤字もいいとこよ。この喫茶の収入でなんとか成り立ってる感じだもの」

その言葉に青年も苦笑し、丁度よく冷めたコーヒーをいっきに喉に流しこみ、言う。

「おいおい、俺のバイトも無視すんなよ…

…で、本当、これからどうしたもんかね…証言が有ったところには全部行ったから…な……」

彼は空になったコーヒーカップを置こうとして、

取り落とす。

その時、

青年の目に、

信じられない光景が映ったのだ。


計30枚。

今、彼が座っているカウンターの隣りに、あり得ない数の皿がある。

「な………っ!?」

しかもその皿全て、主食用の大皿。

想像してもらえるだろうか、人一人の胃袋に三十人分のスパゲッティが入ったら、果たしてどうなるか。

そして、大きな声でそのあり得ない客は叫ぶ。

「おう、おかわりくれ!大盛り!」

しかもその胃袋の持ち主は、中学生かそこらの少年だった。

青年は会話に集中していて、その少年…いや、怪物の存在に気付いていなかったのだ。

女性は困惑した顔で、その常識破りな客を見る。

「あの…お客さん、悪いんだけどここ喫茶店だからさ、そんなに料理作るような余裕無いんだけど…」

「ちぇ…」

本来食事は軽食が主流の筈の喫茶店で、この様な客は珍しいどころかかえって迷惑極まりない。そんなこととはつゆしらず、少年は皿に残ったソースを未練がましくフォークで集めていた。

青年は呆然と、その少年を見る。

年齢的に見ればやはり子供で、まだ成長過程にある身長だと一目でわかる。おかしな帽子を浅く被っていて、その部分は彼の濃い茶髪は隠れていた。

そしてその少年には他の客とは明らかに違う部分が(食事の量を除いて)二つあった。

一つは、両目の下の刺青だった。二本の線のように入れられたそれは、顔というもろに外に晒し出す部分にあるので、嫌でも道行く人々の注目を集めることだろう。

もう一つは、背中に背負った兎の縫いぐるみだ。傍若無人そうな少年の外見に反して、とても繊細な愛らしい作りの品である。どう見ても、彼の趣味や好みによる物ではない。

青年はさすがに不審に思い、声を掛けた。

「なあ…」

「あ?何だ?」

少年は振り向いた。その口の周りには、食事量に見合った大量のソースが付着しており、青年は吹き出してしまいそうなのを必死で堪える。

「き…君、その…」

そうして青年はいろいろと問いたい(突っ込みたい)ことが有る中、厳選し、少年に自らの最大の疑問をぶつけた。


「金…、持ってる?」


「………」

少年はその質問に数秒固まり、そしてふうー、と息を吐いて言った。

「…なあ、一期一会って言葉、知ってるか?」

「いや、そうじゃ無くて、お金…」

「うんうん、だよな、そうだよな…。

じゃっ…」

そして少年はゆっくり椅子を降りて、

「後はよろしくッ!!」

あろう事か青年にこう叫びながら、

ドアを勢いよく開いて猛ダッシュし…


食い逃げした。


「んっのやろ食い逃げしやがったあぁぁぁぁあッ!!!!」

青年はその行為に驚き、叫びながら追おうとして全力で走り出す。

只でさえ赤字であるのに、あれだけの量を食い逃げされれば明日の食事にも困るほどだろう。

店の外に出ると既に少年の姿は遥か彼方へと消えており、路地に入り込まんとしていた。

「くそ…食べた直後にあんだけ走れるなんて…ッ」

どんな胃袋してんだ、と言いながら青年は走る。

一見差は歴然だが足の長さの分だけ青年は有利なので、少しずつ食い逃げ犯に追い着いてきていた。

食い逃げ犯は後ろにいる青年を見て驚き、更に細い道へと入り込んで行く。

「!

…やっべ…」

と、不意に少年は立ち止まった。

その隙に青年はすぐ後ろまで迫る。

何故立ち止まったかって、その道はそこで行き止まりだったのだ。

青年は疲労に息を荒げて、少年に話し掛ける。

「ぜーっ…はーっ…

もう、逃げられないぞ…、おとなしく、捕まって、くれよ…。今なら、警察には突き出さないから、な?」

「くっそ…」

少年は身構え、俯き、何かを決心したかのように顔を上げると、腰のバッグに手を伸ばして、何か、を取り出した。

そして。

「であぁぁぁぁぁぁあッ!!」

その何かを地面にばら蒔き、その上に飛び乗った。

「飛べえぇッ!!!!」

そして、何と。

その何かは少年を乗せたまま、青年の頭上を飛び越えて飛んで行ったのだ。

「な…何っ!?」

その何か、まだ幼い少年ながらも人一人の体を乗せたまま飛んでいるその何かの正体。

頭上をそれが横切った時に、青年は見た。


ハート。

スペード。

ダイヤ。

クローバー。


そう。

それは、トランプだったのである。

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