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この世界はつまらない。
ある男がそう言いました。
その男はたいへん貧しく、一日のご飯にも困っていたほどでした。
彼は、世界の全てが大嫌いでした。
憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて、仕方がありませんでした。
彼の職業は、地面に道具を並べては道行く人に手品をみせる、言わばマジシャンでした。
しかし、かぶり過ぎでよれよれになった帽子からハトを出してみても、薄汚れたステッキから花を出しても、誰一人振り向いてもくれません。なので彼はお金がなく、毎晩道端に薄っぺらい毛布を敷いて寝ていました。しかし誰も彼に、同情さえしないのでした。彼はそんな人々を、そんな世界を、憎んで、恨んで、怨んでいました。
ある日のこと、男はいつものように路上で、手品を披露しようと道具を一つ一つ確認していました。
すると彼の目の前に一人の小柄な男が立ち、こう言いました。
世界を殺す気はあるか。
男が呆気に取られ、しばらく何の事だか分からずに居ると、謎の男は続けました。
世界に絶望する者は、世界を変え得る者。
世界を忌み憎む者は、世界を創り直す者。
私とともに、新たな文明を築く気はないか。
男は、その謎の人物の言葉に何故か引きつけられました。
そして、こう考えたのです。
人々に、手品の素晴らしさを伝えたい。
自分を蔑んで来た人々を、手品で見返したい。
自分の人生の全ては、手品に注いで来た。
いつか人類が皆、手品を使い、手品に頼るようになったら…。
その後街から、一人の男が消えました。
それから幾つもの月日が経ち、その昔暖炉だった暖房器具は、ストーブになりました。その昔かまどだった台所の要は、コンロになりました。
全てが動く原理は、奇術と呼ばれるものでした。
奇術があれば火が起こり、奇術があればネジを捻れば水が出る。
こうして、この世界に奇術は無くてはならない物になりました。
もう奇術なしで生きることが出来る者はいません。
誰も、
奇術を馬鹿にしません。
そんな世界が築かれたのでした。
そう、その新しい世界の基盤の裏に、一人の貧しかった男が深く関係していることは、誰も知らないのでした…。