第5話 それは仕事じゃない
土曜日になった。
「悪いが、俺はこれからヴァイオリン教室だから、それ終わってからでもいいか?」
「別にいいわよ。」
「急いでないし。」
「助かる。」
「じゃあ、私はヴァイオリン教室で作戦立ててるから。」
「ついてくるのかよ。」
「当たり前でしょう。」
「迷子になったらどうするのよ。」
「……はあ。」
「邪魔はするなよ。」
「しないわ。」
教室では静かにしていてくれた。
ありがたい。
しかし――
ピーピーピー
何かが鳴った。
悪魔グッズだった。
(おい……マジかよ。)
ピーピーピー
気になる。
弾くしかない。
弓を動かす。
音を外しそうになる。
(集中しろ……。)
先生には聞こえていない。
「水沢さん、ここのところもう一度弾いてくださいね。」
「はい。」
ピーピーピー
(うるさい……。)
わざとじゃなさそうだった……。
悪いと思ったのか、挙動不審になって、悪魔グッズを落としていた。
カラン、と小さな音。
さらに――
ピーピーピー
鳴り出した。
(やめろ……。)
ああ……最悪だ。
「水沢さん、いいですよ。今の感じです。」
「ありがとうございます。」
ピーピーピー
(……あいつか。)
気づいたら、セラの姿がなかった。
視線をドアの方に向ける。
少しだけ、開いていた。
出ていったらしい。
破滅させに行ったようだ。
外で何かの物音がした。
ガシャーン
(おい……。)
先生が言った。
「さっき何かすごい音しましたね。」
「何かあったのかしら。」
「さあ、何でしょうね。」
少しだけ間。
「続けましょうか。」
「……はい。」
(続けるのかよ……。)
弓を動かす。
音が、少しだけずれた。
(集中しろ……。)
「時間ですね。」
「お疲れ様です。」
「今日は終わりましょう。」
「ここのところ練習しておいてくださいね。」
「ありがとうございました。」
「また来週よろしくお願いします。」
ヴァイオリンをケースにしまう。
外は、やけに静かだった。
少し離れたところで、物が散らばっていた。
(……何だこれ。)
一体、何が起きたんだ。
これは本当に、関わっていいものなのか。
危ない。
関わったら、戻れないんじゃないのか。
それに――
破滅ポイントって、本当はお金とかじゃなくて、
もっと、何か違うものなんじゃないのか。
セラは、何か隠している。
きっと……。
まだ一日しか一緒にいないのに、
そう思ってしまった。
……そのときだった。
「性悪天使、あなたいい加減邪魔するのやめてくれる?」
セラが叫んでいた。
「あなたが欲しいのは破滅ポイントでしょう。」
「だから、何?」
セラは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
それでも、続けた。
「もうやめたら?」
「いいじゃない……そんなもの。」
「正直、私も悪魔に肩入れするつもりはないわ。」
「でも、あなたね……本当は違うでしょう。」
「だから、やめなさい。」
「仕方ないでしょう。」
「必要なのよ。」
「わかってるけど、もう忘れなさいよ。」
「紅希も、そこまで悪いやつじゃないわ。」
「破滅させていい人間なんて、いないんだから。」
「仕方ないでしょう。」
……少しだけ、声が揺れた。
「必要なのよ。」
……天使の言っていることのほうが、正しく聞こえた。
「今日はここまでにする……。」
セラの声は、少しだけ力が抜けていた。
「そうしておきなさい。」
「あなたね……青斗にも影響が来たらどうするの。」
少しだけ間。
「……わかったわ。」
……本当に、関わっていいものじゃない。
「なあ、セラさん。破滅ポイントって、本当はどういうことなんだ?」
「ちょっとだけ聞こえたからさ……。」
「必要なポイントよ。」
少しだけ、間があった。
「まあ、理由があるっていうのだけはわかった。」
「……それ、本当に“ポイント”なのか?」
「ポイントなの。」
「でも、やめたら駄目なの。」
少し、笑った。
「やめられないのよ。」
「対価を払っても、欲しいものがあるの。」
「……失うほうが、嫌なの。」
一瞬だけ、視線を逸らす。
「私は……悪魔だから。」
……それは、仕事の話じゃない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、いつもの少しゆるい日常から、少しだけ違う空気になった回でした。
ヴァイオリン教室という普通の場所で、普通じゃないことが起きて、
でもそれでも日常は続いていく――そんなズレを書きたかった回でもあります。
そして、セラの「破滅ポイント」についても、ほんの少しだけ触れました。
これが何なのか、なぜ必要なのか、まだ全部は出ていませんが、
青斗と同じように「何か違う」と感じてもらえていたら嬉しいです。
悪魔と天使、どちらが正しいのか。
それとも、どちらも正しくないのか。
この先、少しずつ見えてくると思います。
次回は、今回の出来事の続きと、もう少し踏み込んだ話になる予定です。
引き続き、ゆるくも不穏な日常を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、また次の話で。




