第8章 『最大戦力』たちの日常③
〈夕方・喫茶店〉
夕方の喫茶店は、仕事帰りの人間でそこそこ賑わっていた。
窓際の席に並んで座り、ふたりはそれぞれ飲み物を手にしている。
「飯でも喰いに行くか?」
何気ない一言に、彼女は少しだけ間を置いた。
「んー……」
「なんだ? 都合悪いか?」
「いや飲みにいきたい気分だなーって。お腹はあんま空いてないんだよねー。」
「奇遇だな俺もだ。」
即答だった。
「よっし! スマホで店探そー!」
彼女は軽い調子でスマートフォンを取り出し、画面を操作し始める。
――10分後。
「……甘かったか……どこも満席だな。」
「まあ土曜だもんねー。厳しいかー。」
想定はしていたが、現実はなかなかに厳しい。
「次。」
「?」
「次は予約してからいこうぜ。良い店知ってるからよ。」
「! う、うん。」
その返事は、ほんの一瞬だけ間が空いた。
「……さてと。」
立ち上がろうとした炎夏の動きに、秋夜は思わず視線を落とす。
(……あ、でも……ちょっと待って。なんか……)
「今日はお開きか。」
「あ、あのさー。」
「ん?」
一度飲み込んでから、彼女は言った。
「良かったらこのまま僕ん家で飲まない?」
――その瞬間。
『ガタンッ!!!!』
どこかの席で派手な音が立った。
「お客様。店内ではお静かにお願いいたします。」
店員の冷静な注意が、妙に場に浮いた。
⸻
〈宅飲み〉
「どうぞ。」
「……おう、失礼するぜ。」
部屋に足を踏み入れた彼は、無意識に周囲を見回す。
広く、整った室内。生活感はあるが、余計なものは少ない。
「ちょっとテキトーにくつろいでてー。軽いツマミなら作れるから。あ、先に飲まないでよー?」
「飲まねーよ。どこぞの秋夜と違って協調性があるもんでな。」
「固有名詞出してんじゃねぇ! 否定できないけど!」
(広いし良い部屋だな……)
(まあ俺らは機関御用達の切り札だしな。当然ちゃ当然か。)
(女の部屋に上がるのなんざ、何年ぶりだ……)
キッチンからは鼻歌と、何かを焼く音が聞こえてくる。
「♩〜」
(……この状況は良いのか悪いのか……)
⸻
〈飲み〉
「とりあえず〜。」
「日々コイツのマイペースに付き合わされてる俺にカンパイー。」
「カンパイー♩」
グラスが軽く触れ合った。
「喰らえ〈夜喰〉。」
「冗〜談に決まってんだろが!! マンションごとぶっ潰す気か!」
「ずぁぁんねぇん。」
「なんだコイツ。」
酒が進み、会話も次第に砕けていく。
「つーかビールはともかく日本酒も飲めるんだな。」
「え? 結構飲むよ? 弱いけど。」
「強くねえのかよ。」
「炎夏がビール飲めない方が意外だよ。美味しいのに。」
「あんなん炭酸水に麦茶混ぜただけだろ。」
「全国のビール製造者に謝れー。」
「ほぼ日本酒しか飲めねえからなぁ。」
「あ、じゃあ一応チェイサーいる?」
「おお悪いな。じゃあストゼロで。」
「なんだコイツ。」
⸻
〈二時間後〉
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛〜……恋人ほしー……」
「酔い方、意外過ぎんだろ。女子か。」
「一応女子だ、バカヤロォ。」
しばらく間を置いてから、彼女はちらりと視線を向ける。
「……炎夏って今は良い人いないのー?」
「いたらお前と二人で飲んでねえよ。」
「……! へ、へえ……全然平気でそゆことするタイプに見えてた……」
「やっぱぶっ飛ばそう。そうしよう。」
「冗談だって♩意外と真面目で優しいもんねー♩」
「……お前……随分楽しそうだな。何割酔ってる?」
「えー? 8?」
「なかなかだな。まあ日本酒二合飲んでりゃそうなるか。」
「なんだよぉ!炎夏は酔ってないのぉ?
僕と飲むの楽しくない!?
僕は炎夏と飲むの楽しいから酔ってるんだよぉ!」
「酔い度は7割くらいだな。」
「ありゃ? 割りときてんねぇ。全然見えない。」
「よく言われるな。でも立ち上がると少しヤバい。」
「つーかなんか質問スルーされてるー!ちゃんと答えてよ!楽しいのか!楽しくないのか!」
「……しぃぃつけぇ……お前といりゃ何だって楽しいよ。もういい加減そんぐらい分かれよ。」
一瞬、彼女が固まった。
「……やーっぱねェ♩あ、ちょっとトイレ!!」
「声デカイな。」
⸻
〈トイレ〉
(……あれ?)
(普段ああいうこと言わなくない?酔ってるからかな?)
(でも……仲間想いだし……)
「ト、トイレの妖精です。私と飲んでる時は言いませんし、少なくとも秋ちゃんに向けての発言と受け止めても良いと思いますよー?」
「…そ、そっかな。ありがと、ハルー。」
「……え? なんぞ?」
⸻
〈居間〉
(……普通に俺としては素直な感想だが……)
(なんかちょっと余計だったよな?)
(まるで口説いてるみたいじゃねえか。)
(俺はアイツを護ると勝手に……)
(……ああ。)
(……そうか…)
(……口説いてんのか。)
「……アカンな……ちょっとベランダでタバコ……」
ガラス戸を開け、夜風に当たる。
(……護りたいだけじゃなかったのか。)
「よっ。」
「おう。」
彼女は隣に腰を下ろした。
「……タバコ臭くねえか?」
「もう慣れたよ。何年一緒に仕事してんのさ。」
「……だな。」
夜の街を見下ろしながら、彼女はぽつりと呟く。
「色々あったねー。」
言葉はそれだけだったが、
それで十分だった。
新しい「在り方」に徐々に近づきます。
次回は「答え」がでます。




