第22章 収束ー人ー
粉雪のように、細かな破片が静かに舞い落ちていく。
崩壊した空間の名残が、音もなく地面に触れては消えていった。
……
視線を落としたまま、立ち尽くしている。
目の前にいるはずの存在を、『透明』をもう見ようとしない。
……もういいや。
一歩、踏み出す。
地面が沈み、空気が圧し潰される感覚が足元から広がった。
アンタも……世界も……何もかも。
呑みこんで
飲みこんで
そのあと
全部
潰しまくってや――
――記憶。
「俺は炎夏だ。よろしく頼む」
不意に差し出された手。
「大丈夫か?」
不器用な気遣い。
「バカバカうるせえなぁ」
笑いながら背を向けた横顔。
「任務、気をつけろよ」
……っ。
身体が、わずかに揺れた。
「偽善? 何もしねえよりは良いだろ」
「守りてぇから守るだけだ」
「……服、変えたのか?」
「た、タバコ臭えぞ?」
「今か!?今日なのか!?」
「問題ねえ。俺は一途だ」
喉が、ひくりと鳴る。
「ありがとな。弁当作ってもらうなんざ初めてでよ」
「ちゃんと食う」
「あれはお前が悪い」
「俺はちゃんと変われてた」
「ありがとう」
……う。
視界が歪み、足元が頼りなくなる。
小さく首を振っても、止まらない。
「……ふぇぇん……」
堰を切ったように、涙が溢れ落ちた。
声にならない嗚咽が、胸の奥からこぼれ出る。
「壊せるわけないじゃぁぁん……」
肩が震え、呼吸が乱れる。
涙が頬を伝い、地面に落ちていく。
「炎夏が守ろうとした世界をぉぉ……」
胸を掴むような痛みと一緒に、声が漏れた。
あうぅぅぅ……! んぁぁぁ……!
感情が崩れ落ち、身体を支えるものがなくなる。
「もうぅぅ……やだぁぁぁぁ……!」
トン
――そのとき。
そっと、何かが肩に触れた。
「……秋夜……」
荒い息遣い。
すぐそばにある、確かな気配。
「……大丈夫か……?」
⸻
「楔」
目の前の光景が、すぐには理解できなかった。
視界が定まらず現実感がひどく薄い。
「…………………え…?」
喉からこぼれた声は、自分のものとは思えないほど掠れていた。
「……泣いて…たからよ…」
荒い呼吸がすぐ近くで聞こえる。
走ってきたのだと、言われなくても分かった。
「………ゆめ?……」
目を瞬いても、景色は消えない。
「遅れて悪りい。ケガは?」
現実を確かめるような問いかけ。
「……ないよ……」
答えながら、まだ信じきれずに視線を彷徨わせる。
「透明は春がもう『囲』ってる…」
その一言で、ようやく状況が輪郭を持ち始めた。
「……ねえ…」
言葉が続かない。
「お前『本気』出したろ」
責める調子ではない。
事実を確認するだけの声。
「お前が暴れてる間、春が周りも人も『囲って』くれてた。あとで礼言っとけよ?」
少し軽い口調。
場を和らげようとする癖が、こんな時にも出ている。
「……まあ、おかげで走って来ることになっちまっ――」
「……ホントに…炎夏?」
途中で遮るように、声が震えた。
「あ?」
一瞬、間の抜けた返事。
「俺は俺だっつーの。」
はっきりとした言葉。
その響きが、胸の奥を強く叩いた。
「!」
「……しかしお前が市街地で『マジ』になるとは…何にキレて――」
「えんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
考えるより先に、身体が動いた。
衝動のまま、抱きつく。
「!??」
予想外の衝撃に、身体が僅かに揺れる。
「炎夏! 炎夏! 炎夏ぁぁ!」
何度も名前を呼びながら、しがみつく。
堰を切ったように、涙が溢れ出した。
「どど、どうした秋夜! らしくねえぞ!」
慌てた声が返ってくる。
「良かったぁ……ヒック……もう二度と会えないってぇ……ヒック……」
嗚咽混じりの言葉が、途切れ途切れにこぼれる。
「!」
一瞬、息を呑む気配。
「……すまねえ…よく分からねえが心配かけちまったな…」
そう言って、力強く抱き返される。
確かな体温が、ここにある。
少し離れた場所から、控えめな声が漏れた。
「私も秋ちゃんにハグされるくらいには頑張ったのに…」
物陰から、ひっそりと。
みんなみんな頑張ったよ。
次回『透明』




